出来損ない
「Midで靴を買わないヤツはぶち殺す……Midで靴を買わないヤツはぶち殺す……ヤ○オは、突っ込んでウルト撃てば勝てる……ヤ○オは、突っ込んでウルト撃てば勝てる……トロールジャングラーは、Ping連打でわからせる……トロールジャングラーは、Ping連打でわからせる……」
「…………」
両目の下に隈を作ったミュールは、にこぉと笑みを浮かべる。
「ヒイロ、知ってるか……台パンは、対戦相手を殺さないための技術のひとつで……コレは、活人拳として数えられてるんだぞ……?」
「ヒイロくん」
俺にくっついて、寮長室に遊びに来ていた月檻はニッコリと笑う。
「なにこれ」
「脳が灰になった人(題名)」
暫くの間、日に当てて干しておくと、ようやくミュールは自我を取り戻す。まともに話せるようになったので、俺は、報告を続けることにした。
「黄の寮の死神、決まったぞ」
「なにぃ!?」
バンッと、業務机を叩いて、ミュールはぴょんっと立ち上がる。
「だ、誰だ!? 誰だ誰だ誰だ!?」
「教えない」
「え……わたし、寮長だが……?」
ミュールは、月檻を見つめる。
「寮長だが……?」
「私は、貴女のこと、寮長だって認めたことないけど」
「な、なんだとぉ!?」
俺の横で、ソファーに腰掛けている月檻は、足を組んで苦笑する。
「私みたいな考えの人間が多いから、三寮戦の参加辞退率が50%を超えてるんじゃないの? 違う?」
「う……!」
「まぁ、フーリィは高位の魔法士、フレアは生徒会長だからな……アイツらとは違って、ミュールには実績がない。視たことも聞いたこともない馬に、一か八かで馬券を賭けるようなヤツはただの賭博狂いだろ」
まぁ、それにしても、推移が不自然に思えるがな……ミュールの存在をアピールし続けても、一向に参加率が改善に向かわない。さすがに、おかしい。
考え込む俺の前で、ミュールは頭を抱える。
「う、うぅ……だ、だったら、どうすれば良いんだ……!!」
「要は、寮生に『黄の寮は勝てる』って思わせれば良いんでしょ? だったら、簡単だと思うけど」
顔を上げたミュールに、月檻は笑顔でささやく。
「強者に勝てば良いんだよ」
「きょーしゃって……だれ……?」
月檻は、笑いながら、自分のことを指差す。
「無理だろ、無理無理無理っ!! お前、死ぬほど強いだろ!! フーリィもフレアも、お前のことを警戒してたぞ!! 魔法士の間でも話題になってて、冒険者協会でもVIP待遇なんだろ!?」
「あー……だから、最近、なんか受付の人の愛想が良いのか」
いや、お前、冒険者協会でVIP待遇って……この段階で、そこまでの評価を得るのは、あまりにも早すぎませんか……?
主人公の成長速度にドン引きしていると、月檻はニコニコと笑いながら騎士の右奪手を手に取った。
「とりあえず、寮の屋内訓練場行こ? 戦るか戦らないかは、そっちで決めれば良いし」
「いや、もう、それは戦る気満々だろ!! 『今日は、ラーメン食べないから』って言いながら、ラーメン屋に連れてくようなもんだ!! 食べるだろ、ラーメン!! ラーメン屋に行ったら!?」
最近、色んなところ連れ回してたら、いつの間にか庶民的になってきたなこの寮長……今度、す○家に連れてこ……。
ぎゃーぎゃー、わーわー。
寮長は喚いていたものの、月檻の手八丁口八丁に騙されて、屋内訓練場へと連れて行かれる。
黄の寮、屋内訓練場。
寮の敷地内に存在する屋内訓練場は、1FとB1F、要は地上1階と地下1階の二層構造になっている。
鳳嬢魔法学園の敷地内に存在する屋内訓練場と比べれば、さすがに見劣りするものの、必要最低限の設備は整えられている。アイズベルト家が調整している自動訓練人形を呼び出せる上に、簡易的な地形変更も可能で、設定次第では屋内スポーツ場にも様変わりする。
そんな屋内訓練場に、唐突に現れたミュールと月檻は目を惹いて、訓練に励んでいた生徒たちはひそひそ話を始める。
「ねぇ、アレ」
「うん、寮長だよね。
うわぁ、嫌だなぁ、なにしに来たんだろ? また、自慢話と小言のオンパレードで、独壇場作り上げるんじゃない?」
「てか、アレ、月檻桜だよね? なんで、寮長と一緒? もしかして戦うの?」
「え~? 勝てるわけなくない?」
屋内訓練場で、ミュールと月檻は向かい合い、俺はようやく月檻の真意を掴んだ。
なるほど、月檻、考えたな……ココで、わざと、ミュールに敗けることで、寮生に『ミュール・エッセ・アイズベルト、ココにあり!!』と知らしめるつもりか。桜だけにサクラ臭いが、上手くやれば効果は絶大だろう。
ミュールも、そんな後輩の思いやりに気づいたのか。
ニヤニヤとしながら、周囲の注目を集めるように「よぉし、こぉい!!」と叫んで構えを取った。
「基本形式で良い?」
「三回、魔法を当てたら勝ちのヤツだろ? 良いぞ! なんでも良い! なぜなら、わたしの勝ちは揺るがないからだっ!!」
寮生たちの視線をかき集め、腕を組んだミュールは笑いながら叫ぶ。
「月檻、お前に後悔させてやるぞ!!」
「OK」
そして、数秒後。
「…………」
うつ伏せに倒れたミュールは、無傷の月檻の前で、見事な敗北を喫していた。
「あっ、この構図、お嬢でよく視るヤツだ!
