死神探し
大講堂を飛び出して、俺とミュールはダッシュする。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
何事かと、鳳嬢生たちがこちらを視てくるが、視線なんぞを気にしている暇はない。
生徒たちの群れを掻き分けた俺たちは、一陣の風と化して人々の間を駆け抜け、必死の形相で通りを爆走する。
鍛錬の後、まだ遠くに行っていなかったのか。
丁度、師匠は、鍛錬の拠点としていた廃ビルの近くのコンビニから、両手にエコバッグを抱えて出てくる。
「「師匠!!」」
俺とミュールは、同時に叫び、師匠はこちらを振り返る。
「「一緒に三寮戦に出てく――」」
「あ、ごめん。
アステミル、蒼の寮から出るから」
「「おぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
その後ろから出てきたラピスに、笑顔で断られ、俺とミュールは勢いよく地面を転がっていく。
泣きながら、俺は、地面を殴る。
「ちくしょう!! なにが死神だよ!! そんなルール、俺、知らねぇよ!! 原作者も知らないドラゴンみたいなことしやがって!! ちくしょう!! 知ってたら、最初から、師匠確保してたのに!!」
「おい、そこの金髪エルフ!!」
立ち上がったミュールは、胸を張って、臆面もなく言い放つ。
「譲ってくれ!! 金しかない!!」
「寮長、そこは『金ならある』ですよ。その誠実さはご立派ではありますが、相手に優位性を与えてやる必要はありません。あの小娘に歳上の威厳を見せつけるためにも、ココが交渉のテーブルで、我らが格上であることを知らしめてやりましょう。
もっとこう、傲岸不遜に、言い放って良いんです」
俺は起立し、ミュールと並んで腕を組む。
「「金ならある!!」」
「私、一応、神殿光都のお姫様で、国家規模のお金持ちだよ?」
「「金すらない!!」」
威厳すら失った俺たちは、誠実さを武器に立ち上がったが、棒きれを手に鎧武者を相手取ろうとするような虚しさがあった。
護衛の御影弓手たちも、一緒に連れてきていたのか、菓子やらホットスナックやらを片手に美しいエルフたちがぞろぞろと出てくる。
俺を視るなり、半数が笑顔を浮かべ、半数が嫌そうに顔をしかめた。
「ヒイロさんじゃないっすか。どうも、お久しぶりで。
この間は、お陰様で、お偉方から死ぬほど怒られましたよ」
代表して、リーダーのミラ・アハト・シャッテンが挨拶してくる。
エルフという種族は、美男美女しか存在し得ないので、金色の癖毛を持つ彼女は当然として、その他11人のエルフたちも人目を集めていた。こんなぶらぶら、コンビニで買い物しているだけでも、野次馬がどんどん押し寄せてきている。
しかし、こうして、12人も勢揃いすると迫力がスゴ――
「ヒイロ?」
いつの間にか、横に立っていたラピスは、俺の手を握って引っ張る。
「行こ……人、集まってきちゃったし……」
「あーっ!!」
俺を引っ張るラピスを指差し、ミュールは急に大声を上げた。
「この金髪エルフ、それとない感じでヒイロの手を握ったぞ!! それとない感じで!! 手を繋いだ!! まるで、それが当然みたいな感じで!! 場の雰囲気にかこつけて!! わたしのヒイロと手を繋いだ!!」
「…………(赤面)」
「いやらしいな、エルフは!! エルフ、いやらしい!! 手を繋ぎたいなら繋ぎたいと言えばいいのに!! ずるいぞ!! ういういしさを出して、ヒイロにアピールするつもりだな!! ひきょうものだ!!」
「…………(赤面涙目)」
「御影弓手さん、大事な姫様がいじめられてますよ……?」
「姫様が幸せならオッケーです」
「嬉し泣きの判定基準がバグってるので修正してください」
どんどん、人が集まってきて撮影会が始まりそうな雰囲気すらあったので、俺とエルフたちは場所を変えることにする。
「で」
俺は、じゅうじゅうと焼けるステーキを前にため息を吐く。
「なんで、ステーキハウス?」
フォークとナイフを握って、ワクワクしているミュールに紙エプロンを着け、俺は自分のステーキを切っている両手を見つめる。
ちらちらと、ミュールを瞥見しながら、ラピスは俺のステーキを切り取り、こそこそと俺へと肉片を差し出した。
「ヒイロ、はい、よく焼けてるから」
「いや、自分で食えるから……お前の肉、冷めちゃうし、こっちの世話は焼かなくて良いよ。この場で焼くのはステーキだけで良いから」
「で、でも、ヒイロは、寮長さんの世話をするので大変でしょ?
