王の資格
捕縛されたアイズベルト家の五人組は、悔しそうに歯噛みする。
九鬼正宗の柄頭をマイクに見立てて構えた俺は、彼女らの前で憂慮の表情を形作り、スノウが担いでいるカメラに言葉を吐き出す。
「全国の皆様、こんにちは。三条家の皆様、ふぁっきゅー。
黄の寮のメインアナウンサー、百合の間に挟まる男は死ねでお馴染み、三条燈色です。
本日は、ココ、黄の寮の本拠地から中継をお送りしております。アナウンサー歴0年の私でも、この未曾有の事態を前に混乱しており、表現にアメリカンなスラングが混じる可能性もありますがご容赦ください」
俺は、片手で顔を覆って首を振る。
「なんということでしょうか。
長い栄光の歴史を紡いできた鳳嬢魔法学園の三寮戦で、現在、信じ難い愚行と卑劣さを目の当たりにしようとしております」
カメラは、俺を通り過ぎて、号泣しているお嬢を映す。
「あっ! 泣いている人がいます! 泣いている人がいます! なにがあったのでしょうか!? 正義の下僕たる私は、現場に向かいます!」
俺は猛ダッシュで、お嬢の下へと向かい、追いついてきたスノウのカメラがゴツンゴツンと背中に当たりまくる。
「大丈夫ですか!? なにがあったんで――って、いてーなァ!? おい、クソメイドォ!! テメェ!! 一回、カメラ止めろや!!」
ガタガタとカメラが揺れて、俺の両手が映り込む。地に落ちたカメラは、衝撃と共に地面をバウンドした。
暫くの間、画面には地面が映り込む。
ざざっという音と共にカメラが元の位置に戻り、片方の鼻から鼻血を垂らした俺は、真顔で九鬼正宗を口元に運んだ。
「大変失礼いたしました。
三条家によるサイバー攻撃により、カメラ映像が乱れましたが、この俺が白髪クソメイドに敗れるわけがありません。冤罪、クレーム、罵詈雑言、三条家の方でお待ちしておりますので、ドシドシ悪態をお送りください」
気を取り直して、俺は、鼻血を袖で拭う。
「どうしたんですか!? なぜ、泣いているんですか!?」
「わ、わたくし!!」
ドバーンッと!!
効果音が出そうなくらい大袈裟に、お嬢は戦装束に付いた蒼の寮の徽章を見せつける。
「蒼の寮ですわ!! でも、このオフィーリア・フォン・マージライン!! 悪を挫いて正義は愛する可憐な少女!! どうしても、この悪事を見逃せず、意匠惨澹の末に黄の寮のお味方をすることにいたしましたの!! 聞くも涙語るも涙!! ハンカチーフの大安売りですわぁ!!」
「えぇっ!? 一体、なにがあったんですか!?」
「三寮戦に!!」
敗北者とやられ役と噛ませを演らせたら、右に出る者のいないお嬢は、口に咥えたハンカチをぎりりと伸ばしながら叫ぶ。
「学生以外の部外者が紛れ込んでましたのぉ!!」
「「「「「ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」
黄の寮生たちは、驚愕の叫び声を上げる。すかさず、カメラは、頭を抱えたり膝をついたり天を仰いだりしている学生たちを映した。
「なんということでしょうか!? 正義と平和と百合を愛する鳳嬢魔法学園に!? 歴史ある三寮戦に!? 学生以外の部外者が紛れ込んでいたと!? その上、黄の寮の妨害行為をしていたと!? そう、仰られるんですか、オフィーリア・フォン・マージラインさん!?」
「そうですわぁ!! そのとおりですわぁ!! わたくし!! わたくし、悔しくて悔しくて!! そのことを知っていたならば、最初から、この悪事を見逃すことなく三寮戦の中止を訴えていましたわぁ!! ラブ・アンド・ピース!! コール・アンド・レスポンス!! バニラ・アンド・ストロベリーですわぁ!!」
