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おやつは500円まで

 霧。


 片腕を霧状に変化させた俺は、頭上高くに位置する枝に霧手ミストハンドを引っ掛けて――魔力を噴出する。


 と同時に、全身を霧状化させた。


 体重をほぼ失った俺は、一気に樹上へと引っ張り上げられ、急に意識が飛んだかと思うと地面に倒れ伏している。


「……ダメだった?」

「君の異常なバトルセンスもあって、かなり良い線はいってるな。ただ、意識を異界側に引っ張られすぎだ。精神を魔神に喰われるぞ。

 霧の国(ニヴルヘイム)に踏み込みすぎると帰ってこれなくなる……足先で触れるにしても、爪先だけにしておけ」


 アルスハリヤ先生に鼻を突かれ、俺は、身体のバネで一気に跳ね起きる。


 やっぱり、霧の国(ニヴルヘイム)との一時的な同化は負荷がかかるな……魔人の特質として外部魔力を取り込めるとしても、内部魔力に変換するまでに時間と負担がかかる……意識と意識の狭間に滑り込ませて、一瞬だけの同化を目指してみるか。


 カルイザワの森林を駆け抜けながら、俺はアルスハリヤの権能を活かし、なるべくタイムが縮まるように創意工夫をはかる。


 日課の早朝鍛錬を終えた俺は、ドクター○ッパーを飲みながら、なんとなしに画面ウィンドウを弄り――電話がかかってくる。


『なんで、連絡してこないんですか!?』


 ドアップの師匠が映り込み、俺は、画面ウィンドウを消した。再度、着信音が響き渡り、俺は画面ウィンドウを開く。


『ヒイロ、落ち着いて聞いてください……私の画面ウィンドウが壊れました。貴方の師の窮地です。私のカワイイ弟子が師である私からの電話を切るわけがありませんし、ウイルスであることは限りなく明白なことこの上ない』

「あ、はい、その通りだとご推察いたします。

 で、我が師よ、本日はどのようなご要件で? 貴女のカワイイ弟子は、鍛錬後の至高のドクター○ッパーTIMEで忙しいんですが」

『つーん』

「……は?」

『つーん! つんつーん!!』


 長い銀髪をなびかせて、腕を組んだ師匠は、子供みたいにそっぽを向いた。


 なんだ、この420歳……年齢とかけ離れたね方をしてるのに違和感を覚えない……ちらちらとこっちの反応をうかがってくるのがウザすぎる……このウザさ、疑いようがなく我が師……。


『まったく! まったく、もう! 私の弟子は、仕方ありませんね! なぜ、師である私がゲキなのかわからないなんて! ドンカンですね! 略してドカン!!』

「はいはい、ドカンですいませんね……どこぞの配管工のおじさんを『1-2』から『4-1』にワープさせる仕事しててすいませんね……」


 ふんっと鼻を鳴らし、420歳の銀髪エルフは、ちらりと片目を俺に向ける。


『ヒントをあげましょうか?』

「時間の無駄なんで、答えをください」

『ヒイロが大好きな師に連絡をしてこないからですよ! 心配するじゃないですか! 弟子の健やかな生活をおはようからおやすみまで見守るのも師の務めです!!

 まぁ、そんなこと、この私でもなければ務まりませんが?(ドヤァ)』


 いや、電話かけてきて第一声で答えを自分で言ってるじゃん。この長い茶番はなんだったんだよ。420年間、つちかってきたかまってちゃんのスキルが、ココに来て大炸裂しちゃってるよ。


 俺は、ため息をき、空き缶をゴミ箱に放り捨てる。


『ちゃんと、朝ご飯は食べていますか? 鍛錬は? 師匠への愛の言葉は?』

「たべてる、やってる、あいしてる」

『うふふ、私もヒイロのことを愛してますよ。まったくぅ。まったくぅ、もぉ、その歳になっても、師に甘えるなんて困ってしまいますねぇ』


 最近、師匠は師匠で忙しいようだったので連絡を取り合うのは遠慮していたのだが……それは逆効果になっていたようで、何時いつになく、師匠は弟子のことを甘やかすムーブに入っていた。


 基本的に、鍛錬が絡まなければ優しい女性ひとだ。


 ただし、俺の成長を確認して気分が高揚してくると、笑いながら崖から落として、這い上がろうとしているところを足蹴にしてくるような女性ひとである。お陰様で、急所に攻撃をらっても動作出来るようになりました。


「そういや、師匠、ちょっと聞きたかったんだけど」

『はい、最強です』

「当然のように、幻聴に返答しないでね?

 師匠って、カルイザワについてなにか知ってる? ほら、100年くらい前に主戦派と宥和(ゆうわ)派でやり合った場所だからさ、長生きでウザい師匠なら、年のこうってヤツで色々知ってるんじゃないかなって」

『こら、れでぃーの歳のことをどうこう言うのはマナー違反通り越して極刑死刑ですよ。我が鍛錬で歪んだ心が垣間見えましたね、嬉しいやら悲しいやら』


 師匠は、画面越しに考え込む。


『うーん、カルイザワ、カルイザワ……100年くらい前は、師匠に同行していた時期なので記憶の大半は消してるんですよね……そういえば、あそこで、師匠と一緒に魔人にちょっかいをかけたような……リーデヴェルト家のマニアと三条家の遊び人が絡んでて……うーん、師匠関連は思い出したくないので、そのあたりは、厳重に記憶にロックをかけてるんですよね……』

