人には向き不向きがある
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
俺の左隣にはスノウ、左斜め前にはラピス、正面には月檻、右斜め前にはレイが座っている。
新幹線の三人席を向かい合わせにして座っている俺たちは、気まずい沈黙を抱え込んでいた。頭を抱えて俯いている俺以外の視線は、俺の右隣に集中しており、注目を浴びる当本人は足を組んですまし顔をしている。
「…………」
俺は、信じ難い思いで、右隣に座る追跡者を見つめる。
なんで、お前、よりによってそこに座っちゃったんだよ……? 普通、尾行してる相手の右隣の席を確保して座っちゃう……?
ふんわりとしたツーサイドアップ。
鳳嬢魔法学園の制服を着こなしている彼女は、容姿は抜群に優れており、この新幹線に乗り込んだ時から数多の視線を掻き集めていた。そのスタイルの良さは天から与えられた唯一無二のものであり、神々からの寵愛を一身に受けているかのように、誰も彼もから親愛をかき集めているかのようだ。
「せっかく、見逃してあげてたのに」
スノウは、ため息を吐き、ちらりとレイの様子を窺う。
しかし、レイは彼女のことを知らないのか、スノウの視線を受けてもふるふると首を振るだけだった。
「ねぇ、君」
ラピスは、彼女に声をかける。
「なんで、ヒイロの後を尾けてるの?」
この問いかけに、追跡者はなんと答えるのか……固唾を呑んで見守っていると、足を組み直した彼女はささやいた。
「誰? ヒイロって?」
ここまで来てしらを切るとか、肝が据わり過ぎだろ。
「三条燈色なんて、わたし、聞いたことも知ったこともないわ」
「なんで、三条って苗字知ってるの?」
「…………」
彼女は、ふわりと、髪を搔き上げて――微笑む。
「…………」
「おい、めっちゃ、冷や汗掻いてるから許してやれ」
立ち上がった追跡者の美少女は、視線で俺のことをデッキへと誘う。
仕方なく付いていった俺は、腕を組んで壁に背を預けている彼女に見つめられ、デッキの扉をゆっくりと閉じた。
「どうやら、わたしの正体にはもう勘付いているようね」
「あぁ、まぁ、うん……」
「視ての通り、わたしは」
彼女は、真剣な顔でささやく。
「忍者よ」
「お前、もう、忍者やめちまえ」
エイデルガルト・忍=シュミット。
某動画投稿サイトでは、彼女が現れる場面では『お前、もう、忍者やめちまえ』のコメントで埋め尽くされる程に忍ばない自称忍者である。
作中No.1と言っても過言ではない程のポンコツであり、尾行の失敗率100%にも関わらず処分されることも処断されることもなく、平然とした顔で次の任務に赴くので『恥を忍ぐのだけは一流』と評価されている人物だ。
エイデルガルトは、『絶世の美少女』という設定をもつキャラクターで、生来から目立つことを宿命付けられた少女である。
そのため、彼女が忍べないのは神が定めた宿命であり、ハニートラップに活用しようにも美しすぎて逆に疑われ、彼女自身の演技力がゴミなので秒で正体を暴かれる始末だ。
彼女は、三条黎ルートにのみ登場するキャラクターで、代々、三条家に雇われている間者である。
ポンコツであることに疑いようはないのだが、敏捷の能力値については屈指の実力を誇っており、回避タンクとして活用されることが多い。
そのため、前列にエイデルガルトのみを置いて、残りのキャラクターを後列に回す『忍法・不忍』という戦術が非常に有用で、ゲームシステム的にも忍者として活用するようには作られていない。
ただし、謎の情報入手能力はあるらしく、彼女をパーティーに入れていると多種多様な情報が手に入ることもある。
その情報は正しかったり正しくなかったり、有用であったり不用であったり、NPCと同じような口調で偽情報を流してきたりもするので、プレイヤーからは『邪悪な村人A』と恐れられており、レイ・ルートの最後の最後まで、彼女を敵の間者だと疑うプレイヤーも少なくはない。
