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呼ばれた謎とトップシークレット

 見当違いの方向を通り過ぎてゆく石礫いしつぶて


 戦闘開始から数十秒が経過しているにも関わらず、俺が発生させた霧に対応もせず狙いも付けず遠距離攻撃を乱発……強風を発生させて消し飛ばす程度の対策もしてこない時点で、戦闘に慣れていないド素人だとわかる。


 俺は、腿に固定させていた黒戒カノンを引き抜く。


 堂々と九鬼正宗を腰にぶら下げていたら、スノウたちに正体がバレてもおかしくない。そのため、相棒の日本刀は部屋の中に隠してあった。


 現況、俺が所持している得物えものらしい得物えものは、式枠スロットを持っていない黒戒カノンだけだった。


 黒戒カノンには式枠スロットがないので、強化投影テネブラエさえ発動出来ない。


 此度こたび戦闘ダンスのお相手がド素人ゆえに、予想外の行動に出て足を踏まれる可能性もある。生身で戦う以上、慎重な対応が求められるが、魔人となった俺にとって多少の傷は問題にならない。


 どちらかと言えば、俺が問題視すべきは、お嬢様姿での戦闘を誰かに目撃されることで……俺の正体が三条燈色であることがバレないように、隠蔽いんぺい工作を徹底しながら戦う必要がある。


 まぁ、でも、魔人の戦い方を学ぶ良い機会だ。


「アルスハリヤ」


 俺は、石礫が飛んでくる方向と速度から、敵の位置を見当付けながら片膝を付く。


「この霧は、魔人の眷属けんぞくが扱っている召喚術の一種か?」

「合ってるな。

 我々は『権能』と呼んでいるが、支配下にある魔物を呼び出したり、支配領域から事物や事象を引っ張り出したり出来る。君の『布教空間パーソナルスペース』も、僕の支配領域に仕舞ったり取り出したりを行っている魔人の権能の一種だ」

「つまり、魔人・三条燈色の支配領域は『百合』ということか……くくっ、神にでもなった気分だぜ……」

「神は神でも、百合の破壊神だ――」


 アルスハリヤの首を両手で締めて高い高いしている間にも、石礫はこちらに飛んできている。


 何発か被弾しているものの、俺は豊潤な外部魔力を取り込み、被弾箇所を瞬時に修復リペアする。


「魔人は、全員が全員、魔神に生み出された際に生じる『原処領域』を持っている。その起源ルーツは、魔神が参考にした人間の母体に関わる場所で、僕の場合は霧の国(ニヴルヘイム)と呼ばれている異界の深部だ」

「つまり、この霧は、霧の国(ニヴルヘイム)から呼び出してるのね」


 俺が人差し指を差し出すと、赤黒く色が変じた霧がまとわりついてくる。


「ただの霧だと思うなよ。君のちんけな百合脳でどこまで使いこなせるかはわからないが、霧の国(ニヴルヘイム)の霧には多種多様な活用方法があ――」


 俺は、霧でふたりの少女を形作りキスをさせる。


「俺を舐めるなよ(ニチャァ)」

「こ、コイツ……気色悪さに特化した扱い方をもうマスターしたのか……!!」

「フッ。どうやら、今後、前線に百合補給線を伸ばすのは楽になりそうだな」

「…………(蕁麻疹じんましん)」


 俺は、黒戒カノンで石礫を弾きながらつぶやく。


「アルスハリヤ、お前の支配領域ってことは、神聖百合帝国もその領域内に含まれるのか?」

「あぁ、あの神聖でも百合でも帝国でもない領域アレも含まれるだろうな。その気になれば、神聖(でもなく)百合(でもなく)帝国(でもない)から、魔力やら物資やら人材やらも出し入れ出来るようになる筈だ。

 基本的に、魔人が支配領域を広げようとするのは、自身の力を高めるためだからな。領域が広がれば広がる程に、魔人の名が広まれば広まる程に、魔に対する恐怖が高まれば高まる程に魔人の存在と権力は強大になる」


