ポンコツの功名
露出が妙に多い衣服と謎の木刀。
魔法衣を羽織った五人の魔法士は、その衣服と木刀を手に持ち、輪になって話し合っていた。
「で、それ、なに?」
「岩場に突き刺さってた木刀だよ。
視てコレ、墨で『秘剣、服隠し』って書いてある。消えたふたりからのメッセージかもしれないと思って回収してみたけど……岩場の陰に服が隠されてて、『忍者』とか『極意』とか『影分身』とか書き込まれた半紙が近くに散らばってた」
木の陰に隠れた俺は、様子を窺いながら、魔力探知に引っかからないように魔力の漏出を抑える。
どうやら、エイデルガルトはきちんと任務をこなしていたようだが、第三者の手で目印と着替えを回収されてしまっていたらしい……というか、俺に、あんなエロい服を着せようと思ってたのかアイツ、○すぞ。
「どう考えても、あのふたりからのメッセージじゃないでしょ。なにをどうとち狂ったら、半紙に『天保8年、忍たま太郎の乱』とか書き残すの?」
「受験勉強してたのかな?」
「受験勉強にN○K総合テレビの問題が出てきてたまるか。そもそも、天保8年に乱を起こしたのは大塩さん家の平八郎さんだ」
「無駄にアナグラムっぽくして、上手く言ってる感出してるのが最高にムカつく」
理外の忍者を解析しようとして、ドツボにはまっている五人を観察しながら、俺はずり落ちるタオルの位置を直す。
「この半紙は、逆にフェイクじゃないの? 焦点をズラすというか、意味があるのは、こっちの服だったりしない?」
「と言うと?」
「この服、オフィーリア・フォン・マージラインのモノだったりするかもだし」
「えぇ~!? あの子、こんなえっちな服着てるのぉ~!?」
顔を赤くした魔法士たちは、丈が短すぎて歩く度にパンツが視えそうなスカートをじろじろと見分する。
「つまり、コレを弱みにしてオフィーリアを呼び付ける?」
「いや、まぁ、確かにコレは他の人に視られたくないかも……うわ、うわ、うわ!! こっちのパンツ、お尻の部分、スケスケになってるよ!!」
「…………」
「なんで、ヒーロくんが赤くなってるんだ?」
もう少しで、あのスケスケパンツを履かされて、尻丸出しでマージライン家に戻らざるを得なくなってたからだよ。
「このスケスケパンツが弱みとして機能したとしても、オフィーリアを呼び寄せてどうするの? 上からの指示は、飽くまでも監視と情報収集でしょう?」
「でも、私らで一攫千金狙っちゃうのもアリじゃない? 要はさ、嬉しい誤算、棚から牡丹餅、転んだ先の保険金ってさ……オフィーリア、拉致って、あの御方のところに連れてっちゃうとか」
「バカ、リスクが高すぎるでしょ」
「いやいや、魔導書を舐めすぎだよ。絶対に、アレは、オフィーリアとセットじゃないとダメだと思うけどなぁ」
「そもそも、わたしたち、下っ端も下っ端の黒猫にはろくな情報が提供されてないからなぁ。目算をしくじって、目当てのモノを持っていけないよりかは、オフィーリアを丸ごと持っていった方が良い気もする」
話を聞きながら、俺は思考を巡らせる。
お嬢を拐う算段を立ててるってことは敵だな……黒猫ってことは眷属……魔導書ってのはなんのことだ……消えたふたりっていうのは、前回、俺が無力化した二人組のことだろうが……だとすれば、コイツら七椿派の魔法士か……。
俺は、眼を細めて、無手の己を省みる。
お嬢に危害を加えようとしてる連中を見過ごすわけにはいかないし、あの五人は無力化しておきたい。だが、黒戒すら持たない現在、最下級の黒猫とは言え五人を相手にするのはキツいな。
一旦、様子を視るか。
もし、お嬢の拉致を強行するようであれば、その時点で脅威と判断してひとりずつ無力化する……最悪、敗北を喫して拷問なり受けるかもしれないが……魔人の肉体であればまず死なないし、あの子に怖い目を遭わせるよりかは一億倍マシだな。
いざとなれば――
俺は、ちかちかと、緋色の瞳を閻く。
殺すか。
「…………」
俺は、呼吸を繰り返し、自分の間抜けな姿を視て苦笑する。
「……腐れ魔神、俺は、テメェのモノにならねぇよ」
あの子たちは殺さない。百合の可能性を秘めるモノは保護対象だ。大前提を忘れてどうする、魔神程度に操られる百合の守護者じゃねぇだろ。逆に我が百合論を逆流させて、魔人同士をゆりんゆりんにしてやるわ。
「……大した精神力だよ」
「……どうも」
俺は、短く、アルスハリヤに返礼する。
「いや、一回、冷静になろう。しくじったら、そこで終わりだよ。言いつけを破って、あの御方のところに行けたとしても許されると思う? まともに情報開示されてるのは、孤烏からでしょ? 今までに『鏡の国』に行けたのは悪靈だけ?
