マージライン家は連鎖する
庭に用意された木製の大テーブル。
一流のオーケストラによる音楽、豪勢に灯されたキャンドルライト、フランスから招かれたシェフによるフルコース……蒼色のドレスを着たお嬢は、大きなため息を吐き、空いている主賓席を見つめる。
「ヒロ様のために用意したフルコースですけれども、身から出た錆ゆえに愚痴ではなくため息しか吐けないことに気が滅入りますわ……はぁ……わたくしのこのドレス姿、ヒロ様に視て頂きたかった……」
悪いな、お嬢、また入れ替わるタイミングもあるだろうから許してくれ。
俺は、ワイングラスに注がれたミネラルウォーターを飲みながら、ディナーに参加している面々を眺める。
月檻、ラピス、レイ、エイデルガルト、固辞してたところを無理矢理参加させたスノウ……そこまでは、何時も通りのメンバーだが、ココにマージライン家も席を並べているのでカオスだった。
「オフィーリア、そう泣くことはないさ。我が愛らしき妹の姿は、美しき夜空も認めるところだからね。
視てご覧よ、あの光り輝く星の並びを! 星座だね! ぉお、フッランス!! フランスの空に見出した神々の体系図!! それこそ、まさに、この夏空を彩る大三角!! 北斗七星、マーヴェラス!!」
王子様みたいなタキシードを着たレイディ・フォン・マージラインは、病弱設定を忘れているのか夏の星空を視てはしゃぎ始めていた。
「…………」
巨大なカツラをかぶったお嬢の父は、無言で佇んでおり、その顔は暗闇と頭のインパクトに隠れて視えなかった。
「じーっ」
そして、俺の隣に座っているのは、口で『じーっ』と言っている魔法少女だった。
彼女の名前は、シャル・フォン・マージライン。
設定上は小学五年生の女の子であり、この世界における正真正銘の魔法少女だったりする。
マージライン家どころか、この世界で上位に入る強さを誇っているが、お嬢と同じ血を受け継いでいるのでポンコッツの一員と見做されている。
エスコ世界における魔法少女とは、魔眼と同じく、魔法士の血統を基にした相伝による『成長段階における肉体の限界を超えた暫定強化』であり、『魔法士が異界の民と結んだ契約による変身』を掛け合わせた技術を用いる魔法士を指す。
この世界の人間の魔力線とそこに流れる魔力は、成長段階ではその形や質や量は流動的で、実は限界というものが存在していない。
そこにかこつけて、異界の民と手を結んだ魔法士は、若年層の肉体の限界突破をプロセス化して魔法体系に落とし込んだ。
だがしかし、当然、そんな無茶をすれば限界突破を行った肉体の持ち主が持たない。そこで考案されたのが、魔導触媒器を用いた変身だ。
変身とは限界突破に耐え得る肉体への擬態であり『変化』の極地、魔法少女たちの身を包むあの衣装は異界の素材で出来た肉と鎧のようなものだ(原理は、魔人の権能に近い。召喚術の一種)。
要は、魔法少女とは魔眼と同じように才能で発生する特殊技能で、一部の天才のみが発現させられる技能だけあってめちゃくちゃ強い。
どれくらい強いかと言うと、魔法少女を3人集めれば、条件と戦略次第で魔人を一方的にボコれるくらいには強い。
ちなみに、原作では魔法少女を3人集めるのはほぼ不可能に近く、周回プレイによる引き継ぎくらいしかその方法は存在しなかった。
要は、隣に座っているこの小学五年生は俺より強い可能性があるわけで……当然、彼女もまた、原作でヒイロ殺害をこなしている優等生なので、急に頭をふっ飛ばされないか気が気ではなかったりする。
殺せるものなら殺して欲しいところだが、今、ココで殺られても魔人だということがバレるだけで俺にメリットないからね。殺そうとしないで欲しいかな。
「じーっ」
机に両手を置いて、『じーっ』してくる少女は、当然のように魔法少女の格好をしたままだった。
コレは、シャル・フォン・マージラインが、常に変身している事実を示しているわけではなく、ただの彼女の可愛いコスプレ衣装であることを表している。小学五年生だから、こういう服を着るのも仕方ないね。
「じーっ」
いや、あの、本当になんでしょうか……? 原作では、三条燈色くんとは絡みなかったですよね……?