じゃなくて、おーい!! 月檻ぃ!!」
呆れ果てて「よっわ」とか「ざっこ」とか「黄の寮、終わりだね」とか言いながら、訓練に戻っていった寮生を横目に、俺は慌ててミュールへと駆け寄り、その小さな身体を抱える。
「…………」
「月檻、お前、少しは手加減してやれや!! 瞬殺じゃねぇか!! お前、コレ、視ろ!! ぴくりとも動かないから、腕の部分に手を通すと、ハンドバッグみたいになっちゃうじゃねぇか!!」
「いや、手加減したけど」
「……うっす」
もぞもぞと動いたミュールは、俺に抱きつき、またコアラモードになる。
そんなミュールを視た月檻が、口を開いた瞬間――扉が自動で開き、入ってきた人影に寮生がざわついた。
「うっすぎたない場所。
最近の学生は、こんな豚小屋みたいなところで汗を流してんの?」
ワイングラスを片手に、ロングコートを着こなしたソフィア・エッセ・アイズベルトが、黒いスーツに身を包んだ従者を連れて入ってくる。
その姿を視た瞬間、ミュールは慌てて俺から離れ、そわそわと身だしなみを整えてから母親を見上げる。
「お、お母様……」
そこには、期待のようなものが見え隠れしていた。
「あ、あの……本日は、なんの御用ですか……?」
「…………」
上からミュールを見下ろしたソフィアは、俺の予想に反して笑みを形作った。
「最近、あんた、頑張ってるみたいだから応援しに来たの」
「えっ……!!」
ぱぁっと、花開くように、ミュールは笑う。
彼女は、嬉しそうに俺を振り返ったが、俺は笑みを返さずに沈黙を守る。
「三寮戦に向けて、特訓してるんですってねぇ? そこの汚いオスに、あたし、三寮戦を見に来いって言われて楽しみにしてるんだから。日夜、鍛錬に励んでるなんて、そんな重要なこと、あたしにも教えてくれても良いじゃない」
「あ、も、申し訳ありません! お母様は! あの! 興味がないのかなって! 勝手に思ってました!!」
ぴょんぴょんしながら、喜色満面の体で、ミュールは歓迎を表した。そんな彼女を見下ろし、ソフィアはニコニコと笑う。
「それじゃあ、早速、特訓の成果を見せてもらおっかな」
「は、はい! もちろんです!
