騙し騙され、水鉄砲
引き金を引いた。
瞬間、身を翻したレイは、背の後ろに隠していた水鉄砲を抜く。横に走りながら、連射するレイの攻撃は、黒砂が作り出した遮蔽物に弾かれ、彼女は悔しそうに建造物へと転がり込む。
「お兄様、どうして、信じてくれないんですか……!」
「裏切った後に、そんなこと言える子を妹に持った覚えはありません! こっち、来なさい!! せめて、お兄ちゃんの手で終わらせてあげるから!!」
殺気。
宙に浮き上がった大量の水鉄砲。
建造物上に上ったフレアは、大量の水鉄砲を宙空に舞い上げて、くるくると回ったその銃口から水弾が吐き出される。
「…………」
黒砂は、それらすべてを正確に生成した遮蔽物で弾く。
が、その隙を縫って、フレア本体が特攻してくる。
「黒砂、やれェ!!」
ジロリと、俺を睨んだ黒砂は、黒円柱から手を離して腰の銃へと手を伸ばし――俺は、その手を押さえつけ、くるりと後ろに回ってから側頭部に銃口を突きつけた。
「全員、動くんじゃねぇ!! コイツの頭、ふっ飛ばすぞぉ!!」
「龍は己のみを信じる(構わず連射)」
「三条家の人間は、躊躇しません(構わず連射)」
「この鬼畜どもがァ!!」
俺は、黒砂を抱えたまま座り込み、黒円柱の後ろに隠れながら、画面を呼び出す。
その中から、大量のタイヤを選んで生成。
突っ込んで来たフレアとレイは、足元からせり出してきたタイヤに弾かれ、ふわりと宙空に浮き上がる。
「寮長、殺れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「くたばれぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ドゴォッ!!
凄まじい放射音と共に、寮長が抱える巨大水鉄砲から水柱が噴き出してレイに直撃する。
「チッ」
フレアは、炎の壁を生み出して射線から己の身体を隠し、間隙を縫って建造物へと飛び込む。
「…………」
だばーっと。
水流に乗って流れてきたレイは、泣きそうな顔で俺を見上げる。
「お兄様、黒砂さん、ごめんなさぃ……」
「悪いのは、こんな遊戯持ってきた銀髪エルフだから! お前は気にしないで、お嬢と一緒に自画撮りでもして、その写真を俺に送ったりしてなさい!」
「…………」
交錯の後、硬直状態に陥る。
中央の小さな塔は、地形自体を変えられるだけあって、遮蔽物やら建造物を無視出来るような使い方をすれば一発逆転も狙える。
それだけあって誰もが狙っていたが、アレだけ目立つところにあるので、集中砲火を受けるのは確実なので動けない。
「…………」
行くか、小さな塔?
寮長の後ろから監視塔へと、転瞬した師匠は、愉しそうな顔で推移を見守っている。
「黒砂さん、あそこまで走れる?」
嫌悪の表情で、黒砂は俺から距離を取る。
「…………近づかないで」
「あ、はい、すいません。
とりあえず、さっきので、あの龍に黒砂さんへの思いやりの心はひとつもないことはわかったよね。酷いヤツだよ。好き勝手、黒砂さんのことを利用して、使い捨ての駒にするなんて」
「…………」
「申し訳ないんだけど、黒砂さん、俺はあの龍にも蒼いのにも敗けるわけにはいかないんだ。出来れば、助けてもらえないかな。もちろん、黒砂さんの今後のことを考えれば、フレアの言うことは聞いておくべきだと思うから、アイツの命令に従ってくれて良い。
ただ、その裏切りの瞬間まで、俺のことを助けて欲しい」
「…………もっと離れて」
「オッケー」
微笑んで、俺は、黒砂から距離を取る。
彼女は、ゆっくりと水鉄砲を抜いて、感情が宿っていない瞳と共に俺に突きつけた。笑ったまま、俺は手を挙げる。
「…………」
「…………」
たっぷり10秒。
銃口と見つめ合って、黒砂は銃を下ろした。
「…………走るの」
「そうだね、それしかないと思う。身体強化系統の魔法で、ダーッと。
黒砂さんは、アレかな? かけっことか、得意? 本が好きだし、あんまり、得意じゃないのかな?」
「…………きしょくわるい」
自分で自分を抱いた黒砂は、今にも吐きそうな顔で吐き捨てる。
「あ、はい、すいません。余計な世間話しました。
じゃあ、合図するから一緒に行こうか。俺に背中を見せたくないだろうし、先に俺が行くからそれに続いて」
「…………」
なんの反応もないが、たぶん、了承してくれたんだろう。
俺は、引き金を引いて強化投影を発動し、足を慣らしてから振り返る。
黒砂さんに頷いて――走――同時に、人影が建造物から飛び出した。
「なっ!?」
栗色の髪の毛を靡かせて、疾走する月檻は、蒼白い閃光に包まれながら一直線に小さな塔を目指す。
微笑み。
月檻桜は、悠然と駆けて――思い切り、俺は踏み込んで、彼女を追いかける。
背後からの発砲、水弾が脇を掠めて。
縦置きされたタイヤに片手を置いて、飛び、トタン板で出来た建造物の間をくぐり抜ける。ひたすらに駆けて駆けて駆けて、それでも月檻桜の速さは凄まじく、ぐんぐんと彼女は小さな塔へと迫る。
「させるかっ!!」
寮長が反応し、転瞬してきた師匠が背後に回る。
ドッ!!!!!
