まさかの助っ人
劉悠然は、瓦礫に埋もれたままでいる。
朱色の死神は沈黙に埋まり、蒼色の死神は姿を見せなかった。
どうやら、蒼の寮の死神は、その刃の先を朱の寮に向けていたらしい。
朱の寮は、第二戦線を奪われており、第一戦線にまで追い詰められていた。そんな状況下でも、黄の寮に兵を差し向けることは怠らず、大量の赤と青の点は本拠地に迫っている。
黄の寮の生存者は、148名から59名にまで減っていた。
約半数以下……だが、彼女らの士気は衰えず、配置についた黄の寮生は提供されたおにぎりとサンドウィッチで軽食を取っていた。
「劉様」
瓦礫に腰掛けた俺に、茶を差し出しながらスノウはささやく。
「出てきませんね」
「出来れば、このまま出てきて欲しくないんだが……まぁ、アイツが、コレで終わるとは思えないってのが実情だよな」
第一戦線から引く際に、各部隊が道中に残した罠が効いているのか。
明らかに進軍速度は鈍っていたが、赤と青の点は、少々の敗退者を出しながらも本拠地にまで迫ってきている。
そんな状況下にも関わらず、黄の寮の本拠地には和やかな雰囲気が漂っていた。
地べたに敷いたシートに座り込み、おにぎりとお茶を口にしている彼女らは、鳳嬢の生徒とは思えないくらいに庶民的に視える。当の寮長が両手におにぎりを持って、ぱくぱくしているのだからそう拒否感を覚えたりもしないのだろう。
「ヒイロ様」
銀盆を胸に抱いた白髪メイドは、そっと、俺に問いかける。
「無茶してませんか?」
「まぁ、してるかしてないかで言えばしてるけど……勝算がないわけでもないからな……俺は、敗ける勝負はしない主義だし……」
「どうだか。
他人の命が懸かれば、貴方は、喜んで身を捧げるタイプの人でしょ。自爆型の癖に。マル○インみてぇな面して、なぁに、格好つけてんですか」
「別に、俺は、そこまで聖人じゃないが。百合を護りたいだけだし」
「…………」
「な、なに、その目?」
じとーっと、メイドは、俺を睨みつける。
「ジト目ですが」
「いや、名称ではなく理由ね。その目を主人たる俺に向ける小生意気な理由を問うているのですよ、自称美少女メイドさん」
「脅迫ですか」
「理論の飛躍がホームラン級。
飛ばしすぎだろ、場外まで会話の球運んでんぞ。メジャーデビューしろよ」
「はわいゆう」
「やっぱ無理だわ、そのクソ雑魚英会話では」
べしりべしりと、肩を撫で付けるように叩かれる。
その手が止まって、風が吹き、目を細めたスノウは髪を押さえつける。
「ねぇ」
「はい?」
「逃げたいとか、思わないんですか」
「そうねぇ……」
鮭おにぎりを握ったまま、俺は、笑顔で配膳を続けるメイドたちと談笑している黄の寮生を見つめる。
その輪の中心で、姉と並んで座り、頬についたご飯粒を取ってもらっている少女は満面の笑みを浮かべていた。
その光景を眺めながら、俺は、ぼそりとささやく。
「思わねぇな、微塵も」
「私は、たまに」
同じ景色を見つめながら、彼女はささやく。
「貴方を連れて、逃げたくなりますけどね」
「逃げるってどこに?」
「どっか」
「急に雑だな」
「どこでも良いんですよ」
彼女は、俺と同じところを視て微笑む。
「別に……どこでも……」
俺は、苦笑する。
「あのさ? なんか、最近、俺にべた惚れしてるみたいなムーブするのやめてくんない? 姉妹百合を堪能してる俺の横で、ヒロインぶってんのか? なんだ、その憂慮の表情?
お前、自分に酔ってん――膝ァ!!」
ゴッ!!!!!
