一発一中
「6時方向!!」
膝の上に、画面を広げたオペレーターは叫ぶ。
「来ます!!」
「おいでなさいましたか」
武家屋敷の残骸を阻塞として、四方を囲んだ本拠地へと朱の寮の集団が迫ってくる。
辺り一帯に鳴り響く警告音。
「寮長」
まるで早朝に鳴り響いた目覚まし時計のように、索敵用自動訓練人形を叩いて黙らせ、俺はニヤニヤと笑いながら寮長にお伺いを立てる。
「歓迎のクラッカーでも鳴らしてやりますか」
「あぁ、良いなぁ。折角、こうして、記念すべき日を迎えたんだ」
ニヤけながら、ミュールは俺に応える。
「盛大にやろう」
テープカットみたいに、祝福混じりに厳かに。
俺は、右腕を真っ直ぐに伸ばした。
人差し指と中指は伸ばし、残りの三本指は折り曲げて仕舞い込む。左腕は右腕を固定するための台座として、両手をクロスさせるような形で、俺はその銃口を6時方向へと向ける。
そっと、ミュールは、俺の背中に手のひらを当てる。
そのミュールの左右に寄り添うようにして、黄の寮の射手たちは彼女の右腕と左腕に己の両手を添える。
その射手の腕には、別の射手の手が重なった。
それは、二等辺三角形を描いていた。
拠点地か占拠地に居れば、魔力集積量が1.5倍になる射手たちは、戦装束を介して周辺から魔力をかき集め、俺の指先は眩いばかりに蒼白い光を放った。
あたかも、ひとつの星のように。
凝縮された魔力は、星屑をかき集めて出来上がったきら星と化し、完成された巨矢は俺が視たこともない程の大きさと輝きを誇っていた。
警告音が鳴る。
索敵用自動訓練人形は、大音響を掻き鳴らし、ありとあらゆる厄災を知らせるかのように喚き立てた。
それは、本拠地に留まらず。
第一戦線から第二戦線、第三戦線にまで。
どんどんどんどん、警告音は響き渡っていき、そこでようやく朱の寮の部隊は顔色を変えて立ち止まった。
「ね、ねぇ、こ、コレ、やばいんじゃないの……?」
「な、なに、この魔力量……う、嘘でしょ……死神が解放されてるの……!?」
「い、一旦、第一戦線にまで下がっ――」
「はぁ!? なに、怖気づいたの!? 相手は黄の寮よ!? あの出来損ない相手に下がるつもり!?」
「というか、アレ……」
俺は、笑いながら、必死に魔力を制御し――
「下がっても、避けられないんじゃない……?」
ぶっ放した。
轟音をぶち撒けながら空気を引き裂いて、飛翔した水の矢は、大量の朱の寮生を巻き込んで樹々をなぎ倒し、土と泥が混じり合い、石と礫が入り込み、土石流と化してなにもかもを呑み込んでいく。
その勢いは留まることを知らず、立て続けに敗退音が鳴り響き、戦場上の赤い点が次々と消えていく。
「ふっ」
俺は、指先に息を吹きかけ、視えない銃をくるくると回しながら、不可視のホルスターに拳銃を仕舞った。
俺にだけ視えるカウボーイハットのツバを下ろし、クールにささやく。
「一発一中だぜ……」
「わたしもわたしも!! わたしもソレやりたい!! わたしが撃ったことにしてくれ!! わたしが撃ったことにしてくれ!!」
俺とミュールは、背中を合わせて、同時に指先に息を吹きかける。
「「一発一中だ――」」
「12時方向、敵、襲来!!」
「「なにふざけてんだ、お前!?」」
俺とミュールは押し合いへし合いしながら、わたわたと物見櫓へと駆け上っていく。
朱の寮に合わせて進軍してきた蒼の寮は、死神を朱の寮側に回した影響なのか、軍師たるラピスが生徒たちを先導しており、阻塞を壊そうとして――ぎょっと、目を丸くする。
唖然とした蒼の寮生たちの視線が集まる先。
そこには、長々とした物干し竿に縛られ括り付けられたお嬢の姿があった。
すぅっと息を吸い込んだ彼女は、甲高い声を上げる。
「あ~れ~、つかまりましたわぁ~!! とぅぁすぅけぇてぇえんえぇんぇえ~!!」
「めっちゃ、ビブラートかかってる!!」
「お嬢は、オペラ歌手だった……? こんなにも明朗で弾むようなレッジェーロ、オフィーリア・フォン・マージラインにしか出せませんよ!! お嬢しか勝たねぇ!!」
「ぅぁあ~れぇえ~!! とぅぁ! とぅぁ! とぅぁ、とぅぁ、とぅぁ、とぅぁすけぇてぇえええ~!!」
「めっちゃ、喉の調整してる!!」
「お嬢は、プロボーカリストだった……? こんなにもプロフェッショナル溢れる責任感、オフィーリア・フォン・マージラインにしか備わりませんよ!! やっぱ、お嬢しか勝たねぇ!!」
「う、撃ち方やめ!! ダメよ!! アレじゃあ当たっちゃう!!」
遠距離から矢を放とうとしていた蒼の寮生生を押し留め、ラピスは、歯噛みして俺を指差した。
「卑怯者!! それが黄の寮のやり口!?」
「そうだが」
「なに言ってんだ、アイツ?」
俺と寮長に煽られ、ラピスは、わなわなと震えながら顔を真っ赤にする。
「捕虜を解放して、正々堂々戦いなさい! わたしたちは、黄の寮に誉れある勝負を求めます!!」
