明日も晴れますように
海浜公園奥のキャンプ場。
いつの間にやら、周辺は暗闇に満ちており、静寂が広がっていた。
キャンプチェアに座った俺、ミュール、クリス、劉は、ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を囲む。
「俺な」
口を開くと、三人は、真剣な顔で俺を見つめる。
「覚悟して連れ戻されてきたんだよ」
三人を眺め回しながら、俺はささやく。
「けど、なんか、こうして……お前らの顔視たらさ」
俺は失ってきた百合を思い出し、涙が滲んで、ゆっくりと目を閉じる。
思いの丈を口にしようとしても、上手く口が開かなくて、俺に好意的な視線を向ける三人を視て辛さが増していく。
「悪い」
一筋の涙が流れて――
「やっぱ辛えわ」
思わず、俺は俯いて、両手を組んだ。
「そりゃ、辛えだろうな」
顔を伏せたミュールは、つぶやく。
「ちゃんと言えたじゃないか」
天を仰いだクリスは微笑む。
「聞けてよかった」
劉は、暗闇に向かってつぶやく。
微笑んだ俺は、炎灯に照らされ、浮かび上がったコテージを指差し首を振った。
「だから、俺は行けない……男ひとりで、このコテージには泊まれない……一泊するなんて聞いてない……お前らにだけは……俺の味方をして欲しい……」
俺は、ニカッと笑う。
「俺、帰っから!」
「お前、何様だ」
「いい加減、切り替えられないのか?」
「どこの世界にこんなだらしない弟がいる」
逃がす気のない三人の視線を受け止め、俺は、ゆっくりと立ち上がる。
潤んだ瞳で三人の顔を眺め回し、そのにこやかな笑顔を見つめた。
「みんな、どうもな」
俺は、微笑む。
「俺、お前らのこと嫌いだわ!」
というわけで、0泊1日のピクニックは1泊2日のキャンプに様変わりし、ひとつのコテージに女性が7人に男性が1人という男女不平等参画宿泊が行われることになってしまった。
主犯のソフィア・エッセ・アイズベルトは「コテージ一軒しか押さえられなかったんだもん」と笑っていた。
問題は、そこじゃねぇよ(真顔)。
だがしかし、良いこともある。
ログコテージの内部は意外と広く、テーブルに椅子にソファー、テレビやレンジに冷蔵庫まで備え付けられており、ロフトに据えられたモノも含めて、大きめのベッドが3つもあったのだ。
8人で3つのベッドを分けるのは事実上不可能ということもあり、俺たちは複数人で3つのベッドを分ける必要性がある。
まず、俺が、ソファーで寝るとして。
7人で3つのベッドを共有するとすれば、3:2:2となる。
えっ……もしかして、こんなに簡単に3組の百合が出来ちゃうの!?
そう、俺がこのお泊り会を凌ぎきれば、3組の百合の誕生を見守ることが出来るし、その観察日記を付けて夏休みの宿題として提出出来る。
朝顔の代わりに、百合の観察をしてなにが悪い……むしろ、全国の小学校は、百合の観察と研究を必須課題として、日本中にユリ・キッズを量産しろ、世界に百合の種を蒔こう。
心の中のアルスハリヤがささやく。
『そんなに上手くいくと思うか?』
答えよう――このバカがッ!!
さすが、百合IQ180の俺といったところか、人間は過ちを繰り返すが、百合男子は過ちを繰り返したりはしない。
タダで、この地獄野外焚火を済ませるかよ。
アレだけ頑張ったんだから、俺だってご褒美が欲しい。同じベッドで寝ている女の子たちを視て『あ々、尊し……』と思うくらいは許して欲しい。
俺は、雌ネジ✕雌ネジで、可能性(同人誌)を生み出す男だ。
この千載一遇の好機を見逃す程に衰えちゃいない……三寮戦の軍師を努め、最後まで、黄の寮のために身を粉にして働き、将来、咲き誇るであろう百合を護った百合色の脳細胞を信じろ。
魔人、お前の考えていることはお見通しだ。
誰かが、俺のことをベッドに引きずり込んで『ぁ(略悲鳴)』とか叫び、愉悦愉悦ゥとかほくそ笑む未来を思い描いてるんだろ?
