運命の歯車
ルルフレイム家が運営している超高層ホテル。
眩いばかりに光を発する70階建てのホテルは、鏡面のように艶めいた全身を晒し、反射した光の粒が道路に散らばっていた。
あまりにも高々と聳えているため、俺はアホ面でそのビルを見上げてしまったが、見慣れているらしいミュールはアイスに夢中になっていた。
俺たちがリムジンを下りると、ケピ帽をかぶったベルガールが迎えに来る。手早く、俺たちの身元を確認してから、エレベーターへと案内してくれた。
ベルガールからエレベーターガールへと引き継がれ、会見場のある階層にまで上っていく。目的階層で待ち構えていたルルフレイム家の従者に連れられ、俺とミュールは会見場への入場を果たした。
大量の座席には、既に記者たちが腰を下ろしており、導体が嵌められたカメラをこちらに向けてくる。
スーツを着た関係者たちは、膝の上に呼び出した画面鍵を叩き、後方では四脚に設置した大型カメラの角度を調整していた。司会らしき美女は、ミネラルウォーターで喉を潤している。
視線。
フレア・ビィ・ルルフレイム。
フーリィ・フロマ・フリギエンス。
堂々たる態度で長机に腰掛けていた二人の寮長は、無言で俺とミュールを見つめてくる。
フレアの横には、レイが。
フーリィの横には、ラピスが座っていた。
アイスの効力が切れて、カチコチになったミュールは、手と足を同時に繰り出しながら前に進み、フレアの膝の上に座る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………邪魔だ」
「うわぁ! ま、まちがえたぁ!! ごめんなさいっ!!」
緊張による大ボケは、一種の宣戦布告だと受け取られたのか。
大量のフラッシュが焚かれ、マスコミに混じって連写していた俺は、無言でミュールの元に戻る。
顔を真っ赤にしたミュールは、中央に陣取ったフレアの隣に座り、こそこそと俺にささやきかけてくる。
「ヒイロ……アイツ、すごく座り心地が良いぞ……なんか、あったかかった……!」
「最近の龍には、保温機能まで付いてんですかね……?」
「全部、聞こえてるぞ、戯けども」
「「…………っ!!」」
「『やべ、聞こえてた!』みたいな顔をするな。焦がすぞ」
「やーねぇ、緊張感がなくって。ヒーくんもミューミューも、鳳嬢魔法学園の面汚しってヤツじゃない?
ねぇ、ラッピー?」
「会見場で、ミニ・雪だるま作ってる人に言われたくないと思うけど……」
三個目のミニ・雪だるまを作り上げたフーリィは、既に作り上げていた二個の雪だるまの横に並べる。
「お兄様……お兄様……!」
ささやき声が聞こえ、振り向くと、妹は微笑んで小さく手を振ってくる。
歪んだ笑顔で、俺は手を振り返し――
『静粛にお願いいたします』
ついに、各寮の死神の発表会見が始まった。
三寮戦のルールのおさらいから始まり、今回の会見の目的が提示され、質問がある際は挙手でひとりずつというお馴染みのアナウンスが流れる。
『では、まず、各寮の軍師の発表となります』
各寮の軍師は、なんの意外性もなく提示される。
「蒼の寮、ラピス・クルエ・ラ・ルーメット」
なぜなら、三寮戦の軍師は、各寮長が指名した特別指名者でなければならないという暗黙の了解があるためで。
「朱の寮、三条黎」
意外性があるとすれば。
「黄の寮」
たった独り――
「三条燈色」
その中に、男が存在することだけだ。
会見場がざわめきに満ちて、ラピスとレイを上回るフラッシュの量、前代未聞の出来事に記者たちは慌ただしく動き始める。
「いぇ~い! 三条家、視てるぅ~!?」
満面の笑みで、ダブルピースすると、司会のお姉さんに咳払いで窘められる。
笑いながら、俺は席に腰を下ろした。