メイドらしからぬ鉄拳を俺の膝に叩き落としたメイドは、くるくると銀盆を回して、俺の顎に多段HITを加えてくる。
「メイド回転殺法!! メイド回転殺法!!」
「顎ォ!! 顎、顎、顎ォ!!(HIT報告)」
「茶化すな、このバカ!! はぐらかすな、このボケ!! おら、おら、おらっ!! 泣き叫べ!! 背骨、へし折って、四足歩行の時代にまで遡らせてやる!!」
べん、べん、べん!!
蹲ったところを銀盆で殴られていると、恐る恐ると言った体でオペレーターが近寄ってくる。
「イチャついてるところ申し訳ないのですが」
「「イチャついてねぇわ!!」」
「捕虜が王と軍師に対談を申し込みたいと」
「あ?」
背後から、むにーっと、頬を引っ張られた俺は間抜け面で問い返し――
「あら、このおにぎり、美味しいですわ……シェフをお呼びなさい。
このオフィーリア・フォン・マージラインが、お褒めの言葉を直接伝えたいと申し出ておりますわよ。おほほ」
見覚えのあり過ぎる顔を目の当たりにしていた。
「元いたところに返してきなさい」
「いや、そんな捨て犬みたいなニュアンスで言われましても……」
謎の庇護欲を唆るのか、元・アイズベルト家のメイドたちは、甲斐甲斐しくお嬢の世話を焼いていた。
この場面だけ切り抜けば、まるで、カリスマ性溢れる女君のようにも視えるが……実際の彼女は涙目でぷるぷると震えており、あまりにも可哀想で攻撃出来ず、遭難しそうだったので連れてきてしまったと黄の寮生は申告した。
「あら、専属奴隷」
足を組んで、羽つき扇で己を仰いだお嬢は、安堵の表情で俺に呼びかける。
「奇遇ですわね。
わたくし、蒼の寮のエースとして単騎駆けしていたところ、奇しくも大量の敵兵に囲まれ、無念にも捕らえられてしまった次第ですわ。まぁ、でも、コレもわたくしの策の一環。図らずも、黄の寮の本陣への一番乗りを果たしてしまったといったところでしょうか。
オーホッホッ!! わたくし、まさに、一番星の一等賞!!」
「おい、ヒイロ」
俺の隣で、ミュールはくいくいと袖を引く。
「どうにかして、親元に返してやれないか? 可哀想だろ?」
「いや、そんな巣から落ちた雛鳥みたいなニュアンスで言われましても……」
「せ、専属奴隷!!」
自分の旗色が悪いことは理解しているのか、涙声のお嬢はビシリと俺を指した。
「わ、わたくしは、黄の寮にとって重要な情報を握っておりますことよ! だ、だから、あの! 酷いことはしないで!! じゃなく、するべきじゃない、ですわ!! そ、それに、貴方、囚獄疑心の際に、死んだフリを続けたわたくしのことを現地に置き去りにしましたわよね!? 助けなさい!?」
「いや、あの時は、本当に存在を忘れてて……じゃなくて、重要な情報?」
「そ、そうですわ! わたくし、視ましたの!!」
必死で、お嬢は捲し立てる。
「森で迷っている時に、黒服を着た大人たちが、遠隔で黄の寮の生徒に攻撃を加えていましたわ!! しかも、その連中、途中で偽の戦装束に着替えていましたから、またなにか仕出かすつもりに違いありません!! 部外者の立ち入りは、本来、禁じられている筈なのに!! だから、一時期、優位に立っていた黄の寮はひっくり返されたに違いありませんわ!!」
俺と寮長は、顔を見合わせる。
「お嬢、それはどこで?」
「さ、さぁ……? な、なにぶん、わたくし、この辺りの地理には明るくありませんし……それに、涙で戦場が視え――泣いてませんわ!!」
――ソフィア様の伏兵は、黄の寮が不利になるように工作を仕掛けています
劉の言っていることは本当だったな……なにか、直接証拠があれば、三寮戦をひっくり返せるかもしれないが……お嬢の持つ状況証拠だけでは、運営たちも動けはしないだろう。
考え込む俺を他所に。
ぺらぺらと、興奮で顔を赤くしたお嬢は言葉を吐き出す。
