本当は怖い魔導書
夏休み開始まで、あと2週間。
鳳嬢魔法学園内も、浮ついた雰囲気に包まれており、誰それが持っている別荘に遊びに行くだの、オーシャンビューを望むクルージングに行くだの、父と母に連れられて世界を巡ってくるだの、お嬢様学校らしい夏休みの予定が耳に入ってくる。
『ダンジョン探索入門』の授業では、生徒どころか教師まで夏休み気分で、教鞭をとっているCクラスの担任『シック・ハイネス・ライドヴァン』は、アロハシャツと短パンにサングラスをかけ、授業中にゴールデンエールを煽っている始末である。
蒼の寮の敷地内にあるプールも、夏の訪れを感じるにつれて盛況さを増し、朱の寮や黄の寮でも、屋内プールに生徒が押し寄せるようになっていた。
「プールのなにが楽しいんだ!? 足がつかないだろ!?」
などと豪語する我らが寮長は、寮生たちにプールへと担ぎ込まれ、最近は浮き輪をつけて泳ぐ練習をしている。
トーキョーでも夏祭りが開催されるので、道路に通行規制を引く報せが鳳嬢に届き、参加予定の軽音楽部とダンス同好会が、増幅と発光を発動させる導体を着けた楽器や衣服(魔導触媒器)を帯び、嬉々としてゲリラライブを開催していたりする(お嬢様の中にも色々いる)。
制服も、衣替えの時期を迎えて、夏服へと変わっていた。
清楚な白ブラウスに赤リボンと黒地のロングスカートが、鳳嬢魔法学園の夏服であり、視ているだけでも眼福だ。ふたりの美少女が爽やかな夏服で並ぶ姿は、絵になり花になるので、学園に通うのが楽しくなってくる。
アイズベルト家から足繁く通い、スノウと代わりばんこで、俺に飯を作ってくれる劉もメニューを季節に合わせたものに変えていた。
豚肉とゴーヤの冷しゃぶサラダとか、卵黄をかけた鮪の漬け丼とか、昆布茶のスープとか、オクラの梅肉和えとか、あっさりとしたカルパッチョとか、夏バテ防止を取り入れた料理を提供してくれる。
対抗しているのか抵抗しているのか嫌がらせなのか知らないが、スノウは、素知らぬ顔で火鍋とか出してくる。劉が来る日は、大体、俺に笑顔で「あーん」とかしてくるし、謎にボディタッチが多いし、家事は奪い取るものだと言わんばかりに「私がやります」を連発する。
月檻、ラピス、レイの三人組は、私服に夏の装いを取り入れ、夕方に寮の近くで楽しく歓談している姿を見かける。日が長くなった影響なのか、三人で遊び終えた後も、暗くなるまでお喋りに興じることが多いらしい。
俺もよく、三人に遊びに誘われるが、毎度のごとく謎の腹痛が発生するため参加出来たことがない。実に残念だ(時々、無理矢理連れて行かれる場合は、己の意思ではないのでカウントしない)。
最近、連絡が取れていない師匠は、生きてはいるのか『夏休みのことは任せなさい!!』とか豪語していたが、送られてきたチャットには『夏休みの計画:アイスを食べる』としか書かれていなかった。
420年で培われた貧相な発想力には、失笑を隠せなかったが、次に送られてきた『私、毎日が夏休みみたいなものなので^^』と書かれており、そういや、この女性、ラピスの護衛とかいう立ち位置がなければ、暴力極振りの無職みたいなもんだなと思った。
そんなこんなで、夏の気配を感じながらも、俺は平穏な日々を過ごしている。
黒砂から借りた『大圖書館 魔導書目録』を読むか、ダンジョンに潜るか鍛錬を積むか、有志諸君からかき集めた情報を基に夏休みの計画を立てるかしている。
変わったことと言えば、常に尾行されていることだが、その正体は丸わかりなので気にしたことがない。
この間なんて、ふらっと散歩に行ったら、普通に隣に並んで歩いていて驚愕した。人のことを尾行するつもりがあるのかないのか、彼女らしいと言えば彼女らしいが、気づかないフリをするこちらの身にもなって欲しい。
『大圖書館 魔導書目録』には様々な魔導書が記載されていたが写真がないので、大圖書館に通った俺は、教員の許可がなければ触れることすら出来ない魔導書の実物をどうにか目に出来ないか尽力してみた。
「視て楽しいものでもありませんよ」
先祖の尻拭いで、各地のダンジョンにばら撒かれている魔導書を蒐集している委員長は、協力者の俺を無碍にすることも出来ないのか、仕方なさそうに個人保有している“本棚”まで俺を連れて行ってくれた。
「……本棚?」
「えぇ、本棚」
リーデヴェルト家が個人保有しているという地下シェルターは、地下20mに存在しており、そこでは複数の敷設型特殊魔導触媒器が稼働していた。
天使の像を模した敷設型特殊魔導触媒器は、その指先から蒼白い鎖を出力しており、その鎖に雁字搦めにされるようにして、楔形文字が書き込まれた銅像の首が括り付けられていた。
あたかも、それは、四方八方から首を吊られているかのようだ。
しかも、時折、その銅像の首は呼吸をしており、喉元と口元が動いていた。
「この地下シェルターひとつで、魔導書一冊を管理しています。リーデヴェルト家も、資金が潤沢というわけではないので最低限の管理設備のみですが」
「ていうか、コレ、本なの?」
原作でも、魔導書は様々な姿形を取っていたが、実物を目の当たりにすると奇妙にしか思えない魔導書を俺は指す。
「えぇ、本ですよ。生きていますが」
「……生きている事物か」
どうやら、舌はないらしく、両眼に布が巻かれた短剣が突き刺してある銅像の首は、くるくると回る以外の抗議は出来ないようだった。
「『首吊り像の魔導書』ですね。危険性はほぼないので、華族による個人管理が認められていますが、このように地下20mの核シェルター内で、七属性の七重封印を施した上で魔眼封じを行う必要があります」
「え、コイツ、魔眼持ってんの……?」
とうとうと、委員長は俺の質問に答える。
「正確に言えば、魔眼のような高度情報体が眼に備わっている……言うなれば、魔眼もどきでしょうか。この像に視られた瞬間、対象者はこの本を読んだことになります。そして、首吊り像の魔導書の解読効果は『頸動脈洞反射の再現』」
「つまり、首を吊った時と同じ迷走神経反射が起きて御陀仏ってことね……」
「原理としては、呪衝と似通っていますね。体内に魔導書の魔力、つまり、魔導書そのものが紛れ込むことになる。適切な対処をすれば失神で済みますが、大体の人間は抵抗できずに死にます。
一応、この視線は、20mの地層を通さないので地下20mに封じている状況です」
「魔導書、こわぁ……!!」
「ちなみに、この魔導書は個人保有出来る程度の下位書物なので、地下天蓋の書庫にある魔導書と比べればカワイイひよこみたいなものです」
こんな危険物が、約1200万冊もある地下天蓋の書庫……確かに、適切な処置を知っている司書か図書委員がいなければ、まともに足を運ぶことすら出来ないだろう……ゲーム内で、黒砂のパーティー加入が必須だった意味がわかった。
魔導書の危険性を改めて認識し、俺は、委員長の案内に従って地上に出る。
そんなこんなで、各種準備をこなしているうちにあっという間に時が経ち――ついに、夏休みがやって来た。