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人間関係、絡む思惑

 予想通り、お嬢を裏切っても、黒砂こくさは攻撃してこなかった。


 ただ、じっと、こちらの推移を見守っている。


 思考を整える時間を得た俺は、黒砂こくさの前で無防備に全身を晒して、わざと隙を作りながら考える。


 さて、この囚獄疑心ジレンマ、大半のプレイヤーはまずこう考えるだろう――チーム分けの意味はあるのか?


 当然の帰結だ。ちょっと、止まって考えればわかる理屈。


 ただ、そこで思考を止めるべきではない。自分が正しい答えに辿り着いたと思い込んだ人間には、強烈な心理的ロックがかかって思考停止に陥り、銃で頭を撃ち抜かれる瞬間まで自分が正しいと思うことを続ける。


 所謂いわゆる、確証バイアスと言われるものだ。


 師匠は師匠だから、意味のないチーム分けを行う可能性は十分ある。だが、チーム分けに意味がないという確証がない以上、そう言い切るべきではないだろう。


 でも、師匠は師匠だから、意味のないチーム分けとかしそうで怖い(二度目の不安)。


 まぁ、まずは、よく考えよう。現時点で、結論を出すのは早すぎる。


 元々、コレは、エンシェント・エルフの終わりを銘打めいうつために作られた遊戯ゲームだ。エルフは氏族によって分けられているから、恐らく、この遊戯ゲームは氏族ごとに分けられて行われたに違いない。


 現在いままで、永い時を共に過ごしてきた同族とチームを組み、交遊もあったであろう他氏族と骨肉の争いを繰り広げる……だが、最後にはひとりにならなければならない……常に疑心暗鬼に囚われることになるだろう。


 恋人、盟友、家族……各氏族間で、様々な関係性が備わっており、誰が誰を信じて誰が誰を裏切るのかなんてわかるわけもない。


 最初に思いついたエンシェント・エルフは、相当、意地が悪いヤツだ。少なくとも、まともなヤツが考えて良い遊戯ゲームではない。


 で、師匠は、コレをそのまま各寮間の争いに当てめた。


 当然、齟齬そごが発生する。


 まず、命がかっていない。だから、各プレイヤーにかかる心理的負担が軽い。


 次に、各プレイヤーの勝利条件は『個人が勝つ』ではなく『自寮のメンバーが勝つ』と銘打めいうたれており、寮対寮の構図は崩れておらず、同じチームメンバーである他寮と協力するメリットが薄いように思える。


 最後に、この遊戯ゲームには、師匠という絶対的な審判者ジャッジが存在している。


 大きな齟齬は、恐らく、この三点。


 さて、ここから導き出せる非常に簡単な策はみっつ。検討してみよう。


Q1:敵なんだし、初期地点に存在する他寮のチームメンバーふたりを撃てば?

A1:却下。撃とうとした瞬間、他のふたりに蜂の巣にされる。俺は、原作知識で黒砂こくさのことを知っており、彼女の性格から俺がお嬢を裏切っても行動を起こさないことを確信したから撃っただけ。あと、お嬢を初めに撃たないと罪悪感で撃てなくなるから。


Q2:他チームの同寮メンバーと合流すれば?

A2:却下。各チーム、合流されたらマズいので、合流をさまたげるように動く。魔導触媒器マジックデバイスを使える以上、無理に合流しようとすれば、霧かなにかで個人を特定出来ないようにされて蜂の巣にされるだけ。


Q3:チームから離脱してひとりで動けば?

A3:却下。ただの良い的。後ろからチームメンバーに撃たれ、前と横から、別チームに撃たれる。重要視されるのは、初期地点のチームメンバーをどう利用するか。


「…………」


 考え込んだ俺は、黒砂こくさを見つめる。


 俺がお嬢を撃ったのは、黒砂こくさの反応を視て、俺の予想通りの人間かどうかを確かめるため……そして、それを確信出来たからこそ、俺は彼女を味方として信頼し仮初の味方として振る舞える。


 銃声は聞こえてこない。


 全員が全員、囚獄疑心ジレンマに陥り、どうチームメンバーを味方として利用し、どう裏切るべきかを考えている。


 一体、現在いま、彼女らはどういう会話をしてい――囚獄疑心ジレンマ――ようやく、俺は、一見意味のないチーム分けが為された真意を知る。


「……マジかよ」


 やられた。危うく、引っかかるところだった。


 思えば、既にヒントは出ていた。今までの考えは、すべて意味がない。そんなところに、この遊戯ゲームの真意は隠れていない。


 囚獄疑心ジレンマ……このネーミングからして、元ネタは『囚人のジレンマ』で、そこから導き出される答えはひとつしかない。


 チーム分けをした意味は、各寮のメンバーを引き離して、情報交換をさせないためだ。


 コレは、チーム戦でもなければ各寮の対抗戦でもない。純粋な個人戦だ。


 だから、勝利条件は『自寮のメンバーが勝つ』ではなく『個人が勝つ』であって、囚獄疑心ジレンマは見事に成立している。


 思えば、月檻は、黄の寮(フラーウム)に愛着を持っているわけではない。


 黄の寮(フラーウム)の特別指名者枠を用いて、俺を確保出来たから黄の寮(フラーウム)に居るだけに過ぎない。


 だとすれば。


 例えば、フーリィから『蒼の寮(カエルレウム)を勝たせてくれれば、後から、貴女を蒼の寮に転寮させてあげる』とでも言われれば、受け入れてしまう可能性があるのではないか?


