寮長の在り方
「規模が」
山ひとつ、丸ごと、戦場になっている三寮戦の舞台を視て、俺は、思わずつぶやいていた。
「凄まじいな」
「ひゃっはっは、この程度で驚いていたら身がもたんぞ。人間の心臓は、龍と比べてみればミジンコなみだからなぁ。
実際に、三寮戦が始まれば、そこら中が寮旗と兵隊で埋め尽くされ、魔法が飛び交い、剣刃の嵐に包まれる。喉元に喰らいついてくる各寮の猟犬どもが、この山中を駆けずり回ることになる」
鬱蒼と生い茂る樹木の下からでも、天高く伸びる黒柱が視えた。
コレは、何メートルあるのだろうか……12メートル……いや、15メートルくらいか……電柱よりも一回り太い黒柱は、物言わずに鎮座しており、不気味に黒光りしながら沈黙を保っていた。
「戦線を引くための敷設型魔導触媒器ですか?」
「それだけじゃない」
笑いながら、フレアは、山中に紛れるように佇む廃墟の屋上を指差す。
「あの黒柱は、占拠地の屋上にある敷設型魔導触媒器……逆開傘と同期していて、占拠地を占拠する度に駒の戦線が広がる仕組みになっている」
「占拠地の占拠には、何分かか――」
「おいおぉい」
フレアは、ぽんぽんと俺の頭を叩く。
「ルール説明は、今週の金曜日に大講堂で、だ。
逸るなよ、一年坊。きみが幾ら焦ったところで、時計の針が進むことはなく、学食のメニューは水曜日のままだ。赤ワイン煮ビーフシチューが食べたければ、お行儀よく席に着き、金曜を待ち望むしかないんだよ」
「そいつは失礼。
鼻元にまで料理皿を持ってこられて我慢しろと言われても、こっちはあんたの忠犬に成り下がった覚えはないんでね」
「おいおぉい、可愛くよだれを垂らしておねだりするなよ」
「ヒイロ、ビーフシチューが食べたいなら、リリィに作ってもらえるぞ! 今日が良いのか!?」
「「…………」」
俺とフレアは、にっこりと笑って、同時にミュールの頭を撫でる。
不思議そうに俺を見上げて「それとも、白いシチューが良いのか? ハンバーグか?」と、服を引っ張ってくるミュールを横目に、腐葉土を蹴散らしながらフレアは歩き始める。
「シチューの話は良いから付いてこい。まだ、昼飯も食ってないのに、夜に想いを馳せることはないだろ。
ひゃっはっは、良いもの見せてやる」
こちらに背を向けて、ちょいちょいと、指で招いてくるフレアに付いていく。
廃墟の屋上へと上がっていったフレアは、円状に龍の牙を括り付けた魔導触媒器を取り出し画面を呼び出す。
なにをするのだろうかと、見守っていると――床から染み出してくるかのように、蒼白い人影が現れる。
「自動訓練人形ですか」
「三寮戦に向けて調節中でなぁ、コレと対戦してくれる相手を探していた。
我が寮の貴重な人財を使って、調整するのもどうかと思ったところで、清く正しい心を持つ吾は、丁度良い三条燈色がいることを思い出したわけだ」
俺は、やれやれと肩を竦める。
「なぁに、調子こいて、個人名でロックオンしてるんですか。
言っておきますが、この俺が、そう簡単に敵寮の言うことを聞くと思ったら大違――」
「マリ○て、全部読んだぞ。
吾は、聖×祐巳……貴様は?」
「蓉×聖(九鬼正宗を構える)」
頭の先からつま先まで、推しカップリングで満たされ、研ぎ澄まされた俺は自動訓練人形を前にする。
音もなく、自動訓練人形は長剣を掴み取る。
「あ?」
が、その数は、六本もあった。
当然、それを扱うための腕も六本あるわけで。
風切り音と共に、凄まじい勢いで、それらを振るい始めた自動訓練人形に圧される。重みのある剣戟を受けた俺は、光刃で勢いを流しながら下がる。
ヘリコプターの回転翼みたいに。
急激な勢いで、両刃の長剣を横回転させた自動訓練人形は、腰の左右から二本ずつ足を吐き出した。
「多ければ良いってもんじゃないと思いますよ!!」
「胸は大きいほど良いのにか!?」
「フレンドリーファイアONにした覚えないんだから、黙っててくれます!?」
理不尽にも程がある精神攻撃と共に、現実に迫る斬撃、ひとつひとつ角度をつけて弾き飛ばす。
「よっ、ほっ、とっ!」
六方向から迫る剣刃を受けながら、階段にまで下がる。
