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姉妹と不純物

 壁。


 否、それは、泡状の緩衝材。


 クリスの防御動作に対して、リウの突進が停止し――その足に、生み出された水晶の茨が絡みつく。


「ヒイロッ!!」


 緩衝材が掻き消え、俺は、間髪入れずに刀を振るった。


 入るッ!!


 手応え――その一閃の行く末を見守り、俺は驚愕で目を見張った。


 膝と肘。


 固定された俺の刃、そのままへし折られ、姿勢を崩された俺は前へと動かされる。


 ごう――飛来する魔拳、その凄まじさに、俺は一瞬でぶわっと汗を掻き――間に、小柄な体躯が入った。


「借りるぞ、ヒイロッ!!」


 接続。


 蒼白い閃光がほとばしり、ミュールの右手と俺の心臓は繋がり、流れ込んだ魔力が溜められた左手へと運ばれる。


 浮歩うほ


 ふわりと、浮き上がったミュールは、リウの真下へと潜り込む。


 と同時に、撃った。


 リウは、その打点を下へとズラして、間髪入れずに上段蹴りを放つ。


 破砕音と共に、俺の顔面の真横に展開された水晶華が砕け散り、屈んだミュールを台座にした俺は右手に備えた砲台を構える。


「避けられるもんなら」


 完成した魔力の巨矢、リウは目を見開いて――


「避けてみろよ」


 撃ち放つ。


 ドッ!!!!!


 強烈な反動で右腕が跳ね上がり、リウは、至近距離から迫る不可視の矢(ニル・アロウ)を見つめ――勢いよく、頭を斜めに倒して避ける。


「はぁっ!?」


 こ、コイツ、避けやがった!! この距離で!! 勘だけで不可視の矢(ニル・アロウ)かわしやがった!!


 くるりくるりと。


 半身ずつ左右に捻りながら、距離を取ったリウは手袋をめ直す。


「驚きました、学生の練度ではない」

「それは、こっちのセリフだ……人間の練度じゃねぇだろ、お前……」

「ミュール様は」


 リウは、ボソリとささやく。


「貴方が?」

「もっと、髪が長くて、自称『最強』を名乗る傲慢なヤツだよ」

「……アステミル・クルエ・ラ・キルリシア、か」


 死神は、人間らしい苦笑を浮かべる。


「昔から、彼女は余計なことしかしない……いずれ、あの女性ひとのお節介は命取りになる気がするが……まぁ、私には関係のない話か」

「ヒイロ」


 ミュールは、ニヤニヤと笑いながら、背後の武家屋敷に目線を向ける。


「アレ、やるか」


 俺もまた、ニヤニヤとしながら答える。


「良いですねぇ……いっちょ、見せてやりますか」

「お、おい、妹に何を吹き込んだ。そんな顔するような子じゃなかったのに。アレをやるなら、私も混ぜてくれ。私も当事者だろ」

「よっしゃぁ!! リウッ!!」


 俺は、片手を挙げて、敵の彼女にアピールをする。


「作戦ターイムッ!!」

「……なんですか、それは」

「三条家に代々伝わる決闘方式のひとつだ。相手が『作戦タイム』と叫んだ際には、古来の奥ゆかしき大和撫子魂に基づき、相手に攻撃を行うことは固く禁じられているのであしからず」

「何秒、待てば?」

「5分くらい」


 ゆっくりと、リウは目を開け閉めする。


「そこまで待てば、死神の解放時間が終わってしまうのでは?」

「やべぇ……アイツ、頭良いぞ……?」

「ヒイロ、10秒くらいにしておけ! 10秒くらいに! あんまり欲張ると怒られるから10秒くらいにしておけ! 10秒もらっておこう! 10秒!!」

「わ、私も混ぜてくれ……!」


 無言で。


 リウは、こちらに突っ込んでくる。


「ぁああああああああああああああああああああああああああ!! やべぇええええええええええええええええええええええええええええ!! 退避退避退避ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「だから、10秒にしておけば良かったんだ!! 欲張り過ぎるとろくな目にわないって!! わたし、ちゃんと、日本昔話で学んでおいたのに!!」


