炸裂!! 忍者忍法、シュミット式!!
敵対者の掌に、烙印が浮かぶ。
瞬時に、その手に赤黒い短剣が握られており、すかさず前蹴りを入れた俺は距離を取りつつ引き金を引いた。
烙印による召喚、魔人の眷属か!?
エイデルガルトは、二人目の刺突を避けながら裏拳を顔面に入れる。
「がっ!」
呻いた眷属の腕に両手を絡ませながら、勢いよく体重を載せて逆側に捻り――ボグッ――あっさりと折った。
悲鳴を上げた敵対者の中心線に沿って、掌を置いたエイデルガルトは足をかけ、手首を捻りつつ投げ倒し無力化する。
「ァア!!」
伸び縮みする短剣を片手に、突貫してくる残りのひとり。
俺は、突っ込んできた相手の右肩を押して、前に出てきた左手首を取りながら、トイレの外へと押し出す。
周辺魔力を掌に掻き集めながら、その感覚を掌底に乗せる。
劉悠然直伝、略型、無形極。
腰を捻りながら腹部に叩き込んだ掌は、相手の体内へと魔力を伝導させ、もがき苦しみながら眷属は倒れ伏した。
倒れた二人組を見下ろした俺は、冷や汗を拭きながら安堵の息を吐く。
あ、あぶねー……閉所で狭かったから、九鬼正宗を抜刀する余裕はなかったし、劉から無形極もどきを教わっておいて良かった……威力的には比べられるレベルではないものの、一時的に相手を無力化するには十分だ。
「ライゼリュート派ね」
相手の首元を晒したエイデルガルトは、烙印をこちらに見せてくる。
なにか思うところがあったのか、その烙印を指で拭った彼女は、その後ろに隠れていたフェアレディの烙印を視てささやく。
「……三条霧雨か」
「あ? 三条霧雨?」
苦笑して、エイデルガルトは首を振る。
「悪いけれど、貴方には最低限の情報以外は渡すなと言われているの。本件に三条霧雨が関わってるなんて口が裂けても言えないわね」
「え? コイツら、三条霧雨の手先なの?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「さすがは、三条燈色と言うべきかしら。
わたしを凌ぐ情報入手能力を持つとは恐れ入ったわね」
「お前、情報源としての誇りを持てよ」
ため息を吐いて、両腕を組んだエイデルガルトは胸部を押し上げる。
「黙ってくれてるなら、胸を揉ませてあげても良いわ」
「フィジカルでしか勝負できねーのか、お前は」
的確な当身を当てて、藻掻いていた眷属を気絶させたエイデルガルトは、抜群に優れた容姿で俺にウィンクをする。
「フィジカルだけは得意なの」
「でしょーね……」
俺は、ふたりの脈があるのを確認し、折れた腕が悪化しないように体勢を整えてやってから立ち上がる。
「前に、三条家とフェアレディ派が手を組んで、ミュール・エッセ・アイズベルトを攫ったことがあった……アレを主導してたのは、三条霧雨ってことだよな? コイツら、フェアレディ派の残党で、ライゼリュート派に鞍替えした連中だろ?
