1kmの速度
三寮戦が始まる。
と同時に、各寮長に『死神の解放条件』が送付され、俺とミュールは同時にその内容を確認する。
『第二戦線、第三戦線の占拠地を二度占拠するか占拠される。死神の解放回数に制限はない。また、死神解放中に、更に一度の占拠が行われた場合は解放秒数は加算される』
即座に、俺は、戦場のMAPを確認する。
各寮は、ふたつの敵寮に前後を挟まれる形になっている。
それは、朱の寮、蒼の寮、黄の寮、すべての寮で共通しており次元門によって成立していた。
恐らく、フレアが、この山中を選んだのも、この次元門が備わっているからだろう……黄の寮から蒼の寮に攻め込むには、次元扉を通る必要があるが、MAPを視る限りその距離はほぼ直通と考えても問題ない。
占拠地には、Top、Mid、Botが存在しており、本拠地と占拠地間の距離は1kmと定義付けられている。
ただし、直線距離で1kmで行けると考えてはいけない。TopとBotの舗装路はカーブを描いているため、舗装路を通る場合は1.2kmの距離がある。もし、直線で進むことを考えれば獣道を進む必要があった。
Midについては、舗装された道を直線距離1kmで到達出来る。そのため、最短で相手を攻めるには、Midを前進する必要がある。
各寮の初手は、決まっている。
前後に備わっている第一戦線の確保だ。
自寮の前後の第一戦線まで進んでも、開始時点では敵から攻撃を受ける可能性は存在しない。そのため、セオリーとしては第一戦線のTop、Mid、Botを占拠し、その防備を固めてから第二戦線へと向かうことになる。
強化投影のような身体強化魔法を用いれば、訓練を積んだ魔法士は時速20kmで1kmを走り切る。
1kmで換算すれば3分……とは言っても、慣れない山中をトップスピードで駆け抜けるのは不可能だろうし、個人間で魔力量や体力量の差もあるので、バラツキを考慮して5~7分といったところか。
それにプラスして、占拠時間1分。
そう考えてみれば、6つに分けた部隊で、前後のTop、Mid、Botを占拠するのに6~8分。
その占拠の間、各寮の本拠地に留まっている王と軍師たちには猶予が与えられ、相手の出方を基に戦術を練ることが出来る。
黄の寮の本拠地には、必要最低限の駒のみを残していた。
王が1名、軍師が1名、死神が1名、射手が5名、魔術師が10名。
コレは、他寮と比べて数が少ない黄の寮が、攻撃に兵を回すために考えた必要最低限度数であり、本拠地前の第一戦線で敵を止めることを前提としたものである。
ミュールは、黄の寮の寮生たちと面談し、本人がどの駒を希望しているか、なにが得意でなにが不得意なのかを確認していた。
各人の希望とその特色に合わせて、ミュールは駒を割り当て、もしも納得がいかない場合は再面談を実施した。
以前のミュールであれば、考えられないことだったが、彼女は真摯にひとりひとりと向き合い駒を決定した。
『わたしだけの三寮戦じゃないしな。せっかくのイベントだし、皆に楽しんでもらわないと』
駒の面談を決めた時、ミュールはそう言って笑っていた。
本拠地に残った射手は、面談で戦闘が苦手だと訴えていた寮生たちで、三年生が1名、二年生が2名、一年生が2名……総勢5名の女生徒だった。
俺とミュールは話し合い、4人は四方の物見櫓に、1人は俺たちと一緒に奥座敷に籠もってオペレーターになってもらうことにした。
射手は、本拠地と占拠地に居る間、戦装束の魔力集積量が1.5倍になる。
物見櫓の4人は、互いの魔導触媒器を魔力線で繋ぎ、前方に向かって魔力波を発射している。
反射した魔力波が魔力を帯びた対象物に当たり、返ってくる反射波を測定することによって、対象物までの距離や方向を測ろうとしているのだ。
所謂、魔力感知の人力レーダー。
この4人は、放課後に練習してくれていたようで、本拠地から約300~500mまでを感知することが出来るようになっていた。
