アンサー
「ひとりでって……どうやって?」
「やりようは幾らでもあるもんですよ。10分後をお楽しみに」
笑いながら、俺は、腰の九鬼政宗をぽんぽんと叩く。
「ただ、ちょっと、迎撃体制を整えるのに必要な情報がひとつ。銀弾が第一戦線に到達するタイミングを事前に知りたいんですよね。ずっと、銀弾が飛んでくるのを待っているわけにもいきませんから」
「うむ、確かに! 10分後というのは、飽くまでも、お姉様の経験則からくる予想時間だからな! わたし、賢いこと言ってる!!」
賢い賢いと、歳下の寮生たちに撫でられ、ミュールは満足そうに胸を張る。
「……警告音が鳴っていたな」
「索敵用自動訓練人形が鳴らした警告音ですね。周辺魔力が上昇すると、自動的に警告音を鳴らす仕様になっています」
クリスのつぶやきに、三年生が答える。
「わざわざ、魔力を流しやすい銀弾を選んだということは、操作か変化で弾丸の強化を行ったと考えて良い。単純に考えれば対魔障壁で覆う形での強化、索敵用自動訓練人形が反応したということは、魔力の塊を飛ばして射弾観測を行っていた可能性が高い」
「まぁ、自前の電磁投射砲と銀弾で、ド素人集団が撃ってるんだから射弾観測くらいはしてて当然だわな。
となると、次弾も、射弾観測を行う可能性がある?」
「十中八九。連射が効かない電磁投射砲だ。初弾の結果を踏まえて、算術に励み、次弾で当てるために念入りに行うだろうな」
「警告音が鳴ってから、どれくらいで到達するかわかります?」
「少々、お待ちください」
画面を広げたオペレーターは、情報を視ながら頷く。
「約30秒」
「早いな」
「継続的に魔力の塊を飛ばし続けながら、砲身をズラしているんだろう。そうすれば、誤差修正をしながらで対応出来る。着弾から弾道を計算するくらいで、細かい演算は魔導触媒器に任せればそう時間はかからない」
「オッケー、なら行ってくる」
必要な情報を入手した俺は、魔術師の駒に就いている一年生に話しかけ、彼女に朱の寮側の第一戦線Midに飛ばしてもらうように頼む。
「ヒイロ、気をつけろよ」
「えぇ、お任せを」
俺は、魔術師の少女が地面に突き刺した魔導触媒器の前に立ち、第一戦線への転瞬を行う。
「ただ、お土産は期待しないでください。
財布、家に忘れてきたんで」
視界が掻き消えて、俺は、占拠地の屋上に下り立つ。巨大な敷設型特殊魔導触媒器……逆開傘が俺の横で、沈黙を保ったまま佇んでいる。
占拠地は、三階立ての建造物だ。
三階から一階まで、四方に空いた窓穴には窓は嵌め込まれておらず、日光が直接射し込んでいる。コンクリート製の建物には、家具が設置されている筈だったが、それらはバリケードとして活用されていた。
所々に、罠が設置されている。
三寮戦の前に話し合われた通りに仕掛けられた罠の数々……すべてを頭に叩き込んでいる俺は、階段のワイヤートラップを飛び越えながら階下に下り、巧妙に隠された量産型の魔導触媒器を避ける。
「あっ」
俺の存在を察知して後ろを取ろうとしていた黄の寮の寮生は、魔導触媒器の砲口を慌てて下ろす。
「軍師、お疲れ様です」
「いえいえ、どうもどうも」
「……ちっ」
やって来た俺に対して、反応は二種類に分かれていた。
好意と嫌悪だ。
当然のことながら、男である俺が軍師を務めることを認めていない人間は、黄の寮にそれなりの数がいる。
それは当たり前の反応であり、むしろ、それなりの数で済んでいるのがおかしいくらいで……俺に好意的な反応を抱いているのは、妙に目立ってしまっている俺の噂を聞きつけて期待の念を抱いている子たちだった。
最終的に、三寮戦を辞退したのは17%……そのうち、何%が俺のせいなのかはわからないが、特別指名者が軍師として指名される慣わしを知っている二、三年生の中には、俺が軍師を務めることで辞退を決めた者もいる筈だった。
まぁ、要するに、俺は既にミュールの足を引っ張っているわけで。
このまま、なにもせずに、三寮戦を終えるつもりは全くないが……それなりの成果を出して、俺が軍師であることを認めさせなければ、全体の士気が下がることにも繋がりかねない。
「なんで、私が、男の言うことなんて聞かないといけないのよ。自分は、本拠地で寝転がってるだけなのに」
「そもそも、男如きに何が出来るの? あのアホ面が軍師って。どう視ても、そういうタイプじゃないでしょ」
「まぁ、別に、寮長の言うことだけ聞けば良いんじゃない?」
わざと、俺に聞こえるように大きな声を出した寮生たちは、徒党を組んで奥へと消えていく。
「…………」
「あの、軍師、そんなに気にしないでください。あの子たちも、あんなこと言ってますが、軍師の声に釣られて声を張り上げてましたし。やる気はあると思いますから」
「…………」
「ぐ、軍師……?」
「…………(男の自分を嫌っている=百合=脳内カップリング構築、で忙しい男)」
ニチャァと笑いながら、あのグループの中で、三角関係が発生している妄想をしていた俺は――警告音――正気を取り戻した。
「思ったより早いな。
すいません、3階の6時方向が手薄なんで3名増員してください。あそこからじゃないと視えない死角があるんで危ないです」
