肝試しは、憂慮と共に
『マージライン家の夏休み』には、大量の分岐が存在する。
それは、マージライン家の誰とどう絡むかで経路が変わり、大きく分けてレイディ、オフィーリア、シャルの三ルートに分岐する。
そのルートの中で設定した計画の通りにイベントが発生し、そこから更に選択肢と好感度で枝分かれする。
メインであるお嬢のルートが、もっともボリュームがあるのだが、レイディとシャルにもそれなりの文量とCGが用意されている。
ボリュームとしては、お嬢>>>レイディ>シャルの順に開きがあり、シャルの文量が少ないのは、別途、二周目以降に条件を満たすと出現する『魔法少女ルート』が存在するからだと言われている。
『マージライン家の夏休み』は、7/19から8/24までの35日間の夏休みに対して、一日一日の計画を設定することで進行するもので、まさに今、俺が取り組んでいる『百合休み計画』に該当している。
要は、俺は、正しい形で『マージライン家の夏休み』を堪能しているわけだ。
だが、不測の事態も発生している。
地下天蓋の書庫とマージライン家の夏休みは、本来、同時進行出来ないイベントであり、万鏡の七椿とマージライン家は、なんの繋がりも持っていない筈だった。
原作とは乖離したなにかが起こっているのは間違いないが、そのなにかの原因が掴めていない。
七椿派がオフィーリア・フォン・マージラインを狙っている謎。
カルイザワと地下天蓋の書庫が繋がっている謎。
三条燈色とオフィーリア・フォン・マージラインが婚約関係にある謎。
謎だらけの現況ではあるものの、俺たちがやることはたったのひとつ――そんなの関係ねぇから夏を満喫しよう!!
どうせ、三日後には、生徒会長様と一緒に地下天蓋の書庫に潜ることになるし……件のルルフレイム家のお嬢様からは『オススメのおやつが買える場所』の情報が送られてきているから、地下書庫を満喫する準備は出来ている。
なら、俺は、百合に溢れる夏を堪能するぜ!!
「というわけで、肝試しを開催します」
「貴方、『というわけで』の前に説明文がひとつもありませんでしたわよ?」
夜十時。
かかりつけ医の治療を受けたお嬢とシャルも回復し、普通に歩けるようになっていたので、俺は薄暗い別荘地内に全員を呼び出していた。
お嬢、シャル、レイディ、月檻、ラピス、レイ、エイデルガルト、スノウ……二人一組として、四組が形成されるこの状況は完璧だった。
「ひっひっひっ……恐怖のスリラーナイトにようこそ……今宵、恐怖の百合体験をご案内しますは『ユリニナル・コレクター』こと三条燈色です……百合にした人間を撮影する正常な行為から『百合撮りユリニナル』と呼ばれております……」
「秘書のスノウです。百合は撮りません」
頭からベッドシーツをかぶった俺は、懐中電灯で顔を下から照らし、声を低くしてぼそぼそと喋る。
「皆さんには、これからくじを引いてもらいます……くじにはAからDまでアルファベットが書かれておりますので……同じアルファベットを引いた者同士でペアを作ってもらってぇ……ひひっ……そ、そしたらね……あの、手を……ふふっ……ペア同士で繋いでもらっちゃおうかなってぇ……」
「途中で手を離したら、リタイアとなりますのでご注意ください。
こちらの地図にありますポイントに、先程、笑いながら全力ダッシュをかました『クセニナル・クレンザー』が人形を置いてきていますので、ソレを持ってきて頂ければクリアとなります。
経路表示も用意されておりますので、順路からズレないようにお気をつけください」
「『クセニナル・クレンザー』ではなく『ユリニナル・コレクター』ね」
「つまり、『ロックンロール・エレキギター』は、肝試しに参加しないということでよろしくて?」
「ヒアリング0点か?」
「ご注文繰り返すが、『フォンデュ風チーズバーグディッシュ』1点で良かったかい?」
「俺は客じゃねぇし、誰も注文してねぇよ。びっく○ドンキーから出張して来るのやめろや、ヒアリングどころかシンキング0点だわ」
「どうやら、『ユリニナル・コレクター』は、主催として振る舞うつもりらしいわね」
