晴れのちドヤ顔
巨大な外観に反して、高級感溢れる座席がたったの10席。
モニターとリクライニング、足置きまで備えたソファーみたいな座席には、9人の生徒たちが座っていた。
月檻桜、ラピス・クルエ・ラ・ルーメット、三条黎、オフィーリア・フォン・マージライン、フレア・ビィ・ルルフレイム、フーリィ・フロマ・フリギエンス、ミュール・エッセ・アイズベルト、そして三条燈色。
馴染みのメンバーが8人。
それにプラスして、朱を示す赤色の獅子を象った所属章を身に着けた少女がひとり。
「…………」
鳳嬢魔法学園の大圖書館に潜むサブヒロイン、ファンからは『ツンとデレの幅が、絶対零度と絶対熱くらいある』と謳われる彼女はそこに居た。
沈黙を保つ彼女は、真っ黒なワンピースを着込み、寝癖のあるふわふわの黒髪を重力に任せ、真っ赤な瞳を片方だけ覗かせている。
「…………」
上から下まで真っ黒。
純黒の首輪を着けた首筋と豊満な胸元だけが白く、唯一、まともに色を示しているのはその赤い瞳と所属章だった。
黒タイツで両足を包んでいる彼女は、綺麗に足先を揃えて、床の一点を見つめたまま微動だにしない。
恐らく、ゲーム内での攻略難易度は最上位を誇る『黒砂哀』は、誰とも相容れるつもりはないらしく、じっとしたまま人形のように座っていた。
バスに乗り込んだ俺は、その全体像を眺める。
この高級バスに乗っているのは、全員が全員、鳳嬢生でトータル9人……黄の寮が3人(月檻、ヒイロ、ミュール)、朱の寮も3人(フレア、レイ、黒砂)、蒼の寮も3人(フーリィ、ラピス、お嬢)。
10人乗りのバスに9人。
引率の先生でも付いてくるのかと思ったが、フーリィは顎で座るように俺に指示を出し、腰を下ろした瞬間にバスが発進する。
座席は寮ごとにまとめられており、俺の隣にはぼんやりと外を眺める月檻が座っていて、前の座席を反転させたミュールが正面に腰を下ろしている。
「おっす」
月檻に声をかけると、彼女は優しく微笑む。
「おっす」
さっきまで、つまらなそうにしていたのに、彼女は窓外の景色から俺へと視線を変える。
月檻の目元がイタズラっぽく笑んで、俺は、主人公の隣で苦笑する。
「8人の女の子に奪い合われるお気持ちは? どう?」
「いずれ、お前にもわかる。この倍以上にしてやるから楽しみにしておけや」
「それはそれは」
窓枠に肘をついた月檻は、綺麗に微笑む。
「ヒイロ、月檻」
リリィさんに持たせてもらったのか、ちっこいリュックを膝に抱えている寮長は、編み込んでいる白金の髪を揺らしながらささやく。
「今回のヒイロ争奪戦は、三人一組の対抗戦だ。
ふふん、不安になっているようだが、我が黄の寮が敗ける筈もない! このわたしに黙って付いてこい!」
「「…………」」
「撫でるな!! 可愛がるな!! 菓子を差し出すな!! 動物園のチンパンジーかなにかじゃないんだぞ!!」
怒られたので、俺と月檻は、右手を引っ込める。
「つーか、寮長、三条燈色争奪戦なのに俺を戦力に数えちゃって良いの?」
「うん、大丈夫だ! フーリィが良いって言ってたからな! ヒイロはどうせヒイロだから、無理矢理にでも参戦してくるって!」
「…………」
そっと、俺は、頭を出して前の席を窺う。
見計らったかのように、笑顔のフーリィは、こちらにひらひらと手を振っていた。
「……マジで、アイツと正面からやり合いたくねぇ」
「まぁ、腐っても寮長だし。
正面に居るのも、同じ括りだと良いけど……ただ、腐ってるだけだったら困る」
「ん? 月檻桜、どういう意味だ? ヒイロ、どういう意味?」
「寮長、最高ってことっすよ。すんません、うちの月檻、ツンのツンなんで。ツンツンと来てツンッてなるわさび系女子なんで。今度、俺がデレの真髄を教えとくんで勘弁してやってください」
「ヒイロくんならともかく、この子にデレる日は二度と来ないと思うけど」
あいも変わらず、COOLな月檻の毒舌が効いていないのか、そもそも聞いてないのか、寮長はごそごそとリュックの中を弄る。
「月檻、ヒイロ、よく聞け」
ニヤけながら、寮長は『作戦ノート』と書かれたノートを取り出す。
「昨日、徹夜して、完璧な作戦を考えてきてやった! 聞きたいか? ん?」
「別に、聞きたくな――」
俺は月檻の口を押さえつけ、不満気な彼女に人差し指をかじられる。
「さすが、寮長、是非ともお聞かせ願いたい」
