銀弾のプロポーズ
「第一部隊、蒼の寮側第一戦線Topの占拠に成功。
また、第六部隊、朱の寮側Botの占拠に成功しました」
立て続けに報告が入ってきて、戦場の占拠地が黄色に染まっていく。
ココまでは順調だ。
勝負は、第二戦線以降……駒同士がぶつかり合うようになってから、そこからが勝負になる。
「ヒイロ」
声をかけられて、振り向くと、思ったよりも近い距離にクリスが居た。
長い睫毛が視界に入り、髪を掻き上げた彼女は、自然な動作で俺の腕に触れながら画面を覗き込んでくる。
「戦況はどうだ? こっちの大画面は、ヒイロとミュールしか視えないらしいが、私でも戦場の全体図くらいは視れるから」
「…………」
見つめていると、微笑んだ彼女は、俺を見つめ返してくる。
美人だ。でも、歳はそう離れていないので、可愛らしさも備わっている。
「どうした?」
「いや、なにか」
なにか、引っ掛かる。彼女が俺に敵意を見せないこと、彼女を視ていると不思議と安心すること、そして、妙な胸のざわめきを感じる。
なんだ、この不安は。
まるで、自分から、破滅を招いてしまったような……でも、クリスを死神として指名したのは、黄の寮とミュールにとっては必要なことで……だとすると、コレは、俺の個人的な恐怖か……?
「……なんでもない」
顔を逸らす。
と同時に、両頬を両手で包まれて、正面を向かせられた。
「こら」
顔を赤らめたクリスは、俺の頬を優しく包みながら頬を膨らませる。
「逃げるな、卑怯者」
「え……な、なんの話……?」
「お前が最初に始めたんだぞ……見つめ合って、目を逸らした方が敗けだって……いつも、私が敗けっぱなしだったんだから……今日は、リベンジだからな……ほら、ちゃんと、私を視て……」
「ぐっ!!」
心臓に、鋭い痛みが奔る。
な、なんだ、この激痛は……あ、頭に、なにか映像が……前に、俺も、こんなことを誰かとしたような……そして、最後には……。
「ヒイロ、ほら、練習」
既に目を逸らしていたクリスは、上目遣いで、ちらりと俺を視る。
「れんしゅう……だから……」
「い、いや、俺は、あの、こうい――」
「って、バカかーっ!!」
勢いよく、ミュールは、画面を畳に叩きつける。
「三寮戦を他所に、人の姉とイチャつくな、このバカーっ!! しゅーちゅーしろしゅーちゅー!! しゅーちゅーだからなしゅーちゅー!! ちゅーしろとは言ってないからな、この脳みそドギツいパッションピンクフルーツがッ!!」
顔を真っ赤にして、地団駄を踏むミュールに蹴散らされ、クリスはバッと俺から離れる。
「遊撃隊、月檻桜、朱の寮側第二戦線Midの占拠に成功」
「おらーっ!! ヒイロ、お前、おらーっ!! お前がイチャついてる間に、月檻は第二戦線確保してるんだぞ、おらーっ!! お前、それに対して、なにか思うところはないのか、おらーっ!!」
「伝言があります。
ご機嫌いかが、王子様?」
「『女とイチャついてて最高だ!!』とか答えるのか、お前はーっ!! 時速60kmの月檻に謝れ、お前ーっ!! 時速0kmで女とイチャついてましたって謝れ、お前ーっ!!」
「すいませんでした(時速60kmの土下座)」
「みゅ、ミュール、勘違いするな」
頬を染めたまま、クリスはごほんと咳払いをする。
「私は、時節を弁えている。
今のは、ヒイロとの魔力共有を行うためだ。久しかったからな。聊かばかし、胸中に不安があった故の言動と考えろ。身を重ねるとまではいかなくとも、視線を合わせたり触れ合ったりをしていなければ、いざという時に魔力線が繋がらない」
クリスは、遥か彼方先にある朱の寮を睨めつける。
「死神は来る……必ず」
俺も釣られて、朱の寮の本拠地に視線を注ぎ――オペレーターが、顔をしかめた。
「どうしました?」
「いえ」
俺の問いかけに、三年生の彼女は困惑気味に答える。
「索敵に放った自動訓練人形が、一斉に警告を発しているようなのですが対象を確認出来ず……朱の寮側の第一戦線に敷いたレーダーにも、魔力反応があるのですが、敵兵は一兵足りとも確認出来ていません」
「故障か?」
「…………」
朱の寮側?
