表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

178/363

なにが緊急かは人による

 蒼の寮(カエルレウム)、オフィーリア・フォン・マージラインの自室。


 誰にも視られていないことを何度も確認したお嬢に部屋へと連れ込まれ、変装を解いた俺は、鼻メガネを外して室内を見回す。


 バルコニー付きの部屋には、純白のレースカーテンが付いている。照明は小型のシャンデリアで、王侯貴族が用いるようなアンティーク調の長椅子に四脚のテーブル、天蓋付きのベッドはシワひとつなく整えられている。


 壁に飾ってある羽扇のコレクションは、腕時計を飾り付けるようなものだろうか。


 そこら中が白と薄桃色で統一され、お姫様の居室きょしつを思わせたが、たぶんこの色合いは個人の好みなのだろう。


 朧気おぼろげな記憶によれば、確か、お嬢の下着の色はピンクだっ――(己の顔面を殴る音)――ピンクが好きなんだろうね、うん。


「ふぅ」


 サングラスとマスクを外し、お嬢は、清々しそうに金髪縦ロールを掻き上げる。


「適当にお座りなさい、今、お茶をれて差し上げますわ」

「いえ、お構いなく……つーか、お嬢、男の俺を部屋に連れ込んでも大丈夫なの? 嫌じゃない?」

「ふん、嫌に決まってますわ。

 マージライン家の至宝とうたわれたこのわたくしが、専属奴隷とはいえ男を部屋に連れ込んだなんて噂が立ったら……わたくしのファンクラブ会員、総勢、1億3000万人に殺されますわよ?」

「すげぇ……日本国を己の魅力のみで支配しとる……!!」

「おほほ、全国民、わたくしのファンに決まってますわぁ! 生きとし生けるもの、あまねく、わたくしにメロメロですものぉ!」


 ぱちんと、お嬢が指を鳴らすと、メイド服を着たマリーナ先生が部屋に入ってきて、おどおどしながらティーワゴンを押してくる。


 薄い桃色のショートカットを持つ彼女は、ガタガタと音を立てながらティーワゴンを運び、不慣れな手付きで皿を並べてケーキを取り分けていく。


「ど、どうぞ、三条くん」

「あ、どうも」


 緊張しているのか、震える手で、先生はお茶をれてくれる。


 俺は、ティーカップを口に運び――勢いよく、吹き出した。


「げほっ、がはっ!? い、いや、先生、なにしてんですか!? 従属する姿が自然過ぎて、間違い探しに失敗するところだったんですけど!? 勝手にミルク入れないで!?」

「あ、す、すみません」


 無許可で、俺の紅茶にミルクを入れてレモンを絞ったマリーナ先生は、おたおたしながら微笑みを形作る。


「さ、三条くん、三寮戦では大活躍でしたね。担任の教師としては、鼻が高いやら誇らしいやら、ネットの海でめちゃくちゃ自慢してたら嘘松扱いされちゃいました」

「い、いや、急に担任ぶるのやめてください……? なに、その可愛いメイド服姿、蒼の寮(カエルレウム)生がコスプレしてるのかと思いましたよ」

「も、もーっ! 三条くんったら、上手いんですからーっ!」


 頬を染めた先生は、嬉しそうにバシバシと肩を叩いてくる。原作通りに、チョロインの貫禄を発揮していた。


「先生には、わたくしの従者メイドをしてもらっていますの」

「えへ、あのぉ、実は、そうなんですよぉ……今、私、オフィーリアさんのところでアルバイトをしていてぇ……お、推しの期間限定ガチャが始まったので、ちょっくら出稼ぎをと思ぃい……い、いや、別に、ソシャゲ如きにはまってるわけじゃないんですけどぉ……」


 もじもじとしながら、良い歳した担任教師は指同士をつんつんとさせる。


「ま、まだ、家出したままなんですか……?」

「ママ……じゃなくて、お母さんが『良い機会だから、しばらく、独り立ちしなさい』って。ジョディちゃんの家に移ろうとも思ったんですけど、やっぱり、私も良い歳だし自分の力でどうにかしようかなぁと」


 先生がジョディちゃんと呼んでいるのは、『世界一可愛い殺人鬼ママ』として有名なDクラス担任の『ジョディ・カムニバル・フットバック』先生のことだろう……ヲタク×殺人鬼ママ、有りだな。


「お言葉ですが、生徒代表として一言、蒼の寮(カエルレウム)に住んでる時点で自立してないんじゃないですか?」

「え? どういう意味ですか?」


 無垢むくな瞳――怖気がはしって、彼女が心底からそう言っていることに気づき、震えながら俺は首を振った。


「せ、先生、お願いだから誰かのそばにいて保護されててね」

「あはは、三条くん、人は独りでは生きられないんですよ? 大人っぽい雰囲気で利口なのに、そういう基本的なことを知らないのはやっぱり子供ですね」


 二度と両足が地面につかないくらいの高度まで、腹パン高い高いしてぇ。


「というか、先生、お金に困ってるの? 鳳嬢の教員の給金はそれなりどころかかなり良い筈だし、こういうお嬢様学校の教師なんて普通は副業禁止でしょ?」

「コレは私自身にはなんら関係ないことですが、ソシャゲのトッププレイヤーは、数百万から数千万円課金するらしいですよ? あと、コレは副業ではなく、個人的な懇親こんしんを深めて互いの信頼の元で発生する貸与たいよのため、なんの問題もありませんし贈与税も生じません」

