表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

144/363

不可視か可視か

「…………」

「おい、報告しろ」


 呆けていた観測手に、フレアは声をかける。


 持ち込んだ双眼鏡と強化した両眼で、4km先の目標を確認していた観測手は呆然としながら振り返る。


「……斬られました」

「なに?」


 観測手の少女は、驚愕を隠そうともせずに繰り返す。


「斬られました……弾を……真正面から……な、なにをしたのか視えませんでしたが……構えたと思ったら……斬られてました……あ、有り得ない……マッハ5.8の弾丸を人間が……斬れるわけがない……電磁投射砲レールガンですよ……?」


 ニヤニヤと笑いながら、足を組んだフレアはささやく。


ぎょく、か」


 フレアの傍で、戦況を確認していたレイは、遠く彼方で電磁投射砲レールガンの弾丸を斬り伏せた彼を想う。


「お兄様……」


 思わず、両手を組んで、黄の寮(フラーウム)の方を眺める。


 熱を帯びた両頬は、兄の活躍を聞いて胸が踊った結果か、その熱っぽさはこびりついたまま離れず心臓の鼓動が早くなっていた。


「…………」


 持ち込んだソファーに深く腰掛け、『論理哲学論考』を熟読していた黒砂哀は、ゆっくりと顔を上げる。


「…………」


 そして、また、読書へと戻っていった。


 壁に背を預けて腕を組み、眼を閉じていたリウ悠然ヨウランは、ゆっくりと両眼を見開く。


 なにかを予感するかのように。


 彼女は、眼前の虚空を睨みつけ……緩慢な動作で、手袋をめ直した。






 俺が階下に下りると、愕然とした黄の寮(フラーウム)の寮生たちが出迎えてくれる。


「な、なにをしたんですか……?」

「いや、特になにも。

 3階の人員、増やしてくれま――」

「斬りましたよね……弾……今、なにをしたんだって……オペレーターから連絡が……それに、報道陣がこっちに流れてきてて……さっきから、ドローンの数が増え続けてますし……な、なにも、視えなかったんですけど……」


 ポケットに両手を突っ込んだまま、俺は、苦笑を浮かべる。


「じゃあ、視てないってことで」


 先程、俺を小馬鹿にしていた少女たちまでも、呆然とこちらを見つめている。


 占拠地ポジションを包む妙な空気感に、俺は、とっとと逃げ帰ろうと踏み出し――


「おい、ヒーロくん、口封じしておいた方が良いぞ。あの居合を視られていて、彼女らに言い触らされたりしたら困るだろ?」


 アルスハリヤに止められる。


「あぁ……まぁ、そうね。一理ある」

「笑いかけながら、人差し指を唇に当てろ。煽りにもなるし、一石二鳥だ」


 別に煽る必要はないが、確かに、変に言い触らされたら困るしな……アルスハリヤのアドバイス通り、俺は微笑みながら、人差し指を唇に当てた。


 アルスハリヤの予想通り、バカにされたとでも思ったのか。


 彼女らの頬は赤く染まり、もじもじとしながら寄ってくる。


「ぐ、軍師」

「え? あ、はい?」

「実力は……良くわかった……わかりました……黄の寮(フラーウム)のために、己の身を捧げて、朱の寮(ルーフス)から来た弾を居合で叩き切るなんて……アイツら、すごく偉ぶってたし、黄の寮(フラーウム)のことバカにしてたし……すごく……スッキリしました……!」

「格好良かったです! 朱の寮(ルーフス)、ざまぁみろってね!」

「ねー! うちの軍師、スゴイじゃんって! 男がどうこうバカにしてた連中に、見せつけてやりたいよねー!」

「…………」


 え、なにこの、熱い手のひら返し?


