囚獄疑心
「いや、待て待て」
師匠の『チーム分け』宣言に対して、俺はツッコミを入れる。
「我が師よ、前提条件から整えていく時間を頂きたい」
「はぁ、まぁ、良いですけど」
くじ箱を混ぜていた師匠は、素直に動きを止める。
こほんと咳払いをしてから、俺は、相変わらずの美貌を持つ師に語りかけた。
「まず、コレは『三条燈色がどの寮に入るか』を決める戦いで、俺としても了承済み、その勝負方法と審判方法は公平を期するために師匠の手にゆだねられた……ココまでは、合ってるよね?」
「はい」
「だとしたら、この三条燈色争奪戦は、各寮間の争いとなる。フーリィから呼び出されたのは、各寮三人ずつで、人数的にも3対3対3で無問題。
にも関わらず、ココからチーム分けを行う意味はなに?」
「だって、普通にやっても、面白くないじゃないですか。なので、各寮から1名ずつ集めたチームで戦ってもらいます。
それに、最近、私、一番○じにハマってるので」
「いや、ちょっと待て。
その一番○じ、誰にそそのかされた?」
師匠は、静かに、俺から目を背ける。
「おいコラ、師匠、コラおい。弟子のお目々を視なさい。嘘偽りなく、きちんと、説明してみなさい。蒼いのか? うん? それとも、朱いのか?」
視線。
師匠の視線を辿ると、そっぽを向くラピスが居た。
「おいおい、姉弟子ぃ……寂しいじゃねぇか、あぁん……弟弟子の俺に相談もなく、くじ沼に師匠を浸からせるなんてよぉ……それが、エリート揃いの蒼の寮さんのやり方ですかぁ……?」
下から覗き込むと、企てがバレたラピスは、羞恥でカァーっと赤くなる。
ぐりんと、頭を曲げて。
俺は、微笑んでいるフーリィに標的を定める。
「いやぁ、さすが、蒼の寮さん……やり口が大胆かつ不敵、なおかつ、お卑怯ですねぇ……この金髪エルフ娘になに吹き込んだか知りませんが、あのくじ箱、なんか仕込んだりしちゃってんじゃないですかぁ……ぅうん……?」
「うふふ、しらなぁい」
「我が師よ」
俺は、右拳を左の手のひらに当て、背筋を伸ばした状態でお辞儀をする。
「失礼ながら、そのくじ箱、薄汚い不正の臭いがします。
確認させて頂いてもよろし――」
師匠の手から、くじ箱が吹き飛ぶ。
振り向くと、笑顔のレイが手のひらを構えていた。
彼女の手のひらからは、魔力の残滓が立ち上り、吹き飛んだくじ箱は地面の上で燃え尽きていく。
「申し訳ありません、手が滑りました」
「中止だ中止ィイ!! ふざけんじゃねぇ!! 証拠隠滅罪証拠隠滅罪!! 視ましたか、皆さん、コレが蒼の寮と朱の寮のやり口ですよ!! コイツら、うちの純粋な師匠をだまくらかして、神聖な勝負を汚そうとしてやがりまぁす!!」
「おいおい、三条燈色。
きみ、そこまで言うなら、黄の寮の潔白を晴らせるんだろうなぁ? そこにいるピクニック気分の人幼も、裏ではなにを考えているかはわからないし、どんなえげつない手を繰り出してくるかも不明だろうが」
「寮長」
リュックの紐を両手で握って、ぼけっとしていたミュールは顔を上げる。
「ん? なんだ?」
「決戦前インタビューです。
この三条燈色争奪戦のために、貴女はなにをしてきましたか?」
尋ねられたミュールは、勢いよく前のめりになる。
「お、おまえ、バカにしてるのか! わたしは、黄の寮の寮長で、アイズベルト家の人間だぞっ! あ、あれなんだからな! すごいんだからな!! だ、だから、アレだ、アレとかしたわっ!!」
「ほう、アレとは?」
偉そうに腕を組み、ミュールは自信満々で口を開く。
「昨日、早く寝た」
感動で――俺は、涙を流す。
その感動を隠そうとしないまま、俺は佇む彼女らに問いかける。
「あなた方は、こんなにも無垢な存在に悪逆無道が為せるとお思いか……昨日、早く寝た……あなたたちの中で、それだけのことを自信満々で言い切れる者がいるか……二度と、我が寮を疑うような真似はやめて頂きたい……我が黄の寮に不正はない……ただ、早く寝る……夏休み中の中学生に出来ないことが、我が寮長であればいとも簡単に出来ることを憶えておいて頂きたい……」
泣きながら、俺は、師匠の肩に両手を置く。
「師匠、俺、ゆるせねぇよ……師匠が審判者を務めるこの勝負を、卑怯千万で汚した蒼いのと朱いのが……だから、俺、絶対に勝つよ……師匠がどんな勝負方法を選んだとしても、絶対に黄の寮が勝利を掴んでみせる……例え、師匠が、黄の寮にとって不利な勝負方法を選んだとしても……正義の志で勝ってみせるから……!!」
俺は、師匠に視えない角度で笑みを形作り、フーリィとフレアに舌を出す。
悪いが、最初から、俺は黄の寮で三寮戦に挑むつもりなんでねぇ……お嬢がいる時点で怪しいとは思ってたよ……俺とお嬢、それとやる気のない黒砂を組ませて封殺しようって計画だろうが……お前らの企みは、ミュールと月檻の経験値に変換させてもらうぜ……!
