舞台挨拶
腰の前でクロスさせる形のシートベルト。
四点式のシートベルトで、ヘリコプターの座席に縛り付けられた俺たちは、迷彩色のイヤーマフを着用しローター音から耳を保護する。
向かい合わせ、三×三の座席。
真ん中に座らされた俺は、ガチガチと歯を鳴らすミュールに左腕を抱え込まれ、笑顔のレイから右腕を抱き込まれていた。
正面の中央席に座るフレアは、ゆったりと足を組み、シャンパングラスを煽っている。
「……それ、酒じゃないよな?」
俺の口の動きを読み取ったのか、微笑むフレアは、口元のマイクを指でつつく。
どうやら、コレは、ただのイヤーマフではなく、機内で会話をするためのヘッドホンとマイクらしい……ミュートを解除した俺が、再度質問を繰り返すと、笑いながらフレアは頭を振った。
「ひゃっはっは、吾は学生だぞ? 未成年がローター音を肴に、アルコールを嗜むかよ。
しかし」
フレアは、俺に向かって、シャンパングラスを掲げる。
「モテモテで羨ましいなぁ、三条燈色くん。
せめて、レイちゃんくらいは、吾に酌をしてくれる綺麗所として残しておいてもらいたいものだが」
「嫌です。
私がお酌するのは、お兄様だけです。せっかくの機会なので、お兄様にはたくさん甘えます」
そう言って、ニコニコしながら、レイは俺の肩に頭を預けてくる。
「ひ、ヒイロぉ……こ、コレ、墜落しないよなぁ……なぁ……?」
俺に掴まっていないと、直ぐにでも落下すると言わんばかりに、ミュールはぎゅうっと俺に縋ってくる。
「…………」
「三条燈色、きみ、顔色が……普通、そんな美少女に囲まれたら嬉しがるんじゃないのか……その苦役に耐える受刑者みたいな顔は……なんだ……?」
最近、こんなのばっかりで、哀しみに拍車がかかる俺は俯く。
こうならないために、席の位置を調節しようと思っていたのに、レイもミュールも図ったかのように俺をサンドイッチして搭乗するし……普通、ひとりくらいは、フレアの隣に行くもんじゃないの?
「お兄様」
レイは、俺の手をにぎにぎして注意を引いてくる。
「視てください、ほら、学園があんなに小さいですよ」
まぁ、でも、レイにとって信頼出来る身内は俺くらいだろうし……現在は、こうやって、甘えるくらいは許してやるべきかもしれない。
そう思って、俺は、笑みを形作る。
「あぁ、ホントだな。
学園が豆粒みたいに視え――」
「ヒイロ」
ぐいぐいと腕を引かれ、俺は、ミュールの方に顔を向ける。
「どうしましたか、やっぱり、酔いました? ゲーしそう? エチケット袋って、確か、座席の下に用意してあるって――」
「ば、バカ、違う! えーと、あのー、ほら、アレだ! み、視てみろ! こっち側からの方が、鳳嬢が視やすいぞ!! ほら!!」
ミュールが指した方向を視て、俺は目を細める。
いや、大して変わらんが。
とは思ったものの、そんなことを口にしてぐずられても困るので、俺は「おー、ホントですねぇ」なんて適当に反応する。
そのまま、身振り手振りで、俺の気を惹いてくる寮長の相手をしていると――俺の指と指の間に、自分の指を絡ませたレイが、物凄い力で引っ張ってくる。
「お兄様、こちら側からは、三条の別邸が視えますよ。懐かしいですよね。コレは、こっち側からしか視えませんよ。
ね、ほら」
「え? あ、あー、そうね?」
「おい」
ミュールは、ガクガクと、俺を揺さぶりながらレイを睨みつける。
「ヒイロは、わたしと話をしてたんだっ! 横入りするな!! 最近の朱の寮の寮生は、順番も守れないのか!!」
「お言葉ですが、先に横入りしてきたのはそちらです。心温まる兄妹の歓談に、貴女の嘔吐物が割り込みしてきたんですよ」
「は、吐いてない!! 吐いてないもん!!
