正体バレが怖くて女装がやれるかよ!!
『……七椿派がカルイザワに?』
「あぁ、あまりにもタイミングが良すぎるから、地下天蓋の書庫との関連性がないかと思って」
『…………』
口を閉ざした委員長は、画面上で沈黙する。
数十秒が経過して、彼女はようやく口を開いた。
『カルイザワは、かつて、異界への侵略戦争を望む主戦派が秘密結社を乱立し勃興し始めた時期に狙われた地のひとつでもあります』
「異界と仲良く共存していこう……そういう考えを持った宥和派とは相容れず、カルイザワは現界と異界の緩衝地帯だったからだろ?」
『えぇ、そして、その年代はルミナティ・レーン・リーデヴェルトが、地下天蓋の書庫から魔導書を盗み出し、各地のダンジョンで魔導書の養殖を開始した時期と一致する』
ルミナティ・レーン・リーデヴェルト。
現在から107年前に秘密結社を起ち上げ、生きる事物である魔導書を用いて、未来の魔力枯渇問題を解決しようとした女性。
委員長の血縁に当たり、彼女が魔導書をダンジョンにばら撒いたことで、その子孫であるクロエは魔導書の回収を余儀なくされている。
『カルイザワは、また、七椿を魔導書に封印した場所であるとも言われています。
封印執行者の名は、エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフト』
「……クルエ・ラ?」
『王の血筋を示す氏族名です。お察しの通り、ラピスさんの血族ですね。
彼女は、現在のエルフたちが『エンシェント・エルフ』と呼んでいる太古のエルフの唯一無二の生き残りです』
エンシェント・エルフ。
俺が腰にぶら下げている用途不明の黒戒を武器として用い、暇つぶしに囚獄疑心という遊戯を作り出し、栄えていたエンシェント・エルフ界を滅亡へと導いた人物。
俺の知る限り、原作上、最も出現させるのが難しく、最も出現させるべきではないキャラクター……その人物こそが、エンシェント・エルフ『エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフト』。
『飽くまでも、口伝の伝承です。実際には、大正政府と宥和派が秘密裏に手を握り合い、異界と現界の名だたる魔法士が参加し、数日にも及ぶ討伐戦の後に辛うじて封印に成功したと言われています』
「委員長は」
考え込んでいた俺は、ゆっくりと顔を上げる。
「地下天蓋の書庫の件が、直接、カルイザワの件に関係すると思う?」
『……確証はありません』
ぼそぼそと、委員長は、独り言のようにささやく。
『特に、なぜ、七椿派がオフィーリアさんを狙ったのかがわからない……私が掴んでいる限り、マージライン家には何の関わりもないことの筈……だとすれば、我々の推察が行き過ぎているか……もしくは……』
悩み込んだ彼女に、俺は微笑を向ける。
「まぁ、単純に、資金繰りに困った七椿派が金持ちのお嬢さんを狙った結果かもしれないしな。鳳嬢が地下天蓋の書庫に潜ることを知った眷属たちが、活発に行動し始めて、たまたまかち合っただけの可能性もある」
『そうですね……』
「あぁ。
それでさ、ひとつ、聞きたかったんだけど」
肌色の肩を露出し、髪が濡れている委員長は小首を傾げる。
「な、なんで、濡れてるの……?」
『入浴中だからですが。
どこぞの三条家のお坊ちゃまは、裸の女性と話すのを好むのか、何時も、私が入浴しているタイミングで電話をかけてきます』
「ソレは悪魔の意思で……それに、だって、まだ昼間だし……」
『健常に生体を維持するためにランニングしてきたところだからです。たかが、私の入浴程度で、三条さんの予定をシフトさせるわけにはいきません』
「う、うん、もうそういう気遣い要らないからね……じゃあ、切るね……」
『あの』
ちゃぷんと、水音を立てて委員長はつぶやく。
『三条さんは、私に欲情しているんですか?』
通話を切ろうとした俺の動きが、ぴたりと止まる。
「……は?」
『大圖書館と国立図書館で、男性のことを調べました。男性は女性の裸身に欲情して、子孫を残すための働きを求めるようですね。
そのため、毎度、偶然を装い私の入浴中を見計らってくるのかなと』
「正しい調査結果と誤った推察結果だね……?」
