三寮戦の説明パート
扉を開けた瞬間、視線が俺たちに集中した。
大講堂に集った生徒たちは、5分遅れて入ってきた俺とミュールに注目し、粉塵だらけの制服を視て、ひそひそとささやき合っている。
二階席の真っ赤な垂れ幕の裏側では、高スコア者の集まりである帝位が、シャンパングラスを片手に薄ら笑いを浮かべていた。
どこかの誰かが「黄の寮の寮長が、王子様を連れてきたわよ。シンデレラ気取って、灰かぶりの制服姿なんて洒落てるわね」と嘲笑し、大多数の生徒たちは面白おかしそうにくすくすと追随した。
「寮の特別指名者に、男を指名した理由がよくわかったわ。
きっと、恋人同士なのね」
「あはは、お似合いじゃない」
うとうととしていたミュールは、俺に寄りかかり、ハッと顔を上げる。
「ひいろぉ……はこんでぇ……」
「はい、喜んで」
俺は、寝ぼけているミュールをお姫様抱っこして――
「お姫様」
堂々と、中央を突っ切る。
ざわつきはどんどん大きくなり、ミュールをバカにしていた女生徒は、ぽかんと大口を開き――俺がウィンクすると、歯噛みして顔を逸らした。
「おい、そこの王子様」
中央の講壇に立っているフレア・ビィ・ルルフレイムは、顔をしかめた生徒会役員を片手で制してささやいた。
「その憎たらしい面の厚さの宣伝は良いから、とっとと座れ」
「廊下に立ってなくて良いんですか?」
「バケツの代わりにお姫様抱えて、廊下に立たされる生徒がいるかよ。座れ」
少し探すと、仲良し三人組の姿が目に入る。
並んで座っているラピス、レイ、月檻……月檻の左隣に座ると、彼女は苦笑して、俺の頭のコンクリート粉塵を払う。
「どこで遊んで来たらそうなるの?」
「教えてやっても良いけど、もう、あそこに行っても瓦礫しかねぇよ?」
月檻の隣に座っていたラピスは、俺の膝の上ですやすやと眠るミュールを凝視し、そわそわと身体を動かす。
「あ、あの、ヒイロ?」
「なに?」
「付き合って」
上目遣いで、ラピスは、俺を窺う。
「ないよね?」
「あの……ラピスさん、俺、婚約者いるからね……憶えてる……よね……?」
俺が問うと、顔を赤くしたラピスは、あわあわと頷いた。
「あ、あ、あっ! そ、そうだよね! うん!! 婚約者、いた!! ね、桜!? ヒイロ、婚約者いるよね!?」
「そんなのいたっけ?」
「…………(沈黙の妹)」
遅刻してきておいて、雑談に花を咲かせるわけにもいかない。
俺は、人の膝によだれを垂らして眠るミュールのデコをぺしぺし叩き、不満そうに唸った彼女を無理矢理起こす。
「舞踏会に遅れて来た姫と王子には朗報だが、丁度、説明は始まったばかりのところだ。
中央の三次元像に注目してくれ」
鳳嬢魔法学園の行事を司る生徒会、その長であるフレアの合図で、大講堂の中央に三次元像が投影される。
そこには、つい先日、フレアに案内された三寮戦の舞台が映り込む。
各寮の本拠地となる武家屋敷、散らばる建造物、聳え立つ黒柱……基本ルールを理解している二、三年生は、その戦場の規模感に驚愕し、まともな情報を持っていない一年生は楽しそうに笑っていた。
「コレが、三寮戦の舞台。
本年度の三寮戦は、例年通り、大規模駒戯戦を執り行う」
二、三年は、当然だと言わんばかりに頷き、一部を除いて、一年生たちは「なにそれ?」と顔を見合わせた。
「大規模駒戯戦のルールを説明する。
各寮の参加者、辞退者含めず、朱は181名、蒼は180名、黄は179名。総勢、540名は、寮長から各種駒として指名され、ある駒は敵寮の首級をあげるために戦い、ある駒は自寮の首を護るために戦う」
