プランB
蒼の寮側の第二戦線。
第二戦線Botは後詰めの部隊と蒼の寮が睨み合っており、第二戦線Topは既に蒼の寮に取られている。
問題は、第二戦線Midだった。
王と軍師のみが確認できるMAP上では、戦場全体を俯瞰出来る。
そこには、ありとあらゆる情報が表示され、索敵用自動訓練人形が捉えた敵影と周辺魔力の上昇も盛り込まれている。また、味方の寮生か索敵用自動訓練人形が目視すれば、敵の駒も確認出来る。
オペレーターが伝えてきた違和感。
それは、第二戦線Midがガラ空きだという事実だった。
兵力の都合上、俺とミュールは、蒼の寮側の第二戦線Midには兵を割かないという決断を下した。
本拠地から占拠地、占拠地から占拠地、その距離が1.2kmと規定されているTopとBotに対して、Midは1kmと、比較して距離が短く攻めやすい。
そのため、一兵一兵の質が高い蒼の寮は、正攻法でMidに兵力を集中させてくると考えた。同様に黄の寮が、Midに兵を差し向けたところで、どう足掻いても兵力差を埋められないからだ。
だが、俺たちの予想に反して、蒼の寮は第二戦線Midには攻め込まずにいる。
なぜ、取れる場所を取らないのか。
それは、第二戦線Botを囮にした第一戦線Topへの奇襲に全力を注いだ結果……と言えば、恐らく、そうではないだろう。
ミュールと俺が出した結論はひとつ。
蒼の寮は、死神を解放するタイミングを図っている。
そして、恐らく、その判断の引き金となっているのは、第一戦線Topへの奇襲の成功有無。
死神の解放条件は、『第二戦線、第三戦線の占拠地を二度占拠するか占拠される。死神の解放回数に制限はない。また、死神解放中に、更に一度の占拠が行われた場合は解放秒数は加算される』と規定されている。
第一戦線Top(蒼の寮から視て第三戦線Top)が取られれば、死神が解放され、一気に黄の寮の本拠地にまで攻め込む。
もし、失敗した場合は、第二戦線Midを確保して死神による急襲をかける。
この二段構えの策。
蒼の寮は、黄の寮を取りに来ている。
遠巻きから電磁投射砲を撃って、牽制程度に抑えている朱の寮に対し、蒼の寮の戦力投入量は異常で、軍師たるラピスまで前線に置いている時点で全力に近い。
黄の寮にもミュールにも『興味ないわ』みたいな言いぶりのフーリィだったが、その実、彼女は黄の寮を脅威に思っている。
その証左が、現実となって、黄の寮に押し寄せようとしていた。
「電磁投射砲の次弾は何時来る?」
「約3分42秒後」
俺が、真正面から弾丸を斬り伏せたからと言って、朱の寮からの熱烈な銀弾が止むことはない。
敵の本拠地から逐次的に投入される一撃を止めるには、敵本陣に攻め入るしかないが、そのためには大量の人的資源を割く必要がある。
蒼の寮だけでも手一杯の現状、黄の寮にはそんな余裕はない。
図ったかのように。
電磁投射砲の次弾のタイミングと、蒼の寮の死神の解放のタイミングは重なろうとしていた。
いや、図っているのだろう。
三寮戦が開始してから、既に20分以上が経過している……それだけの時間があれば、2門の電磁投射砲を生成出来る。
恐らく、蒼の寮側にも、電磁投射砲の弾丸が放たれている筈で、フーリィはそこから黄の寮側にも同様の攻撃が行われていることを確信した。
さすがの朱の寮でも、大量の魔力⇔電気変換を要する電磁投射砲の運用は2門で限界の筈だ。各占拠地の占拠に兵力を割く必要がある以上、本拠地に置ける戦力も限られている。
もう少し経てば、電磁投射砲は使えなくなる筈だ。
各寮同士の戦闘が激しくなるに従って兵力が減っていけば、本拠地に置ける兵の数も減少の一途を辿り、電磁投射砲の運用に兵を割く余裕はなくなるだろう。
蒼い死神が迫り、朱い弾丸が飛来する。
黄金の鷲を戴く黄の寮にとっての正念場……この危機を乗り切れるかどうかで、行く末が変じることになる。
俺と寮長が見つめる前で、画面上の戦場に青色の点が出現し、徐々に数を増しながら第二戦線Midに迫ってくる。
「蒼の寮側第二戦線Midの兵を第一戦線にまで下げてくれ」
ミュールは、素早く決断を下した。
「死神が来る」
静寂が押し広がり、本拠地に残った寮生たちの顔に不安が過る。
恐らく、寮長の指示を受けて下がり始めた兵たちも、同様の表情を浮かべているに違いなかった。
最強の名を戴くエルフ、神殿光都が誇る最大戦力、最高位の魔法士――アステミル・クルエ・ラ・キルリシアが来る。
誰が、どうやって、彼女を止めるというのか。