たぶん、さっきの映像が流れたら、三条家のBBAのうちの何人かが、心臓発作で病院に運ばれるな。
『で、では、続いて……せ、静粛に! 静粛に願います!』
騒ぎが収まるには、十分な時間が必要で。
ようやく、落ち着いてきた会場を眺め、司会のお姉さんはマイクに口を近づける。
『では、続いて、死神の発表を執り行います』
しんと、会場が静まり返る。
軍師の発表なんてものは、ただの前座であり、ココからが本番だ。各寮の間でも、死神の共有は行われておらず、緊張感で満ちた会場にピリついた空気が流れた。
「鳳嬢学園が、正式に受理した順で発表させて頂きます。
まずは、蒼の寮」
会見場の裏から姿を現した師匠は、無銘墓碑の柄頭に手を置いて余裕の笑みを浮かべる。
「アステミル・クルエ・ラ・キルリシア」
ラピスが蒼の寮に所属していることから、予期されてはいたものの、あの『アステミル・クルエ・ラ・キルリシア』が、学園行事に参戦するという衝撃は凄まじかったのか。
俺に敗けず劣らずのフラッシュが焚かれ、笑みを浮かべた師匠は、胸元から『最強!!』と極太で書かれた色紙を取り出す。
「サイン、書きます。
最強印のアステミル、無料です。今なら、遊○王のカスレアも付きます」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』と、謎の歓声が上がって、記者たちの中に紛れたファンが黄色い声を上げた。
「普通、会見場で、サインにカスレア付けて処分したりする? 出来ないやん、普通、そんなこと」
「わぁ、師匠だぁ!(弟子の感想)」
ラピスは、羞恥のあまり真っ赤な顔を両手で覆い、三人の弟子は『師匠は師匠だな』という共通認識の下に意思を共有していた。
『お、お静かに!! お静かに願います!!』
「今なら、ニン○ンドースイッチのAボタンも付きます。
1万円からどうぞ」
『会見場で、ゴミの処分を始めないでください!! 無料って言ってたのに、オークションを開かないでください!! そこ、入札するなッ!!』
誰か、あの420歳を止めろ(他人事)。
ぜいぜいと息を荒げていた司会のお姉さんは、満身創痍になりながらも、会場を落ち着かせ師匠を着席させる。
『で、では、次に黄の寮の死神は……え……?』
情報漏洩防止のために、司会のお姉さんにも伝えられていなかったらしい。
黄の寮の死神の名を目にした彼女は、信じられないと言わんばかりに目を見開き、数秒後、ようやく職務を思い出して口を開いた。
『劉……悠然……』
しんと、会場全体が、静まり返る。
あたかも、本物の死神を招いてしまったかのように、顔面を蒼白にさせた記者たちはカメラを下ろして己の背後を顧みた。
その首筋に死神の鎌が当てられ、刃の冷たさに怯えるみたいに。
「ヒイロ……黄の寮の死神は……劉なのか……?」
「…………」
俺は、目を閉じて沈黙を守る。
そのまま、数十秒が経過して。
『え……あの……劉……悠然……様……?』
何度、司会が呼んでも、劉は姿を現そうとはしない。
会場がざわつき始め――
「司会」
フレアは、困惑している司会に呼びかける。
「先に、朱の寮の死神の発表を」
『あ、はい、失礼いたしました……では、朱の寮の死神は……えっ?』
混乱を口に出した司会は、フレアを見つめ、彼女の頷きを確認してからささやいた。
『劉悠然』
一気に、会場がどよめいて――死神が、姿を現した。
会場に出現した、純黒の痩身。
表情を消したのか、失ったのか。
冷徹を顔に刻んだ劉は、俺たちの前を通り過ぎて記者たちに向き直り、静寂に沈んだ彼女らにささやいた。
「劉悠然。
朱の寮の死神の任をお受けした」
劉は、呆然と口を開いたミュールの横に座る俺を見つめてつぶやく。
