龍と騎士の決着、そして虎
龍が――飛ぶ。
当然のごとく、彼女は空の支配者と化した。
己の背に翼を生成した龍人は、宙空へと羽ばたいていき――その真後ろの空間が、切り裂かれて、真っ赤な大口を開く。
あたかも、牙を剥き出した龍の口腔のように。
切り開かれた空間から炎が迸り、咄嗟に、俺は小さな塔で土壁を生成して防ぐ。
「いや、おい、ちょっと審判!? 水鉄砲、水鉄砲!! アイツ、人のこと焼き殺そうとしてんぞ!?」
「うわ~、あぶないですねぇ」
「いや、お前の感想は良いから止めろや!! 愛弟子がこんがり焼けて、黒焦げボディに様変わりしちゃうよ!? 良いの!? 常に食欲唆っちゃうよ!?
って、うおっ!! あちぃ!!」
制服の上着に、火が点いていた。慌てて上を脱いだ俺は、地面に叩きつけて鎮火する。
「ひゃっはっは! 赤と橙!! 朱色の景色!! そうだ、コレこそが、我が本懐よ!! 燃えろ燃えろ、地の果てまで!! 逃げ惑え、人間!!」
「この火炎愛好者が……!!」
龍の尾が、とぐろを巻くように。
小さな塔と騎士もどきは、炎輪に囲まれ、熱で汗だくになった俺は第二ボタンまで外す。
「この遊戯、実に簡単な話だ」
黒砂を閉じ込めている土壁の一片に片足をかけて、角を朱色に染めた龍は、恍惚とした笑みを浮かべる。
「きみが失神した後で、気つけに水をかけてやれば良い」
低空を滑空したフレアは、次々と黒円柱に触れては障害物を生成し、瞬く間にそれらに火を点ける。
風の流れが――変わる。
煙。
勢いよく上がった白煙、それは徐々に有毒ガスを含んだ黒煙へと変わり、俺の口元へと運ばれてくる。
「げほっ、がはっ、ごほっ!!」
思わず、後ろに下がる。
空中を支配するフレアは、笑いながら羽ばたく。その翼の動きに応じて、風の流れが変わり、俺へと追いすがってくる。
「良い手を考える……さすが、鳳嬢の寮長兼生徒会長、魔法士としての才能もありますね」
止める気はないらしい師匠は、監視塔の上からしたり顔で頷いている。
「まぁ、でも」
ひたすらに咽ながら、袖で口を覆った俺は、跳ね跳びながら煙を追い払おうとし――
「うちの愛弟子の才覚は、他の追随を許しませんからね」
俺は、九鬼正宗の引き金を引き絞る。
『変化:矢』、『操作:射出』――黒煙をまとめて矢の形状に変えた俺は、人差し指と中指の間にその巨矢を装填し――フレアの顔面が歪んだ。
「全部、まとめて――返してやるよ」
俺は、叫ぶ。
「受け取れッ!!」
ドッ!!!!!
反動で右腕が跳ね上がり、魔力を混ぜ込んだ黒矢は、上空の龍へと弾け飛ぶ。
「ぐおっ!?」
想像の埒外、その攻撃、フレアは回避行動を取る。
さすがは、寮長と言うべきか。
予想外の反撃を綺麗に避けた彼女は、ニヤリと笑い――飛んできた水弾を視て、笑みを消した。
「ちっ、くそっ!!」
身を翻したフレアは、翼を折りたたんで真下に急降下し、そのすべてを避けきって。
眼前に迫る坂に、目を見開いた。
「いらっしゃ~い」
小さな塔に触れた俺は、飛行するフレアの経路を誘導するために、地形変化で坂と壁と輪を用意し、ジェットコースターみたいなコースを作り上げる。
「え~、本日は、ユリトピアワールドにご来場頂きまして、まことにありがとうございますぅ。日頃のご愛顧に感謝の念を籠めまして、人を焼き殺そうとした薄汚ねぇトカゲ型飛行ユニット専用の飛行コースをご用意いたしました。
墜落した瞬間に、水をかけて、二度と暴言と火を吐けないようにしてやる所存でございますのでぇ。えぇ~、どうか、最期まで楽しんでいってくださぁい」
「こ、コイツ……!?」
俺に襲いかかろうとしたフレアの前に、土壁が生み出され迂回を余儀なくされる。
襲いかかる土の波を避けながら、フレアは翼を羽ばたかせ、突如として現れた女の子同士がキスをしている土像を視て愕然とする。
「なんだ、この詳細感!?」
「ありがとうございます、細部にまでこだわりました。お気に入りのポイントは、お互いに恥ずかしいので、唇以外は触れないように気をつけているところですね。なんか、キスしてるのに、それ以外の場所には触れようとしないピュア感って良いですよね。
あと、このカップル、身長差があるので、右側の子が爪先立ちしてます」
「このスコア詐欺者がッ!!」
百合像に火炎を吹き付けたフレアは、泣き喚く俺を視て笑みを浮かべ……黒砂を閉じ込めていた土壁へと降下する。
「なっ……ま、まさか……!!」
俺は、期待を籠めて、土壁を消し去る。
「どうだぁ、三条燈色」
無表情の黒砂を背後から抱き締めて、勝利を確信したフレアは、俺に向かってささやいた。
「コレで、きみは撃てんだろうなぁ……?」
「ありがとうございます!!」
ちくしょう、なんて汚い手を!! その手を離せ、卑怯者が!!
