出来損ないの拳
怒涛の如く。
雪崩込んできた朱の寮生は、挑発にノッた部隊長の指示を受けて、阻塞を乗り越えようとし――わざと、阻塞に空けた穴を見つけ、嘲笑と共に隙間に身をねじ込ませる。
「よし、埋めろ」
部隊の四分の一ほどが本拠地に入った時点で、左右に潜んでいた射手たちは生成でその穴を塞いだ。
「えっ、あっ、ちょっ!?」
率先して先陣を切った部隊長は、真っ青な顔でキョロキョロと周囲を見回す。
いつの間にやら、人数差はひっくり返り。
大量の黄の寮生に囲まれた彼女らは、首を締め上げられたかのように細い悲鳴を上げる。
満面の笑みを浮かべた俺とミュールは、拳をボキボキと鳴らしながら歩み寄る。
「どうも、無能です」
「こんにちは、出来損ないです」
ぱくぱくと、口を開け閉めしている彼女に俺たちは笑みを投げかける。
「りょぉ~ちょぉ~? どうすかぁ? 戦況はぁ? 人数差、視えてますぅ?」
「あぁ、どうだかなぁ? どう視ても、侵入者どもに勝ち目なんてひとつもなさそうに視えるがなぁ?」
怯える朱の寮生は、じりじりと後ろに下がり、一個の塊となって恐怖でガタガタと震える。
「ひ、卑劣な……せ、正々堂々、戦いなさい……!!」
「ほう、正々堂々」
「へぇ、卑劣ねぇ」
俺と寮長は、一瞬、真顔になってから――ゲラゲラと笑い始める。
「おいおい、バカ言うなよ。俺たちがこれから見せるのは、誰もが知るお伽噺の中で眠りこけてる夢みてーな理想の体現だぜ?
即ち、それは――」
「愛と」
「勇気」
俺とミュールは、刀と拳を構えてニヤァと笑った。
「「そして、数の暴力だ」」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
甲高い悲鳴が上がって、一斉に突っ込んだ俺たちは、圧倒的な数的優位をもって朱の寮生を葬り去る。
「りっちゃんの教えそのいちぃ!! 死体蹴りと死体撃ちは、勝者の特権ッ!! 敗北者は、煽ってなんぼ煽ってなんぼ!!」
「ひゃっはー!! 活きの良い敗退者だぜーっ!!」
カメラが捉えられない死角で、俺たちは、固まった朱の寮生の前でスクワットと腹筋を始めて爽やかに煽る。
「「FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」」
布教空間から出した三角帽をかぶり、クラッカーを打ち鳴らした俺たちは、顔を真っ赤にして罵ってくる朱の寮生に『本日の主役』のたすきをかけて拍手を送る。
「私の妹が……悪い意味で、吹っ切れた……」
前線には出れずに鬱屈としていたミュールは、すべてを解放し、一時的にアドレナリンが放出されまくっているらしい。
ギラギラと眼を輝かせたミュールは、ごくごくとなにかを飲み干し、缶をぽいっと放り捨てる。
「…………」
俺は、ソレを拾い上げて、海外製エナジードリンクのラベルを確認した。
コレ、何時も、りっちゃんが飲んでるヤツ……ミュールのヤツ、りっちゃんから悪いところばっかり学んでないか……?
「寮長!! 軍師!!」
阻塞を破壊しようとして、魔法を連発している連中に対処していると、オペレーターが大声を張り上げる。
「次元扉、開放ッ!! 蒼の寮も来ます!!」
「有り難い、増援か」
「じゃあ、寮長、手筈通りに」
朱の寮とは、真反対の方向から進軍してきた蒼の寮……俺と寮長は、正反対の方向に分かれて、魔術師に指示を出し自動訓練人形を大量に生成させる。
自動訓練人形は、能力を高めれば高める程に、生成する際に大量の魔力と時間を消費するが、ハリボテレベルの弱くて脆い自動訓練人形であれば、魔力も時間も気にせずに生成出来る。
吹けば跳ぶような自動訓練人形の群体は、繋がって壁となりながら、うじゃうじゃと本拠地に集った。
「よし」
俺と寮長は、同時に言った。
「「阻塞を開けろ」」
阻塞を開放した途端、詰まっていた朱の寮生と蒼の寮生は雪崩込み、自動訓練人形で埋まった本拠地を目の当たりにしてぎょっとする。
「斬り払って!! ただのハリボテよっ!!」
「王を探しなさい!! あの出来損ない相手なら、直ぐに決着が着く!!」
衝撃で戸惑っていたのも一瞬で、彼女らは自動訓練人形を斬り払いなぎ倒し、自動訓練人形の群体に紛れた王を探そうとしていたが、寮長を含めた黄の寮生は門の付近で身を潜めていた。
「もうちょっと右」
「左だ……そう、それで良い」
俺とミュールは、魔術師を通して自動訓練人形に指示を出し微調整を行い――ニヤリと笑った。
「「そこだ」」
ばったりと。
気づかぬうちに、自動訓練人形で出来た道に誘導されていた朱の寮生と蒼の寮生は、敵の本拠地の中心で出会ってしまい――一斉に鳴り響く警告音。
黄の寮の射手が高めた周辺魔力に反応し、索敵用自動訓練人形は警告音を掻き鳴らした。
それを敵の攻撃だと勘違いした朱の寮生と蒼の寮生は――
「「「「「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」」
一斉に、引き金を引いて戦い始める。
魔法と技術、剣音と戟音、悲鳴と叫喚。