そのまま、屋内へと逃げ込むと、六本足を壁に突き刺し、シャカシャカと天井に上がった自動訓練人形が先回りしてきて――
「はい」
上方。
振り落とされた剣に合わせて、タイミング良く刀を振るう。
「ワン」
一本、また一本、テンポよく腕を切り飛ばす。
「パターン」
最後に、右の三本足を切り落とし、跪いた自動訓練人形の額に鞘を投げつける。
ゴッ。
鈍い音が聞こえ、小刻みに震えた自動訓練人形は、大量のエラー表示と共に消え落ちる。
落ちてきた鞘を掴むと同時に、腰に差し、放り投げていた刀を腰元の鞘で直接受け止め――軽やかな金属音と共に、俺は、笑みを浮かべた。
「お見事お見事」
パチパチと、手を打ち鳴らしながらフレアは笑う。
「不純異性交遊で退学処分になっても、大道芸人として生きていけるなぁ。
で、ご感想は?」
「パターン数が少なすぎ。思考判断が遅すぎるし、相手に有効打を与えることしか考えてないせいか、フェイントとか混ぜて来ないから実戦っぽくない。
でも、殺意とか感情が混じってないお陰か、予備動作がほぼないのもあって攻撃は読みにくいかも」
「ひゃっはっは、本当に男かよ、きみは。あの自動訓練人形に余裕をもって勝てる一年は限られるぞ。
それにしても、大した戦術眼だ……この間、同様のお願いをした女性も同じようなことを言ってたよ」
「あ? 誰?」
「それは、三寮戦までのお楽しみだなぁ」
「……で」
俺は、苦笑する。
「なんで、今日は、こんな僻地にまでお招きしてくれたの? 普通、こういうのって、敵寮には見せたりしないんじゃない?」
「どうせ、金曜にはお披露目だからな。
ひゃっはっは、吾ときみの仲なんだから、特段、不思議なお誘いというわけでもないだろぉ? それに、将来的には、転寮後のきみには吾が持つ業務のいくつかを振るつもりだし、多少なりともこういった舞台裏も見せてやらないとな」
怪しく光る瞳で、フレアは俺を捉える。
「ついこの間、きみに教えてもらったばかりだろ……人財の活かし方というものをな」
「舐め腐ってんねぇ」
「なにを言う、当たり前だ。
人に舐められたくないなら結果を、龍に舐められたくないなら」
フレアは、俺の後ろで縮こまるミュールを睨む。
「人の身でありながら、剣を取り、その鱗に刃を立てるしかない」
「…………」
俺の腕を掴んだミュールは、なにか言いたそうに顔を上げ、フレアの眼差しを受けた途端に萎縮して顔を伏せる。
「……コレは、独り言だが」
指先に火を灯したフレアは、薄暗い室内で、顔の半分を赤らめた。
「どんなに優秀な人間でも、上がダメならダメになる。
朱に交われば赤くなる……悪いことは言わないから、吾の色に染まれ……黄色は、腐りかけの色だ」
「…………」
「それでも、きみがその色を選ぶなら」
フレアは、苦笑を浮かべる。
「人と財を視る眼がない。
所詮、そこまでの人間ということだ」
敢えて、俺は、反論せずに押し黙る。
俺がなにか言ってくれると思っていたのか、ミュールは戸惑うように俺の手を引いたが、無視を決め込んで反応しない。
次に、ミュールは、救いを求めるようにレイを見上げた。
「…………」
俺の意図を汲んだレイは、目を伏せて黙り込む。
きょろきょろとしながら、涙を目に溜めたミュールは、最後にフレアのことを下から上に睨めつけ――睨み返され、びくりと震えながら目を逸らした。
フレアは、これ見よがしに大きなため息を吐く。
「帰るか、興が冷めた。
三条燈色、きみにはガッカリだ……吾の目も鈍ったか。ココまで、価値のない人間だとは思わなかった。
まぁ」
口端を歪めたフレアは、俺を嘲り笑う。
「所詮、きみは、スコア0の男だからなぁ。
言うなれば」
笑いながら、フレアはささやく。
「似非だ」
くるりと背を向け、フレアは立ち去ろうとし――
「…………ぅ」
ゆっくりと、歩を止めた。
「なにか」
手のひらに巨大な炎球を作り出し、赤髪を逆立たせたフレアが振り向く。
「言ったか?」
「…………がぅ」
俺の腕から手を離し、震えながら、ミュールは前に出た。
彼女は、俺を護るように眼前に立ち、眦に涙を溜めながら言った。
「ち、ちがぅ……ひ、ひいろは……価値のない……人間じゃない……お、お前は、ま、まちがえてる……」