だったら――」
「あーっ!!」
びくりと。
ラピスは席の上で飛び跳ねる程に驚き、ミュールは両眼を見開いて、ステーキを凝視していた。
「まだ、ちゃんと焼ける前にソースかけちゃった……」
ラピスは、安堵の息を吐き、俺の口元へと肉片を近づけ――
「うわぁーっ!!」
また、席上で飛び跳ねる。
「メニューに載ってるメロンソーダと、実際に出てきたメロンソーダが……なんかちがう……」
「いちいち、大声上げるのはやめなさい」
俺が額を叩いてたしなめたものの、ミュールは「でも、ちがう……」とこの世の無常に抵抗を続けていた。
突発的に始まった、総勢16名の食事会は和やかに進み、宴もたけなわになったところで俺は口を開いた。
「師匠」
「ん? なんですか?」
肉に肉を重ねて『420年式ミートマウンテン』とか、アホなことをしていた師は、もぐもぐしながら俺に顔を向ける。
「俺、師匠が大好きなんですよ」
「うわぁ、露骨ぅ……」
御影弓手から茶々が入るが、俺は、ニコニコとしたまま続ける。
「だって、師匠って、美人な上に最強じゃないですか。その上、気遣いも出来るし、うっかり人を殺しかねない鍛錬もしてくれる。深夜にクソみたいなスタンプ爆撃仕掛けてくるし、人のこと技の練習台にするし、呆れるくらいの構ってちゃんだし、ゲーム機は台パンでぶっ壊すのが基本プレイだと思ってる常識なしですもん」
「ヒイロ、ヒイロ!! ダメだ!! 途中から恨み節しかない!! むしろ、恨み節パートがメインを占めてた!! メインのアクが強すぎて、序盤の褒め言葉が、しなびた前菜みたいになってる!!」
「好きだ、アステミル!! 俺と来いッ!!(ゴリ押し)」
「ヒイロ……」
俺の言葉に感銘を受けたのか、師匠は目尻に涙を浮かべる。
「でも、もう、ラピスにたくさんトレーディングカードを買ってもらったので……無理です……」
「俺の師匠の癖に、小学生みたいな買収されてるんじゃねぇッ!!」
「カスレアしか当たりませんでした……」
「せめて、当てろや!!」
さすがに、ラピスの筆頭護衛たる師匠を味方に引き入れるのは無理があった……たとえ、俺とミュールが先に師匠をトレーディングカードで買収しても、主君であるラピスに後からひっくり返されただろう。
「なら、ミラさん!!」
俺は、胸に手を当てて、すべてを投げ売って叫ぶ。
「好きだ!! ラピスが(小声)。
俺と来いッ!!」
「ふふ、まったく、ヒイロは気が多い男の子ですね。
本当は、師である私が、一番好きな癖に素直になれな――」
「黙ってろ、この裏切り者がァッ!!」
「えっ」
アイスクリームをスプーンで崩していたミラさんは、苦笑して、ゆっくりと首を振った。
「ヒイロさんの頼みなら、答えてあげるがエルフの情けと言いたいところなんすけど、まぁ、姫様のお気持ちもありますしご遠慮申し上げます。
すいませんねぇ」
「鬼、悪魔、エルフ!!
美少女エルフたちで、結婚し合って、お幸せにぃ!!」
俺は、泣き真似をしながら、メロンソーダを啜っているミュールを指す。
「こんな小さな女の子が、泣きながら救いを乞うているのに!! なぜ、貴女たちは、救いの手を差し伸べないんだ!! この美味しそうにメロンソーダを啜っている笑顔を視ろ!! 気丈に振る舞う彼女の心中を慮ってみろ!! もう、俺は、悔しくてたまらないよ!!」
「メロンソーダ、美味しい」
「貴女たちのせいで、この子は、メロンソーダを美味しく飲んでるんだぞ!!(やけくそ)」
「ねぇ、アステミル」
俺の袖を引いて、座らせたラピスは、師匠に視線を向ける。
「あの女性は? 紹介してあげたら?」
「学生たちの楽しいお祭りに、ゴ○ラを投入するつもりですか?」
腕を組んだ師匠は、唸り声を上げてから、仕方なさそうに微笑を浮かべる。
「わかりました。ゴ○ラは無理でも、私の知り合いの魔法士を何人か紹介してあげましょう」
「師匠、好きだ……」
「ヒイロさんの手のひら、返しすぎて、手首ごとねじ切れてません? 大丈夫っすか?」
師匠に魔法士を紹介してもらう約束を取り付けた俺は、神殿光都メンバーにステーキを奢ろうとしたところ、財政の差を見せつけられ、逆に奢られわからされてから別れる。
「死神か……蒼の寮は強敵になりそうだな……」
ミュールと並んで、黄の寮への帰路へと着きながら、俺は頭の中で死神候補を頭の中に思い描く。
「まだ、解放の条件は判明してないので、その条件次第というところもありますが……死神の駒には、各寮が偏重を置くでしょうね」
考え込んでいた俺は、ぴたりと足を止める。
「ヒイロ、どうした?」
振り返ったミュールに、俺は顔を向ける。
「寮長」
そして、笑みを浮かべた。
「今から、少し……顔、貸してもらっても良いですか?」
戸惑いながらも、ミュールは頷いた。