「英雄!! まさに英断!! あたかも、叙事詩に登場する女神のようではありませんか!? ありがとう、オフィーリア・フォン・マージライン!! 感動をありがとう!! やっぱり、お嬢は最高だぜ!!」
カメラは、ぐるりと、嘆き苦しむ黄の寮生たちを映す。
少数で戦い続けた影響もあってか、疲れ果てた彼女らの演技は、真に迫っており悲しみと苦しみに満ちていた。
「我々は、黄の寮の寮長であるミュール・エッセ・アイズベルトさんにコンタクトをとり、見事に独占インタビュー権を獲得いたしました。
早速、お話、伺っていきましょう。こんにちは、ミュールさん」
ピントが合わなかったカメラが、徐々にズームアップしながらピントを合わせ、椅子に座り込むミュールを映し出した。
直立不動のリリィさんはミュールの横で立ち尽くし、喪服のように黒いメイド服を着た彼女は、満面の笑みを浮かべるミュールの写真を両手にもっていた。
「今、どんなお気持ちですか?」
「辛い……とても辛いです……わたしたちは、正々堂々を旨として戦ってきました……にも関わらず、こんな仕打ちなんて……うっ……ううっ……!!」
堂々と、ミュールは、カメラの前で目薬を差して――俺は、その手から、目薬を叩き落とした。
「やはり、泣くほど辛いんですね? こちらの写真は、なんでしょうか?」
「わたしの遺影です」
「失礼ながら、ミュールさんは私の前にいますよね? 幽霊ですか?」
「いえ、実体です。バカにしてんのか。
この遺影は、わたしの不退転の決意を示したものです。つまり、わたしは、この三寮戦に命懸けで挑んでいたんです……いざという時に、盛大な葬儀をあげられるように、遺影も家からいぇーいと持参させて頂きました」
「なんて立派な決意だ!! なかなか出来ることじゃないよ!! 皆さん、ひとりの少女が示した志を誰が踏みにじったかを知っていますか!?」
遠くの方から、バラけた声で「アイズベルト家ぇ~」と返ってくる。
耳を澄ませていた俺は、こくこくと頷いた。
「では、ココで、かつてアイズベルト家に勤めていた従者の皆様とスペシャルメンバーによる抗議のダンスです。
御覧ください」
メイドたちに囲まれて、屈んでいるクリスは、頬を染めながら『アイズベルト家をゆるさない』と書かれたプラカードをカメラに見せる。
「アイズベルトぉ」
「「「「「アイズベルトぉ」」」」」
「家をぉ」
「「「「「家をぉ」」」」」
「ゆるさなぁい」
「「「「「ゆるさなぁい」」」」」
オペレーターが指示を出して、ノリノリの音楽が流れ始める。
羞恥で真っ赤になった顔を両手で隠したクリスは、チアダンスやらブレイクダンスやらYOSAK○Iを踊り始めたメイドたちに紛れて、可愛らしいふりつけの踊りを披露する。
てんでバラバラのダンスを見届けた俺は、無表情でカメラに向き直る。
「彼女たちの練習時間は3分でした。無様な痴態をありがとうございました」
「お前が絶対に必要だからやれと言ったんだろうがァッ!?」
「大変失礼いたしました、異次元と混信いたしました。
では、ココで、再度、皆様に問いかけましょう。今回の三寮戦に邪魔立てを加えて、黄の寮に妨害行為を行ったのは誰でしょうか!?」
俺の問いに、寮旗を振りながら、黄の寮生は答える。
「「「「「アイズベルト家ぇ~!!」」」」」
「そして、この三寮戦を主催しているのは誰ですか!?」
「「「「「フレア・ビィ・ルルフレイムぅ~!!」」」」」
「ついでに!?」
「「「「「フーリィ・フロマ・フリギエンスッ!! フーリィ・フロマ・フリギエンスッ!! フーリィ・フロマ・フリギエンスッ!!」」」」」
真剣な顔つきを作った俺は、カメラに向かって語りかける。
「果たして、この三寮戦は、正当なものだと言えるのでしょうか? 本来であれば、再度のやり直しが必要になるのではないでしょうか?