「薄汚いところを突いたら、急に口の回りが良くなり始めた……」

「さ、三条くん、最新ゲーム機とか欲しくありませんか?」

賄賂わいろまで乗せて、疑惑を確信へと変えてくれましたわね」


 まぁ、コレだけボロが出ているということは、学園長やらにはバレていて見逃されているであろうから問題ないのだろう。


 バイト中の先生は、当然のように俺の横に座って、チョコレートケーキを食べ始める。


「で、お嬢、緊急事態ってなに?」

「貴方、まさか、忘れてるわけではありませんわよね……?」


 お嬢は、バンッとテーブルを叩き、マリーナ先生が飛び上がる。


「夏休みですわ!! このわたくし、オフィーリア・フォン・マージラインの家に招かれたこと!! 忘れてないですわよね!?」

「あ、はい、おぼえてます」

「ならば、緊急事態と言えばわかるでしょう!?」


 バンバンとテーブルを叩きながら、縦ロールを揺らしたお嬢は、カレンダーを机の上に叩きつける。


「夏休みに!! わたくしの家で、なにをするか!! なにも決まってませんわ!!」

「えぇ……?」


 予想外の緊急事態に声を漏らした俺に対し、お嬢はわなわなと握り拳を震わせる。


「そのせいで、わたくし、夜も眠れぬ始末!! 貴方ならともかく!! あの月檻桜に『マージライン家のもてなしはこの程度か』と思われたら!! むきーっ!! そんなこと、許せませんわーっ!!」

「さ、最近、オフィーリアさんはこんな感じで落ち着かなくて――げほっ、ごほっ!! さ、三条くん、イチゴ、食べないならもらってもいい?」


 手で『どうぞ』と示すと、マリーナ先生は嬉しそうにイチゴをフォークで突き刺し、俺のショートケーキからトレードマークを貰い受ける。


「命令ですわ!! 専属奴隷、貴方、夏休みのプランをお立てなさい!!

 貴方の考えたことはわたくしの考えたこと!! わたくしの考えたことはわたくしの考えたこと、ですわぁ!!」

「お嬢様言葉のジャイ○ンかよ」

「三条くん」


 マリーナ先生は、にやにやしながら、俺の肩をぽんぽんと叩く。


「コレが社会ですよ」

「先生にだけは、社会を語って欲しくないんですが」

「わたくしは、パワーハラスメントを自在に操るマージライン家の重鎮!! わたくしの専属奴隷であるならば、この難題に対し、見事な正答を出して御覧なさい!! わたくしはわたくしで、夏休みの準備を進めますわ!!」


 そう言うや否や、お嬢は、キラキラとした眼で俺にお手製の『夏休みの宿題~算数ドリル~』を見せつけてくる。


「オーホッホッホ!! わたくし、夏休みの宿題を自作しておりますの!! それとラジオ体操のスタンプ帳も一枚一枚作っておりますのよ!!」

「…………(尊さで涙を流す男)」


 お嬢がどれだけ夏休みを楽しみにしているか理解した俺は、喜んでその依頼を受付け、究極の夏休みの計画を練り上げることを決める。


 別れ際、俺は、お嬢に声をかけられる。


「そう言えば、貴方、後をけられてますわよ?」

「…………」

「そ、そうですね。私がこの部屋に入ろうとした時も、扉に耳を当てて、会話を盗み聞きしようとしてた子がいました」

「……まぁ、あの、放っておいてあげてください」


 俺は、部屋を出ようとして、扉を勢いよく外に開き――


「っだァ!!」


 思い切り、彼女は頭をぶつけ、呻きながら廊下の奥へと逃げていく。


「「「…………」」」


 俺たちは、その後ろ姿を見送り無言で別れる。


 とりあえず、俺は画面ウィンドウを立ち上げ、片っ端から知り合いに『緊急招集』と称して連絡を入れる。


 黄の寮(フラーウム)内部の大会議室。


 つどった錚々(そうそう)たるメンバーを前に、俺は徹夜で作ったパワーポイントを大画面に投影し、ぼんやりとした光源から白光を浴びて微笑む。


「最高の夏休み。

 本日、この場に集いし同志諸君に期待するのは、ただソレだけである。最高の夏休みだ。ソレ以外は認めない。否、ソレ以外の結末は許さない。我々の知りうる限りの全力をもって、このSummer vacationを成功に導くのが本プロジェクトの趣旨しゅしである」


 俺は、秘書スノウから資料を受け取り、勢いよく拳を教壇に叩きつける。


「夏を知らぬ者に未来はない!! 百合ゲーにおいても、夏を舞台にした作品には名作が多い!! つーか、秋の作品とかほぼない!! 春と冬はあんまない!! 大体、夏!! 大体、夏だ!! 春夏秋冬を味わえるのはFLOW○RSだけ!!

 海、山、祭り、肝試し、かき氷、虫取り、麦わら帽子、ひと夏の恋!! 我々の知る夏は、少女を次のステップへと進ませる!! 俺は、その未来さきにある恋心を!! 視てみたいんだ!! だから、諸君らの健闘に期待するッ!!」


 バッと、俺は、腕を水平に払って絶叫した。


「夏を!! りに行くぞッ!!」


 こうして、壮大な夏休み計画は火蓋を切った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
フラワーズはやったことないけど、jk百合がイケオジに破壊されて、四肢切断になった挙句、殺人鬼に片方殺されて、もう片方は攫われて見つからずに終わるゲームが好きです。
[良い点] チョロイン先生最高やな [一言] 集った錚々たるメンバーでsummer vacationを成功に導こうとしても、どうあがいても修羅場しかないんだよなぁ もしくはスノウちゃんの一人勝ち
[良い点] お嬢の夏休みはそこはかとなく小学生感ありますね [気になる点] 彼は誰相手にプレゼンしてるんですか? [一言] 百合ゲームの季節感って…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