接ぎ人《アルス・マグナ》
無極導引拳は、言うなれば、相手と自分の間に『線』を引く拳術だ。
生来の魔力不全によって、魔力線の型を持たないミュールだからこそ可能とする術。自由自在に魔力線を作り、伸ばし、繋ぐことで完成する拳の形。
それは、相手を伴って体現される。
逆に言えば、相手を伴わなければ、その形が作られることはない。
不全――損なわれているミュールは、誰かを前にした時にだけ、失われたものを取り戻すことが出来る。
「…………」
夜半、廃ビル、柱の前に俺は立つ。
靴も靴下も脱いで、足裏を冷たいコンクリに付ける。
研ぎ澄ます。
眼前に視える白い柱が、蒼白く光り輝き、見開いた両目に不全が視えてくる……歪んだ視界の只中で、揺らぎに染まった欠損、そこを満たすように足裏から伸びた魔力線が柱に絡みつく。
瞬間。
息を吐いて、俺は――斬った。
鞘から解き放たれた光刃は、目の端で閃光となって弾け、その分厚い柱を半ばから両断し――俺は、刀を鞘に収めた。
「……お見事」
師匠は、俺が切断した柱に触れて微笑む。
凄まじい緊張で、凝り固まった筋肉から力が抜け、俺はほうっと息を吐く。
「師匠、コレってさ」
俺は、その威力の凄まじさに笑う。
「原理上、斬れないモノはないんじゃないの?」
「いえ、魔力線を通して、魔力が通っている人間は斬れませんよ。下手に接続すれば、呪衝で死ぬので。初見で切断出来るのは、魔力線を備えない無生物のみです。
最初から導線を引いて魔力を通すように設計されている魔導触媒器なんかも無理でしょうね」
「師匠は、コレ、なんて呼んでるの?」
銀髪の美しいエルフは、薄暗闇の中でニヤリと笑う。
「接ぎ人」
笑みを返した俺は、鞘に収まった刀を見つめる。
接ぎ人は、抜刀術の一種だ。
原理は至極簡単で、自分の体内から体外へと魔力線を伸ばし、無生物へと接続を行ってその接続箇所を『魔力で焼き切る』。
焼き切る……という表現が、正しいかはわからない。
本来、魔力線を持たず、魔力を持ち合わせない無生物は、魔法士にとって不全状態にあるとされている。魔法士間で共通する考え方では、この世に存在する森羅万象、すべての事物には、魔力が通っていて当然ということだ。
接ぎ人によって、無生物に魔力線を無理矢理通した場合、それは不全から完全なる状態へと裏返る。
事物に魔力が通るとどうなるか。
魔力が流れた箇所は、その瞬間だけ、存在しないことになる。
魔法士の間では、魔力が流れている事物は完全という共通認識があるにも関わらず、実際に魔力を流してみれば不全へと至る。
なんとも皮肉な結果であり、自らの手で事物を不全へと至らせる魔法士を助手扱いし、『接ぎ人』と書いて『大いなる術』なんて読ませる師匠はとんでもない皮肉屋だ。
接ぎ人は、無生物に魔力線を通して魔力を流し込み、その箇所に『不全』を作り出し、その瞬間に切断を行うことで不存在を確定させる荒業だ。
魔力線接続、抜刀と切断、魔力線破棄。
この一連の流れを神速で行う必要があるので、抜刀術が推奨されるが……恐ろしい集中力を要するので、二躬(二の太刀)に転じることが出来ず、溜めの動作が必要なため使える場面が限られる。
ただ、師匠が言う通り、接ぎ人を用いれば、斬れない無生物は存在しない。
言うなれば、コレは、不存在を存在させる剣。
矛盾剣とも言える皮肉に塗れた太刀筋であり、信心深い魔法士であれば使用どころか存在を厭う不信心な一刀だろう。この世界での使い手は、師匠とその教えを受けた俺くらいじゃないだろうか。
接ぎ人は、無極導引拳を基にした技だ。
正確に言えば、唯一生き残ったエンシェント・エルフが、暇つぶしに考えた技が接ぎ人であり、そこから着想を受けて師匠が編み出したのが無極導引拳のため、基礎はこちらの抜刀術だと言える。
しかし、魔法士の基礎理念を粉々に破壊し、何食わぬ顔で囚獄疑心を作り上げ、種族そのものを崩壊に追い込んだエンシェント・エルフは……原作でもやべぇヤツ扱いだったが、なんとも言い難いおぞましさを覚える。
そんなエンシェント・エルフが作り上げた黒戒と呼ばれる魔導触媒器は、いつの間にやら、俺の身体の一部のように引っ付いているわけだが、正直、こんなものはもう使いたくない。
接ぎ人と無極導引拳は対になる技術であり、接ぎ人は魔力を持つ者にしか使えず、無極導引拳は魔力を持たない者にしか使いこなせない。
基礎となる魔力線を持つ俺は、生物に魔力線を伸ばすことは困難だが(魔力線を共有するには、恋人同士のように対象と四六時中一緒にいる必要がある)、基礎となる魔力線を持たないミュールは瞬時に魔力線を伸ばして構築することが出来る。