ぶーぶーぶーぶー。
球形の自動訓練人形の一つ目が、赤く光り輝きながら警告音を発する。
奇襲対策として、本拠地に置いていた索敵用自動訓練人形たちが一斉に反応していた。コレらの索敵用自動訓練人形は、周辺魔力が急激に高まった際に警告音を発するようになっている。
ぶーぶーぶーぶー。
俺は、ゆっくりと、目を見開き――叫んだ。
「全員、伏せろッ!!」
俺は、三人の少女をなぎ倒すようにして押し倒す。
ミュール、クリス、オペレーターの少女、彼女らは驚愕で顔を歪め――耳を劈くような大音響――屋根が消し飛び、大量の破片が降り注ぎ、振り向きざまに俺は居合の構えを取った。
のしかかってくる巨大な瓦礫。
その屋根の一部に向かって、俺は、腰で溜めた剣閃を振るった。
抜刀、一閃、接ぎ人ッ!!
その光刃は、すっと半ばまで入って――斬れない――が、刀の反りに小さな手のひらが叩き込まれ、同時に、魔力の閃光が迸る。
俺の魔力を介した無極導引拳。
俺の体内に魔力線を伸ばしたミュールは、瞬時に魔力を吸い込み、恐るべき速度で魔拳を放っていた。
魔力の後押しで加速した刃で細切れに、その破片をミュールが弾き飛ばし、俺たちは転がるようにして外に出る。
「コレは」
ミュールは、その惨状を眺めて冷や汗を流した。
「なにをされたんだ……?」
あたかも、荒れ狂う暴力の渦が突っ込んできたかのように。
武家屋敷の屋根は粉々に吹き飛ばされ、オープンテラスと化していた。
その衝撃の凄まじさを物語るように、自動訓練人形はひっくり返って機能を停止し、魔術師の少女たちは呆然とヘタり込んでおり、敷地内の樹木は倒れるか、かしいでいる始末だった。
俺は、武家屋敷を眺め――声を張り上げる。
「スノウッ!!」
「ヒイロ、待て!! 倒壊の危険性があ――」
クリスの制止を振り払い、武家屋敷に飛び込んだ俺は、一直線に炊事場へと向かって行き――床に倒れている白髪の少女を見つける。
「スノウ!! おいッ!!」
俺は、飛び散った材木を蹴散らしながら彼女を助け起こす。
「目ぇ、開けろ!! おいッ!! なに、ふざけてんだ!?」
目を閉じていた彼女は、俺の必死な呼びかけに対してあっさりと目を見開いた。
「はい、開けました」
「…………」
「はい、ふざけてました」
俺の腕の中で、無表情のスノウは両手を広げる。
「はい、ドッキリせいこぉ~」
「…………」
「やれやれ、カワイイ美少女メイドのために、たとえ火の中水の中スカートの中に飛び込む主人には参ったものですね。『目ぇ、開けろ!!』って、ふふっ、私のために必死になっちゃって。そんなにも、必死で、このスノウをご所望でしたか。毎朝毎朝、私の布団に忍び込んでくる甘えん坊スケベだけありますよ。
そもそも、私たち従者も戦装束を身に着けてるんですから、危険な目に遭うわけが――なにするつもりですか?」
俺は、スノウを床に下ろし、散らばった材木で彼女を埋めていく。
「やめてくれます? なんですか、やりますか? 御主人様が私に勝てるわけないでしょ? しゅっしゅっしゅ!! この私に逆らうつもりであれば、伝家の宝刀、メイド右ストレートとメイド左110番が火を吹きますよ?」
すっかり、白髪メイドは、材木に埋もれて見えなくなる。
「くっくっく、コレで封印したつもりですか……?」
俺は、その声を無視して歩き去る。
「たとえ私が敗れても、いずれ第二第三の美少女メイドが――」
最後まで聞かず、俺は外に出て、心配そうなミュールたちに微笑みかける。
「手遅れだった」