「はぁ? なんだって?」
「お、おまえは……おまえは……っ!!」
恐怖で震えながら、ミュールは、俺の前で叫んだ。
「まちがえてるっ!!」
「……ほう」
炎炎と。
燃え盛る火炎をその身にしがみつかせ、灼熱を帯びた龍人は、遙か高みからミュールを見下ろした。
「言葉だけか、矮小な人間、愚かな口先魔。
なにをもって、その言を実とする」
その炎を両目に映し、瞳を赤くしたミュールは、ガクガクと震えながらフレアを見上げる。
甚振るように、ゆったりとフレアは言葉を紡ぐ。
「オマエは、いつもいつも、口先だけだなぁ似非……三条燈色は、オマエを選ぶというが……オマエは、ただ、吾の前でガタガタ震えるだけのクソガキだ……戯言で場を濁すだけのチビの道化が……口にしたことを証明するために……オマエは……」
フレアは、龍口を開いて咆哮する。
「なにをすると訊いている、ミュール・エッセ・アイズベルトッ!!」
その圧に敗けて、よろけたミュールは、ぺたんと尻もちをつく。
ぐすぐすと、鼻をすすりながら、彼女は俺を振り返った。
「…………」
ただ、俺は、彼女を見つめ返す。
数秒間、俺とミュールは見つめ合って。
黄の寮の寮長は、手の甲と袖でぐしぐしと目元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
息を、吸い込む。
深呼吸をしたミュールは、大きく口を開く。
「お、おまえをたおして……」
ぱくぱくと、口を動かしながら、ミュールは言った。
「黄の寮を……わたしの寮を……」
とぎれとぎれでも。
彼女は、自分の足で立ち、自分の口を開き、自分の言葉を吐き出した。
「優勝させる……だから、フレア・ビィ・ルルフレイム……おまえは……!!」
そして。
ミュール・エッセ・アイズベルトは、己の意思で叫んだ。
「まちがえてるっ!!」
「ほぉう」
フレアは、嬉しそうに笑む。
「魔法が使えない分際でか」
「そ、そう……だ……」
「どうせ、三条燈色に頼るんだろう?」
「ち、ちがう……お、おまえごとき……」
ミュールは、ぴくぴくと頬を痙攣させながら微笑む。
「わたしひとりで……じゅうぶんだ……」
「…………」
フレアは片腕を振りかぶり、ミュールは両眼を見開いて――ふっと、炎は消えて、満足そうな龍の笑みだけが残った。
「それで良い」
フレアは背を向けて歩き去り、ミュールはその場にへなへなと座り込んだ。
俺は、笑いながら、ミュールの肩を叩いた。
「ちょっとウィットは足りませんでしたが、良い啖呵の切り方でしたよ。
レイ、寮長を頼む」
フレアに追いついた俺は、彼女の横に並ぶ。
「すいませんね、悪役なんてやらせちゃって」
「ひゃっはっは、きみがそんなこと気にする性質かよ。絵本に描かれてる龍は、大概が、恐ろしくて卑怯な悪役だぜ?
こういうのは慣れているし、きみの依頼は『ミュール・エッセ・アイズベルトに、寮長の在り方を教えて欲しい』だろ?」
ぽんぽんと、フレアは俺の肩を叩く。
「悪いが、吾は、こういう教え方しか出来ない。
人間流を知らんからなぁ」
「十分以上ですよ、最高の演技でした」
こういった別れ方をするのは、織り込み済みだったのか。
抜かりなく、帰りのヘリコプターは二台用意されており、フレアはそのうちの一台に乗り込む。
「なぁ、三条燈色」
声をかけられ、俺は、ヘリコプターから距離を取る。
「きみは演技と言ったが、アレには吾の本心も混じってる」
ゆっくりと、回転翼が回り始める。
「ミュール・エッセ・アイズベルトが、吾の目に適わない存在であれば……幾ら磨いても、光ることがない璞だとわかれば……三寮戦でその実力を示すことが出来なければ……」
影が差して、フレアの顔は真っ黒に焦げ染まる。
「取るに足らない財は、炎熱でその偽身ごと溶かし尽くすしかない」
離陸準備が整って、陽光を浴びたフレアは満面の笑みを浮かべる。
「だから、精々、励めよ……人間」
強風に煽られた俺は、かき乱された髪は気にかけず。
ポケットに両手を突っ込んだまま、飛び去っていく機体を見上げ口端を曲げる。
「上等だ」
師匠からの連絡。
俺は、スタンプ爆撃を受けながら、苦笑してミュールを呼びに行った。