「ヒイロ」
師匠は優しい笑みを浮かべて、勝利を確信した俺も笑みを晒す。
「師匠……!!」
綺麗な笑顔で、師は言った。
「でも、バスの中で、私の悪口言いましたよね?」
「…………」
「でも、バスの中で、私の悪口言いましたよね?」
「…………」
「でも、バスの中で、私の悪口言いましたよね?」
普通、三回も言うほど、根にもったりする? 出来ないやん、普通、そんなこと。
「残念ながら、ヒイロ、私はラピスと違ってチョロくないのでその手は通じません。
師匠なので。最強なので。節制に重きを置くエルフなので」
「いや、一番○じにハマってたでしょ……」
「今、わたしのことチョロいとか言う必要あった? 王家の力、見せつけるよ?」
非難轟々の俺とラピスを跳ね除けるように、師匠は銀色の髪を掻き上げる。
「ヒイロ、私を舐めてますね?」
「はい(正直者)」
「この私が、悪意の臭いを見逃すとお思いですか? 当然、このくじに仕込みがあることは知っていたし、その気になればくじ箱の破壊だって阻止することも出来た。
その上で、再度、言いましょう……これから、チーム分けを行います」
まぁ、さすがに、師匠もそれくらいは把握してるよな。疑いすぎか。
反論しない俺に満足した師匠は、燃えカスとなったくじ紙を風で吹き上げる。風に導かれ、復元された紙片が俺たちの手に配られる。
紙面には、特徴的な記号が描かれていた。どうやら、同じ記号を持つ者同士で集まれということらしい。
俺たちは、同様の記号をもつ者同士で集って固まる。
「…………」
「異議を申し立てますわ!! どうして、男と組まないといけないんですの!?」
俺は、左の黒砂と右のお嬢を見つめ、ニッコリと笑って――泣きながら、紙片を地面に叩きつけた。
「仕組まれてるじゃねぇか、カスがァ!!」
Aチーム:フーリィ、レイ、月檻
Bチーム:フレア、ラピス、ミュール
Cチーム:ヒイロ、黒砂、お嬢
全チームの振り分けを確認し、ため息を吐いた俺は疑問を呈する。
「今更、異議申し立てしても意味ないだろうから話を進めるが、各寮のメンバーがバラけて、どうやって決着を着けるつもりだよ? コレは、寮の対抗戦の前座で、俺がどの寮に入るかを決める戦いだぜ?」
「焦らずに。きちんと、説明します。
コレは、古くは神殿光都を治めていたエンシェント・エルフが暇つぶしで殺し合いをした時に用いた遊戯でしてね。
名は」
師匠は笑う。
「『囚獄疑心』」
学生同士で戯れるにしては、おぞましい名前の遊戯では……?
俺たちの反応を視ながら、微笑んだ師匠は説明を続ける。
「この遊戯のルールは簡単。各チーム同士で殺し合い、最後に残ったチームの勝利。
ただし、最後に残ったチームは一名でなければならない」
俺はルールを理解し、月檻は微笑む。
「へぇ、面白いね。
つまり、味方同士で攻撃し合っても良いんだ」
「合っていますよ、月檻桜。その理解は正しい。
エンシェント・エルフは、その気になれば、永劫に生き続けられる生物……いや、アレを生物と言って良いかはわかりませんが……彼女らは、永遠に続く暇を打ち消すために、刺激的な終焉を求めていたんでしょうね。
最終的には、この囚獄疑心によって、エンシェント・エルフは一名だけが生き残った。彼女らにとって、種の保存とか繁栄とか未来とか、そういうものに価値はなかったのでしょう」
「エルフの成体、歴史的背景のご教授は望んでいない。人も龍も簡潔さを好む。
とっとと、本題に入って頂きたい」
「要するに、貴女たちには、敵同士である他寮のメンバーと手を組んで戦ってもらうが、何時でも裏切っても構わない。と言うか、裏切らない限り、勝利の杯は配られない。
この『囚獄疑心』では、最後に残った1名が所属している寮が勝者の栄誉を得る」
俺たちは――無言で、視線を交わし合う。
随分と、性格が悪い遊戯で、作り上げたエンシェント・エルフたちは正気だとは思えない。
味方は敵で、敵は味方だ。
この遊戯の参加人数は、たったの9人、たったひとりの離脱でも大きく戦力が傾くことになるだろう。
だからこそ、常に、悩まされることになる。
裏切るか、味方を装うべきか。真の味方を助けるべきか、真の味方すらも裏切るべきか。背中を預けるべきか、背中を借りるべきか。
この戦いの中で数的優位を取ったとしても、味方の中に敵が潜む以上、そう単純な足し引きに陥ることもないだろう。
だからこそ、悩み続けるしかない。
まさに、囚獄疑心……疑心の獄に囚われ続ける。
「とは言っても、実際に殺し合いをさせるわけにもいきませんので」