「え、ちょっ、軍師どちらへ!?」
階段へと駆けて行った俺は、くるりと振り向いてニヤリと笑う。
「銀弾の返事を返しに」
呆けた寮生を置き去りにした俺は、5段飛ばしで階段を駆け上がり、ワイヤートラップを避けるために壁を疾走する。
蒼白い魔力の痕跡を残した俺を視て、寮生たちは唖然と口を開き、はためいた戦装束のスカートを押さえつける。たまに悲鳴が上がったものの、九鬼政宗を引っ掴んだ俺は止まらず、一気に屋上へと到達しブレーキをかける。
ぶーぶーぶーぶー。
索敵用自動訓練人形は警告音をがなり立て、寮生たちが騒然としている中、俺は無言で朱の寮の本陣を見つめる。
「なんとなくだが」
逆開傘の上に腰掛けたアルスハリヤは、煙草の代わりにキャンディーの棒を咥え、ぶらぶらと両足を振る。
「君のしようとしていることがわかる。困ったものだね、コレが、相棒同士の絆というやつか。この手の青春友情モノは売れるから、全世界興行収入100億ドル突破して、全米の涙でアメリカ大陸が海底に沈みそうだな」
「…………」
「やめとけ、と言っても、君はバカだから聞かないだろうね。
わかるさ、長い付き合いだ。僕と君は、常に寄り添い合いながら、ひとつの身体を共有する素晴らしき親友同士なのだから」
「お前さ」
俺は、呆れながら口を開く。
「黙ってられないの? すべてが癇に触るよ? お前が俺にしてきたこと、全部、この場で列挙して友情破壊してやろうか?」
「あいも変わらず、恥ずかしがり屋な男だな。一度くらいは、素直に『アルスハリヤ、大好き。ちゅきちゅきだいちゅき』とか言えないのか」
「…………」
「言わないと、力を貸さないぞ?」
「アルスハリヤ、大好き。ちゅきちゅきだいちゅき」
「きっしょ!!」
「…………(純粋な殺意)」
「冗談冗談、イッツ・ア・魔人ジョーク。
そう邪険にするなよ、相棒。僕らはトモダチじゃないか」
ふわりと。
下りてきたアルスハリヤは、後ろから俺の首に両腕を回してくる。その鬱陶しい感触に、俺は、腕を払って嫌悪感を示した。
「良いから、とっとと準備しろ」
画面を開いて、銀弾の弾道を確認した俺は、弾丸が通り過ぎるであろう軌道上に自身を置く。
「やれやれ、魔人使いの荒い男だ。モテないぞ、と言いたいところだが、君は誰彼構わずモテにモテるからな。
いやぁ、困ったものじゃあないか、妬けるね」
ぴりっと。
高まった魔力に肌がひりついて、俺は、ゆっくりと居合の構えを取る。
立業。
立ち構えを取った俺は、柄に手をやった状態で、両の眼を眼前に集中させる。幾度となく繰り返した抜刀の手順が、脳内で何度も繰り返され、神速へと至る一の太刀に全身全霊を注ぐ。
柔らかく。
アルスハリヤは、俺の首に両腕を回して、同様に眼前を捉える。
ゆっくりと、息が止まる。
血の流れる音が耳の中で響き渡り、しずかに、そっと、かろやかに――止まった。
静止した世界で。
俺を抱いた魔人は、そっと耳打ちする。
「来るぞ」
閻いて。
世界が――緋色に染まる。
鮮やかに染まった森羅万象、心を無に帰した俺は眼を閉じ、五感のすべてが消え失せてゆく。
線。
一本の線が、闇の中に在った。
それは、緩慢に、緩やかに、ゆっくりと、引き絞られていき……切れる。
ぷつん、という音が聞こえて。
爆――閃。
凄まじい大音響、溜めた刃は蒼白い閃光を迸らせ、強烈な爆破音を撒き散らしながら瞬いた。
須臾の間。
開眼した俺は、電瞬の狭間へと刃を滑り込ませる。
剣禅一致の境地にて、陰陽を燮理す――神速応変の出口へと到達した太刀筋は、強烈に輝きながら閃刃へと至り、鞘の裡を走り抜けながら武技の真髄を具現化した。
刃の色すら視えず。
神速に至ったが故に、不可視へと至った刃に触れた瞬間、瞬時に伸び切った魔力線によって銀弾は溶解する。
魔力線接続、抜刀と切断、魔力線破棄――法則崩潰、神理改変、転全不全――接ぎ人。
流れ込んだ魔力、創り上げられた不全、不存在を存在させる剣。
その一閃は、未来を確定させる。
斬った。
と同時に、俺の真横を流れ去ったふたつの断片。
分かたれた銀弾は、予想外の接触によって運動量を減衰させながら軌道を変え、地面へと勢いよく突き刺さっていった。
「…………」
既に、俺の刃は、鞘に収まっている。
手元で金属音が鳴って、俺は、ゆっくりと呼吸を再開した。
「本当に、バカげた男だ」
笑いながら、アルスハリヤはささやく。
「弾丸の軌道上に己の身を置き、払暁叙事を閻くことで、自分が唯一生き残る最善手……迫りくる弾丸を斬るという未来を確定させるとはね。
くっくっく、人の身でマッハ5.8の弾丸を斬って退けるとは、いよいよもって人間離れしてきたな。そもそも、電磁投射砲の弾丸を真正面から斬り伏せるという発想自体が常人の域から外れている」
「お前に取り憑かれてる時点で、とっくの昔に俺は人外だろうが」
ポケットに両手を突っ込んだ俺は、天を仰いで息を吐く。
銀弾への返答をするために、俺は、朱の寮の本拠地を見つめる。
遥か彼方、朱の寮に向かって――俺は、笑顔で宣戦布告した。