 さっきまで、『男(ごと)きに何が出来るの?』とか小馬鹿にしてきていた少女らが、美しい百合を咲かせていた彼女らが。


 キャッキャウフフしながら、男の俺にボディタッチしてくる。


 ――百合殺し


 わなわなと全身を震わせ、青ざめた俺は、よろめきながら壁にもたれかける。


「どうして、君の勇姿が出回ってるんだろうなぁ、ヒーロくぅん……?」


 俺の意思を介在せず、アルスハリヤは、画面ウィンドウを開いたり閉じたりする。そのチャット画面には、俺の知らない文字列が書き込まれ、報道陣に『撮影ポイント』の座標を連続で送付している履歴が残されていた。


 画面ウィンドウが開いて、俺の居合斬りの場面が映し出される。


 撮影ドローンによる撮影なのか、仰角で接ぎ人(アルス・マグナ)が映し出され、魔力の励起れいき反応による蒼白い閃光もバッチリ映っており、映画のワンシーンのように格好良く撮られていた。


「アルスハリヤァ……!!」

「相棒からのアドバイスだ、下手に動くなよ。僕がその気になれば、君に好意を持っている美少女たちの好感度を今の数百倍にまで引き上げられる。それどころじゃないぞ。君の脳を破壊するのは至極簡単で、まるで魔法みたいに指先ひとつだ。

 だから、ヒーロくん」


 ニヤリと、魔人はわらう。


「コンゴトモヨロシク」

「い、何時いつか、絶対に消滅させてやる……覚えてろ、魔人がァ……ゆ、ゆるさねぇ……テメェだけは、ゆるしちゃいけねぇ……絶対に……絶対にだ……ッ!!」

「無様で、薄汚く、惚れ惚れするような吠えづらだなぁ。格別だ。えつに浸るよ。魔力が美味い」


 美味そうにコーヒーを飲みながら、アルスハリヤは笑みを形作る。


 やはり、俺は、コイツと相容れない……いずれ、雌雄を決する時も来るだろう……百合を護る者として……。


 それは、いずれの話として。


 とりあえず、アルスハリヤを○して気持ちをリセットするか。


 普段のアルスハリヤとの会話は、魔力を介しての脳内会話のため周囲の視線を気にしたりはしないが、さすがになにもないところで刀を振り回せば変人である。


 人気のないところにまで、俺は、アルスハリヤを誘導しようとして――画面ウィンドウが開いて、三年生のオペレーターが映り込む。


『軍師』

「あ、はい、どうしました?」

蒼の寮(カエルレウム)側の第二戦線Topが奪取されました。現在、第二戦線Botでも蒼の寮(カエルレウム)と交戦中ですが、優勢だった筈の敵側が後退し始め、第三部隊から追撃の許可を求められています』

「……寮長は?」

『ヒイロ』


 オペレーターの脇から、背伸びしたミュールがひょっこりと顔を出す。


『視たぞ。

 お前、あんまり、むちゃくちゃするな……わたし、ヒイロが怪我するのはいやだぞ……か、かっこよかったけど……』

「今、俺に格好良いって言ったか?(真顔)

 じゃなくて、それよりも寮長、蒼の寮(カエルレウム)の動き、どう思います?」


 ミュールは、眼を伏せて考え込み、少ししてから口を開く。


『わたしは、追撃すべきじゃないと思う。

 りっちゃんは言っていた……『背中を向ける相手は、FPSだろうとRTSだろうとMOBAだろうと、確殺を取れる場面か、味方のフォローがなければ追ってはいけない。絶対に殺したい相手なら、現実リアルで○りなさい』と』

「同意見です、最後以外。

 わざわざ、引いて見せるのは罠にしか思えない。ただ、敵の思惑はなんでしょうか」


 同じりっちゃんという師を持つ俺とミュールは思考の海に沈み……ほぼ同時に、顔を上げ、息継ぎと同時に叫んだ。


「『Topか!!』」

『え?』

『第三戦線だッ!! Botは取りに行かなくて良い!! 人数的不利があるから、少人数で残れば、山中に隠れているであろう敵に囲まれる!! 奴らは拠点制圧にかかる1分以内に、第一戦線のTopにまで上がってくるぞ!!