 だって、そうすれば、自分のチームに真の味方が増える。


 月檻がフーリィの誘いにノッた瞬間、彼女の勝利条件は『自寮(蒼の寮(カエルレウム))のメンバーが勝つ』に変わり、蒼の寮のメンバーは3人から4人に増える。


 黄の寮(フラーウム)に固執しておらず、ミュールを信用していない月檻からすれば、勝率の高い蒼の寮(カエルレウム)に付く可能性は高いのではないか?


 俺は、黄の寮(フラーウム)を勝たせなければいけない。


 もし、月檻が黄の寮(フラーウム)を裏切っていれば……俺は、彼女を撃つ必要がある。


 いや、月檻の実力を考えれば、まず彼女の姿を認識した瞬間に撃たなければ。裏切ったかどうかを判断する余裕はない。


 ミュールだって、俺が百合に釣られて裏切ると思うかもしれない……フレアに騙されて、俺や月檻を信用し切れず攻撃してくるかも……師匠の魔力も持ってるし……最悪、排除しておく必要があるのではな――俺は、自分の口を押さえる。


 え、なにこの遊戯ゲーム、こわぁ……!! ちょっと、味方と離されただけで、もう誰も信用出来なくなってきてるんですけどぉ……!!


 俺は、上方を見上げる。


 戦場フィールドの外にある監視塔の上で、師匠はニヤニヤと笑いながら、俺たちのことを観察していた。


 普通、三寮戦の前に、こんなことやらせる……? コレのせいで、月檻とミュールと気まずい感じになったら、三寮戦の前に黄の寮(フラーウム)崩壊するんですけど……?


 ハイリスクハイリターン。


 この戦いを凌げば、俺たちの信頼関係は強固なものとなり、三寮戦に向けた地盤は確固たるものとなるだろう。


 だが、敗ければ……それも、月檻かミュールが裏切った上で敗ければ……まぁ、黄の寮(フラーウム)は終わりだよね。


 ま、敗けられねぇ……三寮戦は、ミュールにとって大事なイベントになるし、月檻とミュールの架け橋を繋ぐためにも重要なモノだ。


 俺は、ちらりと、黒砂こくさを見つめる。


 やはり、彼女は、ただ寮長フレアの命令で呼び出されただけで、この三寮戦に積極的に参加するつもりはないらしい。


 黄の寮(フラーウム)に寝返るように、説得するのは無理だろうな。


 出来れば、この子とは関わりたくなかったんだが……仕方なく、俺は、彼女に向かって笑顔を向ける。


「こんにちは」

「…………」

「俺、三条燈色。黒砂こくささんだよね。ごめんね、急にオフィーリアさんのことを撃ったりして。でも、あの子、こういう遊戯ゲーム向いてないし……早めに撃たないと、情が湧いてきて、撃てなくなりそうだったからさ」

「…………」

「俺たち、一旦、協力関係を築かない? 他のチームもそうだと思うんだけど、まずは、仮初の味方関係を築いた方が得だと思うんだよね。

 単純に戦力二倍で、まずは、蒼の寮(カエルレウム)を倒すのとか良くない?」

「…………ぃ」

「え?」


 俺が、顔を近づけると、嫌悪の表情で彼女は顔面を歪める。


「うるさぃ……きしょくわるぃ……ちかづくな……」

「…………」


 俺は、空を見上げて、内心で感動の拍手を送る。


 最高だ……そうだ、それで良い……うるさぃ、きしょくわるぃ、だまれ、○ね……そう、そういうことでしょ……ヒイロに送るべき言葉は……久しく忘れていた、この清々しい気持ち……ヒイロ……俺からも言葉を送るよ……○ね……。


「すいませんでした、もう、二度と近づきま――」


 殺気。


 咄嗟に、俺は黒砂こくさを抱き締めてその場に転がり――ドッ――凄まじい水の奔流ほんりゅうが、トタン板に開けられた窓穴から噴き出し、どうにか直撃を避けた俺たちは高笑いを聞いた。


「ふわーはっはっは!! コレが力か!! なるほどなぁ!! ヒイロ、月檻、どこだーっ!! お前たちが裏切ったか、裏切ってないかなんて、どうでも良いっ!! 要は、この圧倒的な力で、全員をほふれば良いだけだーっ!!」


 巨大な水鉄砲を両脇に抱えた寮長ミュールは、背部に師匠を搭載し(電車ごっこスタイル)、彼女から供給される魔力を全方位にぶっ放す。


 ――なんやかんやあって、全員死ぬ!!