ですが、ココまで、懸命に戦い抜いた生徒たちに対して、再戦の要求はあまりにも酷だ……そこで」
俺は、ニヤリと笑いながら、画面の向こう側に指を突きつける。
「寮長同士の――一騎討ちを提案する」
静まり返った黄の寮の本拠地で、俺は、ふたりの寮長に言葉の刃を突きつける。
「俺が思うに、三寮の実力は拮抗している。勝つか敗けるかは神のみぞ知るが、悪魔の手に染まったこの戦いは、別のやり口で決着を着ける必要がある。
道は空いてる。王は、本拠地間の移動が可能だ。だから、朱の寮、蒼の寮、黄の寮の三寮長が黄の寮の本拠地に集まって、一対一対一でケリを着けることが出来る」
せせら笑いながら、俺は、九鬼正宗を鞘に仕舞った。
「来いよ、フレア・ビィ・ルルフレイム……やって来い、フーリィ・フロマ・フリギエンス……ミュール・エッセ・アイズベルトは……俺たちの王は、覚悟を示した……魔法が使えない無能と……出来損ないと……似非と……虐げられ揶揄され蔑まされた彼女は……この日のために……この瞬間のために……すべてを捧げてきた……必死に食いしばって……この可能性を引き寄せた……人生をアイズベルト家に台無しにされた彼女は、ようやく立ち上がって進むことを願った……なら、俺たちは……お前らは……報いるべきだ……」
俺は、カメラを掴んで動かし、ミュールを映した。
「視えるか」
ミュールは、震えながら――拳を握り込んだ。
「視えるか、ミュール・エッセ・アイズベルトが……現在まで、眼に入らなかった彼女が……視えるか……この子が視えてるなら……」
俺は、叫ぶ。
「ココに来いッ!! フレア・ビィ・ルルフレイム!! フーリィ・フロマ・フリギエンス!! この子を!! ミュール・エッセ・アイズベルトを!! 黄の寮の寮長と認めるのであれば!!」
カメラを両手で掴んだ俺は、叫声を上げる。
「この子の決意を!! 受け取れッ!!
そして――ココに来いッ!!」
長い沈黙が、流れて。
誰かが。
驚きの表情をもって、振り返った。
その誰かに釣られて、振り向いた生徒たちは驚愕で立ち尽くし……ゆっくりと、道を空けた。
ふたつの人影。
朱と蒼。
無言で歩んできたふたりの寮長は、空気を通じて痺れを伝え、両肩に抱いた威圧感で周囲を圧倒していた。
彼女らが踏み込む度に、生徒たちは後退り、いつの間にかふたりを囲むように輪が出来上がっている。
黄。
リリィさんが肩にかけた黄金の寮旗を身に纏い、ひとりの寮長はふたりの寮長の元へと歩き始める。彼女が一歩を踏み出す度に、風に吹かれた旗がたなびき、黄金の鷲が空を舞い飛んでいるかのように視えた。
到達した彼女を受け入れ、三者は並び立ち、静寂が場を支配する。
三者三色は、視線を交わし合う。
そこには、傑物としての資格があり、王としての威厳が備わり、鳳嬢魔法学園の寮長としての華があった。
晴れ渡った空は、雲ひとつなく、陽光は中央に集った三者を指した。
あたかも、祝福を与えるかのように……光に照らされた三人の寮長は、意思と意思を付き合わせて佇む。
フレア・ビィ・ルルフレイム。
フーリィ・フロマ・フリギエンス。
ミュール・エッセ・アイズベルト。
現在、ココに、鳳嬢魔法学園の三頂点が集い――本物の王を決める戦いが、始まろうとしていた。