「言った筈だ。
私と貴方の道は交わらない」
「…………」
「私は」
ミュールから目を背け、彼女は、虚空を見据える。
「シリア様に報いる」
「…………」
「私は、私とシリア様の繋がりを裂こうとした貴様を」
殺気を帯びた劉悠然は、死神の鎌を俺の首にかけた。
「赦さない」
「くっくっくっ」
宙に浮いたアルスハリヤは、俺の耳にささやきかける。
「面白くなってきたなぁ、ヒーロくん……何時も、君は、僕の期待通りに百合を破壊する……劉悠然が、魔法士殺しであれば……君は……」
魔人は、耳打ちする。
「百合殺し」
煙と共に。
魔人は、ささやき声を残してかき消え、劉はフレアの横に座った。
沈黙と衝撃に溺れていた会場は、息を吹き返し、大慌ての記者たちは凄まじいスピードでキーボードを叩き始める。フラッシュが連続で会場を照らし、無表情で座り込む劉の顔を捉えた。
ざわめきが収まって。
改めて司会に注目が集まったが、彼女は、困ったようにフレアを見つめる。
腕と足を組み、眼を閉じたフレアは口を開く。
「各寮が指名した死神が重複した場合、どの寮の死神として参加するかは、当事者に委ねられる。
劉悠然は、朱の寮の死神として参戦の意思を示した。この場合、黄の寮は、劉以外の死神をこの場で指名しなければならない。
出来なければ」
フレアは、ワンテンポ置いて、ささやいた。
「黄の寮は、死神を指名しなかったものとして処理される……つまり、黄の寮は、死神なしで三寮戦に参戦することになる」
記者たちは、顔を見合わせ、ひそひそとささやきを交わし合った。
誰も彼もが、ミュールの顔を盗み見て、その視線に哀れみを混ぜていた。
「…………」
「ヒイロ」
俺の袖を引いたミュールは、満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、死神なんていなくても。わたしたちは勝てる。だから、大丈夫だ。安心しろ。不安にならなくていい」
彼女は、俺の腕に、震える手を置いた。
「わたしは、諦めない」
強くなったな、ミュール。本当に。強くなったよ、お前は。
微笑んだ俺は、時計を確認する。
「……ミュール、知ってるか」
足音が、響き渡る。
会見場の外から聞こえてくる足音に、記者たちは振り向き、ざわめきが大きくなっていく。
「主人公ってのは」
なぜか、俺は――このセリフを、どこかで、一度口にした気がした。
「遅れてやって来る」
会見場の大扉が勢いよく開き、眩い光が、その全身を照らした。
その姿を捉えたミュールは、驚愕で息を呑む。
紫色のマントが揺れて、光を浴びた白金が輝き、堂々たる歩みで真っ直ぐに――彼女は、俺たちのもとへとやって来る。
会場中の視線を集めた今宵の主役は、堂々とその名を明かした。
「クリス・エッセ・アイズベルト」
姉の背を見つめたミュールの目に、徐々に涙が溜まっていく。
憧れたその背が、『出来損ない』と己を呼んでいた存在が、自分を認めてくれていなかった筈の姉が、眼の前に在ることに……目を見開いたミュールは、ぽろぽろと涙を零しながら嗚咽を上げた。
笑みを浮かべたクリスは、姉妹そっくりに――傲岸不遜に、腕を組んで笑った。
「この度、黄の寮の死神を引き受けた。
先に宣言しておくが」
笑顔で、彼女は、記者たちの前で堂々と言い切った。
「誰が何をしようとも、私の妹の寮が優勝する。
いぇーい、視てるか」
ピースサインをカメラに突き付けたクリスを視て、思わず、俺は釣られて笑った。
「アイズベルト家?」
巡った運命の歯車が噛み合い――三寮戦が始まる。
この話にて、第八章は終了となります。
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