戦場がクローズアップされ、対になっている黒柱に注目する。
黒柱の間に、蒼白い線が浮かび上がり、点線付きの矢印がその線を指して『戦線』と名称を刻んだ。
「すべての駒には、移動制限が齎される。
それが、戦線だ。コレは、各寮の本拠地から1km間隔で配置されている黒柱によって管理され、開始時、各寮の全ての駒は1km地点にまでしか移動出来ない」
「つまり、各寮は、開始時から相手の本拠地には攻め込めないということですね」
「でも、攻められないならどうするの?」
レイとラピスの会話に応えるかのように、戦場上の建造物が拡大される。その屋上にある敷設型魔導触媒器……逆開傘と表記されたソレが、くっきりと表示された。
「この建造物は、占拠地と呼称され、対になっている黒柱の間に3個ずつ存在している。
各寮の駒が、この建造物に入ることで時間計測が開始され、1分間の占拠を続けることでその寮の占拠地となる。占拠された占拠地は、次の占拠地までの道を開く。
つまり」
三つ並んだ建造物。
本拠地から1km先にある、一番右の建造物が赤色に染まり、朱の寮の占拠地に変化する。
変化が起きた瞬間、三本の矢印線が、次の1km先にある建造物へと繋がる道を示した。
「左から、この占拠地をTop、Mid、Botと呼称するが、このいずれかの占拠地を占拠しなければ、次の1km先にあるTop、Mid、Botの占拠地へと駒が移動することは出来ない」
「相手の本拠地に攻め込んで、敵寮の寮長の首を取るには、道中の建造物を占拠していかないといけないってことね」
「…………???」
「つまりね」
ミュールのために、元ネタのゲームについて解説しながら俺は足を組む。
その間にも、フレアの説明は進む。
「占拠地の屋上にある敷設型魔導触媒器、逆開傘は黒柱と同期しており、各寮の駒を認識している。
そのため、占拠地を得た寮の駒のみが、通行を許される」
「一回、占拠されたら占拠し返せないのかな?」
「敵寮に占拠された占拠地は、1分占拠することでどの寮も占拠していない空白地に、もう1分占拠することで自寮の占拠地にすることが出来る。
ただし、各寮の駒が同時に占領を進めている場合、人数差によって占拠地が占拠されるまでの時間が変化し、最終的には人数が多い方の寮が占拠に成功する。
通路を進んでいる最中に、占拠地を敵寮に奪われた場合、その駒は強制的に自寮の本拠地にまで弾き出される」
月檻の独り言が聞こえたかのように、フレアはすらすらと答えた。
「一対の黒柱は、6本設置されている。3つ並んでいる占拠地が、三列分存在しているわけだ。
つまり、敵寮の本拠地に辿り着くには、その間に存在している三ライン分の建造物……最小、3つの占拠を行って保持する必要がある」
恐らく、コレは、図として視ないと分かりづらい……俺は、改めて、説明と図解を基に脳内で全体図を構築する。
生徒たちの間でも、困惑している者がいたが、その顔色を読み取ったかのようにフレアは続ける。
「質問は、随時、受け付ける。各寮の掲示板、三寮戦の参加予定者の魔導触媒器には、この説明会の後に配布する小導体を通して説明書きの配布も行う。
では、次に、残機について説明する」
フレアに付き添っていた生徒会役員は、おしとやかに前に出てくる。
紅と黒に染まっているジャケットとロングスカートを着ている彼女は、大仰な手袋を嵌めており――唐突に、フレアは、彼女に火球を叩きつけた。
甲高い悲鳴が上がり、熱波が生徒たちの顔を煽って。
傷一つない生徒会役員は、平然とした顔つきで、優雅に一礼して後ろに下がる。
「特注の戦装束だ。