「寮長、あんた、自分の作戦に従って死ぬつもりか!?」


 黒砂こくさを庇ったまま、頭を低くしていると、思い切り彼女に突き飛ばされて侮蔑ぶべつの表情までプレゼントされる。


「さわらないで」

「大変申し訳ございません。しかしながら、相手に触らずに相手を助けるという行為は、ちょっとこう、大変に難しいところがありまして。はい」


 高出力の水圧を受けて、トタン板が軋み始め、俺は黒砂こくさの腰に手を回して――引き金(トリガー)――トタン板が倒れて、背にかすり、外に飛び出す。


 黒砂こくさを小脇に抱えたまま、黒円柱ブラックピラーに触れて、すぐさま遮蔽物を作り出す。


 瞬間、水の柱がぶつかってきて、複数枚重ねたトタン板が物凄い勢いで歪む。


「ヒイロ、おまえ、やはり裏切ったなーっ!! わたしよりも、その胸の大きい女を選ぶんだなーっ!! フレアの言った通りだ!! おまえ、巨乳好きなんだってなー!! 胸で自分の寮を選ぶのか、このドスケベ野郎がぁーっ!!」

「りゅ、龍の癖に、なんて下世話な策をろうしやがる……うちの寮長の純粋無垢な心を乳でけがしやがって……!!」


 遮蔽物が、徐々に歪んでいき、俺の表情も歪む。


 水しぶきがかかる度に、黒砂こくさは嫌がるように顔をしかめていた。


「ヤバいな……黒砂こくささん、遮蔽物の生成クラフトを頼んでも良い? 俺が応射するから」

「…………じゃま」


 思いきり押されて、よろけた俺の前で、彼女は黒円柱ブラックピラーに触れる。たぶん、ただ水で濡れたくないだけだろうが、素直に遮蔽物が生み出される。


 俺は、顔を出そうとして――曲がってきた水の弾丸が、頬をかすめる。


「この裏切り者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 泣きながら、銃を構えたラピスが連射する。


「胸の大きさで、女の子を選ぶなんてさいてぇさいてぇさいてぇえええええええええええええええええええええええええ!! うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「コレ、もう、ただの個人的な私怨バトルロワイヤルだろ!? フレアになに吹き込まれたら、そんなに素直に信じちゃうんだよ!?」


 必死に応射する俺は、どうにか、黒砂こくさのフォローのお陰で命拾いする。ただ、彼女の気が変われば即死である。


 俺は、どうにか、ラピスを倒そうとし――俺の前で、彼女ラピスは、頭を撃ち抜かれて倒れ――驚愕で、上方を視る。


 遮蔽物を積み上げた塔の上。


 ライフルを構えたフーリィが、微笑みながらこちらに手を振る。


「ヒーくん、安心してー! 月檻ちゃんと話して、私たち、一時的に手を組むことにしたのーっ! 暴走したラッピーは、こっちで処理したからー! まずは、朱の寮(ルーフス)を倒しましょー!!」

「…………」


 え、コレ、月檻、裏切ってね……?


「おい、騙されるなよ。我が未来の財、親愛なる三条燈色」


 後方。


 トタン板で出来た建造物の中から、のんびりとしたフレアの声が聞こえてくる。


「ひゃっはっは、本当に手を組むつもりなら、あんな上方の安全なところから『安心してー』なんて呼びかけてくるわけがない。小賢しい精霊種特有の行為だ。同じ寮のメンバーを撃ったのも、自分のチームメンバーときみを信用させるための罠に違いない。

 我々と手を組もう。黒砂こくさには貸しがあるから、おれの命令であれば聞く。手を組めば、あの蒼いのと対等に戦えるぞ」


 どうしよう。


 俺は、驚愕で、ゆっくりと両手で口を押さえる。


 誰も信用できないから、全員、ぶっ殺してぇ……寮長の作戦がベストのようにしか思えない……むしろ、今、俺が一番信頼してるのは、間近で俺を護ってくれてる黒砂こくさじゃないか……?


 自分の近い場所で、共に戦ってくれているせいか。


 仮初の味方、チームメンバーが、真の味方のように思えてくる。


「お兄様」


 声。


 振り向くと、無手のレイが微笑んでいた。


蒼の寮(カエルレウム)の寮長が言っていることは嘘っぱちです。私、桜さんと話して、黄の寮(フラーウム)に入ることにしたんですよ。だから、もう、お兄様の味方で信用しても良いんです」


 笑いながら、両手を広げた妹が近寄ってくる。


「お兄様、私たち、兄妹ですよね……信頼、してくれますよね……?」


 妹に銃口を向けた俺は、引き金に指をかけて――決断を下した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ライアーゲームみたいですね
[一言] ・・・よかった、お嬢は早々にリタイアしたから、女の子の皮を被った悪鬼達の相手をしなくても良いのか・・・・。 もう、誰も信じられないwww
[一言] お嬢を撃ったヒイロは人間の鑑(手のひらドリル 寮長のイカれ計画が一番成功率高そうなの草生える
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