ひ、ヒイロは、黄の寮の寮生で、わたしの側近で、何時もわたしに尽くす義務があるんだっ!! 甘えん坊の妹の世話を焼いてる時間はない!! わ、わたしとヒイロは、他人には推し量れない関係性を築いてるんだっ!!」
「そうでしたか、それは、こちらの預かり知らぬことでした」
余裕の面持ちで、レイは「フッ」と笑みを浮かべる。
「でも、私、お兄様と一緒にお風呂に入ったことがあるので」
ブーッと、フレアがジュースを吹き出し、勢いよく俺の顔面にかかる。
両眼と口を開いたフレアは、わなわなと震えながら俺を見つめる。自分を落ち着かせるためにか、シャンパングラスの中身を口に運ぶ。
「それに、私、お兄様と同衾してるので」
霧状になった液体が、俺の顔にふんだんに振りかけられる。
二度も、人の顔にジュースを吹きかけた朱の寮の寮長は、ゲホゲホと咽ながら顔を赤らめた。
「さ、三条燈色、きみという男は……さ、さすがの龍でも、身内を手篭めにすることはないと言うのに……な、なんてヤツだ……!!」
「レイさん、あのね、そういう誤解を招きかねない発言はやめてね? レクリエーション合宿中に、俺が熱を出した時のことを言ってるんでしょ? 俺の意識がない状態の時のことをカウントするつもりなら骨肉で争っちゃうからね?」
「つ、つまり、三条燈色、きみは妹と付き合っ――」
「わたしは、この間、ヒイロと抱き合ったもん!!」
姿勢を崩したフレアのグラスから、俺の顔に中身がぶち撒けられる。
機内の振動音よりも強く、ガタガタと震えるフレアは、バケモノを視るかのような目つきを俺に向ける。
「き、きみは、自分の寮の寮長にまで手を出してるのか……!?」
「…………(説明義務を放棄した人間の目)」
「聡明なお兄様が、理由もなく貴女を抱きしめるわけがありません。十中八九、ソレは、貴女の妄想か勘違いです。
命とお兄様の妹権を懸けます」
「そ、そっちこそ、勘違いだっ!! お前とヒイロは兄妹なんだから、一緒に風呂に入ったり寝たりするわけないもん!! どうせ、ヒイロの優しさに付け込んで、さも本当にあったことみたいに語ってるんだろ!?」
「違います、紛うことなき事実です。どう足掻こうとも、真実です。なにがあろうとも、誠の一字です。桜さんとラピスさんが証人ですし、お兄様の存在がこの事実を証明しています。
私たちは、四人でお風呂に入った後、抱き合って眠りに落ちました」
「……人間は、恐ろしい生物だな」
ギャーギャーと、俺の両脇で喧嘩するふたりを余所目に。
俺は青空を見つめて雌伏の時を過ごし(※現実逃避ではない)、どうにか正気を保ったまま、ヘリコプターは飛行を続け……目的地が視えてくる。
山地と丘陵地が国土の七割を占める日本では、珍しくもない森林と山裾、雄大な自然が目下を支配していたが……そこには、切り開かれた広場があり、建造物があり、敷設型魔導触媒器があった。
人の手が入った自然の中で、三方に分かれた武家屋敷が異彩を放っていた。
赤色の獅子、青色の一角獣、黄色の鷲。
各寮の象徴が地面に描かれており、円状に描かれたその象徴の中心に瓦葺きの武家屋敷が据えられている。
黒柱型の敷設型魔導触媒器は一対のペアで、等間隔に並べられており、空の上から視てみれば、その間になにかの線を引いているかのようだった。
切り開かれた広場全体に散らばっている建造物は、コンクリートの無機質な素体を晒しており、その目的用途が限られることがわかった。森林に隠されているソレらの屋上には、傘を逆に開いたみたいなパラボラアンテナ状の敷設型魔導触媒器が立っている。
その巨大な場を見下ろし、フレアは笑みを浮かべた。
「ようこそ」
彼女は、燃えるような瞳で俺を見つめる。
「三寮戦の舞台へ」
ゆっくりと、ヘリコプターは、その舞台上へと下りていった。