肝を試してる暇があったらお嬢を祭れ
「そもそも、わたくし、霊などと非現実的なものは信じておりませんの」
俺の手を引きながら、ずんずんと進むお嬢は笑いながら言う。
「それゆえに、このオフィーリア・フォン・マージライン、マージライン家の名をもってココに断言いたしますわ。
こんな子供騙しに、わたくしが恐怖することはな――」
お嬢の顔に、こんにゃくが当たる。
「おぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「まるで自分が未来予知能力を得たかのように、くっきりとこのオチが視えた……! 能力が目覚めたっていうのか……!?」
腰を抜かしたお嬢は、へたれ込み、涙目になって俺の手を引いた。
「霊ですわ悪霊ですわ世紀の大悪霊ですわ!! 見まごうことなく、このオフィーリア・フォン・マージライン、死者の冷たき手でこの肌に触れられましたわ!! ヒロ様のためにスキンケアを施したこの肌が!! あの世の片鱗に触れて、ぬめっと保湿されましたわぁ!!」
「いや、お嬢、コレこんにゃくです。
低カロリーで美肌効果もある貴女のお味方です」
「……へ?」
耽溺のオフィーリアで、周囲を照らしたお嬢は、揺れているこんにゃくを視認する。
彼女は、顔を赤くしてから、手の甲を口の横に当てた。
「お、オーホッホッホ!! 場を和ませるヌゥアイスジョークですわぁ!! 一流の令嬢は、一流のジョークを嗜む!! 恐怖で震える専属奴隷の恐怖すらも拭い去るのがマージライン流!!
まさしく、超・一・流ッ!!」
「し、信じられねぇ、この慈愛はまさしく蒟蒻の女神様……ま、前が視えねぇよ……三流の俺の眼には、超一流が霞んで見えるぜ……!」
俺は、泣きながら膝をつく。
「俺は、この日を忘れねぇ!! かたじけねぇかたじけねぇ!! 大変誠にかたじけねぇ!!」
「微妙に韻を踏んでて、やかましいことこの上ないですわ。
とっとと、わたくしを立ち上がらせてくださる?」
恭しく跪いた俺は、映画のヒロインみたいに手を差し出したお嬢の手を取り、丁重に立ち上がらせる。
「奴隷、光」
「はっ!」
俺は、引き金を引いて、光玉を生み出す。
ぼうっと、周辺が照らされ、俺が頑張って立てた『順路↑』の看板が視えた。森林には夜鳥が潜んでいるのか、不気味な鳴き声を響かせており、風でそよいだ樹々がざーっと音を鳴らした。
暗闇。
俺たちの周りだけ、明るく照らされているせいだろうか。
真夜中の闇が、奥側でぽっかりと口を開いているように視えて……己の身体を抱いたお嬢は身震いする。
「い、行きますわよ……こんなゾンビがいるかもしれない森に長居は出来ませんわ。手早くクリアして、わたくしは別荘に戻りますわよ」
「まるで、帰り道にゾンビに襲われそうなセリフだぁ……!!」
俺の手をぎゅっと握ったお嬢は、自動歩行器に掴まる赤ん坊のようにそろそろと歩き始める。
「こ、こんな時にヒロ様がいればなにもこわくないのに……わ、わたくしの心の中に灯る勇気りんりんが途絶えてしまいそうですわ……この辺りは湿度が高くて、かびがるんるんしてますわぁ……」
「お嬢は、随分とヒロ様に入れ込んでんのね」
「当たり前ですわ」
頬を染めて、首飾りを握った彼女は、そっとささやく。
「初恋ですもの……」
その初恋相手が男だと知ったら、さすがのお嬢でもまいるんだろうなぁ……どこかのタイミングで、上手いことヒロ様にチェンジして楽しませてやりたいんだが……こう、手を握った状態のままだと難しいな……恐怖で失神してくれないかな……。
「男にこういうことを聞くのもどうかとは思いますが……貴方は、恋をしたことはないのかしら?」
「俺は、恋に恋してるから……」
「想像の斜め上をいく気色悪い答えが返ってきましたわ。せっかくスキンケアした肌が、鳥肌に早変わりですわ」
「俺に恋を語らせたら……長いぜ……?」
「長くても浅いのではなくて?」
お嬢を黙らせるには……マリ○てか?