三条家に絡みがあるキャラクターだけあって、三条燈色ともそれなりに親交があるのだが……そのあまりのポンコツ振りと得体の知れなさに、あの三条燈色ですら手を出せなかった女の子として有名だったりもする。
つまり、エイデルガルト関連の百合は鉄壁と言っても過言ではないのだが、残念ながら彼女のルートは存在しておらず、月檻桜とも恋仲になることもなく、レイ・ルートでは忠義者に相応しい終わりを迎える。
個人的には、三条燈色を殺さずに退けた女性として尊敬の念を抱いており、どれだけのポンコツ振りを発揮しようともリスペクトの精神は忘れないつもりだ。
でも、傍には居て欲しくない(本音)。
「依頼主の情報を漏らすわけにはいかないから、貴方に事情を話すわけにはいかないのだけれど……物は相談、このまま、わたしに尾行させてくれない?」
「尾行してる当本人にそういうこと聞いちゃう?」
「燈色さんって呼んでも良いかしら?」
「良くねーよ」
「お近づきの印に、胸を揉ませてあげても良いわ」
「なりふり構わず、魅力で押し込んでくるのやめろ」
余裕の笑みを浮かべて、完成されたスタイルの彼女は長い髪を搔き上げる。
「実は、わたし、三条家に雇われてるの」
「もう、事情打ち明けちゃったよ……」
「お近づきの印に、胸を揉ませてあげても良いわ」
「脳死一択、問答無用のインファイトやめろ」
絵になるような憂慮のため息を吐いた彼女は、画面を呼び出し、そこに映る自分の髪を手櫛で整えてから俺に向き直る。
「三寮戦での燈色さんの活躍を視て、三条家のお歴々が危機感を抱いたみたいなの。さすがに、監視のひとりは付けるべきだってことで、女好きの貴方に近寄りやすい優秀で美しい忍者のわたしが選ばれたってことね」
「それ、全部、話しちゃっても大丈夫なの……?」
「大丈夫よ。今、わたし、ちょうど休憩時間だから」
「休憩時間で自由だからと言って、コンプライアンスに反して良いというわけではないと思う」
今後のための布石として、三条家の注意を惹こうと思ったからこそ、三寮戦ではアレだけ煽り倒したので、狙い通りと言えば狙い通りなのだが……なぜ、わざわざ、エイデルガルトを俺に付けたのかがわからない……この子が俺のことをまともに監視出来ると思ってるのか……?
「安心して欲しいんだけど、わたしは燈色さんの味方よ。
三条家は三条家でも、三寮戦を契機に台頭してきた三条燈色派に雇われているから」
「…………」
違う!! コレ、巧妙に仕組まれたデバフだ!! この子が傍にいるだけで、俺のパフォーマンスが下がることを三条家側は理解してる!! よくよく考えてみれば、自動追尾型の呪いが飛んできてるようなもんだわ!!
「コレは、極秘情報だから、外部には漏らさないようにしてね。素人には難しいかもしれないけど極力努力して欲しいわ」
「お前が言うな、顎に打ち込んで良いすか?」
「ところで――」
ふっと、顔を上げたエイデルガルトは、目にも留まらぬ動きで俺の口を押さえ、己の全身ごとトイレの中へ俺を押し込んだ。
「…………」
「…………」
「どこに行った? 見失ったで済まないわよ?」
「デッキでふたりで話しているのは確認した……急に消えるわけはないんだから、どこかにはいる筈だ」
柔らかい身体で、俺を壁に押し付けるエイデルガルトは、人差し指を唇の前で立てる。
ふたりで、息を殺し――扉が開く。
「「…………」」
「「…………」」
「「…………」」
「「…………」」
魔導触媒器を構える二人組と目が合って、エイデルガルトはフッと笑って髪を搔き上げる。
「そう言えば、鍵をかけるのを忘れてたわね」
「「「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」」」
なし崩し的に、俺は、突っ込んできた謎の二人組と接敵した。