確かに七椿様の権能は魅力的だし、皆が皆、鏡を通して辿り着きたい瞬間があるんだろうけど……功を焦って死んじゃったら元も子もないよ?」
五人組の中で考えが二分しているのか、徐々に議論はヒートアップしていく。
「でもさぁ!? そんなこと言ってたら、何時になったら、鏡の国に行けるの!? このままオフィーリアを見張ってても、悪靈に手柄を横取りされて終わりでしょ!? 私たちは、ずっと、現在にいるしかないんだよ!?」
「まぁまぁ、この『好物 忍参』でも視て落ち着いて」
「落ち着けるかァ!! 無駄に達筆でムカつくんだよぉ!! 読めねぇんだよ、達筆過ぎてぇ!! 頑張って解読したら『服部半蔵+服部半蔵=服部全蔵』ってなんだよ!! 小学生でも思いつかねぇよ、こんなもん!! 大概にしとけや!!」
「ちょっと、声、押さえなさいよ! マージライン家の別荘地内なのよ!?」
吠え声。
びくりと身を縮こまらせた五人組は、懸命に吠えるオフィリーヌに驚き、忠犬の声を聞きつけた使用人たちの足音を聞きつける。
「撤退しよ! こんなところで揉めてる場合じゃない!」
「くそっ……!!」
本人の意思が介在しないところでは有能さを発揮するエイデルガルトと、マージライン家の面汚したる有能犬がタッグを組み、戦わずして不届き者を敗走に導いていた。
「よし、逃げるみたいだな……一度、別荘に戻るか」
「ヒーロくん、自分の姿を視てみたまえ」
タオル一枚で大自然を受け入れていた俺は、ずり下がった胸元を直し、迫ってくる使用人たちから逃げ始める。
魔力の痕跡を残すのを恐れているのか。
魔導触媒器の引き金を引かずに、自身の脚力を持って逃げ続ける五人組を俺は追いかける。
「アイツら、どこに行くんだ?」
「さてね。ロサンゼルス辺りまで走っていくのかもしれないぞ」
「見上げた体力と根性だが、走るジャパニーズ露出男として、ロス市警に捕まっちまうから勘弁願いたいね」
マージライン家の別荘地内を駆け抜けた彼女らは、必死で別荘地を囲う壁をよじ登り、助け合いながらカルイザワの通りを疾走し、四ツ辻に差し掛かったところで――急に消えた。
「ワオ、種も仕掛けもなしに、人体消失マジックを披露してくれちゃったよ」
「君のち○ぽじゃあるまいし、そう簡単に人体が消えてたまるか。
ココはカルイザワだぞ、人が急に消える要因は察しがつくだろ」
「……次元扉か」
周囲に人気はない。
俺は、静まり返る四ツ辻を注意深く眺め回し……見つける。
電柱と壁の間。
ボール状になった魔力の渦が、大量の本を巻き込み、くるくると回転しながら次元扉と化していた。よくよく視てみれば、その電柱には式枠が備わっており、敷設型特殊魔導触媒器であることがわかった。
「さて、どうする? 行くか?」
「世間の皆様に、俺の鍛え上げられた肉体を披露するのも憚れるんでね……新聞の一面を飾るよりかは、虎穴に入って虎子を得る方を選ぶね」
「やれやれ、虎穴程度で済めば良いがね」
覚悟を決めて。
俺は、次元扉の中に入っていった。