「わたくし、マージライン家の人間として、卑怯千万なやり口は許せません! 神聖な三寮戦に部外者が立ち入り、懸命に戦う生徒たちを一方的に攻撃するとは! 信じ難い蛮行!! このわたくしの手で、成敗してやろうと後を追跡していたものの、疲れ果ててしまって見失ってしまい……でも、わたくし、奴らに印を付けましたわ!」
「印?」
お嬢は、自身の羽付き扇を見せつける。
「この扇の羽の一本を、魔法を使って奴らの背に刺してやりましたの。
オーホッホッ!! このオフィーリア・フォン・マージラインの頭脳のプレイが冴え渡りまくりますわぁ!!」
「「…………」」
「あ、あら……? ま、まずかったかしら……?」
不安そうに、お嬢はこちらを窺い、ツカツカと俺は彼女に歩み寄る。
「やっぱり、お嬢は」
俺は、ガシリと、お嬢の両肩を掴んで彼女を見つめる。
「最高だな」
「ちょ、ちょっと! 男が気安く触らないでくださる!?」
褒められたのは、素直に嬉しかったのか。
顔を赤くして、照れているお嬢から手を離し、俺はニヤリと笑う。
最終決戦を控えて、ようやく楽しくなってきたじゃねぇか……ナイスフォローだぜ、ソフィア・エッセ・アイズベルト……その短慮をたっぷりと嘆かせてやるよ……。
「ところで、わたくし」
すっかり、自分の手柄で平静を取り戻したお嬢は、小指を立てて湯呑を口に運ぶ。
「黄の寮に助太刀することにしましたわ」
「「…………は?」」
唖然とした俺とミュールの前で、お嬢は、目を伏せたままお茶を啜る。
「だって、おかしいじゃありませんの。そもそもとして、人数差の不利もある上に、卑劣な大人たちによる妨害まで加わっているなんて。その状況下で、わたくしのように美しく可憐で、ナンバーでワンなエースにまで攻め込まれてしまったら秤の釣り合いがとれませんわ。
だから、わたくし、本日この時点から黄の寮の一員として戦いますわ」
「い、いや、オフィーリア・フォン・マージライン、その気持ちは嬉しいけどな」
困ったように、寮長はオロオロとする。
「そんなことをしたら、お前は蒼の寮に裏切り者として扱われちゃうぞ。それに、コレは、全国中継されてるんだ。マズいだろ」
「そんなことで、マージライン家は揺るぎません」
悠々と、お嬢は答える。
「わたくしは、真の正義を愛します。
たとえ、仲間たちに糾弾されようとも、わたくしはわたくしの正義を貫きますわ」
俺と寮長は、同時に口を押さえて目を潤ませる。
「「かっけぇ……!!」」
「オーホッホッ!! それほどでもありますわぁ!! このオフィーリア・フォン・マージラインが来たからにはもう安心ですことよぉ!!」
「で」
くるりと、後ろを向いた寮長は、同様に反転した俺に耳打ちする。
「どうなんだ……その……実力的には……?」
「メガトン級のお荷物ですね」
「げ、現代に蘇ったトロイの木馬……!!」
「まぁ、でも」
俺は、ニヤリと笑う。
「使いようは……幾らでもありますよ……くっくっく……!」
「お、お前っ!! あ、あんまり、酷いことするなよ!!」
ニヤニヤと笑う俺の肩を、寮長は、必死でぽかぽかと殴る。
「お前! ばか! やめろ! 酷いことするなよ! 酷いことするな! あんな純粋な子になにさせるつもりだ! 真の正義を貫く偉い子なんだぞ!! やめろ、こら!! 悪どい顔するなっ!!」
ご立腹な寮長を引き寄せ、俺は、その小さな耳にボソボソとささやきかける。
「…………」
ミュールは――ニヤリと笑った。
「くはっはっはっ……!」
「くっくっく……!」
「オーホッホッ……!」
青空の下で。
俺と寮長とお嬢は、笑い声を上げる。
「くはーっはっはぁっ……!」
「くーっくっくっ……!」
「オーホッホッ……!」
三者の不気味な合唱を聞き流しながら、オペレーターとメイドたちは、そそくさと食器の片付けを始めていた。