それでは、直ぐに、自動訓練人形を呼び出――」
「要らない」
笑いながら、ソフィアは、くいくいと指で黒服を呼び出す。
劉を基準にすれば、かなり見劣りするレベルのものの……どう視ても、学生レベルではない魔法士は、厚手の軍用手袋を身に着けて、コキコキと首を鳴らした。
「コレとやってみて」
「え……」
「大丈夫よ、大丈夫。手加減するように言ってあるから。
は~い、じゃあ、みんな、入ってきていいわよ~」
いつの間に、呼び出していたのだろうか。
黄の寮の寮生たちがぞろぞろと入ってきて、あっという間に屋内訓練場は人の群れで埋まる。
事態が呑み込めず、唖然と口を開くミュールの前で、ソフィアはにこやかに笑った。
「じゃあ、やってくれる?」
「え……で、でも、お母様、こ、コレは……あ――」
「やれ」
汗だくで息を切らしたリリィさんが、屋内訓練場に飛び込んできて、入り口の両脇を埋めていた黒服に入場を妨害される。
彼女は歯噛みしながら、なにか叫ぼうとして……悔しそうに、唇を噛んで黙り込んだ。
「…………」
「月檻」
前に踏み出した月檻の腕を、俺は押さえつける。
「待て」
「ヒイロくん」
彼女は、見開いた両目で、俺を覗き込む。
「後悔するよ。あの子は、そんなに強くない」
「…………」
屋内訓練場の真ん中に立ったミュールは、小刻みに震えていて、己の1.2倍はあろうかという長身の魔法士を見上げる。
魔法士の女性は、トントンとその場で跳ね跳び、首を回してから構えを取った。
「は~い、それじゃあ」
ソフィアは、笑顔で合図を出す。
「よーい、スタートぉ!」
その瞬間、ミュールの対魔障壁が叩き割られる。
「ひっ!!」
恐怖で表情を歪めたミュールは、両手で顔を覆う。
ガラ空きになったボディに右拳が入って、二枚目の対魔障壁が粉々に砕け散り、蒼白い結晶が弾け飛んだ。
三枚目。
真っ直ぐ、入った顔面へのストレート。
パリンと、音がして、両目を見開いたミュールはその場にへたれ込む。
「あらあら、ミュール、今日は調子が悪いの?」
「…………」
「はい、もう一回」
「む、無理ですっ!! 無理です無理です無理です無理ですっ!! 勝てるわけない勝てるわけない勝てるわけないっ!!」
「よーい、スタートぉ!」
笑顔の合図に合わせて、魔法士は前へと踏み出し、頭を抱えたミュールはその場から逃げ出した。
魔法士は、身軽なフットワークで、その逃走ルートに回り込んで拳を放つ。
ワンツーの連発で、二枚の対魔障壁が割られて。
鳩尾に抉り込むかのような三発目で、最後の対魔障壁が叩き割られる。
「あ~、ごめんなさいねぇ、ミュール!!」
涙目で座り込んだミュールに、ソフィアは歩み寄り、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「あたし、意地悪し過ぎたわね。さすがに、プロの魔法士相手なんて無理よ。
じゃあ、次は……そこのあんた、相手してくれる?」
指された寮生は、おずおずと前に出て、量産型の杖型魔導触媒器を構える。
よろけながら、ミュールはどうにか立ち上がったものの、腰が引けていて萎縮してしまっていた。
「よーい、スタートぉ!」
合図と共に、踏み込もうとしたミュールは、視えない拳が飛んでくるかのように躊躇って――そこに、火球が当たる。
「あっ……」
一枚目の対魔障壁が割られる。
慌てて、ミュールは、相手の側面に回り込もうとするものの、大量の火球を撃ち出されて上手く近づけない。
攻撃が、当たるのが怖いのだ。
恐怖で怯えたミュールは、踏み込むことが出来ずに、判断を見誤って火球をぶつけられる。
「…………っ!!」
ミュールの顔面が強張って、救いを求めるかのように俺を見つめる。
「…………」
俺は、ただ、彼女を見つめ返す。
助けが来ないことを理解したのか、ミュールは、対戦相手に向き直ろうとして――肩に火球が当たって、対魔障壁が砕け散った。
「え? あれぇ? ミュール、どうしたのぉ?」
笑いながら、ソフィアは、俯いたミュールの両肩に手を置く。
「この子、ただのド素人よ? まともに、魔法なんて使ったことないって? しかも、下級貴族で、ギリギリ、この鳳嬢に通えるような子なのよ? それなのに、敗けちゃっても良いの? 頑張って、特訓、してたんじゃないの?」
「…………」
ミュールは、顔を上げる。
寮生たちの顔には、失望が浮かんでおり、彼女らはため息を吐いて立ち去っていく。その場には、アイズベルト家と俺たちだけが取り残され、拳を握り締めて震えるミュールは唇を噛み締める。