「ありがとうございます!!」
俺は、泣きながら膝をつく。
「ありがとうございますぅ……!!」
「…………きもちわるい」
黒砂にそう吐き捨てられた俺は、全力で水鉄砲を遠くにぶん投げて、懐からクラッカーを取り出してパァンと音高く鳴らした。
「ありがとうございますぅ!!」
「よし、まずは、武器を捨て――マジか、この男……」
「おふたりの挙式の準備から、ウエディングケーキの用意まで! この三条燈色におまかせください!
もちろん、俺は、祝い金だけ払って式には出席しません!!」
「こ、こんな簡単な話だったのか……吾は、一体、今までなにを……三条燈色が置いていった膨大な量の恋愛本を読んでおくべきだったか……」
黒砂と手を繋いだフレアは、銃口をこちらに向けたまま、ゆっくりと近づいてくる。
そして、俺が水鉄砲を持っていないことを確認し笑った。
「では、終わりだな」
フレアは、思い切り、黒砂を引っ張る。
痛そうに顔を歪めた彼女には、一瞥もくれず、フレアは財宝に目を眩ませて引き金に指をかけた。
「勇ましい騎士よ、最期になにか言葉は?」
「そうねぇ……強いて言うなら」
俺は、笑って。
「姫の前で、龍に敗けた騎士はいない」
懐から、そこに入る筈もないサイズの水鉄砲を引き抜き――驚愕で銃身がブれ、フレアの撃った弾丸は俺の頬を掠め――俺は、撃った。
「お前の敗因は、たったひとつだ」
左胸、その心臓に弾を受けた龍は、後方へと倒れていって。
「百合を……そして、マリ○てを軽視した」
俺は、笑みを浮かべた。
目を見開いたまま、倒れたフレアの上半身を両足で跨いで、ポケットに両手を突っ込んだ俺は彼女を見下ろす。
「悪いな」
俺は、懐から、マリア様が○てるを取り出す。
「布教空間……俺が開発した魔法のひとつで、光学迷彩と並ぶ百合の守護者専用魔法だ。
全37巻のマリア様が○てるを布教するためだけに、俺はこの魔法を開発し、常に懐にはソレ専用の空間が空いている。あの時、どこから出したとか思わなかったか。事前に見せてやったのに引っかかるってのは三流の証だぜ、寮長さん」
「…………」
「それとなぁ」
俺は、真顔で、彼女に顔面を近づける。
「女の子の手は、もっと優しく握れや、このにわかが」
「…………」
「幾らコレクションを増やしても、愛でてやらなきゃ意味ないだろ。あの子は、お前の道具じゃないし、俺はお前の洞穴の隅に転がる財宝のひとつにはならない。
眺めたり磨いたり布教したり、愛をふんだんにかけてやって、ようやくそれは特別な宝物になるんじゃねーの」
目を背けた彼女に、俺は微笑みかける。
「洞穴に潜む龍の王様へ、お節介な騎士からのアドバイスだ。
そろそろ、穴から出てきて、世界を視ないとな……そうしないと、あんた、三寮戦で敗けるぜ」
「……くくっ」
朱色の龍は、愉しそうに笑う。
「だから、ルール説明の時に、水鉄砲の所持制限を確認したのか……最初から、このつもりで……男に……いや、人間にしておくのはもったいないな、スコア0……」
「お褒めに預かり光栄で」
俺は、フレアを立たせてやって、黒砂から距離を取ったところで手を振る。
「黒砂さん、ごめん! ちょっと、手、出して!!」
彼女は、素直に両手を差し出す。
そこ目掛けて、俺は水鉄砲を撃って、その水滴は見事に彼女の両手に収まった。
俺は、師匠へと振り向き、微笑を浮かべた彼女は笛を鳴らした。
その瞬間、黄の寮の勝利が確定し、寄ってきた月檻が「おつかれ」と声をかけてくる。