浅いんだよ……何時まで、そんな浅瀬で遊んでやがる……?
百合舞台は、次の場面へと進んでるんだよ。わかるか、周回遅れ野郎。俺の頭の回転数は、四回転半だ。三回転半が限界のお前じゃ付いてこれないんだよ。
俺は、ニヤニヤと笑いながら、ひとりでコテージを見て回る。
歴史の勝者は、常に地の利を得ている。
つまるところ、それ即ち、現場検証が鍵というわけで、こうして楽しいカレー作りをまんまと抜け出した俺の勝ちは揺るがない。
幾度も涙を流した百合好きよ、聞こえますか?
俺は、視えないタクトを振るいながら、暗闇の中を踊るように動く。
俺から貴方たちへの百合讃歌です。
ソファーを引きずり出してきた俺は、九鬼正宗を抜刀し、その刃先で中身をくり抜いてひとり分の空間を作る。
くり抜いた中身をクローゼットにブチ込み、弁償費用は三条家に付けることで、満面の笑みを浮かべた。
無から有を生み出すように、死者から生者に反転するように、最初から存在しないものを存在させることは出来ない。
要するに、最初から俺がいなければ、ベッドに引っ張り込むことは不可能だ。
「完璧だ……くくっ……!」
後は、タイミングを見計らい、このソファーに空けた隙間に入って行方をくらますだけだ。
ミュールたちが寝静まったところで抜け出し、思う存分、百合を堪能させてもらう。
「くはっ……ははっ……!!」
片手で顔を覆った俺は、思わず、笑い声を漏らす。
「まったく……百合が関わると脳の回転数が増しちまうのは悪い癖だな……落ち着けよ、俺……クールダウン、クールダウンだ……一流の狩人は、獲物を仕留めるまで決して油断しない……近場のアニメショップに百合関連の新刊が並べられた途端に、その在庫を根こそぎ刈り取ったことから『百合狩り』とまで呼ばれた超一流の狩人の俺が焦るなよ……」
己を鎮めた俺は、高笑いしながら、カレーを食べに行き――
「じゃあ、わたしがソファーで寝るよ」
「えっ」
絶望が世界を支配した。
皆で作ったカレーを食べ終えて、早々にソファーで寝ると宣言しようとした矢先の出来事だった。
月檻桜は、欠伸をしながら、ソファーへと向かおうとして――俺は、笑いながら、その手を握った。
「待てよ……勝負は終わってないぞ……」
「え、なにが? なんの話?」
俺は、懐からUN○を取り出し、震える手でシャッフルを始める。
「夜はこれからじゃないか……UN○でもやろうぜ……座れよ……さっきはボコボコにやられたからな……リベンジマッチだ……」
「いや、もう眠いから」
「待てやァ!!」
ソファーへ向かった月檻に追い縋った俺は、息を荒げながら、彼女の前に立ちはだかる。
「どうしても行くって言うなら……俺を倒してから行けッ!!」
「UN○に命を懸けてる者の眼をしてる……」
「お待ちなさい、月檻桜」
佇まいを正したお嬢は、綺麗な姿勢で正座して、すっと新品のUN○をテーブルに押し出した。
「わたくしのデッキで勝負なさい」
「いや、わたくしのデッキもなにも、UN○はUN○でしょ。
なに、その、誰もがUN○の個人デッキを持ってるみたいな口調」
俺、ミュール、劉は、すっと、懐から自分のデッキを取り出す。
「えぇ……」
「わたくし、お恥ずかしながらUN○をプレイしたのは今回が初めてですわ。この高等知的ゲームで惨敗して、己の無力さを嘆き、自分の弱さに気づくことが出来ました。
感謝いたしますわ、月檻桜。わたくしは、またひとつ強くなれた」
「毎回、最後にUN○って言い忘れて敗け続けてきた人が、知的ゲームとか口にするのやめてくれない?」
「わたくしは、貴女に勝つ!! お座りなさい!! わたくしは、貴女に勝つための秘策を用意してきましたわ!!」
そう言って、お嬢は、テーブルに自分の拳を叩きつける。
「じゃんけんで!! 勝負ですわッ!!」
「すげぇ……UN○のくだりを丸々無駄にしやがった……」
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! このわたくしが敗けるなんてぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
秒で敗北したお嬢は、足止めにもならなかったが、月檻は眠気が覚めたのかテーブルに戻ってくる。
俺は、安堵の息を吐く。
全員の注意が俺から逸れているのを確認し、わざとらしく伸びをしてソファーへと向かっていく。
現在だッ!!
