死との対話
「で」
りっちゃんとルーちゃんに挟まれ、ミュールはパフェを頬張り……その様子を観察していた緋墨は、じろりと俺を見上げた。
「なんで、この子、連れてきたの? いつも、新しい女の子引き連れて現れるあんたに、私はなんて言ってあげれば良い?」
「よっ! 稀代のモテ男!!」
後頭部を叩かれ、俺は「すいません、冗談です」と素直に謝る。
「用件、手短に」
「用件1は、りっちゃんとミュールを引き合わせたい。
用件2は――」
「あ~、きょー様だぁ~!!」
ワラキアに後ろから抱きつかれ、俺は、親指で彼女を指した。
「コレを借りに来た」
「えぇ? なぁに? デートのお誘い? いーよ、きょー様ならぁ。わー、きょー様のファンだし、ファンサは教主の義務ですよねぇ」
「失礼ながら」
背後からやって来たシルフィエルが、ワラキアの首根っこを掴んで、彼女を後ろに放り投げる。
「この二郎女は、オススメ致しかねます。
任務遂行率に懸念と不安と脂っこさが付きまとうゆえ、お困りごとがあれば、この私がお引き受けいたします」
「はい」
ソファーに沈んでいたハイネは、その裏側から手だけを覗かせる。
「暇。なので。立候補」
「え~、じゃんけんじゃんけん~!! わー、ちゃんと、今度はおとなしく出来るもん~!! わーもお仕事したい~!! ついでに、マグロじゃなくて人間が作ってる二郎食べたい~!! 生魚臭くない二郎が食べたい~!!」
給仕をしていたマグロくんは、ショックを受けて銀盆を落とし、慰めるようにカツオちゃんがその肩を叩いた。
「ごめん、待って」
緋墨は、恐る恐る、俺とミュールの表情を窺う。
「まさか、三寮戦にワラキアさんたちを使うつもり……?」
「いや、使わん使わん。メディアの目も入るようなイベントだから、事前調査が入って身元がバレることは明白だし、隠し通せなかった場合、黄の寮とミュールの評判がガタ落ちになる。
誰でも良いとは言ってたが、ああいう場での誰でも良いは『良識と常識の範囲内で』の頭文字が付くから」
「なら、なんで、ワラキアさんを借りるなんて……」
「まぁ、先に、用件1から片付けさせてくれ。
りっちゃん」
お姉ちゃん気質なのか、ミュールの世話を焼いていたりっちゃんは(ミュールの方が歳上)顔を上げる。
「三寮戦のルールが確定したから、ミュールにこの手の遊戯に必要な定石を教えてやってくれないかな。
俺は、ある程度、その手の知識があるから良いけど、ミュールは0からのスタートだからさ」
「う、うん……もちろん良いよ……大体、さっき、説明してくれたので、ルールは呑み込めたから……えへへ……」
りっちゃんは、笑顔を浮かべる。
「まずは、手を痛めない台パンの仕方から教えてあげるね……」
「ひ、ヒイロ! こ、コイツ!! 師匠と同じ目をしてる!! 育成者の目だ!! 育成対象のレベルを上げるためなら手段を選ばない者の目だ!! ペットショップの爬虫類とかと同じ、冷血動物特有の眼球を持ってる!!」
「オレも、りっちゃんにFPS教えてもらった時に地獄視たなぁ。人間、限界を超えると、視てる画面が、近づいたり動いたりするんだよ」
「え、えへへ……目を閉じても、ゲームがプレイ出来るように改造してあげるね……あれ、すんごく便利……えへ、24時間戦える……」
「ひっ!!」
パフェに釣られたミュールは、既に捕食者の狩場に入っており、りっちゃんとルーちゃんに抱えられ奥へと連れて行かれた。
コトリと。
俺の前にコーヒーを置き、腕を組んだ緋墨は壁に背を預ける。
「用件2の続きは?」
ワラキアに纏わりつかれながら、俺はコーヒーを口元に運ぶ。
「黄の寮の死神として、引き入れたい人間がいる」
「……そのために、ワラキアさんが必要ってこと?」
頷いて肯定すると、緋墨は、じーっと俺のことを見つめる。
「脅迫? 強請? ゆすり?」
「いや、それ、全部同じ意味だろ」
「我が国の外交担当相としてアドバイス差し上げますけどね、皇帝様。片足どころか両足、強制外交に突っ込んでる気がしますが。
交渉が上手くいったとしても、三寮戦の最中に裏切られるのが目に見えてますよ」
「いや、ワラキアは、俺が殺されないための保険だよ。穏やかにリラックス効果満点で、双方に利益しかない交渉を心がけるので武力交渉にはならない」
「その言い分が正しければ、殺されない保険にご加入する必要はないのではないでしょうか、皇帝陛下?」
ゆっくりと、緋墨は、壁から背を離した。
「なにするつもり?」
「たのしいおしゃべり」
ニッコリと笑って答えると、近づいてきた緋墨に両手で頭を揺さぶられる。
「ふっざけんな、このバカ!! ばか、ばか、ばーかっ!! あんたの傍にいると、心臓、何個あっても足りないのよ!! 自分から死線に突っ込んでんじゃないわよ!! なんで、皇帝が自分から前線に突撃してんだ!! ばかかっ!!」
「いたいいたい。緋墨さん、いたい。毛根が悲鳴を上げてる。謂れなき攻撃を受けて、俺の頭が抗議の頭痛を発してる」
俺の頭から両手を離し、彼女はゆっくりとささやいた。
「……あたしも行く」