「ほ・ま・れ(笑)」
「なんだ、その誉れって!! 食えるのか!? 食えないのか!? ママレードの亜種か!? 誰か、辞書持ってきてく――食えないじゃないか!! ママレードでも食ってろ、この金髪エルフ!!」
やーいやーいと。
物見櫓の上で、俺とミュールでコサックダンスを踊っていると、ひくひくと頬を痙攣させたラピスは白雪姫弓を構える。
「要は、外さなきゃ良いのよ……!!」
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! わたくし、ガチのマジでピンチですわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「オフィーリア、言葉遣いが汚いぞ! ダメだぞ! 鳳嬢の生徒が俗語を使うんじゃない! ビブラートも利いてないぞ!!」
「へへっ……でも、俺、そんなお嬢も好きだ……(鼻の上を掻く)」
「舐めないでよ――ねッ!!」
ラピスは、白雪姫弓から魔弦の矢を撃ち放ち――
「「…………」」
俺とミュールは、お嬢を吊り下げている物干し竿を動かして、魔弦の矢の進路に彼女の身体を置いた。
「えっ!? ちょっ!?」
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ガチのマジでピンチですうわぁんうわぁんうわぁぁ~ん!!」
慌てて、ラピスは、魔弦の矢を操作する。
お嬢の鼻先を掠めて、魔弦の矢はラピスの元にまで戻り、獰猛な犬のようにバチバチと音を立てる矢を彼女は押さえつける。
「へいへ~い!!」
俺は、お嬢を左右に振る。
「ピッチャー、びびってる~!!」
寮長は、お嬢を上下に振る。
「「ぱーらっらっぱぱ~!! その矢に、魂籠めろ~!! ぱーらっらっぱぱ~!! かっとばせー、お・じょ・お!!」」
元々、堪え性がなく負けず嫌いのラピスは、顔を真っ赤にして、だんだんと地団駄を踏み鳴らす。
「ずるいずるいずるい! こんなことしてなんになるのよ!!」
「いやぁ、意外と効果はあるぜ」
俺は、微笑んで、ラピスの背後を指した。
「例えば、伏兵が背後に回り込むまで、敵の注意を釘付けにするとかな」
「なっ!?」
潜んでいた黄の寮の兵士たちは、一斉に飛び出し、武器を下げて困惑していた蒼の寮生に襲いかかった。立て続けに悲鳴が上がって、喧騒と剣刃が舞い上がり、一瞬にして小さな戦場が出来上がる。
悲鳴と混乱の渦に巻き取られ、油断しきっていた蒼の寮生は、あっという間に瓦解していく。
「よし」
寮長は、合図を出した。
物見櫓に潜んでいた射手たちは、一斉に立ち上がり、番えていた矢と弾を突きつける。
そのタイミングで、黄の寮の兵士たちは防壁を広げた。
繰り返した練習の通りに兵と兵のタイミングが噛み合い、ミュールは、大混乱に陥っている蒼の寮を指した。
「今だ、撃て」
降り注ぐ矢と弾、それらに貫かれ、蒼の寮生たちはあっという間に残機を失って脱落していく。
「えっ、な、なんなのこの練度!?
い、一旦、引――」
「悪いが、訪問販売の二度目は」
物見櫓から飛び降りた俺は、真正面から光の刃を振り下ろす。
「お断りどころか、生きて返さねぇよ」
信じ難い反射神経。
ラピスは、白雪姫弓でその一撃を受け止める。
俺とラピスは、睨み合い――ラピスは、俺の笑顔を視て表情を消した。
影。
俺の背を踏んで跳んだミュールは、ひとつの影法師と化して、ラピスの背後へと下り立った。
「ミュール!!」
俺は叫び、ラピスは振り返る。
「撃てッ!!」
無極――導引――拳ッ!!
振り向きざまに踏み込んだミュールの縦拳は、姿かたちを消して影にまぎれ、ラピスの鳩尾を穿いた。
綺麗に入った拳は、正面から背面まで、一瞬で衝撃を伝えていった。
大きく目を見開いて、くの字になったラピスは、よろけながら後退する。
敗退音。
悔しそうに顔を歪めたラピスは、戦装束によって固められ、こちらを睨みつける。
そんな彼女の前で、俺とミュールは腕を交差させ、互いに構えた指鉄砲の銃口をお互いの息で吹き消した。
「「一発一中だぜ」」
「うがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! もっかいもっかいもっかい勝負しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ふざけんな格好つけんないちゃつくな死体蹴りすんなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ラピスの泣き声を聞きつけたかのように、押し寄せてくる増援の部隊。
俺とミュールは、涙目のラピスの頭を順番に撫でてから、喚く彼女を置き去りにして物見櫓へと上っていった。