「余裕だね、寮長まで倒しちゃって」
「いや、小さな塔をフル活用して、隠し玉の不意打ちでどうにか一撃与えただけだからな……? たぶん、真正面からまともに魔法で戦ったら、10回やって1回勝てるかどうかくらいに実力差あるんじゃない?」
「さすがですね、ヒイロ」
転瞬してきた師匠が、嬉しそうに俺の頭を撫でる。
「やはり、その戦闘センスは素晴らしい。もっともっと、伸びる余地がある。素晴らしい下地ですね」
「まぁ、師匠の弟子ですからね」
パァッと顔を輝かせた師匠は、俺の頭を抱き込む。
「よーしよしよし! ういやつういやつ! 良い子ですねぇ! 今度、死ぬ寸前まで追い込んであげますからねぇ!!」
「恩を仇で返す師の鑑か?
つーか、師匠、なんでこんなえげつないゲーム、わざわざ三寮戦の前にやらせたの? 友情破壊ゲームにも程があるでしょ」
俺を窒息させようと目論む師匠は、動きを止めて微笑む。
「ヒイロ、貴方は、月檻桜を信じましたよね?」
「え? あ、あぁ、まぁ」
「そういうことですよ。絶対的に信用出来る味方の存在は、大きな武器になる。
ココにいる全員は、そのことを自覚出来た筈です」
「……なんか、綺麗事でお茶濁してない?」
「おっと! 最強の私は、とても忙しいので、次の任務に向かわなければ! これからも、自主鍛錬は怠らないように!!」
そう言うや否や、ラピスにちょっかいをかけていった師匠は、風のようにどこかへと消えてしまった。
今回のことで蟠りが出来ないように、俺たちは師匠の悪口を言いながら、バスの中へと乗り込もうとする。
先頭の俺は、疲れで首を回しながらバスに乗って――即座に、扉を閉じる。
「え、ヒイロ? どうした?」
俺の後ろにいたミュールが、コンコンとノックをする。
「…………」
一瞬で。
膨大な量の汗を掻いた俺は、バスの奥の暗がりを見つめる。
最奥に蹲る長身、空いていた10番目の席に座り、両足を開いて膝の上に肘を置き、両手を組んでいる彼女は俯いていた。
あたかも、それは、神に祈りと贄を捧げるようで。
「…………」
魔力を感じない。
否、彼女は、魔力を持っていない。
「…………」
真っ黒なスーツを着た彼女は、ネクタイを緩めて、ゆっくりと顔を上げる。
手負いの獣……淀んだ両の瞳が、絡み合った黒髪の奥から覗き、殺意と敵意で象られた視線が俺を捉える。
「おい、ヒイロ? なにしてる? なんで、扉を閉めたんだ?」
「……月檻」
掠れた声で、俺は、ささやいた。
「ミュールを連れて……逃げろ……早く……」
「ヒイロくん?」
「行けッ!! 早くッ!!」
俺は、九鬼正宗を抜刀し、死亡フラグの塊を見つめる。
「…………」
痩身長躯の彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、ささやいた。
「……お嬢様に話がある」
ゆるやかに。
風に流れる柳のように、腰を落とした彼女は拳を構えた。
「そこを退きなさい」
「……嫌だと言ったら?」
魔力を持っていないにも関わらず、かつて、師匠と同等の『祖』にまで上り詰めた“似非”の魔法士。
拳聖の二つ名を持ち、あらゆる魔法士を素手で殺してきた『法殺鬼』。
「殺す」
劉悠然――アイズベルト家が誇る最強の魔法士殺し。
この話にて、第七章は終了となります。
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