三寮戦前の空気
三寮戦が近づくにつれ、鳳嬢魔法学園に流れる空気は変じていった。
学校行事とは思えない規模のイベントを前に、学園生たちの熱は高まりつつあり、生徒会を主とした運営組織による準備が着々と進められていた。
会場の確保から告知、宣伝、参加者の出席管理、運営マニュアルの作成、機材・備品の手配、全体のタイムスケジュールから香盤表の準備、当日の警備を担当する警備会社との連絡まで。
あまりにも手間と時間がかかりすぎる箇所は、委託しているものの、その中枢には絶対的権力をもつ生徒会が座している。
そこに口出し出来るのは、学園長のお気に入りで構成された『鳳皇衆』と高スコア者の集まりである『帝位』くらいのものだ。
『生徒会』の腕章を着けた生徒が学園を闊歩し、教師は教師で諸々の備えがあるのか忙しそうに歩き回っている。
一階の電光掲示板には『三寮戦開幕!!』のお触れが出ており、その前に溜まった生徒たちが、お遊び程度のスコアを賭けて賭博をしていた。
表示されているオッズ表。
一番人気は、当然、生徒会長フレア・ビィ・ルルフレイム率いる朱の寮。続いて、蒼の寮の名前が並ぶ。
当然のように。
超高倍率で、黄の寮が三番人気として記載されていた。
「貴女、黄の寮に賭けなさいよ」
「バカじゃないの。誰がスコアを捨てるようなマネするの。黄の寮の寮長は、あの、ミュール・エッセ・アイズベルトなのに」
「あはは、そりゃあそうよね。
誰も『似非』に賭けたりしないか……なんで、あの女性、魔法が使えないのに魔法学園にいるのかしら」
鳳凰を象った勲章。
鳳皇衆の証を身に着けた女生徒は、変わり者が多い鳳皇衆らしく賭け屋を装っており、お嬢様らしくもなく『さぁ、賭けた賭けたァ!』などと声を張り上げていた。
「なぁ」
生徒たちの間に割り込むと、周囲の彼女らはぎょっとした表情でこちらを見つめ、俺の周りから引いていく。
「スコア0でも、賭けられるのか?」
「それは異なことをおっしゃられるね、少年。
コレは賭け事で、点数を賭けるものだとは知っていたかな?」
「あぁ、俺はスコア0だから」
俺は、笑って、自分の胸を親指で指した。
「俺自身を賭ける」
「ほぉ……」
ニヤニヤしながら、賭け屋は俺を見つめる。
「それは、我らが、鳳皇衆と知っての宣言かな? ん? 生憎、我らは、男をもらっても使い道はひとつしか知らない……奴隷だな、うん? それでも良いと?」
「構わない。
ただし、俺が勝ったら」
笑ったまま、俺は、ささやく。
「スコアをもらう、配当分、すべて我らが寮長にな」
「おー! 男の癖に面白いことを言う!!」
そう言うや否や、彼女は、笑いながらささやいた。
「ノッた」
ニヤリと笑って、手続きを終えた俺は、左右に分かれた女生徒の間を通って歩き去る。
そんな折に、廊下の向こう側から、ざわめきが聞こえてくる……輝かしい朱色が視えて、見覚えのある捻じくれた角が目に入った。
両脇に生徒会の少女を侍らせたフレア・ビィ・ルルフレイムは、畏敬と憧憬をその一身に浴びながら、のんびりと歩いてくる。
この時期の生徒会は、絶対的権力者である。
その権力の対象はどこの誰であろうとも関係がなく、帝位に属しているらしき少女が舌打ちをしながら道を空けていた。
「おっ!」
「げっ!」
やって来る面倒事を避けようとしたものの。
ものの見事に俺は見つかり、逃げ出そうとした瞬間、生徒会の連中に囲まれる。
「ひゃっはっはっ、おいおい、三条燈色! きみ、あの怪物と対立して、なんでピンピンしてる!」
ざわめき。
なぜ、あの生徒会長が、男なんかに……疑惑の目線が突き刺さり、俺は、さも被害者だと言わんばかりに顔をしかめて見せた。
「こんにちはぁ、ごきげんうるわしゅぅ」
「おいおい、なんだ、その挨拶は? 吾ときみの仲にも関わらず、まるで、他人のようなおべっかを使う。偉大なる龍を目の当たりにした感想にしては、どうにもケチくさいように感じる……要は、その態度、気に入らんなぁ」
「挨拶ひとつで、どこまで、人にケチ付けるつもりなんすか」
ニコリと、フレアは微笑む。
「三条燈色、きみには、本当に良く学ばせてもらった。
改めて礼を言いたい」
「こちらこそ、ありがとうございます」
左右から、美少女にカットフルーツを食べさせてもらっているフレアを視て、俺はニコニコとしながらお礼を言った。
「囚獄疑心、アレは、良い教訓になった。エルフ如きが作った遊戯で、ドラゴンが戒められては当惑するばかりだが、優秀な生物というものは学びを得るものだからな。
お陰様で、孤高の龍にも、他者への信任というものが芽生えたよ」
怪しく、彼女の瞳が光り輝く。
「低スコア者が……たかが人間が……物語の外でも、龍を滅ぼすことがあるということも理解できた……眩むねぇ……眩む眩む……璞も磨けば玉に至る……人の形をした財とはどうも読みにくい……」
ぼそぼそと、フレアは続ける。