「…………テメェ!! 間違えてねぇじゃねぇか!! ポンコツ忍者の癖に、なに、まともな発言してんだ!? いい加減にしとけよ、ブチのめすぞ!?」
一所懸命に考えた名前で大喜利されて、俺は泣きそうになったが、どうにか涙を堪えてくじを引かせる。
「ふふ、月檻桜さんだったかな? 病弱なボクのエスコートを頼むよ。
よく顔から転ぶ上に、興味のあるものにはふらふらと付いていってしまうからね」
「……児童保育?」
この世の終わりみたいな顔をした月檻は、『A』を引いてレイディと組むことになり、渋々と手を繋いでスタートする。
「え~、シャル、お兄ちゃんと一緒が良かったのにぃ~!!」
「よ、よろしく」
同じ『B』を引いたシャルと手を繋いだラピスは、月檻たちが出発してから5分後に歩き始める。
「三条黎、忍を教えてあげるわ。付いてきなさい」
「肝試しで、忍のなにを教えるつもりですか……?」
『C』を引いたレイは、嫌がりながらも、エイデルガルトに引っ張られる形で森の中へと入っていった。
コレで残るは、スノウとお嬢。
「ひっひっひっ、では、ふたりとも出発し――」
俺は振り返り、白髪のメイドが忽然と消えていることを確認する。
「……あれ?」
「あの従者なら、仕掛けに不備があったから直してくると言って、どこかへと歩き去ってしまいましたわよ?」
生真面目なメイドらしいが、自身が参加者としてカウントされていたことをすっかり忘れてしまっているらしい。
よくよく確認してみれば、くじ箱には『D』のくじが一枚取り残されており、俺は伝達ミスを実感して歯を食いしばる。
ぢぐじょう、じぐじっだ。
お嬢とスノウを組ませて、道中でヒロ様となった俺と代わってもらう予定だったのに……そのために、このくじ箱を二重底にして、お嬢とスノウは『D』しか引けない仕掛けにしていたのだが……詰めを誤ったか。
「ふん」
鼻を鳴らしたお嬢は、首元からぶら下げている『耽溺のオフィーリア』を弄くりながらささやく。
「ヒロ様のご機嫌を損ねてから散々ですわ……ようやく再会出来たのに、また、運命はわたくしたちを引き離しますのね……あの御方と約束した通り、この首飾りを片時も離さずに身に着けていたのに……『必ず、この首飾りが必要になる』と……あのお言葉通り、巡り逢えたのに……わたくしは……大バカですわ……」
大きなため息を吐いて、お嬢は項垂れる。
「その首飾り、ヒロ様にもらったんだよね?」
「えぇ、その通りですわ。
あの御方がこの首に着けてくれましたの……わたくしを救ってくれたあの女性は、陽の光を浴びて輝いていて……その瞬間、恋に落ちたのですわ……」
まさに、夢見る乙女。
ぽうっと頬を染めたお嬢は、夜空を見上げ、ぎゅっと首飾りを抱き締める。
「……でも、ヒロ様はおかしなことも仰っておりましたわ」
「おかしなこと?」
「『未来の自分に言伝てして欲しい』と」
「……え?」
彼女は、ゆっくりと顔を上げる。
「『地下天蓋の書庫には行くな』」
俺は、思わず――息を呑む。
「ヒロ様が……そう言ったのか……?」
「えぇ、一言一句、間違いようもなく。なんのことだかわかりませんし、ヒロ様は当時のことをお忘れのようなので本人には伝えておりませんが。
何分、幼少の時分の出来事ですから仕方ありませんわ」
どういう、ことだ?
コレは、まさか、七椿の権能の……いや、可能性は他にもある……だが、過去の三条燈色がどのような人物だったかなんて……無理だ、情報が少なすぎる……推測の域を出ない状態で、下手に動くわけには……。
「ないものねだりをしても仕方ありませんわ。
ほら、お手をお貸しなさい」
サテングローブを着けたお嬢は、俺に向かって手を差し出す。
「誇り高きマージライン家は、必ず借りをお返しいたしますわ。先程の騒ぎを収めた手腕、凡人であれば、男であるからと色眼鏡で見るところでしょうが、このオフィーリア・フォン・マージラインは正当に評価いたしますことよ。
どうぞ、お手を拝借しなさい。わたくしと手を繋ぐ栄誉を与えますわ」
「…………ありがたき、しあわせ」
俺は、憂慮を拭いきれないまま。
お嬢と手を繋いで、森の奥深くへ、その闇の中へと踏み込んでいった。