間髪入れずに、ソファーの中へと飛び込もうとし――魔人が、髪を放射線状に広げ、仰向けに寝転がっていた。
微笑んだ彼女は、こちらに向かって両手を伸ばし、俺は呆気にとられる。
魔人が幻だということはわかっているが、俺は、アルスハリヤの感触を感じる……このまま、ソファーに飛び込めば、この腐れ魔人に抱き締められることに……む、無理だ、生理的嫌悪感で死ぬことになる……!!
「策士、策に溺れたな」
アルスハリヤは、ニヤけながらささやく。
「それとも、僕の魅力に溺れてみるか?」
どうするどうするどうする!? 考えろ考えろ考えろッ!! 俺なら思いつく筈だ、この窮地を凌ぐ天才的なアイディアを思いつ――ぽんっと。
肩を叩かれ、振り向けば、満面の笑みを浮かべるソフィアがいた。
「そろそろ、寝ましょうか?」
目を見開いて――俺は、天井を見上げていた。
すぅすぅと、寝息が聞こえてくる。
3つのベッドを合体させた寝床の中央で、仰向けになった俺は、充血した眼で百合を数える。
「百合が1233本、百合が1234本、百合が1235本……」
両脇からクリスとミュールに抱き着かれ、頭を劉に抱き締められ、月檻に手を握られてリリィさんに寄り添われ、ソフィアにくっつかれ、寝ぼけたお嬢に足を抱き枕代わりにされている俺はささやく。
「百合が1236本……百合が……百合が……」
全身で感じる柔らかさと、頭を霞ませる甘い香り。
なにもかもがダイレクトに伝わってきて、明らかに起きているクリスは、どさくさ紛れに俺の手を自分の頭に誘導させたりしている。
「百合が……百合が……っ!」
俺は、泣きながらささやく。
「どこにもねぇよ……!!」
「今更の話じゃないのか、それ?」
「アルスハリヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!(ささやき声)」
「愉悦愉悦ゥ!」
こうして、俺は、百合を数えている間に朝を迎えた。
次の日の朝。
一睡も出来なかった俺は、欠伸をしながら、ピクニックシートに座って朝食を食べる。
無言で。
俺は、ピクニックシートに並ぶ面々を眺める。
笑いながらミュールの頭を撫でるソフィア、母と妹に笑いかけるクリス、主人たちにお茶を淹れる劉、突っかかってくるお嬢の相手をしている月檻、くすくすと笑っているリリィさん。
「…………」
俺は、寝ぼけ眼を擦って、青空を見上げる。
澄み渡る蒼穹……その抜けるような青色に、俺は、そっとつぶやいた。
「……まぁ、良しとするか」
笑っているミュールを視て、俺は、彼女の願いを思い出す。
彼女の願い事はたったひとつ――黄の寮の寮長を辞任させて欲しい。
それは、自分の能力ではなくアイズベルト家の家名で手に入れた地位を、正しい形で元に戻した彼女なりの償いだった。
学園長は、微笑して、その願いを受け入れた。
そして、行われた再選挙は、異例の速さで終了した。
正しい形で行われた再選挙で、選ばれた寮長の名前は――ミュール・エッセ・アイズベルト。
立候補者はただ一人もおらず、三寮戦に参加した83%の黄の寮生は、全員、己の票をミュールに捧げた。
己の手ですべてを取り返した彼女は、俺の視線に気付いてこちらを見つめる。
「なぁ、ヒイロ」
家族の笑い声を聞きながら、彼女は、空へと小さな手を伸ばした。
「今日は」
彼女は、そっと、手を握り締めて――笑った。
「良い天気だな」
「……あぁ」
空を見上げて、俺は、微笑む。
どこまでもどこまでも、空は続いている。
どうか、その伸ばした手が、どこまでも届くようにと願いをかけて。
「良い天気だ」
俺は、彼女が実現させた願いを――口にした。
この話にて、第十章は終了となります。
ココまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。
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