 まさに、悪堕ちルートの目的そのものだな。


 魔神に成り代わるために、他の魔人から領域を奪い取るシミュレーションゲーム……あの国盗り合戦は、魔人の力を高めるために必要だったということか。


「要は、局所限定の次元扉ディメンジョンゲートみたいなもんか……あれ? なら、もしかして、シルフィエルとか呼び出せたりする?」

「僕ならともかく、現在いまの君では無理だ。こちら側に生み出せる領域が小さすぎる。アレだけの魔力の塊を通過させることが出来ない。

 君が保護している人間たちなら召喚出来るんじゃないか? 緋墨ひずみとかいう小娘なんて丁度良いと思うが?」


 ようやく、俺が被弾したかどうか確認する気になったのか、それとも魔力消費を節約するつもりになったのか、石礫の乱射はんでいた。こちらの出方をうかがっているらしく、ささやき声を交わし合っている。


「オッケー、なら、呼んでみるか。

 どうやんの?」

「求めよ、さらば与えられん。

 布教空間パーソナルスペースを扱う時と同じだ。脳内で取り出したいモノを想像イメージし、渇望し、手を伸ばせば良い」

「なるほどね……緋墨、緋墨、緋墨……おっしゃ、来いやァ!!」


 俺は、その右腕を掴んで引っ張り出し――


「へっ?」


 半脱ぎ状態で、下着姿の緋墨が俺の胸の中に収まる。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 顔を真っ赤にして、両腕で自分の全身を隠している緋墨は、ぺたんと地面に腰を下ろす。


 俺は彼女の腕を掴んで立ち上がらせ、神聖百合帝国の拠点ホーム想像イメージし、そっと背を押して彼女を送り返した。


「きゃー、ヒイロさんのえっちー!! とか言わなかったな」

「…………」

「まぁ、現在いまの君は、女装しているから正体不明のままか……ちっ、しくじったな……着替え中ではなく、風呂に入っている人間がいればもっと良かったんだが……」

「…………」


 俺は、アルスハリヤをすっ転ばして、地面に叩き倒した。


 その上に馬乗りになった俺は、全体重をかけて両腕で首を締め、息を荒らげながら力をめていく。


「貴様は……貴様は、存在してはいけない化物だ……お、俺の手で……俺の手で終わらせてやる……終わらせてやるぅ……くたばれぇ……!!」

「君の歪んだ面は素敵だなぁ(うっとり)」


 俺は、か細い首をへし折ってやろうと、全身全霊の力をめて――霧の中に踏み込んできたふたりの魔法士がこちらを見つめ――ぐるんと首を振って、俺は、血走った眼を彼女らに向けた。


「百合か……?」

「ひっ!?」


 俺は、ゆらりと立ち上がり、魔法士たちは引き金(トリガー)を引いた。


 飛来してきた石礫が全身を貫き、後方にバタリと倒れた俺を視て、彼女らは安堵の息を吐いた。


「な、なんなのよ、この女……虚空を締めてたわよ……な、なにかいるんじゃないでしょうね……?