「ダメだ」
これ以上の反論は認めないと、そう宣言するために俺は立ち上がる。
緋墨は緋墨で、理は自分にあろうとも、俺がこういう人間であることは十二分に理解しているらしく……歯噛みしながら、目線を上げる。
「なら、せめて、三幹部、全員連れて行ってよ」
「それもダメだ。
今回のキャンペーンは、残念ながらお一人様限定でね。桃太郎よろしく、悪魔も吸血鬼も屍人も連れてったら、どこのボスラッシュモードだって話で、鬼ヶ島の鬼さんも門戸を閉ざしちまうだろ」
「わーい!!」
グーを出したワラキアが、チョキを出したふたりの前で、ぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうに笑う。
「わーのかちー!! ざーこ、ざーこ!! わーの愛が勝った証左~!! やっぱり、わーときょー様がお似合いカップル~!!」
どうやら、三幹部の間でも話はついたらしい。
腕を組んできたワラキアを連れた俺は、次元扉へと向かい、緋墨に後ろ手を振った。
「留守番、よろしく。
お土産は、たぶん、連れの都合で二郎のテイクアウトになるわ」
「上手く」
諦めたように苦笑して、緋墨は俺たちを見送る。
「やりなさいよ、皇帝陛下」
「おう」
次元扉を潜り抜けて、現界、トーキョーへ。
俺たちは、早速、目的地へと向かい――
「ニンニクヤサイマシマシアブラマシマシカラメマシマシ」
「あ、じゃあ、俺も同じので」
ワラキアと同じ食券を買って、二郎を喰らう。
「…………」
俺は、眼前に出てきた山盛りのもやしとアブラを見つめ絶句する。
箸で、もやしとアブラを掻き分けても掻き分けても、麺が視えてこない絶望感にじんわりと汗をかく。
「えっ……?」
救いを求めるかのように、周囲を視てみると、誰もが食に真剣に向き合っていた。
可愛らしい私服で、ニコニコとラーメンを胃にブチ込むワラキアを見つめ、俺は食界の化物と同じ領域に、自ら踏み込んでしまったことを知って呼吸を荒げる。
わ、ワラキアを甘く視てた……腹減ってるし、イケるっしょ(笑)とか思わなければ良かった……こ、コレは違う……レベルが……世界が違う……!!
麺を啜る音だけが響き渡り、俺は、ハァハァと呼吸を繰り返しながら丼を見つめる。
女性しかいない二郎のカウンター席、異様な雰囲気に包まれた店内で、追い詰められた俺は頭を抱えた。
の、残せない……いや、残したくねぇ……お、俺は、出されたものは残さず食べるタイプ……生涯において、その志だけは曲げちゃいけない……その瞬間、俺は俺じゃなくなる……!!
割り箸を割って――俺は、見送ってくれた緋墨の笑顔を思い出す。
「わりぃな、緋墨……」
俺は、小声でささやいて笑った。
「俺、帰れないかもしれねぇ」
一気に――俺は、もやしの山に喰らいついた。
十五分後。
残さず食い切った俺は、ワラキアに支えられながらよろよろとトーキョーを歩く。満身創痍ゆえに視界が揺れ、重たい腹が重力に敗けたゆえに、歩を進めることを全身が全霊で拒否していた。
「きょー様、初めてなのに、アレ食べ切れるのスゴイねぇ。ロットも乱さなかったし、えらいえらい。わーの好感度、アップアップですよぉ」
「…………(言葉と一緒に、脂が出てくるのでしゃべれない)」
「三条様!!」
見慣れた姿と声。
駆け寄ってきたリリィさんが、ワラキアの反対側から俺を支え、ハンカチで丹念に顔を拭いてくれる。
「ミュールから話を聞き出して、ココで、待っていました。
なんて、無茶を……あの女性とは、もう話してきたんですか? 争いになったんですね?」
「…………(違うと言いたいのに声が出ない)」
「ミュールのためにそこまで……」
リリィさんは、涙を浮かべて、俺の頬をハンカチで撫でる。
「三条様……ありがとうございます……」
「すごぉい!! きょー様、二郎食べただけでモテてる~!!
よっ! 稀代のモテ男!!」
「…………(声は出ないが涙は出る)」
その後、1時間程かけて回復した俺は、リリィさんの誤解を解こうとしたものの、すべて良い方向に受け取られて泣いた(定期敗北)。
休憩地に選ばれた公園で、項垂れていた俺は、神秘の秘薬を飲んで落ち着きを取り戻す。
俺の腕に手を置いて、リリィさんは真剣な顔つきで俺を見つめた。
「三条様、私も行きます。
良いですね?」
「ワラキア」
俺は、神聖百合帝国、最上位戦力を見上げる。
「いざという時は、俺じゃなくてリリィさんを護れ」
「は~い!」
「ありがとうございます、三条様」
リリィさんの情報を元に、俺は、対象を待ち伏せる。
いつの間にやら、日は暮れて。
チカチカ、チカチカ。
切れかけの電灯が明滅し始めて、光と影を繰り返し、その瞬きの狭間に長身が浮かび上がる。
俺たちの気配に気づいたのか、対象は足を止める。
明滅、明滅、明滅……。
音もなく瞬く電灯の下、その顔は陰に隠れ、首から下までくっきりと浮かび上がる。
「よう、久しぶり。
月が綺麗な夜だし、せっかくだからおしゃべりしようぜ」
彼女は、電灯の下へと一歩を踏み出し――
「劉悠然」
その素顔を晒した。