「そ、そう……」


 いや、自ら、記憶に鍵をかけてまで忘れようとする師匠って……まぁ、師匠アステミルの師匠ってアイツだし……仕方ないね……。


「リーデヴェルト家のマニアって、ルミナティ・レーン・リーデヴェルト? 魔導書類養殖業に務めてた女性ひとだと思うんだけど」

『たぶん、そうですね。魔導書マニアの』

「なら、三条家の遊び人は? 誰?」

『三条……三条……なんと言っていたか……ヤツとは刃を合わせたんですが……なにか、驚いた気がしたんですよね……ヒイロのご先祖様に相当すると思うのですが……100年くらい前となるともう死んでいるでしょうね……』


 師匠と刃を合わせた三条家の人間か。


 後で、レイとエイデルガルトあたりに確認してみるのも手だな。レイあたりに頼めば、家系図くらいは確認出来るかもしれないし。さすがに存命だとは思えないが、親族に話を聞ければ特定出来る可能性もある。


「てか、師匠」


 時折。


 手がブレて視える師を視て、俺は、恐る恐る尋ねる。


現在いま、襲われてない?」

『あ、はい、襲撃を受けてますね。

 でも、私は最強なので、弟子との電話を優先します』


 阿鼻叫喚あびきょうかんに陥っている魔法士たちが、必死に師匠に食らいついている姿が視えた。それでもなお、そのいただきには届かず、指一本で処理されながら絶望の悲鳴を上げている。


「……師匠、大丈夫なの?」

『まぁ、少々、面倒な事態に陥ってはいますが問題ありませんよ。

 それよりも、ヒイロ、風のうわさがこの耳に届いたのですが、リウに師事しているというのは本当で――』

「うわぁ、襲撃だぁ」


 俺は、棒読みで、嘘の襲撃を師に知らせて通話を切った。


 丁度よく、休憩も終わって。


 思いがけない師からの電話によって、新しい情報を手に入れた俺は、魔力線を足に伸ばして一気に駆け抜ける。


 一斉に、鳥群が飛び立って。


 それらが青い空に吸い込まれるよりも速く、目的地に到着し、ブレーキをかけた俺は息を吐いた。


「ココか」


 俺は、フレアから送られてきた『オススメのおやつが買える場所』を確認し、眼前の個人商店を見上げた。


 店の前面に広げられた大窓の向こう側を彩る菓子類、玩具類、家具類……様々な海外製品を取り扱っている店らしく、陳列されているお菓子は、日本ではあまり見かけない包装紙パッケージの商品が並べられていた。


「期待出来そうだな」


 ニヤリと笑って、俺は、店内へと入っていく。


 ドアチャイムが鳴って、タバコをくわえていた店主らしき女性が、新聞紙越しにこちらを捉える。


「…………」


 愛想は品切れらしく、直ぐに、彼女は三面記事へと目線を戻した。


 鳩が飛び出したままになっている壁掛け時計、適当に値札が付けられたアンティーク調の家具が並び、編みカゴにたんまりと入ったお菓子はカラフルな色合いをアピールしていた。


 踏み込む度に、床がギシリとなる。


 日光が差し込んだ店内、舞い散っているホコリが視えて、かちりかちりとときを告げる秒針の音と新聞紙をめくる音だけが聞こえた。


 カラコンを着けている俺は、それとない動作で、払暁叙事ふつぎょうじょじひらいた。


 眼と脳に負荷をかける魔眼をひらいた理由はひとつ。


 500円という限れた予算の中で、最善のお菓子の組み合わせを見つけるためである。


 なにせ、『おやつは500円まで』とかいう道徳観を捨てたとしか思えない極悪な金額規制は、我らが頭を悩ませる最低最悪の縛りである。


 『おやつは500円まで』、それは、無限の可能性だ。


 量か質か? しょっぱい系と甘い系の比率は? 時間対効果を考えたガムを選ぶのはどうか? 友人とのトレードを考えた構成にすべきか? ハイリスクハイリターンで、食玩に全てをけるか? 周囲に己の実力をわからせるために、アイスを持ち込むという偉業を達成しても良いのではないか?


 俺は、緋色の可能性を見つめる。


 考えろ、考えろ、考えろ……俺にとっての最善は……なんだ……!?


 いつの間にか汗が流れ出し、何度も菓子を手に取っては呻いた俺は、ついに500円で完璧な菓子デッキを完成させる。


「で、出来た……完璧だ……!!」


 目を閉じた俺は、完璧な計算と可能性のもとに成立した完成形を見つめる。


 きっと、俺の人生における『おやつは500円まで』の中で、最善で最高で最良の結果を導き出せたと自負出来る。


 ふふっ、今日は、良い夢が見れそうだぜ……!


 俺は、自信満々でカウンターに菓子を持っていき、フレアからもらった500円玉を叩きつけた。


「お釣りは要りません」


 俺は、ニヤリと笑って――ちーんと、呼び出しベルを鳴らした。


「端数、ないんで」


 決まった……。


「…………」


 無言で。


 店主は500円玉をレジカウンターに仕舞い――渦を巻くようにして、店内は変形していき――俺の眼前に、地下へと続く階段が現れた。


「三条燈色様ですね、お待ちしておりました。

 どうぞ、地下へ」


 彼女は、うやうやしく、俺がカゴに入れた菓子を回収する。


「…………」


 俺は、ゆっくりと、店主を振り返る。


「……お菓子は?」


 彼女は、手早く、棚へとお菓子を戻していく。


「お菓子は?」


 店主に優しく背を押され、俺は泣きながら階段を下りていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、お菓子は!?
[良い点] カルイザワでの戦争が100年前(その時に師匠と戦闘した?) そして幼少期にスノウを救い、お嬢と仲良くなった… 仮にタイムスリップするなら100年前に飛んで争い終結、傷を癒しつつコールドス…
[一言] ビッグカツ ヤングドーナツ ブラックサンダー きな粉棒 デッキ構成レギュラーメンバー 偶ににんじん(ポン菓子)が入ります
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