基本的に、本拠地にまで攻め込まれた場合は、この情報を基に事前に対応策を練り、必要な場合は拠点地から兵を呼び戻す。
奥座敷に残った3年生は、この人力レーダーも含めて、各部隊から入ってくる報告をまとめて俺たちの耳に入れてくれる。
大量の画面とそれに表示した情報に囲まれながらも、堂々と正座する姿は様になっており、ヘッドホンをかぶった彼女は目を閉じて集中しきっていた。
本拠地に残った10人の魔術師は、魔力量には自信があるが、戦闘は不向きだと自負している寮生たちだった。
彼女らの中には、親友もしくは恋人同士の少女も存在しており、魔力共有を行うために円形になって手を繋ぎ生成を行っている。
魔術師はHPが1で打たれ弱いが、本拠地と占拠地にいる間、一定数の自動訓練人形を生成することが出来る。また、本拠地と占拠地間で、魔術師以外の駒を転送することも可能だ。
地面に突き刺した魔導触媒器を前に、円となって手を繋いだ少女たちは魔法陣を成形し、蒼白く輝きながら髪を逆立たせている。
その魔法陣の中心から、自動訓練人形が生まれ、モノアイが付いた球形のボットはくるくると回転しながら索敵に向かう。また、蒼白い人形の戦闘用ボットは、長剣や弓を手に、地面を滑るようにして戦場へと向かって行った。
射手と魔術師が働いている中、本拠地には兵士の姿は見当たらない。
コレは、本拠地と占拠地以外に居る間、戦装束の魔力集積量が1.5倍になるという兵士の特色を鑑みた結果でもあるが、それ以上に、兵力を本拠地に集中する余裕がないという表れでもある。
「…………」
奥座敷であぐらをかいて、考え込んだ俺は思考を巡らせる。
フレアは……フーリィは……どう仕掛けてくる……最悪の場合は、朱の寮と蒼の寮が結託して共同戦線を張り、黄の寮を挟撃してくることだが……。
俺は、ちらりと、設置された大型カメラを視る。
まず、それはない。ふたりにはメディアの目という名の縛りが存在し、世間は一方的な弱い者虐めを望んではいない。あのふたりにとって、三寮戦とは将来の踏み台のひとつであり経過に過ぎない。
だからこそ、その勝利はエンターテイメントに富んでおり、衆目を集めるものでなければならない。
三寮戦は、名家同士の代理戦争という意味合いも含んでいる。
ルルフレイム家とフリギエンス家……名高い二名家のお偉方は、三寮戦は勝って当然、本意は次代の実力拝見といった立ち位置の筈だ。
だとすれば、挟撃は有り得ない。
アイズベルト家は名家だが、先日の会見でミュールとクリスの噂は広まりきっており、その首の値段は落ちるところまで落ちている。
かと言って、黄の寮を無視して朱と蒼でやり合ってくれる程、フレアもフーリィも簡単な相手でもない……彼女らは無能でも凡人でもなく、稀有な才能をもった次世代なのだ。
アイツらは、必ず仕掛けてくる。俺たちの予想を超えた方法で。
それは、どのタイミングにな――
「伝令」
オペレーターの報告に、俺は、思わず身を固くした。
時間を確認する。
三寮戦開始から、2分程度しか経っていない。にも関わらず、もう、仕掛けてきたというのか。
「朱の寮? それとも、蒼の寮か?」
ミュールの問いかけに、オペレーターは首を振る。
「黄の寮」
「「……は?」」
オペレーターは、無表情でささやく。
「遊撃隊、月檻桜、朱の寮側第一戦線Midの占拠に成功。
伝言があります」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏には、月檻の微笑が浮かんだ。
「ご機嫌いかが、寮長?
以上」
占拠には1分が必要だと考えると、月檻が1km地点に到達するのに要した時間はたったの60秒。
その速度、およそ、時速60km。
訓練を積んだ魔法士の約3倍の速度で1kmを駆け抜けた主人公の言葉に、ミュールは笑いながら答える。
「最高だ!!」
俺は、苦笑して、この場にはいない月檻にささやいた。
「……この主人公が」
俺の憂いを一瞬で消し飛ばした月檻桜は――やはり、紛れもなく、主人公だった。