「ねぇ、ミュール」
希望を求めたミュールは、母の言葉に顔を上げて。
「あんた、やっぱり、出来損ないなのよ」
絶望で、表情を消した。
「生まれつきの魔力不全……魔法が使えない出来損ない……劉とは違って、拳さえ扱えない無能……かわいそうにねぇ、ミュール……かわいそうに……神様は、あんたから、なにもかも奪っちゃったのねぇ……」
「…………」
「あんた、寮生になんて呼ばれてるか知ってる?」
ソフィアは、微笑む。
「似非……あんた、紛い物なのよ。出来損ない。無能。才能ないのよ。なにをしてもダメで、なにも出来ずなにも考えられない愚か者。あんたみたいに弱っちいのは、この寮に居る資格すらないの。わかる。迷惑なのよ、ココに存在していたら。
だって、あんた」
棒立ちになったミュールは、母親からの言葉を受け止める。
「アイズベルト家で、唯一、なんの才能もなかったんだもの」
顔を伏せたミュールの肩を叩き、ソフィアは立ち上がる。
「身の程がわかったら、家に帰ってきなさい。ごっこ遊びは終わりにして、あんたは、家にいればいいの。
それが」
ソフィアの横顔に、憂慮が浮かぶ。
「あんたにとっての……幸せなんだから……」
ソフィア・エッセ・アイズベルトは立ち去っていき、立ち尽くしていたリリィさんは、嗚咽を上げながらその場に座り込む。
無表情で。
月檻は、壁に自分の拳を叩きつけ――轟音と共に、壁に穴を空けた彼女は、髪を掻き上げてからその場を後にした。
俺は、ただ、ミュールの横顔を見つめる。
白金髪で、顔を隠したミュールは、拳を握り込んだまま口端を曲げた。
「や、やっぱり……わたしは、出来損ないだな……さ、最近、褒められることが多かったから……わ、忘れてた……わ、わたし、ばかみたいだ……なにを……勘違いしてたんだろうな……じ、自分が強くなったと思い込んで……このザマだ……」
「…………」
「あ、あんな、鍛錬、しなければよかった……意味なんて……なかった……あんな辛い目にあっても、ド素人ひとりにも勝てない……な、なにが、黄の寮の寮長だ……み、皆、辞退して当然だ……こんな寮長に、誰が付いてくる……わ、わたしは、出来損ないで……なにもできないんだ……」
「…………」
「もう、ぜんぶ、やめる……お母様の言う通りだ……似非なんだ、わたしは……紛い物だ……ほ、本物にはなれなかった……み、みんなの期待を……お姉様の期待を……劉の期待を……お母様の期待を裏切った……わ、わたしは、ただじっとしてれば良かったんだ……」
「…………」
「は、ははっ……き、昨日、りっちゃんに教えてもらったコツも……全部、ムダになった……師匠に教えてもらった技も……お、お前に出会ったことも……全部、全部、ぜんぶ……わるい……わるい……ゆめ……だ……」
「…………」
「でも……」
ミュールの頬を、涙が流れ落ちる。
「でも……わ、わたし、つよく……つよくなったんだ……ひ、ひいろと、いっしょにがんばったんだ……劉の教えを……わ、わすれてなかった……りっちゃんに教えてもらった技術は、ぜ、ぜんぶ、頭の中に入ってる……し、ししょぉに教えてもらったわざ、ぜ、ぜんぶ、ちゃんと、ちゃんと、お、おぼえてる……だ、だから……だから、わたしぃ……!!」
ミュールは、顔を上げて。
ボロボロと、涙を流しながら、ぐちゃぐちゃになった顔で俺を見つめる。
「で、できそこないじゃないもぉん……で、できそこないじゃ……できそこないじゃない……わ、わた、わたし、で、できそこないじゃ……ぁあ……できそこないじゃぁ……な、ないもぉ……ぁ、ぁあ……ぁああ……!!」
俺は。
俺は、強く、ミュールを抱き締める。
俺に縋り付き、泣き続けるミュールを抱き締めて、ただ強く力を籠める。
「知ってる。知ってるよ。大丈夫、知ってるから」
泣き続けるミュールを抱き締め、俺は、彼女の熱い涙が肩に染み込んでいくのを感じる。
その悔しさも、その悲しさも、その辛さも。
すべて分かち合って、その声を聞いた。
「俺が、勝たせてやる」
だから、俺は、言った。
「なにがあろうとも。なにを犠牲にしようとも。なにかが邪魔立てしようとも」
俺は、彼女に誓う。
「俺が、お前を勝たせてやる。
だから」
目を瞑って、俺は、ささやく。
「がんばれ、ミュール……がんばれ……がんばれ……」
泣き声が、響き渡る。
俺は、ミュールを信じていて、彼女が立ち上がることを知っているから。
ただ、俺がすべきことを考えた。
ゆっくりと、俺は、目を開いて――敵を見据える。
ただ、彼女の幸福のために。
俺は、俺を張り続ける。