逆に、俺は、基礎となる魔力線を持つため無生物相手に魔力線を伸ばすことが出来るが、基礎となる魔力線を持たないミュールは、模倣を行う魔力線が存在しないため、無生物相手に魔力線を伸ばすことが出来ない。
となると、無極導引拳は、無生物相手には無力とも言える。
かと言って、抜刀術すら未熟で、現状の成功率が20%程度の俺の接ぎ人では、柱ひとつ倒すことすら難しい。
そんなミュールと俺に、師匠は『このビルを倒せ』と課題を与え、玉のような汗を浮かべた俺は、手のひらの皮をズタズタに破きながら居合の型を繰り返し、汗だくのミュールは柱に手のひらを叩き込み続けた。
一昼夜、そんなことを続けているうちに。
心が折れたミュールは、わんわん泣きながら、俺の膝の上で泣くようになっていた。
「無理だろ、こんなのぉ~!! 無理だ無理だ無理ぃ~!! ヒイロをふっ飛ばすくらいなら簡単なのにぃ~!! もう、わたしは、やめたぁ~!!」
「…………(疲労で声が出ない)」
「簡単なんですけどねぇ、ちょっと発想を捻れば良いだけの話で」
モス○ーガーのオニオンフライを食べながら、師匠は、ぺろぺろと指先についたハンバーガー・ソースを舐める。
「いやしかし、モスのオニオンフライは絶品ですね……こう、すべてが計算尽くされている……ハンバーガーが在って、オニオンフライが在る……どちらかが欠けてもダメなんですよ、指先についたソースをぺろぺろしながら食べるオニオンフライのなんと美味しいこと……270円は伊達じゃないということですか……」
「ひとりで孤独グルメかましてねぇで、俺のテリヤキバーガー買ってこいや!! 画面にたっぷり割り引きクーポン、ぶち撒けてやるから、とっとと大きく通信口開け!! オラッ、早く開け、オラッ!!」
「カウンタースペル発動ッ!!」
師匠は、格好良く腕を払って叫ぶ。
「押印爆撃!!(ポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッ)」
「やめろ、悲しくなるだろッ!! 有料スタンプの買い方を知らないから、無料スタンプを連打するしかない物悲しさが俺の心をえぐる!!」
「師を超えられる弟子はいないッ!!(ポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッ)」
俺が禁忌に手を染めると、師匠が手(物理攻撃)を出してきて、手どころか足も出ずに俺は降伏を選ばざるを得なかった。
鍛錬を中断した俺たちは、車座になって、ハンバーガーに舌鼓を打つ。
「ハンバーガーって、ナイフとフォークで食べるものじゃないのか……?」
「ふふっ、可愛らしいことを言う。
ミュールは、世間を知らない箱入り娘ちゃんですね。ナイフとフォークで食べたら、ソースがついた指をぺろぺろ出来ないじゃないですか」
「世間知らずはお前だ、420歳」
師匠の指ぺろを改善しようとすると、ガチで抵抗され、俺は420年の歴史を持つ無作法に敗北を喫する。
「しかし」
コーラをごくごく飲みながら、師匠は微笑む。
「直ぐに挫けるかと思えば、よく続く……ミュール、貴女の努力には敬意を払いますよ」
フレアに煽られたのが効いたのか。
俺を相手に自己練すら行って、無極導引拳をものにしてきたミュールは、えっへんと胸を張って腕を組んだ。
「当然だ! わたしは、黄の寮の寮長だぞ! 寮生がバカにされて、黙っていられるか! あのトカゲのしっぽを引っこ抜いてやる!!」
「ええ子や……!!(号泣)」
「でも、もう、痛いし疲れたからやめる!!」
「悪い子や……!!(激怒)」
「あははあははっ!! じょ、じょうだんだ、じょうだぁん!! く、くすぐるなっ!! ひ、ひきょうもの!! あははははっ!!」
猫みたいに丸くなったミュールをくすぐっていると、抵抗した彼女の手のひらが俺の胸郭に入って、魔力線の接続と同時に吹き飛ばされる。
俺は、真顔で、むくりと起き上がる。
「え、なんですか、やる?(無表情)」
「うわぁ! コイツ、気ぃ、短ぁ!」
つい癖で、俺は、居合の構えを取る。
そこに、ミュールが浮歩で跳んできて不意を突かれ、俺は再び宙空を飛び――さっきまで、自分が立っていた床に亀裂が入っていた。
「…………あ?」
受け身をとった俺は、くしゃくしゃに丸められたハンバーガーとオニオンフライの包装紙を見つめ……ようやく、解けた。
「あぁ、そうか、ミュール」
俺は、ニヤリと笑う。
「このビル、倒れるぞ」
「…………」
ミュールは、ゆっくりと構えを解いて――
「はぁあ!?」
師匠は満足そうに頷き、俺は満面の笑みを浮かべた。