表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/363

先達に学ぼう!

 サングラスとマスクを着けたミュールが、こっそりと顔を出した。


 その背後で、純白の仮面を着けた俺が、拳銃プラモデルを構えて壁に身体を押し付けながら様子をうかがい――走り出す。


「Follow me!!」

「いや、ちょっと待て」


 軽快に走り出した俺は、服裾を掴まれて盛大にずっこける。


「ちょっとぉ!! 『Follow me!!』は『付いてこい!!』って意味ですからね!? なんですか、日本語で欲しかったんですか!? 欲張りだなぁ!?」

「そんなどうでも良いことで、いちいち引き止めたりするか!

 他寮の寮長から、寮長としての姿勢を学ぶべきという話はわかるが、そもそも」


 サングラスとマスクを外したミュールは、眼前に広がる朱の寮(ルーフス)を指差す。


 赤色の獅子しし


 朱の寮(ルーフス)象徴シンボルたる獅子は、無機質な眼差しを訪問者へと向けている。


 ルルフレイム家の支配下に置かれている朱の寮(ルーフス)には、映像投影用の敷設型魔導触媒器コンストラクタ・マジックデバイスが設置されており、敷地内に入ると自動的に魔力が伝達されて、ドラゴンの巨影が空間投影されお出迎えしてくれる。


 その巨大な寮は、あたかも、光り輝く宝物庫のようで。


 そこに潜む龍の存在を如実にょじつに感じさせ……栄耀栄華えいようえいがのコンセプトのもと、その外観も内観も、豪華絢爛で塗り固められていた。


「なんで、変装する必要があるんだ?」

「えっ……」


 俺は、仮面を外して、銃のプラモデルを懐に仕舞う。


「そっちの方が……ワクワクしません……?」

「殴るぞ、グーで」


 『まじめにやれーっ!!』というお言葉を頂戴ちょうだいしながら、ミュールにぽかぽか殴られていると、見覚えのある姿が視界に入ってくる。


「あ、黒砂こくささん」

「…………」


 頭からつま先まで、純黒で身を包んだ黒砂こくさあいは、長い髪で顔の大半を隠し、陰鬱さを引き連れ歩いていた。


 恐らく、大圖書館アーカイブに向かうのだろう。


 寮門に向かってきた彼女に向かって、ミュールは「おい、黒砂こくさあい」と声をかける。その可愛らしい声は、耳に届かなかったのか、えて無視しているのか、本を抱えた彼女は脇を通り抜けていく。


「おい、こらーっ!! 無視するなーっ!! おまえーっ!!」

「寮長、どうどう。きっと、急いでるんですって。

 黒砂こくささん、この間、怪我の手当てしてくれてありがとね」


 立ち止まるとは思わなかったが。


 ぴたりと静止した黒砂こくさは、髪の隙間から赤い瞳でこちらを見つめる。


「……誰?」

「ミュール・エッセ・アイズベルトだ!! 黄の寮(フラーウム)の寮長で、お前の敵だぞっ!! 眼中に入れろっ!!」

「…………」


 考え込むように止まっていた黒砂こくさは、俺の顔を見つめたまま、合点がいったかのように頷いた。


「……あのまま、死ねば良かったのに」

「言葉と行動が裏腹では?」

「……もう治った?」

「お陰様で」

「…………」


 寮長には一瞥いちべつもくれず、うつむいた黒砂こくさは、しずしずと去っていった。


 相手にすらされず、怒気を冷まされた寮長は、ぽかんとしたままその背中を見守る。


「か、変わったヤツだな……絶対、友達いないだろ……」

「でも、良い子じゃないですか。俺に好意の欠片も持ってないですし、好き嫌いとは別に人命救助して、わざわざ、傷の具合まで確かめるなんて大したものですよ」


 じとっと、ミュールは俺を見上げる。


「胸か」

「は?」

「お前は、胸の大きさで差別するのか。わたしを差し置いて、あの女ばかり褒めるとはどういうことだ。胸部か。胸部のボリュームで、お前の好感度ゲージは伸び縮みするのか。物事の本質を腹から上、首から下の範囲で判定してるのかお前は」

「なんで、急に、人のことを卑猥ひわいの総本山みたいな取り扱いし始めたんですか……淫祠邪教の教主にまつり上げられそうな特殊判定方法ですよソレは……」

「でも、お前、黒砂こくさの頭の先からつま先まで視線でなぞったら、絶対に胸のところで視線が引っかかるだろ!? わたしの場合、引っかからずに、ストーンっといくだろうがっ!!」