『本件に対する三条さんへの褒賞をどうするべきかと検討を重ねておりましたが……地下天蓋の書庫の件を解決して下さるなら、この貧相な身体をどう扱ってくださっても構いませんよ?』
「急にえっちな本の導入みたいなこと言い出すのやめてくれない……? 切るよ……?」
少しカメラを下にズラシた委員長は、俺の反応を確認してから無表情でささやく。
『では、また』
通話が切れて、俺は、止めていた息を吐いた。
「本場の忍者よりもハニートラップが上手い……」
「おい、ヒーロくん! えっちが過ぎるぞ! いかんなぁ!!」
頭を潰す勢いで、俺はアルスハリヤにアイアンクローをかける。
目を覚ました七椿派からは、ろくな情報を得られず、思った通り末端にまでその目的は伝えられていないようだった。
百合カップルは世界遺産登録されているため、国際法に基づいて、俺は彼女らを神聖百合帝国で保護することに決めた。
事後処理をエイデルガルトと緋墨(謎の美人に下着姿で呼び出されたと騒いでいた。俺は正体を明かさないことに決めた)に任せた俺は、霧の国の霧を纏ってマージライン家の別荘に戻る。
賢いオフィリーヌは、主人たちの匂いを嗅ぎ分け、俺が誰にも視られないルートを見つけて先導してくれた。
「お前、有能すぎて、マージライン家の面汚しだぞ……?」
無事に誰にも見つからず、渓流に戻った俺はオフィリーヌの頭を撫でる。
べろんべろんと俺の顔を舐めた後、大型犬は縦ロールを揺らしながら去っていき、俺はびしょ濡れになった三人と対面する。
「な、なにがあったんですか……?」
「桜が」
「レイが」
「ラピスさんが」
どうやら、俺がいなくなった後、水遊びはエスカレートして魔法合戦へと至ってしまったらしい。
「皆様、ただいま、戻りまし……まぁ、なんてこと! 鳳嬢生にあるまじき醜態! 水遊びではしゃぎ過ぎて、ずぶ濡れになるなんて! この優雅の権化たるオフィーリア・フォン・マージラインは、一滴足りとも濡れていないというのに! 貴女たち、鳳嬢生としての自覚が足りませんわ!
鳳嬢生たるもの、なにがあろうとも、ご令嬢の前でそのような姿を晒してはいけませ――あだぁ!!」
濡れた石ですっ転んだお嬢は、盛大に水飛沫を上げ、そのまま川を流れていく。
「ぁあ~れぇ~!!」
「いや、この浅瀬で人体が流れるわけないよなぁ!?」
「人体の不思議だね」
俺と月檻で『すごいなぁ』と見守っていると、ラピスとレイがお嬢を追いかけ、我に返った俺も彼女を確保しに向かう。
「大丈夫、オフィーリア?」
「あ、ありがとうございます……」
俺が差し出した手を握った後、お嬢は、バッと自身を両腕で覆い隠す。
「も、申し訳ございません……わ、わたくし、貴女の婚約者にあるまじき姿を……幻滅いたしましたわよね……?」
「いえ」
俺は、バシャァンと音を立てて川に飛び込む。
「今日は、暑いですから」
「…………」
ぼうっと。
顔を赤らめたお嬢は、潤んだ瞳で俺のことを見つめる。
「あ、あの……わたくし……」
口を開いたお嬢は、なにも言えずに口を閉じ、髪の水気を切ってから立ち上がった。
「い、いえ、ゆ、湯浴みと着替えの準備を……次は、我がマージライン家の一族を紹介いたしますわ……」
起立したお嬢は、スタスタと屋敷へと歩き出し、寄ってきた月檻は濡れた身体を押し付けてくる。
「……どうするの?」
「……どうするってなにが?」
「……湯浴み」
衝撃で。
立ち尽くした俺は、ゆっくりと、微笑む月檻を見下ろした。
「……大浴場で、皆で、とか言い始めたら終わりじゃない?」
「……は、はは、嫁入り前の女性がまとめて一緒に風呂に入るわけないだろ?」
「…………」
「入るわけないよね?」
月檻の冷たい肌と混じった体温が離れ、彼女は指で俺の手の甲をなぞっていった。
俺は、ラピスの肩を叩いて、息を荒らげながら問いかける。
「入るわけないですよね?」
「え、な、なにが……?」
続けて、レイを追いかけて肩を叩いた。
「入るわけないですよねぇ!?」
「眼が充血してますよ」
目薬をもらった俺は、両眼から偽涙を流しながら魔人を振り向いた。
「入るわけねぇよなぁ!?」
「入るだろ」
アルスハリヤは、真顔でそう言った。
「バカが」
そして、消える。
「…………」
絶望で膝をついた俺は、早くも、正体が露見する危機を迎えようとしていた。




