ダブルブッキングの予感
肝試しの翌日。
マージライン家の三姉妹に『周辺を案内する』と言われた俺ことヒロ様は、避暑地のお嬢様気取りで鍔広帽をかぶり、日傘付きの円盤状の搭乗物『円盤空車』に乗り込んだ。
底部に装着された導体により重力と浮力と推進力を調整し、積み込まれた敷設型特殊魔導触媒器の演算によって姿勢制御が行われ、椅子やらテーブルが乗った状態で円盤が進む。
360度、視界を遮るモノがなにもない円盤空車は、観光に適した乗り物だ。
動作に魔力が必要になることが難点として挙げられるが、魔道具による補助と運転手(従者)のサポートにより、お嬢様たちは大きな日傘の下で悠々とレモネードを飲むことが出来ていた。
カルイザワは、浅間山の南麓、標高950mから1200mの緩斜面に位置している。
かつて、異界の宣教師が『天然のサナトリウム』と称したように、真夏でも涼しい高冷地気候、ミズナラ、コナラ、シナノキ、コブシ等の自然林の自生、風光明媚で雄大な浅間山を望むこの地は猛暑をやり過ごすのに相応しい。
涼しい風を浴びながら、俺は、魔法少女姿のシャルに眼をやる。
「シャルちゃんは、何時も、その格好をしてるの?」
「…………」
ふいっと。
テーブルに顎をつけていたシャルは、俺から視線を逸らし、ストローをガジガジと噛んだ。
「シャシャシャシャル!! ヒロ様になんという狼藉を!! 世が世なら打ち首獄門、電気椅子、ギロチンドロップですわよ!?」
「だってぇ、この女性、オフィーリア姉様の婚約者なんでしょぉ? そんなん、シャル、きょーみないもーん。シャルはシャルのモノにならないモノには、一切、ごきょーみありませぇ~ん」
ツンツンしているシャルは、オフィーリアとレイディの目線が他所を向いた瞬間――俺の耳にささやいた。
「……よくわかんないけど、黙っといてあげるね」
俺は冷や汗を流し、シャルはニンマリと笑った。
まぁ、俺が魔人だと見破ってるんだから、格好変えたくらいで誤魔化せるわけねーわな……有難いことに、正体をバラすつもりはないらしいのでご厚意に甘えることにしよう。
「しかし、まさか、あのヒロ――さんが、オフィーリアの婚約者として戻ってきてくれるなんて感謝感激だね。
見事に運命の輪が回った、ということかな」
胸ポケットからバラの花を取り出したレイディは、恭しく、俺の前のグラスにそのバラを生けた。
「いらっしゃい、歓迎するよ」
彼女は、指を鳴らし、胸ポケットから軽やかな音楽が流れ始める。
ハンカチを取り出した彼女は、俺の視界からバラの花を隠し、その布切れを勢いよく取り去る。
一瞬にして、バラの色が赤から黄に変わっていた。
「わぁ、すご――」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? なぜ、色が変わったんだぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「毎回ねー、レイディお姉様は手癖でマジックを仕掛けて、そのタネをおぼえてないから自分でびっくりするんだよ。おもしろいよね」
「失礼」
仰天して椅子から転げ落ちていたレイディは、前髪を直しながら襟元を正し、綺麗に微笑んだ。
「毎度、初対面の人間にはこのマジックを披露するんだが……余程、奇異に映るのか、友人がひとりもいなくてね……ボクの人生においては、旧友がひとりいるくらいのものなんだが……でも、やめられない……」
「あははっ、レイディお姉様って、ポンコツにも程があるよね!
シャル、ちょっと、炭酸飲みたいから買ってく――ギャぁ!!」
「お労しや、お姉様……」
お労しいのは、円盤空車が動いているにも関わらず、下りようとしたシャルの救出作業を行ってる従者の皆さんだよ。
あたかも、爆発物処理のように。
繊細にマージライン家をお世話している従者の方々に尊敬の念を抱き始めた頃、街の通りに貼ってある張り紙が目に入ってくる。
「夏祭りですか……」
「エクセレント・ピックアップ、だね!」
パチンと指を鳴らしたレイディは、俺に微笑みかける。
「どうだい、ココはひとつ、マージライン家with客人’sで夏祭りに足を運ぶというのは? 優雅に日本の粋を浴びに行くのも一興とボクは考えるよ」
「カルイザワの夏の風物詩、『調和祭』かぁ……コレってアレだよね、現界とぉ、異界とぉがぁ、仲良くやってきましょーってなった時に記念として設けられたお祭りでしょ……たしか、たいしょー? くらいからあったヤツ?」
「ふふ、さすがはボクの妹と言うべきだね。
仰られる通り、このカルイザワの地で宥和派が主戦派を抑え込み、現界と異界とが手と手を取り合ったことを記念した記念碑的なお祭りなんだ。また、主戦派によるテロで亡くなった方々の霊を慰める慰霊祭としての側面も持っでゅわじゅわぁん。
失礼、自分でも驚愕するくらいとんでもない噛み方をした。どういう噛み方をしたら、あんな音が出るのか自分でもわからない。こわい」
「良いですわ良いですわ、That’s niceですわぁ!! わたくし、ヒロ様に豪華絢爛な浴衣の艶姿を視て頂きたいですわ!! ヒロ様のためなら、たとえ、火の中水の中祭の中、屋台飯片手に練りに練り歩く所存ですわー!!」
ふんすふんすしながら、迫ってくるオフィーリアに俺は微笑みかける。
「それは、とっても楽しみ。
わたしも、浴衣を着て気合い入れちゃおっかな」
「キマシタワー!!」
恍惚とした表情を浮かべるお嬢を眺めてから、俺は、通りに貼られている夏祭りの告知情報を確認し――開催日は、二日後を示していた。
「二日後……」
「おや、どうしたんだい? 二日後、用事でも?」
――三日後に、地下天蓋の書庫に潜る
肝試しの前日がフレアと会った日……つまり、今日から二日後は地下天蓋の書庫に潜る日を示している。
――地下天蓋の書庫には行くな
「…………」
「ヒロ様? 御用事が?」
「いいえ、なんでもありませんよ。
ごめんなさい、オフィーリア、少し用事を思い出したので」
俺は、微笑む。
「明日は、留守にしますね」
「ヒロ様はご多忙の身……丁度、明日は、またトーキョーに戻った専属奴隷が戻ってくると言っていた日……逆に、ヒロ様の目に触れずに済むなら丁度良いですわね……浴衣も準備しなければなりませんし……このオフィーリア・フォン・マージライン、委細、承知いたしましたわ!!」
「ありがとう、オフィーリア。
それじゃあ、そろそろ戻ってお昼ご飯でも食べよっか?」
「お任せくださいませ!! わたくし(のシェフ)が、腕を振るいますことよ!! オーホッホッホ!!」
俺は、笑いながらお嬢を見つめて――目を細める。
さて。
そろそろ、動くか。