「シャル! あまり、その男に寄ってはいけませんわよ! 男にしては見どころのある奴隷ではありますが、お手々出したらばっちいですわよ! ばっちい!!」
「……なんか」
シャル・フォン・マージラインは、そっとささやく。
「変な感じする」
「おい、ヒーロくん」
アルスハリヤは、俺に耳打ちする。
「見破られてるぞ」
俺は、微笑みながら、つーっと冷や汗を流した。
「お兄ちゃん」
サファイアみたいに蒼く輝く瞳で、身を乗り出してきたシャルは、小首を傾げながらじーっと俺を覗き込む。
「人間?」
「も、もちろん」
「ふーん」
ニヤリと笑って、彼女は八重歯を剥き出しにした。
「屋根の上から、ばーんって撃っちゃおうかなって思ったけど、お兄ちゃんは顔が良いから生かしておいてあげるね」
「ど、どうも」
テーブルに突っ伏したシャルは、流し目をこちらに送ってくる。
「お兄ちゃんって彼女いるの?」
ばしゃぁんっと。
音を立ててワイングラスを倒したラピスは、頬を引く付かせながら彼女に眼を向ける。
「しゃ、シャルちゃん、だっけ? 学校で、そういう恋バナとか流行ってるのかな? 大人なんだね~」
「お姉ちゃん、この男のこと好きなの?」
ラピスは、豪快に月檻のワイングラスをひっくり返し、今まさにソレを飲もうとしていた月檻は哀しそうに顔を曇らせる。
「な、ななななななに言ってるの!? わ、わた、私とヒイロは、アレ、アレだから!? ら、ライバル!? ライバルだから!?」
「ふーん……そういうこと言ってると、他の女に盗られちゃうと思うけどなぁ……お兄ちゃん、顔良いし、凄く良い魔力もってるし……」
シャルは、俺の腕にじゃれついてきて笑う。
「ね! お兄ちゃん、シャルの宿題手伝って! シャルの部屋の鍵、渡しておくからいつでも来ていいよ!」
「おい、ヒーロくん。
恐ろしいことに、この幼子、君の魔力を狙ってるぞ。魔力の同期を行うつもりだ。その面と僕の魔力になびいているらしいな」
まぁ、この子、魔法少女としてはストイックだからな……アルスハリヤの魔力を狙ってきてもおかしくはない……マージライン家の中の優等生だし……ポンコッツだけど……。
「シャシャシャシャルゥ!! なにをしてますの!? 直ぐに離れなさい!! ま、マージライン家の令嬢が、男にくっつくなんて!! 許され難い愚行というやつですわーっ!!」
俺の腕を抱えたまま、シャルは舌を出し、『むきーっ』状態になったお嬢は勢いよく立ち上がり膝を打った。
「おぎゃぁ!! ですわぁ!!」
「あははははっ!! オフィーリアお姉様、だっさーい!!」
「こらこら、客人の前で姉妹喧嘩は止さな――おっと、立ちくらみ」
きらきらと輝きながら、よろけたレイディはキャンドル台を倒し、一気に炎が燃え広がり始める。
「しまった……図らずも、火の祭典を開催してしまった……ボクの不幸発生率もくるところまできたね、ふふ」
「な、なにしてるの、レイディお姉様! もう、ふたりとも、シャルがいないとダメな――っだァ!?」
椅子の上から飛ぼうとした魔法少女は、足を捻って落下し、全身を地面に打ち付けたかと思うとマントに火が燃え移る。
「…………」
無言で。
お嬢の父は立ち上がり、飛んだ火の粉がカツラに着弾し、勢いよく燃え広がりながら一本の松明と化した。
「いだいでずわぁ!! おれまじだわぁ!!」
「ふふ、困ったな。今宵は、熱い夜になりそうだよ」
「アヅっ!! アヅっ!! アヅぃ!! 魔導触媒器!! 魔導触媒器忘れた!! アヅぃ!!」
「…………」
たったの数秒で、眼前に広がった地獄絵図、俺はその光景を視て微笑む。
「コレが、ホントの人災ってね」
「言ってる場合ですか」
引き金を引いた俺は、両手から水の矢を吹き出し、シャルとお嬢の父を鎮火する。
月檻たちが消火作業を始め、俺は、未だに自分の火を消そうと転げ回っているシャルを止める。
「おら、もう、消したから。だいじょぶだいじょぶ、落ち着いて深呼吸してー、はいそう、こわかったねー。はいはい、コレで良しね、はいはい」
びしょ濡れのシャルは、俺に背を叩かれてパニック状態から回復し、前髪を弄りながらささやく。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして……スノウ、この子、動けないだろうから部屋まで運んでやって。
着替えるまで、コレかぶってな」
俺は、上着をシャルの頭にかぶせてから、お嬢父のところに行って火傷がないことを確認し、燃えてしまったところを九鬼正宗でカットする。
「これなら、まだ、使えると思いますよ。逆に味が出たっつーか。なかなか、俺の刀剣カット技術も捨てたもんじゃねーな。世界初の抜刀ヘアカット専門店でも始めようかな。アメリカあたりで大繁盛するな、コレ」
「…………」
そっと、お嬢パパは俺の手を握り、感謝の握手をしてくれる。
続いて、ショック状態のレイディのところに赴き、お嬢の足の様子を視ながら彼女を落ち着かせる。
「大丈夫大丈夫、大したことないですから。あの程度、真夏のキャンプファイヤーみたいなもんですよ。直ぐに消火出来るし、森林に燃え広がらずに済んだから、むしろド派手なイベント見れてラッキーみたいなとこまでありますわ」
「う、うん……ありがとう……」
「お嬢、大丈夫、折れてない折れてない。脅威の骨密度、まさしく、コレは牛乳を毎日飲みし者のカルシウム力。さすがは我らがお嬢だわ、この程度の打撃では、涙ひとつ零さない気高さに恐れ入りますわ」
「お、おーほっほ……も、もちろんですわぁ……こ、この程度、わたくしの人生においては障害とも呼びませんわぁ……!!」
従者の方々から受け取った湿布を貼って、包帯で圧迫固定した俺は、涙目のお嬢に言葉を投げかけてから立ち上がる。
「さすが、マージライン家、濃厚ドロドロのイベント祭りだぜ……!!」
「で? こんな状況になっちゃったけどやるの?」
月檻に問いかけられ、俺は、笑いながら頷いた。
「やる。
俺たちの百合休みは、始まったばかりだからな……今夜、決行だ」
ようやく、夏休みのイベントの消化が始まり、俺は期待で胸を高鳴らしながら微笑んだ。