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敵対者の願望

「……三条燈色」


 ちらりと、リウはワラキアを瞥見べっけんする。


 血をかてにする者特有のあか色。


 紅紅こうこうと輝く両の目が、闇の中でも光り輝き、その眼差まなざしが殺意を帯びていった。


「とんでもない化物を連れている。

 幽寂の宵姫(ヴァンパイア・ロード)……只の人間に付き従うわけもない怪物……最高位の吸血種に時刻は夜半で月が出ている……しかも、事前に、彼女の好物を吸わせてきたのか……魔法が扱えない私には酷な相手を完璧に用意してくれる」

「ねぇ、きょー様」


 牙を剥き出したワラキアは、両目を見開き、両手に血管が浮き出る。


「アレ、っても良いよね?」

「ダメ」

「えぇ~!?」


 なんでなんで言いながら、俺の首に縋り付いてくるワラキアを余所目に、俺はリウに笑みを向ける。


「勘違いしないで欲しい。ちょっと、話をするだけだ。飽くまでも、この子は、俺の命を保証してくれる保険だから」

「保険にしては、随分と手が込んでいる。

 それに」


 リウは、胸の前で手を握り、哀しげに目を伏せているリリィさんを見つめる。


「懐かしい顔まで用意してくれるとは」

「……リウさん」


 リリィさんは、一歩、前に出る。


「シリア様のことは残念でした……でも、現在いまこそ、前を向くべきです。貴女は貴女の人生を生きるべきで、きっと、そのことをシリア様も――」

「あなたにあの子を語る資格はない」


 冷徹に。


 一刀のもとに切り捨てる容赦のなさで、リウは冷たくつぶやいた。


「貴女には、護るべきあるじがいる。忠節を誓える相手がいる。幸福に到れるかもしれない忠義を持ち合わせている。

 だが、私の手から、その機会はこぼれ落ちた」


 静かに、リウは、手袋で覆われた手のひらを見下ろす。


「魔力を失った私には、なにも残されていなかった……なにも……血と欲で塗れた私のこの手を掴む者なんて誰もいなかった……あの子以外は……一筋の光だった……あたたかかった……でも、もう、この手を掴む者はいない……」


 ゆっくりと、彼女は顔を上げる。


「神は、私から、何もかもを奪った」

「きょー様」


 ワラキアは、ささやく。


「三歩、後ろ」


 途端に――リウの姿はかき消え、三歩後ろに下がり、俺がいた空間に豪腕が振るわれる。


 一瞬、遅れて、突風が俺の顔面を撫でた。


 電柱。


 真横になったワラキアは、ソレを蹴りつけて加速し、次拳を俺に叩きつけようとしたリウを蹴り飛ばす。


 そのままの勢いで、左、右、左、右、上、上、下、下!!


 ありとあらゆる方向から暴虐を振るったワラキアは、そのすべてをさばき切ったリウから距離を取り、笑いながら血を吐き捨てる。


「右、も~らった」

「…………」


 リウは、へし折れた右手首を無造作な動作で元に戻す。


「二発入れたのに、呪衝スペルショックが発生しない。

 血と一緒に混じった魔力を吐き出したか」

「せいか~い……上の上、いや最上だぁ、お姉さん。ホントににんげん? わー、久々に、ガチで殺り合えて嬉しいよ。

 きょー様から、事前に聞いてなかったらられてたかも」

「人の血を吸う蚊の女王様如きに、そこまでの評価を頂き光栄ですね」

「…………あ?」


 口から血をしたたらせたワラキアは、ビキビキと血管を浮き上がらせ――俺が、頭をぽんと叩くと、両頬を膨らませる。


「そこまでな。

 ニンニクヤサイマシマシアブラマシマシカラメマシマシおごったんだから、大人しくしてなさい」

「え~!? 結局、アレ、きょー様、食べ過ぎて半分意識がなかったから、わーが払ったんじゃん!! なに、格好つけて、自分が払ったていにしようとしてんの~!?」

「三条燈色、それは良くない。

 虚偽の申告は、相手との不和を招く。食事代くらいは払ってあげなさい」

「三条様、さすがに、それはみみっちいのでは……?」

「いや、記憶が……すいません……」

「まったくもう! 今後は、きょー様の財布で、わーに支払いなんてさせないでよね!」

「結局、俺の金じゃねぇかッ!!」


 敵と味方からフルボッコにされ、俺は、理不尽で濡れた眼尻をハンカチで拭う。


 それから、リウに、降参の白旗ならぬ白ハンカチを振った。


「なぁ、話をしようぜ、リウ

 なにも、俺たち、戦う必要性なんてない筈だろ?」

「バカなことを」


 リウは、薄く笑う。


「私と貴方の道は交わらない……知っているでしょう?」

「ミュールを助けてくれ」


 ぴくりと、彼女は反応を示す。


「俺じゃなくて、ミュールだ。あの子を助けて欲しい。あの子は、もう、敗けるわけにはいかなくなった。

 敗けたら、あの子は、あそこで終わりになる」

「なぜ」


 ぼそりと、リウはささやく。


「アステミル・クルエ・ラ・キルリシアに泣きつかない? 事情を話せば、彼女は、喜んでその身を捧げる筈だ。

 いや、既に、アステミルは勘付いている。違いますか?」

「師匠が出れば、ミュールは師匠に頼り切る。それじゃダメだ。そんなことくらい、師匠だってわかってる。

 あの女性ひとは、甘さが毒になることを知ってる」

「なら、私でも同じだ。

 泣きつく相手が変わるだけ。違いますか?」

「…………」

「なにを」


 リウは、俺を睥睨へいげいする。


「企んでいる、三条燈色」

「リリィさん」


 俺の背中にくっついていたリリィさんは、びくりと反応する。


「シリアさんのことを話してくれませんか」

「シリア様のこと……なにを……?」

「なんでも構いません。

 どういう女性ひとだったのか、どんな物が好きだったのか、こんな風なエピソードがあるとか……そういうのを話してください」


 じっと、リウは俺を睨みつける。


「シリア様は……とても優しい御方でした。

 恐らく、アイズベルト家の中で、あの御方を嫌っている人はひとりもいませんでした。誰にでも別け隔てなく接し、まだ幼かったミュールも慕っていましたし、クリス様もシリア様のことは一目置いていました。