「ミュール様!! スノウ様が倒壊に巻き込まれたのか、炊事場で生き埋めになっていました!!」
「なんだとぉ!?」
「でも、わりとピンピンしてます!!」
「こんにちは、愛の力で復活しました。美少女メイドです」
スノウのアホのせいで、張り詰めていた空気が弛緩していくのを感じる。急襲に対して、絶望的な表情を浮かべた寮生たちはくすくすと笑っていた。
それはそれとして。
いぇいいぇいしているメイドは放置し、俺たちは本拠地を襲った攻撃の正体を確かめる。
背後の山中、本拠地と蒼の寮側第一戦線の狭間、占拠地の対魔障壁に当たって跳ね返り、地中奥深くにまでめり込んでいたのは……円錐形の砲弾であり、それは艷やかな銀で出来ていた。
補強を終えた武家屋敷内で、青空の下、俺たちはその弾を前にして議論を行っていた。
「索敵用の自動訓練人形、第一戦線、本拠地のレーダーに引っ掛かった反応を基に、こちらの弾丸が通った軌跡を図にしてみました」
オペレーターの指示で、ほぼ直線で突き進んでいく弾丸の軌跡が、画面に表示される。
「このように、弾丸の経路はほぼ直線です。そのため、地面から放たれたものではなく、ある程度の高所から撃たれたものだと想定されます。この高度は、およそ占拠地の屋上地点に相当しますが、第一から第三戦線まで、占拠地には弾丸を発射出来るような兵器は見当たりませんでした。
第一戦線から本拠地までの到達時間から計算した結果、弾丸の速度は、おおよそ、秒速2000m。マッハ約5.8。この弾丸が武家屋敷の頭上を掠めていった形になります」
「決まりだな」
俺は、ささやく。
「この銀弾は、朱の寮の本拠地から放たれた」
「朱の寮の本拠地からって……何kmあると思ってる……?」
「4km」
ミュールの独言に、俺は答える。
「弾速からして、たったの2秒で到達する」
「本拠地から攻撃って……そんなのありか……?」
普通は、なしだ。そのために、各寮の本拠地から本拠地まで、4kmも離したんだろうしな。
だが、あの龍は、道理を破壊して遥か彼方から仕掛けてきやがった。
「電磁投射砲だな」
巨大な銀弾を持ったクリスは、ぼそりとつぶやく。
「朱の寮には、相当、優秀な生成屋がいる……電磁投射砲を生成するとは並大抵の知識量と構築技術ではない。
くくっ、費用相場を考えずに銀を用いるとは、埒外の成金道楽者か。銀は電気も通しやすいが魔力も通しやすい……事前にアキハバラで質の良い変換器を用意して、大量の射手の魔力を電気に変換して撃っているんだろうな」
「……黒砂哀だ」
考えられ得る可能性を、俺は、ぼそりと口にする。
「大圖書館の書物の大半を頭に叩き込んでるあの子なら、10分程度で電磁投射砲を生成する」
人財の扱い方を覚えやがって、あの龍……ちくしょう、囚獄疑心で余計なことを言わなきゃ良かった……。
「お姉様」
ミュールは、クリスを見つめる。
「次弾が来ますね?」
クリスは、微笑んで頷く。
「恐らく、次弾を用意するのに10分はかかる。摩擦で発生する熱の冷却に相当量の発電、このサイズの銀弾の生成、消耗したレールの補修対応……電磁投射砲は連射に向かない。自家製なら尚更だ」
「……迎撃するしかない」
ミュールのささやき声に、場が静まり返る。
全員が、こう思っている筈だ。
――どうやって?
だから、俺は、ゆっくりと手を挙げる。
「じゃあ、俺が」
全員の視線が集中し、表情が驚愕へと変わっていった。
「ひとりで、迎撃しちゃっても良いっすか?」
俺は――ニヤリと笑った。