絶望的な状況下で、ミュールは顔を歪めながら必死に考える。
だから、俺は、悩む彼女の右肩に手を置いた。
「俺が行く」
「ヒイロ……少数で、朱の寮側第二戦線Midを抑えている月檻は戻せない……蒼の寮の死神が解放されれば、黄の寮の死神も解放される。
そうであれば、お姉様と一緒に――」
「いや」
俺は、笑う。
「俺、ひとりで行く」
元・アイズベルト家のメイドたちは、驚愕で立ち尽くし、寮生たちは口をぽかんと開いて俺を見つめる。
「なら」
俺の反対側。
ミュールの左肩に手を置いたクリスは笑った。
「私は、朱の寮からのお便りに返事を返そうか」
「止められるのか?」
俺の問いかけに、クリスは微笑みながら目を伏せる。
「私を誰だと思ってる」
その声音は、聞くものの心に――安堵を与えた。
「私は、クリス・エッセ・アイズベルトだ。
お前が信じるクリス・エッセ・アイズベルトが、銀色のパチンコ玉くらい止められなくてどうする」
俺とクリスは、笑いながら、すれ違いざまに――ハイタッチを交わした。
「「頼んだ」」
俺とクリスの背を見つめながら、ミュールはぎゅっと拳を握り込む。
それは、己の不甲斐なさに悔しさを覚える後ろ向きな感情ではなく、武者震いにも似た高揚から来るものだとわかった。
「寮長」
だから、俺は、背を向けたまま彼女に言葉を授ける。
「主役ってのは、最後にスポットライトを浴びるもんですよ」
魔術師の力を借りて、俺は、前線へと転送され――オペレーターのカウント秒数が減っていき――戦場全体にアナウンスが鳴った。
『死神が解放されました』
その瞬間、一陣の突風が吹いて――師は、俺の前に立っていた。
「ヒイロ」
無銘墓碑を構えたアステミルは、圧倒的な魔力を背負い、俺はその苛烈なまでの実力差に圧される。
「既に気づいていると思いますが、貴方は、黄の寮にとって欠かせない支柱となっている。だからこそ、私の15秒は貴方に捧げられ、その役目は『三条燈色を敗退させる』に限定されている。
ヒイロ」
貴重な3秒をかけて、彼女は、俺に微笑みかけた。
「強くなりましたね」
それは、甘さでも余裕でもなく――10秒あれば、いとも簡単に俺を敗退させられるという事実を示していた。
だから、俺は、既に斬られていて。
遠く聳え立つ師は、俺の背後で、無銘墓碑を鞘に仕舞う。
「心から、貴方の成長を嬉しく思う」
俺は、ずしゃりとその場に倒れて――3秒が経過し――何時までも鳴らない敗退音に師匠はようやく気づいた。
「まさか」
俺は、跳ね跳びながら下がり、払暁叙事で無限の可能性を見据える。
「師匠、あんたは優しいから、引っ掛かってくれると思ってたよ」
驚愕で目を見開いた師匠の前で、俺は、戦装束に入れた切れ込みを見せつける。
払暁叙事が引き寄せた、俺にとっての最善手。
それは、その薄い切れ込みに師匠の刃が吸い込まれることで……俺はぱっくりと肌が割れて、出血を続ける胸元を手のひらで擦り付ける。
緋色の魔眼を視れば、師匠は、この仕掛けにも気づいていただろう。
だが、俺は魔眼の開眼が三条家にバレないための対策としてカラーコンタクトを着けており、更に『三寮戦の参加には、戦装束を着用していれば良い』というルールを逆手に取った。
戦装束に手を入れて、着物風のアレンジを施したお嬢は、失格になることなく参戦を果たしていた。
あの姿を視た瞬間、脳裏に描いた死神対策、15秒を生き残るための条理。
俺は、戦装束に切れ込みを入れて、己の命で刃を受けることを選んだ。
「悪いが、師匠、俺は――」
笑いながら、俺はささやく。
「勝てはしないが敗けもしないんだよ」
アステミル・クルエ・ラ・キルリシアは――怖気が走るような――歓喜の笑みを浮かべて掻き消えた。
残4秒。
「アルスハリヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
刀と刀がぶつかり合い――強烈に火花が飛び散る。
「なにがなんでも、俺を生き残らせろッ!! この3秒でッ!!」
残3秒。
「俺とお前の値打ちが決まるッ!! 魔人、テメェの本領!! 人の身体に棲み着いた家賃代わりに、ココで魅せてみろッ!!」
俺は、臓腑の底から叫び声を上げる。
「それが、俺たちの――プランBだッ!!」
「良い!! 良いぞ、たかが人間如きが、愉しませてくれる!!」
魔人は、笑いながら猛り狂う。
「だから、僕は、君の歪んだ顔が好きなんだッ!!」
師弟は刀を通じて繋がり、蒼白い閃光が四方八方に弾け散った。