師匠は、トタン板に立てかけられている水鉄砲を視線で示す。
「得物は、水鉄砲のみにします。とは言っても、普通の水鉄砲ではなく、擬似的な魔導触媒器で、魔力の量を感知して水量や勢いを調節出来ますし、生成で水を自由自在に補給出来ます。
HITか否かは、私が判定するのでご安心を」
「師匠、寮長は、生まれつきの魔力不全で――」
「はい。わかっていますよ。
なので、彼女の銃の魔力は私が担当します」
答えを聞いた瞬間、俺はニヤリと笑う。ミュールと同じチームのラピスの顔色が変わり、フーリィが舌打ちをする。
特にラピスはその意味がわかっているのか、反論を口にしようとしていたが……代案を思いつけないのか、ぱくぱくと口を開閉させていた。
「師匠、確認。
水鉄砲の所持制限は? 何本でも持っていいの?」
「えぇ、構いませんよ。持てる分だけ」
俺は、ニヤニヤと笑う。
「オッケー。
で、この戦場に散らばってる黒い円柱は? あと、中央にある小さな塔の意味」
「あの円柱は、遮蔽物の生成に用います。点々と設置されているアレらの遮蔽物には、種類と大きさの設定があり、あの円柱に魔力を流し込めば画面から選択して生成を行えます。
中央の小さな塔は、戦場全体の操作です。鳳嬢の屋内訓練場のように、地形自体を変更したり、遮蔽物に対魔障壁を付与したり出来ます」
なるほど、本当に、三寮戦の前座みたいな感じだな……とは言っても、一部要素が似通ってるくらいのものだが。
「他に確認は?」
「もう少し、細かいルールはないのかしら? 水鉄砲を使って、相手にその中身をHITさせれば他になんでもあり?」
「えぇ、その通――」
「その水鉄砲って言ってるのは、そこの壁に立てかけられたモノを指すんだよな?
例えば、魔導触媒器で巨大な氷の水鉄砲を作って、真上から水を垂れ流し、自分以外は全員HITみたいな卑怯臭い手は無しに決まってるよね?」
「えぇ、もちろん。
魔導触媒器の使用は禁じませんが、その攻撃によるHITは判定しません。そこの水鉄砲のみを使って戦ってください」
フーリィはニッコリと笑い、胸に手を当てた俺は、彼女へとお辞儀をした。
「つまるところ、良識の範囲内で戦えってことですよね。理解しました」
レイの了解を最後に質問が終わり、俺たちは、各チームで散らばって身を潜める。
Cチーム開始地点、薄暗い遮蔽物の中で。
拳銃型の水鉄砲を構えたお嬢は、自信満々で笑みを浮かべる。
「オーホッホッ!! わたくし、こんな庶民の玩具で遊んだことなんて一度もありませんが、ハァリウッドの銀幕デビュー間違いなしと謳われる美貌がありますゆえ!! 庶民の銃をバンバン撃ち合う映画で勉強したこともありますし、とっても自信がありますわぁ!!」
「おぉ、さすがだなお嬢! 期待してるぜ!」
お嬢は、格好良く銃を構えて頷く。
「わたくしの背中に付いてきなさい。
ココから先は――戦場ですわよ」
「かっけぇええええええええええええええええええええええ!! お嬢、やべぇえええええええええええええええええええええ!!」
「…………」
黙りこくっている黒砂は、ライフル型の水鉄砲を抱え込んだまま微動だにしない。
俺は、ちらりと彼女を視てから、お嬢に微笑みかける。
「お嬢」
水鉄砲をくるくると回して、華麗に握りしめた俺は笑う。
「俺の背中は、任せたぜ?」
お嬢は、フッと笑う。
「精々、足を引っ張らないことですわね」
開始の合図。
甲高い笛の音が、戦場に響き渡り――
「さぁ! 行きま――」
お嬢が、びしょ濡れになった。
後ろからの攻撃で。
「…………」
お嬢は振り向き、彼女を撃った俺は、ニチャァと笑った。
「おじょぉ……俺は、あんたに背中を預けたが、あんたの背中を預かったつもりはないぜぇ……?」
目を見開いたお嬢は、自分のお腹に両手を当てて、よろめきながら壁に背をつき――微笑んで、ずるずると、その場に崩れ落ちる。
「どうやら、ココまで……のようですわね……」
お嬢は、震える手で、首飾りを握ってソレを見つめる。
「ごめんなさい……わたくし、帰れそうにありませんわ……せめて、さいごに……あなたに……あい……たかっ……た……」
ガクリとお嬢は力尽き、俺は、完璧なその演技を見届ける。
「…………」
銃をバンバン撃ち合う映画で学んだのは、ヤラレ役の演技かよ……お嬢、あんた、どんどん遠くなるよ……俺を残して、どこまで行っちまうんだよ……?
オフィーリア・フォン・マージライン――享年、開始2秒。
俺は、彼女の素晴らしい噛ませに驚嘆し、手を合わせてその冥福を祈った。