烙印の効果は完全に消しきれても、その痕が残ることはあるからな。あんた、さっき、指で拭ってソレを確かめてたんじゃないのか?」
「胸を揉ませてあげても良いわ」
「自分が口を滑らせるの前提で、置きフィジカルしてくるのやめろ。忍なら、どうにかこの場を忍ぶ手立てを考えつけよ。最悪、黙秘権を貫いて、適当に煙に巻けばいいだろ」
苦笑したエイデルガルトは、壁に背を預け髪を搔き上げる。
「燈色さん、貴方、賢すぎて寿命を縮めるタイプね。
わたしと真正面から口論出来るなんて、小学五年生のマミちゃん以来の逸材だわ」
「お前、人のことバカにするのも大概にしとけよ……?」
「残念だけど、わたしは忍者なの。知ってる? 忍者はありとあらゆる尋問、拷問に耐え得る修行を積んでるのよ。
斯く言うわたしは、そういうキツいことは無理だから修行は全部サボったわ」
「お前、もう、忍者やめちまえ……本当にやめとけ……死ぬぞ……?」
ふと、エイデルガルトは顔を上げる。
彼女の視線の先の車両から、五人の女性が真っ直ぐにこちらに向かってきており、エイデルガルトは嘆息を漏らした。
「細かい話は後ね。
このままでは袋の鼠だし、一度、下りましょう。チケット代がもったいないように思えるでしょうけど、わたしももったいないと思ってるわ」
「なんで、お前、いちいち絶妙に必要ない情報混ぜてくんの……?」
手慣れた動きで、トイレの中に二人組を押し込んだエイデルガルトは、俺の手を取って五人組とは反対方向へと早足で歩き始める。
「タカサキで下りるわ。
後、数分で着くでしょうから、駅から一気に駆けてアイツらを引き離す」
俺らの動きに勘付いたのか、五人組は一気に駆け出し、エイデルガルトと俺も先頭車両へと向けて走り始める。
「おい、コレ、追いつかれるぞ」
「上に隠れましょう」
「は? え、おい、なにす――」
ひらりと。
魔力線を足に伸ばしたエイデルガルトは、荷物棚へと己の身体を滑り込ませ、引っ張り上げられた俺は彼女の胸の中に収まる。
「は、はみ出てる……絶対、はみ出てるってコレ……!!」
「しっ、静かに!」
柔らかな胸に顔を押し付けられた俺は、呼吸を止めることを余儀なくされ、聞こえてくる心音から気を逸らすために目を閉じる。
座席を足場にされた乗客は、怪訝な顔つきをしていたが、エイデルガルトの人間離れした驚異の動きのお陰か、視界の端にすら姿が映らなかったこともあり、画面を広げてネットサーフィンに戻る。
「どこに行った……!?」
五人組はゆっくりと前へと進みながら座席を眺め回し、屈強な力で顔を押さえられた俺は、酸欠で顔面が赤紫色に変じつつあった。
「え、エイデルガルト……い、息……息……が……!」
なにを思ったのか。
俺の両頬に手を添えたエイデルガルトは、綺麗な顔を俺へと近づけてきて、なんの躊躇いもなく口付ける。
「…………ッ!?」
そのまま、彼女は、大量の息を吹き込んでくる。
1秒、5秒、10秒……ようやく、五人組は座席を確認し終えて前の車両へと進み、エイデルガルトは床に着地する。
「…………」
同じように下りた俺は、彼女の唾液で濡れた唇を拭う。
「な、なんで、お前、人工呼吸しやがった……?」
「燈色さんが言ったんじゃない、呼吸が出来ないって」
特に思うことはないのか、エイデルガルトは、俺とのキスで奪われたリップクリームを塗り直す。
「普通に!! 普通に、胸に押し付けてる俺の顔を上げれば良かっただろ!! ただ、それだけの話だったのに!! なんで、その貴重な唇を!! お、おま!! お前!! お前ぇえええ!!」
「あぁ、確かに、そう言えばそうね……でも、別に男の人とのキスなんて、蚊に刺されたようなものなんだから気にしないわよ。ファーストキスとしてカウントしていないし、わたし、こう視えてもキスには一家言あるの」