「元々、我が生徒会は、低スコア者で高スコア者を育てる……絶対的な格差を形作り、上位者を高みに導く人財育成を行ってきた……つまり、低スコア者を高スコア者の肥料にしていたわけだが……人財とはわからないもので、吾は、さらなる研鑽と学びを必要としていることに気づいた……人の財は腐りやすく、腐ったように視えて旨味を帯びることもある……まるでワインセラーだ、面白いことを教えてくれる……なぁ、三条燈色……」
俺の顎を持ち、フレアは、端正な顔を近づける。
「生徒会に入れ」
「嫌です」
「なら、黄の寮を叩き潰して奪うまで。
知ってるだろ、三寮戦の勝者には学園長からの褒美がある……大半の願い事は、ちちんぷいぷいで叶ってしまう」
「勝てると」
俺は、笑う。
「思ってんのか?」
「あぁ、思うさ」
笑って、彼女は、俺から離れる。
「今年の三寮戦は一味違うぞ、三条燈色。
楽しんでくれ……黄の寮の墓標が立つまでの間な」
「ご丁寧にどうも。
朱色の墓前で、天まで届く絵本の読み聞かせをしてあげますよ……人が龍を討ち滅ぼすヤツをね」
「ひゃっはっはっ、愛い愛い!」
俺の肩をバシバシ叩き、ご満悦の龍人様は、剣呑な雰囲気を漂わせる生徒会員を引き連れ廊下の奥へと消えてゆく。
その背中を見送って――
「相変わらずのご様子で」
「うおっ!!」
急に声をかけられ、俺は驚きの声を上げる。
いつの間にか、後ろに立っていた小さな影。
綺麗に背筋を伸ばし、背後で息を潜めていた委員長は、目を伏せたまま綺麗な声音を吐き出す。
「人の顔を視るなり『うおっ!!』なんて反応は感心しませんね。芸能養成所に入って、正しいリアクションを学ぶことをオススメします」
「いや、それ、悪化する道を辿ってない……?
てか、あの、大丈夫?」
常に男として悪い注目を浴びている俺は、委員長から距離を取り、そっぽを向いてからささやく。
「俺、男だから……こうやって、普通に話してるとこ視られると友達いなくなっちゃうよ……月檻とかは気にしてないけど、委員長には立場があるでしょ……?」
「ご心配には及びません。
私、友人がいないので」
「…………」
「ジョークです」
ココは、どう反応すべきなのか。
熟考した俺は、勢いよく、平手で虚空を叩いた。
「って、ジョークかーい!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………かーい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………すいませんした」
「二度としないでください」
「はい……すいませんでした……」
なんで、俺が、悪いみたいな雰囲気になってんの……?
若干の理不尽を感じながら、俺は、素直に頭を下げる。なぜか、寛大な心で許してやったみたいな空気感で、両手を前に揃えた委員長は口を開く。
「三条さん」
「はい」
「寮長から、三条さんには、百合ーズでの活動を続ける理由はもうないと聞き及びました」
彼女は、美しい瞳で俺を見つめる。
「解散ですか?」
「いや、続けるけど……俺が拳のバケモノにボコられて入院する前も、一回、ダンジョン行ったじゃん。あのイモムシが大量発生して、ラピスが失神したヤツ」
「アレは、擬装幼虫。
正確に言えば、イモムシではなく、悪魔の一種に該当します」
「あ、はい、すいません」
「三条さんが、冒険者を続ける意義は?
もし、私に気を遣っているようであれば――」
俺は、ぱしりと、委員長の肩にツッコミを入れる。
「委員長には委員長の目的があって、俺には俺の目的がある……って、俺が言ってるんだから、それで良いんじゃないの。
別に、スコア目当てじゃなくても、ダンジョンに潜る意義はあるしね」
委員長は、苦笑する。
「聞きしに勝る頭の悪さですね」
「はい、どうも。
まぁ、俺としては、たまにラピスと仲良い感じの雰囲気出してもらえれば、それだけでご飯三千杯くらいはイケ――」
「我々は、百合ーズですが、三寮戦では敵同士ということはお忘れなく」
「えっ、なんで、俺の話、キャンセルしたの?」
「それと、三条さん」
「いや、なんで、キャンセルしたの? 聞いて? コレ、疑問形ね?」
委員長は、真っ直ぐに、廊下の奥を指差す。
「あちらで、貴方の寮の寮長が揉め事を起こしていましたよ。
然るべき処置を推奨します」
「えっ、ちょっと!? そういうの早く教えてよ!?」
自分の口を片手で覆った委員長は、考え込むようにじっと動きを止める。
「確かに……無駄な会話が多すぎましたね……所謂、時間の空費……なぜでしょうか……百合ーズの件も、今、問いただす必要性は皆無……会話の返答に1.2秒の制限時間を設けるべきだった……?」
「ごめん、委員長、俺行くわ! またね!!」
「…………」
黙考する委員長を置いて。
引き金を引いた俺は、教師に見つかれば怒鳴りつけられるような速度で、真っ直ぐに廊下を駆けていった。