 Botを囮にして、兵力をTopに集中させるつもりだ!! 立て続けにTopをとられて死神アステミルが解放されたら終わりだぞ!!』

「寮長、俺が行きます。

 蒼の寮(カエルレウム)側の第一戦線Topまで」


 魔術師の少女の肩をぽんと叩くと、直様すぐさま、彼女は転瞬ワープの準備を整え始める。


『ヒイロ……でも、お前は、軍師でHP1だぞ……? 戦闘向きのユニットじゃないし、もし、お前が倒されちゃったら……わたし……』

「寮長」


 俺は、彼女に笑いかける。


「信じて」

『…………うん』


 相好そうごうを崩したミュールに微笑み、魔法陣の上に立った俺は、一瞬で蒼の寮(カエルレウム)側第一戦線Topにまで飛ぶ。


 屋上に着地した俺は、三階に駆け下り、驚いた寮生たちに叫ぶ。


蒼の寮(カエルレウム)が来るぞッ!! 迎撃体制を整えろッ!! 魔導触媒器マジックデバイスに魔力を!! 銃眼に使えない窓穴は、全部、家具で塞げッ!! ココを取られれば、俺らの敗けだッ!! だから!!」


 俺は、黄の寮(フラーウム)の仲間たちに訴えかける。


「死守しろッ!! 絶対に、黄の寮(フラーウム)がッ!! 俺たちが!! 勝つッ!!」


 俺の叫びに呼応こおうした叫声きょうせい


 先程の俺の居合の動画は、黄の寮(フラーウム)の寮生たちの間で広まっていたのか、誰ひとりとして文句を言わずに迎撃体制を整える。


 3階から1階まで。


 各階を担当する部隊の隊長から報告を受け、俺は、トラップ阻塞バリケードに不備がないか確認してから屋上へと駆け上がる。


 索敵用自動訓練人形サーチボットが、警告音アラームを鳴らしていた。


 屋上に腹ばいになって矢と弾をめていた狙撃手たちは、緊張を吸い込んでは恐怖を吐き出し、身体強化で両眼の視力を底上げする。


「…………」


 俺は、彼方かなたを見つめ――肩に、氷片が落ちた。


「……来る」


 なにか、キレイで、耳に響く音。


 その明朗な音吐おんとの発生源は――透明な氷河で出来た道であり、四方八方に伸び生えながら流動する氷塊は、三次元軌道を描きながらありとあらゆる方向から、占拠地ポジションへと迫ってくる。


 蒼と黒。


 美しくけがれを知らない一角獣ユニコーン


 その銀白の象徴シンボルを胸元で輝かせながら、氷河を滑り落ちた蒼の寮(カエルレウム)生たちは、凄まじい速度で突っ込んでくる。


 その先頭で、氷河の最中で、黄金の河川かせんが流れた。


 それは、美の具現化だった。


 魔力で覆われた蒼い瞳は、魔法陣に囲まれ、象徴めいた美しさを演出する。


 真正面からの突風に吹き付けられ、舞い上がった金色の長髪は、宙空でほどけながら威光を放った。


 人ならざる美貌を背負い込んだ少女は、氷上を滑りながら白銀の弓を引く。


 あたかも、一枚の絵画のように。


 彼女は、その燦然さんぜんたる所作しょさで完成し、輝きは増していった。


 少女は微笑み、後方へと矢が伸びる。


 蒼と白でかたどられた一本の矢は、俺へと狙いを付け――視線が交錯し――ラピス・クルエ・ラ・ルーメットは撃った。


 奔流。


 周囲の魔力を巻き込みながら、渦巻いたその矢は、轟音と共に俺のもとへと到達し――頬を引き裂いて、背後の闇へと消えていった。


 視線を交わし合いながら、俺と彼女は同時に矢を装填そうてんする。


 俺の腕に伸びた不可視の矢、ラピスが引いた可視の矢。


 不可視か可視か。


 俺は笑い、彼女も笑う。


 三条燈色とラピス・クルエ・ラ・ルーメットは――同時に――撃った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アルスハリヤとヒイロのやり取りに笑った。指先一つで好感度数百倍w
[一言] 作者さんすみません、対応ありがとうございます! >「信じて」 >『…………うん』 でヒイロがミュールの頭撫でられなくてもどかしい描写までイケました!
[気になる点] 途中からウインドウミュールの台詞が『』じゃなくなっているのは、修正した方がいいかも? 解釈違いでしたらすみません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