 さっさと、退散しましょう?」

「そ、そうね、この霧といい、なんだか不気味だもん。

 早く帰って、ふたりでゆっくりしよ?」


 両脚と腹筋の力だけで、ゆっくりと、俺は上体を保ったまま立ち上がる。


 彼女らは、なにか話しながら、笑みを浮かべて歩き出し――血塗れの俺は、ふたりの間から、遠慮がちに顔を出した。


「ふたりは」


 顔を真っ青にした二人組は、ガクガクと震えながらこちらを振り返る。


 俺は、真っ赤に染まった顔でニチャァと笑った。


「付き合ってるの……?」


 ガクンと。


 勢いよく膝を折ったふたりは、白目をいて失神しており、慌てて俺は彼女らを抱き留める。


「えっ……もしかして、距離、近すぎた……? ココまで男を嫌ってるなんて、応援したくなるカップルだな……胸ポケットに千円入れとこ……」

「流れるように課金するその姿勢に、彼女らの失神原因があるとは思わないのか?」

「…………」

「拝むな。お賽銭気取りで、三礼三拍手一礼の参拝を始めるな」


 倒れたふたりの手を繋がせて、写真を撮ってから、追加で千円を課金した俺は合わせていた両手をほどいた。


「アルスハリヤ、はしとか持ってない?」

「持っててたまるか、マイ箸を持ち歩く食いしん坊グルメじゃあるまいし。僕に実体はないと言ってるだろうが。

 なにに使うんだ、そんなもの?」

「百合カップルは、男立ち入らずの聖域だから手で触れられない。魔神教の可能性もあるから、素性を確かめるために烙印らくいんの有無を確かめておきたいんだよ」


 俺は、微笑んでささやく。


「箸の起源ルーツは、天皇が神事を行う際に、神への捧げ物にじかに手で触れないために生み出された道具ツールだと言われている。

 災害時に人命救助を行う際などに、どうしても百合カップルに触れざるを得ない場合は神事と心得て箸を使う……百合学の基本だろ」

「君は、火災現場から、箸で百合カップルを救出するのか……?」


 俺は、自分の所持物を確認してから、箸を持ち合わせていなかったことに舌打ちをする。


「仕方ない、黒戒カノンを使うか……その前に、もう一度、手を合わせておこう」

「遺体に手を合わせる鑑識みたいになってるぞ」


 いざ、俺が見分を始めようとすると、横合いから手が伸びてくる。


 スカートをまくり上げたその手は、太ももの内側にある合わせ鏡の烙印を見せつけ、ふわりと髪をき上げた。


「七椿派ね」

「エイデルガルト……」


 足音を消して迫ってきていたのか、唐突に現れたエイデルガルトは、最大の長所である綺麗な顔をしかめる。


「三条霧雨(キリウ)が手を結んでいるのはライゼリュート派よ。七椿派とは関係がない。そもそも、霧雨(キリウ)派はおろか三条家の人間は、燈色さんの居所を掴んでいないのだから三条家とは関わりのない連中だわ」

「…………」


 ――な、なんなのよ、この女


 少なくとも、このふたりは、俺を三条燈色とは認識していなかった。演技や虚偽とも思えないし、今までに七椿派と争った記憶もないので、狙いが俺である可能性は低い。


 ならば、彼女らの狙いは誰だったのか?


 原作でのオフィリーヌは、お嬢を護るために活躍する忠犬であり、その犬が主人の危機を察知して俺を呼んだという事実から答えは絞られる。


「このふたり、オフィーリア・フォン・マージラインを狙っていたようね」


 疑問が浮かぶ。


 なぜ?


 なぜ、七椿派がお嬢を狙っている? 原作の『オフィーリア家の夏休み』には、魔神教にお嬢が狙われるなんてイベントはなかった筈だ。


「……もっと、情報がいるな」


 俺は、立ち上がり、ボロボロのエイデルガルトを見つめる。


「襲われたのか?」

「えぇ、森に潜んでいたら木の枝に引っ掛かっ――」

「そうか、引き続き頼む」


 こくりと頷き、立ち去ろうとしたエイデルガルトが止まる。


「そういえば、有力な情報を掴んだわ」


 え? 早くない? 無能忍者から有能忍者に反転転職ジョブチェンジして来たの?


「トップシークレットよ、情報の取り扱いには注意してね」


 寄ってきたエイデルガルトは、香水の香りを漂わせながら、俺の両肩に手を置いて唇を耳に近づけてくる。


 吐息がかかる距離で、彼女はささやいた。


「カブトムシって黒いから……直射日光に弱いらしいわよ……」


 愕然がくぜんと。


 眼を見開いた俺に微笑を投げかけ、颯爽さっそうと、エイデルガルトは立ち去っていく。


 微笑んだ俺は、憧憬どうけい眼差まなざしをその背に向けてささやいた。


「それって……クワガタもだろ……?」


 逆に、俺の中で、エイデルガルトの好感度が上がった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ポンコツな子ほど好きになっていってる……
[気になる点] つまり…七椿派もカブトムシを探しに来ていた…?( ; ・`д・´)…ゴクリ
[良い点] 神聖でもなく百合でもなく帝国でもない のくだりとか、カブトムシとかセンスがとんがってて大好きだわ。
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