俺は、布教空間から推しを取り出すためにお嬢から手を離し、一度、光玉を消してから導体を付け替える。
後ろ手で、再度、お嬢と手を繋ぎ直し――ぬめっとした。
おいおい、お嬢、手汗がやべぇな。どれだけ、この状況に恐怖してるんだよ。俺の手が、びちょびちょのねとねとだよ。
やれやれ、緊張を解きほぐすために、軽くかましてやりますか。
「女の子同士で初めてキスをする時、ふたりの身長が同じなのにも関わらず、女の子Aは頭に、女の子Bは顎にキスをしてしまった……なんでだと思う?」
俺は、歩きながら、片手で目元を覆って笑う。
「Aは相手の額に、Bは相手の唇にキスをしようとしたからだよ! あっはっはっは!!
つまりコレは友情と愛情を違えたふたりの微妙なボタンの掛け違いを示しておりコレは友情百合なのか恋愛百合なのかという命題を示しているのだが各方面によって意見がわかれているため是非お嬢の意見も聞いておきたい非常に興味深いことに額にキスをしたかった女の子の方が愛情を抱いていたという意見も多いのだがコレは即ち相手を大事にしたいという思い入れが暗喩されていることが明白で更にこの時の時間帯を仮に夜半とした場合おやすみのキスである可能性が高くその場合は額にキスをした方は相手に恋人としての恋情を抱いてい――聞いてる?」
俺は、お嬢の方を振り返る。
彼女は、俯いたまま、身動きせずふらふらと揺れていた。
「お嬢?」
俺は、懐中電灯で、彼女の顔を照らし――目玉が飛び出ている腐った少女と眼が合った。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! お嬢が保湿ケアし過ぎて、顔面ケロイド状になってるぅううううううううううううううううううううううううう!!」
飛びかかってきた彼女を背負投げし、体重をかけて足で押さえつけると、バタバタともがいている腐肉喰らいが目に入る。
思わず、俺は、息を呑んだ。
「腐肉喰らい……委員長たちと潜った『501から509号室のダンジョン』の……そう言えば、コイツ、七椿派の魔物か……」
なら、コレは、七椿派の眷属が召喚した魔物……いや、魔物の召喚は高位の眷属か魔人の専売特許、周辺魔力の痕跡からいって高位の眷属はココに居ない……トーキョーのダンジョンから、次元扉で連れてきたのか。
「おいおい」
よくよく視てみれば。
その腐肉喰らいの頬には、見覚えのある刀傷が存在していた。
「正解かよ」
ぴったりと、その傷は、九鬼正宗の刃と一致した。
『501から509号室のダンジョン』は、魔導書の回収を目的としている委員長に付き合って潜ったダンジョンだ。
そうなると、あそこには魔導書があった筈で……この腐肉喰らいは、『501から509号室のダンジョン』から連れてこられたもので……あのダンジョンに七椿派がいたとすれば、奴らは魔導書の回収を行っていたのか……?