鳳嬢の制服と同じように鎧布で出来ており、周囲の魔力を集積する。ルルフレイム家が開発に専念し、対衝対斬対撃、なんでもござれの対魔障壁を構築し、魔力を介したものであれば着用者に攻撃を通さない。
まぁ、寿命はカスで、1日しかもたない上に実用には程遠い高額さだが……余談はともかく、三寮戦の参加者はこの戦装束を着用し、HIT管理をしてもらうことになる」
こんこんと、ジャケットを叩きながらフレアはささやく。
「各駒によって、攻撃を当てられても良い回数は決まっており、規定以上の攻撃がHITした時点で、戦装束は着用者を拘束する。特に痛みはないが、係の者が解除するまで一歩足りとも動けず魔法も使えない。
この状態になった時点で、その参加者は退場だ。安全管理の都合上、この戦装束を着用しない者の参加は認めない。オシャレに人生を懸けているものは、残念だが、今回の参加は諦めてくれ。
では、次に、駒の説明を実施する」
電子音と共に、表に記載された各寮の人数を示した数字が回転し、その数はどんどん減っていき――どの寮も、『1』を示した。
「王」
ぶぅんと、いう音と共に。
戦場の前に、王冠をかぶり、宝杖をもった人形の駒が浮かび上がる。
「この駒は、寮長のことを示している。
ご覧の通り、寮長が倒されなければ、たとえ、各寮の残人数が『1』になろうとも敗北にはならない。逆に、王が倒れれば、その時点でその寮は敗退となる。
この駒は、本拠地間の移動しか行えないが、戦場全体を俯瞰出来る千里眼が与えられる。残機は2」
「…………」
本拠地間、ね。
「軍師」
その王の背後に、ひっそりと床几に座った駒が表示される。
「この駒は、各寮、一名のみ指名出来る。
王とは違って、移動の制限が行われない上、王とおなじように戦場全体を俯瞰出来る千里眼が与えられる。ただし、残機は1だ」
原作通りの説明に、俺は頷く。
「射手」
王と軍師の後方を囲むように、弓を構えた駒が宙空に描かれる。
「本拠地と占拠地に居る間、戦装束の魔力集積量が1.5倍になる。残機は3だ」
何時になく真剣に、ミュールは、隣でうんうんと頷いていた。
「魔術師」
射手の裏に隠れるように、杖をもった駒が現れる。
「本拠地と占拠地に居る間、自動訓練人形を生成することが出来る。また、本拠地と占拠地間で、魔術師以外の駒を転送することが出来る。残機は1だ」
無言で、月檻は、表示されている魔術師の駒を見つめる。
「兵士」
王と軍師の前に、立ち塞がるようにして、剣を地面に刺した駒が浮かび上がる。
「本拠地と占拠地以外に居る間、戦装束の魔力集積量が1.5倍になる。残機は5だ」
フレアは口をつぐみ、生徒間で、安堵にも似た緊張の緩和が広がっていった。
コレで説明は終わりかと、生徒たちが顔を見合わせた瞬間――
「そして、最後に」
フレアは口を開き、大講堂は静まり返る。
「死神」
大鎌を持ち、黒衣を纏った骸骨が、王の真上に出現する。
「条件を満たした際に、15秒間、戦場に解放することが出来る。残機は1。
この駒は、一名に限られるが――」
フレアは、笑う。
「この世界に存在する人間であれば、誰を指名しても構わない」
大講堂が、どよめきに包まれ、フレアはささやいた。
「後日、開催を予定されている会見で、各寮の寮長には『死神』の駒を発表してもらう。
各寮の寮長は、それまでに――」
フレア、フーリィ、ミュールは視線を交わし合う。
「敵の首を刈り取る死神を用意するように」
衝撃の濁流に呑まれた大講堂は、ざわめきとどよめきに支配され――足を組んだまま、俺は、うっすらと笑みを浮かべた。