人様の本拠地で、砂埃と閃光を巻き上げながら戦い始めた二寮を見つめ、俺とミュールはほくそ笑む。
「争え……もっと争え……!」
「人間は、なんて醜いんだ(満面の笑み)」
下手に手を出すと巻き込まれる可能性もあるため、俺たちは魔術師に目眩ましの自動訓練人形を生み出し続けるように指示を出し、その激戦の光景を肴に盃を交わし合った。
「「黄の寮の勝利に!!」」
「どぅわぁぁああああああああああああああああああああああああ!!」
そんなことをしている最中、なぜか戦乱に巻き込まれ、死んだフリをしていたお嬢は顔を上げてから叫んだ。
「いましたわぁ!!」
彼女は、ビシィと、ひとりの生徒を指差す。
「戦装束を着込んで、三寮戦に紛れ込んだ不届き者!! わたくしの羽が!! 羽が生えてる!!」
その指が指す先で。
五人の生徒が、朱の寮と蒼の寮の戦装束をバラバラに着ているにも関わらず、寄り集まり、誰かを探すかのように周囲を見回していた。
そのうちのひとりの背には、お嬢の持つ羽扇の一部、真っ白な羽が突き刺さっている。
瞬間――俺とミュールは駆け出す。
戦闘音と目眩ましのせいで、駆けてくる俺たちには気づかなかったのか。
自動訓練人形を掻き分けようとしていた五人組は、疾駆するふたつの影に気づき、驚愕であんぐりと口を開ける。
五人組の中の一人には、見覚えがあった。
三寮戦が開始する直前に、ソフィア・エッセ・アイズベルトと共にやって来て、黄の寮の訓練場でミュールをボコボコにした魔法士の女性だった。
彼女は、向かってくるのが、男の俺と自分に指一本も触れられず泣いていた少女だと気づき――嘲り笑いながら、余裕を取り戻した。
「ミュール」
「ヒイロ」
並んで疾走りながら、俺とミュールは、互いの手を打ち鳴らした。
「「行くぞ」」
瞬間、接続、蒼白い魔力線が両脚を駆け抜けて速度が跳ね上がる。
蒼と白の閃光。
両足から吹き出した光に包まれ、俺とミュールは駆け走り、アイズベルト家の手先たちは魔法を乱射する。
俺たちは、8の字を描くように疾走した。
交錯する度に――パァン――手と手を叩き合い、その度に、魔力を共有しながら駆け抜ける。
「お、おい!? なにしてる当てろ!? 相手はガキだぞ!?」
「男と出来損ない相手になにしてるの!?」
「ちゃんと狙いなさい!! あっちは二人で、こっちは五人よ!?」
見る見る間に。
距離は縮まっていき、大量の魔法弾をすり抜けながら、俺たちは一筋の光となって突き抜けた。
だが、あまりにも、五人分の魔法弾は多すぎる。
そのうちの一弾が、ミュールの顔面を襲い――破砕音――砕け散った水晶華、妹は驚きをもって姉を見つめる。
「ルール違反者が紛れ込んでるんだ。
姉が妹を護ることくらい、なんら、問題はないだろう?」
笑顔を浮かべたクリスは、敵を指した。
「行け、ミュール」
笑いながら、ミュールは、左手を胸の前に拳を腰の脇で溜める。
彼女は、眼を閉じて――交錯――俺は、ミュールが差し出した手を握り、離して、回転しながら――
「行って来い、ミュール!!」
己の右手を彼女の背に叩きつける。
「ブチかませッ!!」
開眼、同時、加速。
前方、直線、吹き飛んだ彼女は、大量の砂塵を吹き上げながら地面を移動し蒼白い軌跡を描いた。
ミュールの頬を魔法弾が引き裂き、ゆっくりと、彼女は己の肘を背中側に引き込む。
血が頬を滴り落ちても、彼女は怯えず、背を背けず、意思は挫けなかった。
ただ、彼女は、前を見据えて――進む。
「コレが!!」
拳が、光り輝き、彼女の両眼から感情が迸る。
「コレがッ!! わたしの!! ミュール・エッセ・アイズベルトの!! 出来損ないの答えだッ!!」
瞳を潤ませた彼女は、半狂乱で乱射する五人組へと猛進し、自分が出した答えをひとつの拳に籠めた。
「受け取れッ!!」
そして――
「アイズベルト家ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
解き――放つ。
噴出する魔力の塊、その一撃は魔法士の女性に突き刺さり、魔力線が接続されて――その魔力を基に出力が更に上がる。
地面を抉り飛ばしながら解放された魔拳は、五人の人間を迸る閃光に包み込んで盛大に吹き飛ばした。
息を荒げながら。
地に落ちた五人を見つめ、微笑んだミュールは彼女らを指差す。
「出来はどうだった?」
俺は、笑いながら、ミュールの肩を叩く。
「ウィットに溢れたセリフも上達しましたね」
五人組の戦装束は、紛い物に過ぎず。
彼女らは、ミュールの魔拳をまともに受け止めたことで、虫の息の状態となっており地面を這いずりながら出口を求めた。
その先に――俺は、笑顔で、刀を突き立てる。
「いらっしゃ~い」
「アイズベルト家の蒙昧ども」
「心から歓迎いたします」
並び立ったミュールとクリスは、怯える彼女らに笑みを向ける
「「「五名様、終焉にご案内します」」」
やって来た元・アイズベルト家のメイドたちに囲まれ、周囲の朱の寮生と蒼の寮生が、ほぼ全滅に陥っているのを確認し……五人組は、がくりと、頭を垂れた。