 俺たちは、リウに背中を向けて、猛然と武家屋敷の中にまで逃げ込む。


 出入り口付近には、フライパンや鍋やまな板を持った元・アイズベルト家のメイドたちが控えており、俺たちを招き入れるなり扉を閉じる。


「早く、奥へ!!」

「私たちがお守りします!! さぁ、行っ――きゃぁ!!」


 扉が吹き飛び、屋敷内に踏み入れたリウは、飛んできたフライパンを拳甲けんこうで吹き飛ばす。


 すかさず、攻撃者に反撃カウンターを入れようとして――その敵対対象メイドたちを視認し、彼女は拳を止めていた。


「貴女たちは……まさか……なんてバカなことを……アイズベルト家の目も入っているのに……」


 リウは、顔を歪める。


「ミュール様とリリィの好意をないがしろにして……日の光の当たらない地下で、黙っていれば良かったのに……なぜ、むざむざ、自分の命を捨てるような真似をする……ミュール様のがわについてタダで済むと思っているのか……」

「わ、私たちには」


 震えながら、フライパンを構え直したメイドは微笑む。


「私たちの……矜持プライドがあります……たとえ……たとえ、アイズベルト家に酷い目にわされたとしても……恩を返します……いつまでもいつまでも……地面に潜っていては……種は芽吹かず、花は開かない……私たちにも……」