「俺が気にするんだよ!! 俺には、俺の想いがある!! 良いか!? 俺は、あんたには最高のファーストキスを体験して欲しいんだよ!! 女の子相手に!! ルートがないからこそ、俺やファンたちは、何度そういう妄想をしたことか……わかるか、あんたに俺の気持ちが!?」
「忍者だからわからないわ」
「汚いなさすが忍者きたない!! 俺はこれで忍者きらいになったなあもりにもひきょう過ぎるでしょう!?」
「ろれつと頭が回ってないわよ」
「いたッ!!」
五人組のうちのひとりが戻ってきていたらしく、席を立った乗客を掻き分けて、こちらへと駆け戻ってくる。
新幹線は、丁度、タカサキへと到着してゆっくりと止まり始める。
エイデルガルトと俺は引き金を引き、降車のために通路へと出てきた乗客を飛び越え、座席の背もたれの上を疾走りながら一気に降車ドアへと向かって行き――進行方向からも、追手が迫ってきているのを確認する。
五と五。
前方と後方を挟まれた俺たちは、目を合わせる。
「燈色さん、わたしが引き受けるわ」
「断る」
微笑んだエイデルガルトは、タイミングを外して後方へとひとりで走ろうとし――その手首を取って引き寄せる。
「良いから、黙って俺に任せてろ」
静かに。
俺は、頭を巡らせ――エイデルガルトを横抱きにして、乗客たちの群れに紛れ、彼女らがかぶっている帽子を取って忍者にかぶせる。
「俺には俺の忍法がある」
俺は、ニヤリと彼女に笑いかける。
右手でエイデルガルトの頭を下げ、帽子を奪われた乗客はキョロキョロと辺りを見回し、俺は別の乗客から奪った帽子を自分で被る。
「乗客に紛れ込んだ!! 帽子よ、帽子をかぶった!! 麦わら帽子と黒のキャスケットよ!! 探して!!」
前方と後方から迫る十人は、人混みを掻き分けながらこちらに向かってくる。
帽子を探している持ち主に帽子を返し、別の乗客が肩にかけていたカーディガンを奪い取り、エイデルガルトの制服の上着と交換する。
俺は、着ていたクソダサTシャツを座席に放り捨てて、忘れ物のジャケットを着こなし、エイデルガルトと場所を交換しながら奪い取った帽子で顔を隠した。
「えっ!? ちょっと、わたしのカーディガン!?」
「退いて!! 退けッ!! 退きなさい!!」
絶妙なタイミングで。
カーディガンのために人の流れに逆らった女性と一緒に、座席側へと身体をズラした瞬間にエイデルガルトを抱き締め――光学迷彩――迫ってきた追っ手とすれ違う。
カーディガンを元の持ち主に返し、エイデルガルトの肩を抱いたまま、降車口へと向かって行き――
「いたわ!! その二人組よ!! 捕まえてッ!!」
その絶叫と共に、一気に駆け出す。
降車口へと走っていった俺たちは、我武者羅に追ってきた眷属を突き放し、追われながら一気に新幹線の外へと飛び出し――
「忍法・百合変化」
手を伸ばしてきた眷属の顔に、帽子を投げつけながら笑う。
「悪いけど、それ返しといて」
見事に顔面で受け止めた彼女は、呻きながら帽子を床に叩きつけ、俺とエイデルガルトは階段を駆け上がっていく。
「すごいわ、燈色さん! 貴方、忍者だったのね!」
「某、生来より、壁と同化したいと願ってきた男子ゆえ……」
「こっちよ」
なにをすれば、そこまで速く走れるのか。
俺の手を引いたエイデルガルトは、ぐんぐんと速度を上げていき、地上で待ち構えていた追っ手たちが魔導触媒器を引き抜く。
「止まれ!! 撃つぞッ!!」
反対方向からも、眷属たちが迫ってくる。
橋上。
自動車が音を立てて交錯する最中で、橋の欄干に上がったエイデルガルトは、俺を抱き寄せてから微笑を浮かべる。
「燈色さん、わたし、前世はイルカかマグロとまで言われてたの」
「……俺は、言われてない」
とっと。
彼女は、俺を抱き締めたまま、欄干から跳び下り――
「忍法」
ささやく。
「落下」
「ただの自由落下を忍法と呼ぶんじゃねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
派手な水柱を上げて。
俺とエイデルガルトは、川の只中へと没していった。




