凌ぐか敗れるか
朱の寮も、蒼の寮も。
ココに来て、ようやく、ミュール・エッセ・アイズベルトを起点とした黄の寮と対峙するのは容易ではないことに気づいた。
王は、本拠地にしか存在出来ない。
そのため、ミュールの本領を発揮するには、彼女の言うところの『背水の陣』を敷く他なく、朱の寮と蒼の寮の活躍を映そうとカメラが集うことでアイズベルト家は工作を行えず……第一戦線を捨てて、戦略を一点集中させた寮長の策は、黄の寮に勝利の女神を招きつつあった。
「オーホッホッ!! 快勝快勝!! やはり、わたくしは、勝利と運命とマージライン家の女神!! 朱の寮も、蒼の寮も、わたくしの敵じゃありませんわぁ!!」
「マズいな……噛ませ指数が高まってる……寮長!!」
「うわぁ!! オフィーリア、こっちにマカロン落ちてるぞ!!」
「えっ!? マカロン!?」
目を輝かせたお嬢は、寮長の声に釣られて走り出し――姿が消える。
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 敵の策に嵌まりましたわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺と寮長が作った落とし穴に嵌ったお嬢を視て、俺とミュールはホッと安堵の息を吐いた。
「良し、コレで、噛ませゲージは回収出来ましたね!」
「マカロン、ぶつけてやろ」
寮長が投げ込んだマカロンを受け取り、お嬢は「虜囚の身は辛いですわ……」と、独り言ちながらぱくぱくと糖分補給を始める。
「おい、捕虜で遊んでる場合じゃないぞ」
呆れ顔のクリスがやって来て、俺と寮長は顔を見合わせる。
「お姉様! お言葉とお気持ちの表明ですが、コレは遊びでもへちまでもへったくれもありません! 我々は、何事にも、常に本気で取り組んでいます!!」
「そーだそーだ!! 叱られる謂れはねーぞ!! こっちは、本気でふざけてんだ!!」
「ほぉ、随分と偉くなったものだな」
クリスは、微笑む。
「このクリス・エッセ・アイズベルトに、戯れに興じていないと口にするか……穴に向かって、笑顔で菓子を放り投げる所業が……児戯ではなく高尚な英雄行為だとでも宣うつもりか……」
クリスは、笑いながら、立ち昇るような怒気を発する。
俺とミュールは、素早く、お互いのことを指差した。
「「コイツがふざけてました」」
「…………」
俺と寮長は、穴の中のお嬢を指差す。
「「コイツがふざけてました」」
「失礼。
お紅茶も、頂けまして?」
ニコリとクリスは笑って――俺と寮長とお嬢は正座させられ、三人で『何時までも攻めてこない、朱の寮と蒼の寮が悪い。勝利のためにしたことで、我々には何の落ち度もない。フレアとフーリィは最低だ。奴らには義も誠も彼女もいない』と異口同音に言い訳を発し、クリスの説教が長引く要因を作った。
「しかし」
忙しなく、動き回っていたリリィさんは、困惑気味に銀盆を胸に抱える。
「本当にいらっしゃいませんね……どうしたんでしょうか?」
「ぎゃはっはっ!! 俺らに恐れをなしたんじゃねぇーの!?」
「あっはっは!! よちよち歩きのハイハイ選手権入賞常連のビビリどもがぁーっ!!」
「オーホッホッ!! 雑兵どもが、尻尾巻いて犬小屋に帰りましたわぁ~!!」
「代わる代わるに輩化するな、蒙昧ども」
三人で車座になってギャハハ笑いしていると、腕を組んだクリスは足先でトントンと地面を叩いた。
「蓋し、黄の寮の本拠地は落とせないと判断したか……想像以上に、こちらのハッタリが効いている。
ヒイロ」
クリスは、こちらを見つめる。
「攻めてみるか?」
「ダメです」
俺よりも早く、ミュールが答える。
「それが、フレアとフーリィの狙いです。
甲羅に閉じこもった亀に、頭を出させるには餌を眼の前でチラつかせれば良い……そうして、飛び出してきたところを一網打尽にするつもりでしょう。黄の寮は、本拠地に全兵力を集中させているからこそ強いが、その強さを勘違いして井の中から大海に泳ぎだせば思い知らされることになる。
我々が勝利を掴むには、やはり、ヒイロの策を完遂する他ない」
ぽかんと、クリスは大口を開いた。
静まり返った周囲を、ミュールは不思議そうな面持ちで眺め、リリィさんは落とした銀盆を慌てて拾い上げる。
「ミュール……それは、つまり……」
クリスは、そっと、彼女に問いかける。
「お前が、すべて、背負うことになるということだぞ……怖くはないのか……?」
「はい」
ミュールは、笑顔で応える。
「もう、涙も不安も枯れ果てました」
「……そうか」
クリスは微笑み、同様に微笑を浮かべた俺は口を開く。
「寮長、わかってると思いますが、敵はもう一度攻めてきます」
静かに、寮長は頷く。
「その攻撃を凌げば、俺の策は間違いなく成功する。
朱の寮も蒼の寮も……フレアもフーリィも、きっと、俺の術中に嵌ってノッてくる。
そうしたら」
俺は、笑う。
「黄の寮の勝ちです」
「それは……お前……」
恥ずかしそうに、ミュールははにかむ。
「わたしのことを過信してるだろ」
「ちゃんと、全部、視てきたから言ってるんですよ。過信でも予測でも願いでもなんでもなく、俺は、目の当たりにしてきた事実を基に述べてます。
ミュール・エッセ・アイズベルトは――」
俺とミュールは、笑いながら拳をかち合わせる。