 でも、とても、身体が弱い御方でした」

「…………」

「それで?」

リウさんと並んで立っている姿は、まるで姉妹みたいで……何時いつも、いかめしい顔をしているリウさんも、シリア様の前では笑顔を見せていました。大半はベッドの上でしたが、リウさんがいらっしゃる時には『あの女性ひと、勘が良いから』と言って、顔色の悪さを誤魔化すために化粧を施していました。

 シリア様は、リウさんのことを実の姉のように思っていたようで『私は長女だから、お姉ちゃんが欲しかった』と口癖のように言っ――」


 ドゴォッ!!


 電柱に叩きつけられた拳、地面ごと揺れたように錯覚する。


 俯いたリウが顔を上げると、拳の形がくっきりと浮き出た電柱が露わになり、息を荒げた彼女は髪の隙間から俺をめつける。


「黙れ……」

「そうやって」


 俺は、ささやく。


「何時も、逃げるのか」

「…………」

「あんたのソレは、死を受け入れられない幼子の態度だ。何時まで、そこに突っ立ってるつもりだ。時は流れているのに、あんたはただ独り、そこで喪に服すフリをして、拳の形を電柱に刻み続けるつもりか」

「…………」

「シリアの今際いまわきわに、『母を頼む』とでも言われたのか。それが、現在いまの存在理由で、ソフィア・エッセ・アイズベルトに付き従う理由か」

「…………」

「本当に、あんたが、現在いまやってることがシリアの望んだことか。ソフィアのめい唯々諾々(いいだくだく)と付き従い、ミュールと敵対して、万が一敗ければその責任を取って望む末路を迎えるつもりか。

 なにもかも、シリアに決めてもらわないとあんたは動けないのか」


 俺は、笑う。


「あんたが決める命運も、感情も、行動も、全部がシリアの紛い物だ。

 だから、似非エセなんて呼ばれるんだよ」

「……お前に」


 怒気がもる両目で、彼女は俺を見つめる。


「なにがわかる」

「月並みなセリフ、さすがは似非エセだな。

 セリフ回しは、シリア・エッセ・アイズベルトに教えてもらわなかったのか?」


 ゆっくりと呼吸をしたリウは、手袋を伸ばす。


「貴方のやり口はわかっている。

 あの子のことを持ち出して挑発し揺さぶり、こちらの弱みに付け込む。卑怯者のやり口だ。私に勝てないと理解し、籠絡ろうらくしようとでも思ったのか」


 冷静さを取り戻した彼女の前で、俺はゆっくりと首を振る。


「あんたは、ミュールと一緒に戦うべきだ。

 シリアの紛い物としてではなく、あの子を導く師として」

「…………」

「俺たちと敵対して敗けたら……あんたは、きっと、最悪の末路を選ぶ。

 だから、俺の手を取って欲しい。あの子を助けてくれ」

「……ミュール」


 ささやいたリウは、緩慢な動作で顔を上げて――微笑んだ。


「わかりました、貴方と共に戦いましょう。

 それが、あの子の願いに繋がるのであれば」


 ぎゅっと。


 リリィさんは、俺の袖を握った。


 その手の白さを見つめて、彼女の表情をうかがい、俺はリウに笑みを向ける。


「良かった、ありがとう。あんたが死神として力を貸してくれるって、そう報告すればミュールも喜ぶよ」

「えぇ、私も、あの子と三寮戦で共に戦えて嬉しい」

「……なら、握手だ。友好を交わそう」


 俺は、一歩踏み出し、ワラキアに腕を掴まれる。


「きょー様」

「大丈夫だ」


 その手をゆっくりと離して、俺は、リウの前にまで踏み出す。


 拳が届く距離、即ち、必殺の間合い。


 ポケットに片手を突っ込んだ俺は、もう片方の手をリウに差し出す。


「握手」


 リウは、俺の手を凝視し、手袋を着けた拳を素早く動かし――俺の手を、そっと握った。


「よろしくな」

「えぇ、よろしく」


 握手を交わした俺は、連絡先をリウから教えてもらい、何事もなく彼女と別れてから帰路に着く。


「三条様……」

「えぇ」


 帰り道、リリィさんにささやかれ俺は頷く。


「コレで、黄の寮(フラーウム)の死神は決まった」


 勝つために。


 ミュールを護るために、後は、何が必要なのか。


 すべては、三寮戦へと集約していき、運命は巡り続ける。


 だからこそ、俺は、最善を目指して歩き続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 急に仲間になってびっくりしたあれ主人公って催眠術使えたっけ?
[良い点] わーがつよい
[一言] あっさり過ぎて逆に怖いんだけど! 怖いんだけど!! 劉は何も企んでないよねっ? ねっ?
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