思う存分、俺の人差し指をかじった月檻は、そっと寄ってきて耳打ちしてくる。
「……敵陣の真っ只中で、作戦話すとかバカ?」
「……良いから良いから。まずは、何事も始めることからだろ」
「……どうぞ、お好きに」
月檻は、長い足を組んで、俺の手の甲にデコピンを連打する。
俺たちの会話が終わったのを見計らって、自信満々の寮長は、授業参観で作文を読み上げる小学生のようにノートを構えて口を開ける。
「まず、フーリィをぶち殺す!」
「初手、私怨とか、さすが俺たちの寮長だぜ!!」
「次に、フレアをぶち殺す!」
「私怨の連鎖が止まんないんだけど」
「なんやかんやあって、全員死ぬ!!」
「オイオイオイ」
「死んだわ俺ら」
読み終えたミュールは、顔を輝かせて、俺たちを見つめる。
「どうだ!?」
「ゴミ」
「ブラボー、寮長、ブラボー!! まず、ソレを堂々と読み上げる胆力の強さ!! そして、作戦と言い張る度胸!! 『作戦ノート』の『作』の横線が一本多いところまで含めてPERFECT!! 月檻のヤツ、ツンツンしながら聞き惚れてましたよ!! ゲヘヘ、月檻ぃ、お前、寮長のこと好きになっちゃったんじゃねぇのぉ?」
「は?(真顔)」
「すいません(真顔)」
ひと晩かけた殺意の集大成を『ゴミ』呼ばわりされたミュールは、涙目になりながら月檻を指差した。
「お、お前ら!! そんなに言うなら、きちんと、作戦があるんだろうな!! このわたしを納得させられるようなさくせんが!!」
「勝負内容もわからないのに、作戦を立てようがないでしょ」
「今回の主催は、フーリィですよね? 寮長、事前になにか耳に入ってます? なんか、ウザったらしい感じの銀髪エルフが関わってるとか聞いてたりしません?
ラピス経由で、腕だけは良いドヤりに命を懸けてるアから始まってルで終わるのまで参戦したらすげぇ困るんですけど」
ドンッ、と、バスの天井から大きな物音が聞こえてくる。
「あれ? なんか、ぶつかりました?」
「え? 鳥かなにかじゃないか?
まぁ、ともかく、わたしはフーリィからなにも聞いてないぞ」
俺たちは、揃って、前の席を窺う。
見計らったように、フーリィが顔を出して、ひらひらとこちらに手を振った。
「とりあえず、不意打ちで、あの蒼いの殺っちゃわない?」
「寮長の殺意に染まるのはやめろ。
まぁ、さすがに、フレアがイチャモンつけるだろうし、情報の開示が直前になっても問題にならないような勝負内容になってるとは思うが」
ゆっくりと、バスが止まった。どうやら、目的地に着いたらしい。
主催の蒼の寮の寮長様は、全員に下りるように指示を出し、俺たちは一列になってバスを下りる。
扉を潜って、視界が開ける。
そこには、砂地の広場があった。
遮蔽物らしきトタン板で作られた屋根なし建造物や重ねたタイヤが、ぽつぽつと配置され、敷設型魔導触媒器であろう黒い円柱がまばらに立っている。
広場の中央には、人間の等身くらいの高さの小さな塔があり、その頂点には翡翠色の宝玉が付いている。
勢揃いした9人は、寮ごとに分かれて並び、フーリィに目線を注ぐ。
「で」
捻じくれた角を光らせたフレアは、肩を竦める。
「ココで、なにするつもりだ、フーリィ・フロマ・フリギエンス? まさか、9人で砂の山でも作ってトンネル開通させましょうなんて言い出さないよなぁ?」
「私も知らないわよ」
「ぁあん?」
フーリィは、苦笑する。
「だって、私がルールを決めたら公平性がなくなっちゃうでしょ? だから、平等を司る審判者を用意したから。
そろそろ、来るんじゃない?」
その言葉を待ち望んでいたかのように。
公明正大の天秤を持つ審判者は――空の上から降ってくる。
ダンッ!!
音を響かせ、砂埃を上げて。
俺たちの眼前に着地した彼女は、バスの上から降ってきて、銀色の長髪をなびかせながら微笑んだ。
「ご紹介に預かりました」
見覚えしかないエルフは、ドヤ顔で髪を掻き上げる。
「公明正大!! 現世最強!! 世界一位!! アステミル・クルエ・ラ・キルリシアです!! よろしくお願いします!!」
ドヤァと笑みを浮かべて、師匠は、俺とラピスの方をちらちらと窺う。
「「…………」」
師の痴態を目の当たりにした俺とラピスは、そっぽを向いて他人のフリをした。
「では、早速ですが」
めげない師匠は、ハキハキと宣言する。
「チーム分けをしましょうか!」
「……あ?」
思わず、俺は声を上げて、師匠は楽しそうに笑った。