「「勝つ」」
ぐいっと。
俺とミュールを両手で掻き分けたクリスは、俺とミュールの拳に自分の拳を合わせる。
「ふたりで、完結するな」
「あらあら、俗世の皆様は、こういった時の作法を知りませんのね」
お嬢は、片手をパーにして前に突き出す。
「大人数で息を合わせる時は、グーではなくパーで。古来からの習わしで、最初にグーを出すのはじゃんけんと喧嘩だけ、手のひらを重ね合わせるという行為は、我がマージライン家でも度々行われる神事ですわ」
「いちいち、スケールがデカすぎる!!」
「お嬢は、ハリウッドだった……?」
「だが」
クリスは、静かに微笑んで――お嬢の手に自分の手を重ねる。
「良い習わしだ」
姉の手に、妹は開いた手を重ねる。
「…………」
俺は、その手にチョキを重ねた。
「…………」
寮長は、俺の手にグーを重ねてくる。
「…………」
すかさず、俺はパーにして重ね返す。
「…………」
寮長は、チョキで俺のパーにマウントを取る。
「…………」
俺は、グーで対――
「「表出ろやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
俺とミュールは取っ組み合って、間髪入れずにクリスにぶん投げられる。
正座させられて説教を喰らい、俺たちはしくしくと泣きながら、互いの肩にパンチを入れ合いながら手を重ね合う。
リリィさんがその手に手を載せて、次いで、どこからともなくダッシュしてきたスノウが俺の手の下に手を挟んでくる。
その場に居合わせた六人は、手と手を重ね合った。
「「「「「「…………」」」」」」
なぜか、気まずい沈黙が漂い始め、俺たちはミュールに目線をやった。
「寮長、こういう時は長として、下々の者に有り難いお言葉をくれてやるもんですよ。ロックでイカした激励をお願いします」
「え~、では、時間もないので手短に」
「それ、めちゃくちゃに長くなるタイプの口火の切り方かと。
私は、その技を老い先短い校長の長いお話と呼んでいます」
「わたくし、こう視えましても、校長先生のお話は一言一句聞き逃したことがありませんわ。少々、自慢臭くなってしまうかもしれませんが、その甲斐もあってか、校長先生からお褒めの言葉を頂いたことがあ――」
「ミュール、老い先短くもないお嬢様の長いお話が発動してるから早く述べてしまえ」
「そうそう、そう言えば、わたくし、幼い時分に絵の賞も頂いたこともあ――」
「お嬢様、乗っ取られないうちに早く! ミュール、早く、言っちゃいなさい!! オフィーリア様の口の回転数が早まってるから!!」
「ロックでイカした激励……ロックでイカした激励……そうだな……うん……」
ニヤリと笑いながら、ミュールは中指を立てた手を打ち上げた。
「くたばれ、アイズベルト家ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「「「「「くたばれ、アイズベルト家ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」」」」」
まさに、俺たちらしい、ロックでイカした激励だった。
これくらい、敵愾心を剥き出した方が丁度良い。少なくとも、俺たちの士気は上がり、笑いながらハイタッチを交わし合う。
たったひとり「アイズベルト家……?」と、首を傾げているお嬢は仲間外れだったが、俺たちは満足して立ち上がり――オペレーターが駆け込んでくる。
俺とミュールは、ニヤリと笑い、その報せを受け止める。
黄の寮生は、各々の配置について、夥しい数の朱の寮の自動訓練人形と兵隊たちを見つめ……ごくりと、唾を飲んだ。
そんな彼女らを追い越して、俺とミュールは、競い合うように物見櫓に上った。
「おうおうおう!!」
「随分と! 遅れてのご登場だな!!」
物見櫓のてっぺんで。
俺とミュールは、腕を組み、背中合わせで笑いながら出迎える。
「あははっ!」
朱の寮の部隊長らしき少女は、侮蔑的な笑みを浮かべて俺とミュールを指差した。
「魔法が使えない出来損ないと無能の男が旗頭なんて……貴女たち、恥ずかしくないの? 所詮、黄の寮は、雑魚どもの集まりなのに、なぁに調子のってくれちゃってるわけ?」
「ほう、出来損ない」
「へぇ、無能の男」
味方の士気を向上させ敵の士気を挫こうと、おおっぴらに挑発をした彼女は、ニヤニヤと笑う俺たちを見上げて頬をひくつかせる。
「な、なによ……?」
「いやぁ」
「なんというか、ねぇ?」
俺とミュールは、ニヤつきながら言葉を吐いた。
「その出来損ないに、ボコボコにされて、ママに泣きつくまでのタイムアタックがこれから始まることが……不憫でならなくてなぁ……」
「無能の男に手も足も出ずに打ちのめされて、パパに言いつけるまでの新記録叩き出しちゃうあんたらが可哀想で……」
俺とミュールは、嘘泣きしながら、互いに互いを慰め合い――敵の部隊長は、怒りで顔を真っ赤にする。
「ば、バカじゃないの!? 人数差を視てみなさいよ!?
あ、貴女たちに、勝ち目なんてひとつもな――」
「「御託はいいから」」
俺とミュールは、薄く笑いながら、指で敵の軍勢を招いた。
「「とっととかかってこい」」
挑発にノッた部隊長は、突撃の指示を出し――俺とミュールは、会心の笑みを浮かべ、兵たちに指示を出した。