――地下天蓋の書庫には行くな
おいおい、面白くなってきたじゃねぇか、三条燈色くん。
「って、それどころじゃねぇわ」
刀を振り払って首を切り落とし、俺は、一足飛びで樹上に飛び上がる。
光。
大量の腐肉喰らいに担ぎ上げられ、わっしょいわっしょいと運ばれていくお嬢は泡を吹きながら失神していた。首からぶら下げている耽溺のオフィーリアは、揺れながら光をばら撒き、主人の位置を懸命に示していた。
「お嬢祭りが開催してる!! 噛ませ神輿が!! 噛ませ神輿が姿を見せたぞ!! お嬢祭りだ、わっしょいわっしょい!! わっしょいわっしょい!! わっしょいわっしょ――うちのお嬢を神輿に改造するんじゃねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
樹上を飛んだ俺は、画面を開いてスノウを呼び出す。
「スノウ、プランK!! ポイントB!!」
『今、お風呂に入ってるんですけど……えっちですか……?』
「なんで!? なんで、急に風呂に入り始めたの!? 俺たちが頑張って計画を立てた肝試しは!?」
『飽きました』
「シンプルにつれぇわ!!」
『遠隔で起動しますね、ドスケベ覗き魔』
ドンピシャ。
噛ませ神輿が差し掛かったポイントBに仕込まれていたランプが、ピンク色に光り始めて怪しい雰囲気を作り上げる。続いて、仕込まれていたスピーカーから、アダルティな音楽が流れ始めた。
プランK――ロマンティックな雰囲気を作り上げてKissさせる。
誰か、雰囲気に誤魔化されてキスしてくれないかな……と思った俺の願望が作り上げたプランが発動し、ピンク色の光に反応した腐肉喰らいは身動ぎし、音楽に反応してうろつき始める。
腐肉喰らいは、全身に回っている魔力の反応で屍体を動かしているに過ぎない。インプットされている単純命令に従うことしか出来ず、取り込んでいる外部情報に異常が発生した際には一時停止する性質がある。
「キスしろ、オラァ!!」
腐肉の群れに滑り込んだ俺は、腐肉喰らいの頭と頭を掴み、真正面からぶつかり合わせる。
「ロマンティックが止まんねぇだろうが!! キスしろ、オラァ!! 接吻、接吻!! 雰囲気からでも良い!! そこから始まる百合もある!! 俺は、それを認める!! 愛は赦しであり、赦しは平和であり、平和とは沈黙である!! つまり、女の子同士は、一生キスしたまま無言で愛を培えってことだァ!!」
ぐちゃぐちゃに弾け飛んだ二体の腐肉喰らいを手放す。
襲いかかってきたAミートとBミートの両眼に指を突っ込み、Aの唇をBの頭に、Bの唇をAの顎にブチ込む。
「はじめてのちゅー!! アクシデンツッ!!」
骨と肉が砕け散る音が響き渡り、鋭利な爪による攻撃を避けながら、身を屈めた俺は握りに手を置いた。
爆閃、接ぎ人。
抜き放った閃光は、死して魔力線を失った屍体を一刀両断し、蒼光と共に硬質な音が響き渡って――一挙に首が飛ぶ。
俺は、その首に光玉を飛ばして。
「たまや~」
笑いながら、肩に刀を置いた瞬間、それらの首は爆散して光り輝いた。
身体だけになった腐肉喰らいたちは、ドミノみたいに規則正しくバタバタと倒れる。
俺は、左手でお嬢を抱き止め、周辺の気配が消えたのを感じた。どうやら、お嬢を拐うことは諦めたらしい。
「…………」
そっと、お嬢を地面に寝かせる。近くの薮に隠していた服に着替えた俺は、ウィッグをかぶってから彼女の頬を叩いた。
「オフィーリア、オフィーリア……」
「ぅうん……」
彼女は、うっすらと眼を開けて、こちらを捉えた瞬間――顔を真っ赤にして、両手で口を覆った。
「ひ、ひひひひひひひろ様ぁ!?」
「来ちゃいました」
「あ、あの、あのあのあの!! わ、わたくし、あの!! あ、謝り!! 謝りた――」
俺は、お嬢の唇に人差し指を置いて、微笑みながらもう片方の人差し指で己の唇を塞いだ。
「なにも言わないで……ただの悪い夢ですから」
ぼうっと、俺のことを見つめているお嬢は、自身で立てたフラグ通りにゾンビに襲われたことは忘れ惚けているようだった。
「オフィーリア、わたしのことだけを視ていてくださいね」
「は、はい……」
彼女の瞳に映る自分を見つめながら、俺は、そっと彼女を抱き上げる。
腰から上は桃色の光を浴び、腰から下は赤黒く染まりながら。
俺は、彼女に楽しい夏休みと愛しのヒロ様だけを見せながら、マージライン家の別荘へと戻っていった。