発砲、水の柱が空中を貫く。
その水柱を紙一重で避けながら、あたかも踊るように障害物を避け、圧倒的な速度で彼女は数多の弾丸を躱し切る。
「月檻ィ!!」
俺は、叫び、彼女は微笑を浮かべる。
俺は、走りながら、黒円柱に触れ、間髪入れずに生成――自分の足元からせり出したタイヤ、その勢いを利用して速度を上げ、魔力を両足の裏から噴き出す。
走る、避ける、走る、避ける!!
小さな塔ッ!!
俺と月檻は、小さな塔の元へと到達し――同時に――互いに銃口を突き付け合った。
「よう、主人公、ご機嫌いかが?」
「どこかの誰かさんに、必死で追いかけられてご機嫌かな」
睨み合って。
俺と月檻は、引き金を振り絞り――撃った。
俺の弾は、月檻の左胸に着弾し、月檻の弾丸は俺の右胸に当たった。
ふたりで同時に倒れ込み、追いかけてきたフーリィが、こちらを覗き込んで苦笑する。
「あらあら、仲良く、お互いを裏切って終わりか。
残念。ヒーくんも月檻ちゃんも、もうちょっと、やる子だと思ってたのに」
寮長が、小さな塔まで走ってきて、フーリィに銃口を向けながら倒れた俺たちを確認する。
「月檻、ヒイロ……大丈夫だ、私が、敵を取ってやる!!」
「結局、寮長同士の戦いね。
あんまり、面白くもない幕切――」
同時に。
俺と月檻は身を起こし、交叉する銃口、フーリィとミュールに銃弾が着弾する。
ピーッ!!
笛の音が鳴って、HITの確認が取られる。
瞬間、フーリィの顔が歪んで、ミュールは呆然と立ち尽くす。
「おやおやぁ」
びしょ濡れの俺は、ニヤニヤと笑いながらフーリィにささやいた。
「あんまり、面白くもない幕切れですねぇ、蒼の寮長さん?」
俺と月檻は、自分の下に隠していた氷で出来た水鉄砲を踏み潰す。
クエスチョンマークを浮かべるミュールの横で、腕を組んだフーリィは、諦めたように微笑んだ。
「魔導触媒器の使用は禁じられていないが、その攻撃によるHITは判定しない……生成した氷の水鉄砲で、互いを撃ったのね。やられたわ。
とは言え、称賛すべきは」
フーリィは、苦笑する。
「この状況下でも、互いを信じて、同じ手を考えついたことか」
「月檻」
「ヒイロくん」
俺と月檻は、笑顔を浮かべて、ハイタッチを交わし――
「まぁ、でも」
フーリィは、笑った。
「私も、それくらい考えついたけどね」
「え?」
飛び込んできたラピスが、銃を乱射し、俺を庇った月檻にHITする。が、同時に撃ち返して、ラピスもHIT判定を受ける。
「あ~、ラッピー、おっし~!!」
「うぅ……もうちょっとで、勝ちだったのにぃ……!!」
「ラピスへの狙撃、偽の銃で撃ってたのかよ……道理で、簡単に味方の数を減らしたと思ったわ……こわぁ……!!」
悔しさで地団駄を踏んでいたラピスは、ズカズカと俺に近寄ってきて、月檻とハイタッチを交わした右手にぽんぽんと自分の右手を押し付けてくる。
「え、な、なに?」
「別に。
桜、行こ。着替えなきゃ」
「お、おい! この水鉄砲、撃たれた衝撃で壊れて水が出っぱなしになったぞ! じゅ、銃口が暴れて、力の制御が出来……がぼぼぼぼぼぼぼっ!!」
「すごい……この子、力に溺れてる……」
四人は姦しく退場してき、取り残された俺は、朱の寮という名の洞穴に潜む龍と対面する。
腰に水鉄砲を下げて、ポケットに手を突っ込んだ俺は笑みを浮かべる。
「まさか、生徒会長と一緒に居残りとはね。光栄だなぁ」
「おうおう、我が財が光り輝いている。二対一という状況を理解出来ずに、燦然と輝いて、目が潰れてしまいそうだ。
眩むなぁ、三条燈色ぉ……どこまで、吾の欲を満たしてくれるんだ……乾くねぇ……」
フレアの後ろで、黒砂は沈黙を保っている。
俺は、小さな塔に付随する宝玉を撫でて――黒砂の四方を土壁で囲み、無力化、無防備な姿を龍の前に晒した。
「一対一だ。
燃えるだろ?」
「ほぉう、玉よ、黒砂を庇ったな。あの子の心が心配か。たかだか、この程度のお遊戯で、黒砂の心が軋むとは思わんし、黒砂はお前を裏切ることになんの感情も覚えないが」
「格好つけたいお年頃なんだよ。ヒイロくんの少年心は、水鉄砲を持たされた瞬間から膨らみ始めて、今にも弾けちまいそーなんだよ。
洒落た言い回しをすれば、俺は、あの子の騎士で」
笑いながら、俺は、朱色の龍を見つめる。
「騎士と龍は、姫を境に立てて、戦う運命にある……そうだろ、フレア・ビィ・ルルフレイム?」
嬉しそうに、彼女は、燃えるような赤髪を逆立たせる。
「ひゃっはっは、眩むねぇ、嫉むねぇ、唆るねぇ! 良いぞぉ、三条燈色! 玉よ玉よ玉よ! その意気や良し!! 傲岸不遜な人間を這いつくばらせるのは、何時の時代も最高のご褒美だ!!」
「良いね。そのまま、楽しく燃え尽きてくれよ」
「龍の前で火について語るなよ、人間が」
騎士を模して、龍を模して。
玩具を担いだ俺たちは、良く出来た舞台上で睨み合う。
「行くぜ、消火してやる」
「来い、燃やし尽くしてやる」
騎士と龍は、互いに牙を剥き出して――始まった。