「…………」

「黙るな、お前、黙るなーっ!! 『一理、あるな』みたいな顔で黙るなーっ!!」


 かなしき男のさがに思いをせていると、待ち合わせていたレイが、笑顔でこちらに駆けてくる。


「お兄――」

「どうせ、あの胸の大きい妹よりも更に胸が大きい黒砂こくさのことが、一番、好きなんだろうがーっ!!」


 ぴしりと、笑顔が真顔に変じて。


 両目を見開いた三条家のお嬢様は、無表情で小首を傾げる。


「……お兄様は、胸の大きさで差別するんですか?」

「うわぁ~ん!! コイツ、授業に使うノートの最後のページに、女子のバストサイズランキング作ってるぅ~!!」

「なんだ、その、破滅願望持ち以外に作れないへきは。

 破滅願望筆記帳デスノートか?」


 その後、上手いこと好感度が下がらないかなと、即興で破滅願望筆記帳デスノートを作成したものの、笑顔のレイにビリビリに破られるだけで終わった。


「私が一番上になれるランキング以外は認めません」

「三条妹が一位になれるランキングってなんだ? 嫉妬深さか?」

「殴りますよ、チョキで」

「チョキで!?」


 寮門の前で騒いでいた俺たちは、既にフレアの知るところになっていたのか、申請が受理され敷地内に入ることを許される。


 赤と金を基調とした調度品で飾られている寮内は、三寮戦が迫っているということもあってか賑わいに満ちていた。


 カフェや談話室では、学生たちが活発に意見を通わせており、画面ウィンドウ上で戦術シミュレーションを行っている。訓練場から帰ってきたらしい寮生たちは、シャワールームに向かいながら、コンビネーションについて語り合っていた。


 寮長室に向かうため、俺たちは、談話室の脇を通り過ぎる。


 胸元の所属章バッジが視えたのか、ソファーに腰掛けている寮生が鼻で笑った。


「あら、雑魚寮がなんの用かしら」

「あはは、アレ、似非エセじゃない。もしかして、朱の寮(ルーフス)を偵察に来たのかな。無駄だっての」


 三寮戦前ということもあり、敵愾心てきがいしんを燃やしているのだろうか。


 これ見よがしで攻撃的な挑発に対し、立ち止まったミュールは、憤怒を口から漏らす。


「な、なんだとぉ……!!」


 肩を怒らせたミュールが、一歩踏み出した時には、黒色の髪が視界内で踊っていた。


「失礼ながら、先輩方」


 あの三条家の次期後継者であり特別指名者、三条黎に声をかけられた朱の寮(ルーフス)の寮生たちはびくりと反応を示す。


「我が寮の品位を下げるような真似マネはおよしください。あの方々はお客様で、申請を受理したのは寮長です。

 朱の寮(ルーフス)象徴シンボルは獅子……気高き獅子が、侮りを口にして、己を誇示こじする必要があるのですか?」


 そそくさと。


 談話室から、彼女らは消えていき、綺麗に背を伸ばしたレイが戻ってくる。


「悪いな、レイ。助かったよ」

「当然のことです」


 嬉しそうに、レイは俺に微笑みかける。


「私は、お兄様の妹ですから」

「う、うぅ……」


 不満気に唸っていたミュールは、俺の袖を引っ張る。


「な、なんで、アイツらをらしめないんだ。ヒイロもレイも強いだろ。わたしの代わりに、アイツらをボコボコにしてやれば良いんだ」

「そういう風に」


 俺は、ミュールの頭を撫でながら笑いかける。


「母親に教えられましたか?」

「…………」

「ソフィア・エッセ・アイズベルトは……貴女の母親は、自分の手ではなく、リウを使って人を殴ってましたね」

「と、当然だ、リウは、うちの従者だからな」

「でもね、寮長、人を殴れば、殴った拳は痛いんですよ。そして、その拳の痛みは、殴った当本人以外にはわからないんです。

 誰かを殴る時には、誰かに殴らせたらいけないんです……それをしたら、いずれ、拳の痛みを忘れて……殴れないものがなくなってしまう……その時には、もう、取り返しがつかなくなっちゃいますよ」


 俺を見上げていたミュールは、俺の目線から逃れるように目をらした。


「だから、私にあの銀髪エルフを紹介したのか?」

「さて、どうでしょう。

 そろそろ、行きましょうか。ココに棲み着いてるトカゲタイプの寮長を待たせるのも失礼で――」


 ガラスがる。


 天蓋てんがいからローター音が響き渡り、振動でガタガタとガラスが震え、窓を開けた寮生たちは空を見上げていた。


 朱の寮(ルーフス)の敷地内に作られたヘリポートに下りてくる機体、回転翼ローターが鈍い音を鳴らしながら回り、その猛風に煽られた葉と花が宙空を舞い飛ぶ。


 着陸した航空機ヘリコプターから、気高き龍人ドラゴニュートが下りてくる。


「下りてこい、三条燈色と愉快な仲間たち」


 フレア・ビィ・ルルフレイムは、赤色の髪をなびかせて笑う。


「良いものを見せてやる」


 唖然とするミュールの横で、俺は苦笑を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと、ミュールさんが諦め易い、かつ他人に八つ当たりする印象が強くされます。いや、可哀想な背景も理由も解るですけど、それでもああいう場面ばかり増えるのは印象に良くないです。
[一言] 仮面とモデルガンを何故しまったーー!! 答えろヒイロ! 答えによっちゃ! モルガナがだまっちゃいねーぞ!!
[良い点] 更新感謝
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