 メイドたちは、各々の武器を構えながら言い放つ。


日の光(スポットライト)を浴びる権利がある……!!」


 ぱちぱちと。


 拍手を送った俺は、リウにニヤリと笑いかける。


「よぉ、リウ悠然ヨウラン


 人差し指を突き付けて、俺は、彼女に問いかけた。


「もう、役者は整ってる。舞台上で、ライトは回り、演者はセリフを口にした。

 あんたは、どう答える?」

「…………」

「台本が、頭に入ってないなら」


 胸に手をやって、うやうやしくお辞儀をした俺は、顔を上げて微笑む。


「出直してきな」


 跳――ぶ。


 メイドたちを押しのけて、前に出たリウを視て、俺は奥座敷へと走り込んでいく。


「クリス」


 ぽんと、俺は、クリスの肩を叩いて――ふたりで見つめ合う。


 彼女は、微笑んで頷いた。


「任せろ」


 俺たちは、3方向に分かれた。


 予想通り、リウは、凄まじい勢いで俺を追ってくる。


「全員、外に出てッ!! 早く!!」


 メイドたちの声が響き渡り、俺は、追ってきた拳を避けながら奥座敷に飛び込む。


 その瞬間、四方の部屋に潜んでいた黄の寮(フラーウム)生は引き金(トリガー)を引いた。


「撃てぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


 ふすまを通り抜けてくる矢弾の嵐。


 天井裏からも降り注いでくる弾丸は、雨あられとリウを狙い、彼女は凄まじい勢いで両手足を振り回しながらそれらを弾き落とす。


「アルスハリヤッ!!」

「0.7秒だ!!」


 目を――ひらく。


 0.7秒の限定開放。


 両眼を通して舞い込む可能性、それらすべてを十の指に振り分けて、俺は魔力の壁を生成し弾き飛ばされた矢弾を弾き返す。


「…………チッ!!」


 舞い戻ってきた攻撃。


 畳の上を滑りながら、身を捻ったリウは、片手で床を思い切り叩いた。


 舞い上がる畳の群れ。


 畳という畳に矢と弾は突き刺さり、魔力を帯びたその盾にぶつかって消える。


 見事な畳返しを行ったリウは、己の身に迫る矢弾をすべて防ぎきり、既に駆け出していた俺を追撃してくる。


「外に出ろ!! 外へッ!!」


 屋内に残っていた黄の寮(フラーウム)生は、屋敷の外へと駆けていき、その逃亡劇をリウ瞥見べっけんする。


 俺は、どんどんと、襖を開け放ちながら逃げて――ついに、追い込まれる。


 汗だくで。


 息を荒げながら、壁に背を着けた俺は、苦笑を浮かべる。


 靴音を立てて。


 手袋をめ直しながら、リウは俺に迫る。


「良い手でした。

 並の魔法士であれば、間違いなく一撃もらっていた」

「おいおい、随分と自分を持ち上げるじゃねぇか……どこぞのナルシスト魔人を思い出すぜ……」

「一撃で」


 深く。


 魔法士殺しは、腰を落とす。


「終わらせましょう」

「なら、俺は」


 笑みを浮かべて、俺は、ゆっくりと壁から背を離した。


「練習の成果をお見せするよ……師、いわく……ハンバーガーとオニオンフライは、ふたつ揃うことで真価を発揮する。

 なぁ」


 その時、ようやく、リウは俺が裸足はだしになっていることに気づき――


寮長ミュール?」


 天井裏をぶち破って、降ってきた寮長は、俺の延髄に踵を叩き込む。


 手は繋がっている。


 両手を繋いだ姉妹は、生来の魔力線(オリジナル)を持たないミュールが瞬時に魔力線を構築することで、まともな訓練もなしに完璧に繋がり合っていた。


 螺旋杖宴による高速生成。


 魔力を伝導する紐は、屋敷の外にまで運ばれて、それを握っている黄の寮(フラーウム)生たちの魔力を伝える。


 接続。


 既に、俺の足裏を通して、魔力線はこの屋敷のすべてに伸ばしている。


 俺とミュールとクリス。


 黄の寮(フラーウム)生と俺たちの魔力線は、中心に備わるミュールによって、正確無比に繋がり合った。


 魔力を受け取った俺は、屋敷の柱という柱に魔力を流し込む。


 そこで、初めて、リウは防御動作を取った。


「おせぇよ」


 開眼、発動、接ぎ(アルス)マグナ


 居合――俺の刃先は伸びて伸びて――抜刀ッ!!


 円。


 俺の一閃は、かわしたリウを通り越して、精確に魔力で溶けた柱を切り落とす。


 メキメキと不気味な音を立てながら、ズレた屋敷は崩れ落ち始める。


 逃げ場を失ったリウを置き去りにして、隣の部屋に飛び込んだ俺たちは、魔術師の肩に手を置いて笑った。


「じゃ、お先」


 ふっと、視界が掻き消えて、俺たちは外に出る。


 あっという間に。


 盛大な音を立てて、屋敷は倒壊し、粉塵を上げながら一個の山となった。


 屋敷内に取り残されていた魔術師は、他の魔術師が束になって補強している床下の通路から這い出てきて、間髪入れずにクリスはその穴を塞ぐ。


「「「…………」」」


 ゆっくりと。


 俺は、手を挙げて――ミュールとクリスは、その手に手をぶつけた。


「「「いぇーい!!」」」


 俺とミュールは、カメラ前にひざで滑り込んで、いぇいいぇいとピースサインを送る。


「視てるか、アイズベルト家ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

「やめなさい、はしたないから」


 クリスにたしなめられながらも。


 死神を封じ込めることに成功した俺たちは、再度、笑いながらハイタッチを交わし合った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 秒数制限がなけりゃどんだけ喋ってもどんだけちんたらしても構わんのだけど、制限がある中で喋りすぎだし行動しすぎでスピード感損ねて白けるし、そもそもこの三寮戦とかいうもんのルールがようわからん。…
[良い点] やった! [気になる点] やったか? [一言] やったかな……?
[気になる点] 伸びてから抜刀は無理じゃない?
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