パジャマパーティーバトル
シャンプーの香りがする。
8人に対して、7つのベッドが並べられ、風呂上がりの美少女たちが並ぶ。
全員が全員、髪を下ろすか軽く縛っており、どことなく無防備なパジャマ姿を魅せていた。中央に添えられた俺は、誰かが動く度に誰かと触れ合うことになる位置にいた。
「なに、この……」
7人に囲まれた俺は、腕を組んだまま目を閉じる。
「この、なに……なんで、俺が中央なの……御神体的な立ち位置って、スゴイ嫌なんだけど……もっと、こう……キャッキャウフフの美少女オンリー枕投げ大会的なアクティビティを期待してるんだけど……俺を生贄にして、なにか召喚するつもりなの……?」
「てか、きょーちゃん、私服はクソダサいのにパジャマは格好良くない? センス壊滅的かと思ってたのに」
片足立ちで、マグカップを持つルーちゃんは、黒色のルームウェア・パジャマを着ており、健康的なふとももを晒していた。
「私服もパジャマも、ただのスノウ・セレクションだけど……まぁ、たくあんTシャツよりはマシくらいじゃないの?」
俺は、サテン生地のナイトウェアを摘んで見せる。
ルーちゃんが綺麗に口笛を吹いて、抱き締めている枕に顔の下半分を埋めている緋墨が、ちらちらとこちらを観察してくる。
「自宅では、妙な虫が付くこともないので。
しかし、しまりましたね。こういう時のために、二足歩行の鹿がラグビーをしている柄のクソダサパジャマを買っておくべきでした」
「そういうの、どこから見つけてきてんのお前? 地獄?」
「ふん……婚約者に服まで買ってもらってるとか……プライドないの……まぁ……んじゃないの……ふん……」
ポンチョコート風の灰色もこもこパジャマに、しましまのもこもこ靴下を合わせた緋墨は、モゴモゴつぶやきながら、下顎で枕を押し込んだり、押し込まなかったりを繰り返している。
「しかし、パジャマパーティーとは」
どことなく、学園の制服に似ているパジャマを着たシルフィエルは、マグロくんからマグカップを受け取る。
「パジャマ姿で、教主を囲み、ホットミルクを飲みながら礼賛する儀式という認識で合っているのでしょうか?」
「ホットミルクで物足りないなら、マグロの刺し身でもつまむ~?」
お姫様みたいなひらひらパジャマを着ているワラキアが笑い、震えながら、マグロくんは抜身の包丁を己の腹に当てた。
だるんだるんのナイトキャップに、袖余りしているパジャマ。
俺が必死でマグロくんを逃していると、特徴的な寝間着姿のハイネが手を挙げる。
「ホームドラマで視た。パジャマパーティーとは枕投げ」
「えへへ……病院で出来なかったヤツ……楽しそう……」
「あァ!! 良いねェ!! 枕投げ、やろうよやろうよォ!! 女の子が女の子と枕を投げ合う姿は美しいからねェ!!」
「きもっ(メイド流ダイレクトアタック)」
全員がマグカップをサイドテーブルに置いて、おっきな枕を持ち上げる。わくわくしながら、俺は観戦体勢に移行した。
「せーのっ!」
掛け声と共に、一斉に、俺の顔面へと枕が叩きつけられる。
「…………」
ボコボコと、枕でタコ殴りにされている俺は、静かに両手で『T』を作った。
「お待ち下さい」
俺は、顔から枕を剥がす。
「アレだわ、位置が良くないわ。一回、アレだわ。場所を交換しよう。真ん中にいれば、そりゃあそうなるわ。はい、交代交代」
俺はシルフィエルと場所を交換し、ニチャァと笑みを浮かべて掛け声をかける。
「せ――」
俺の顔面に、枕がブチ込まれる。
思わず、顔を押さえて蹲った俺の頭と背中に、ボコボコと枕が叩きつけられていく。
数分後、ようやく攻撃がやんで、俺はすっと顔を上げる。
「残念ながら、このパジャマパーティーにはいじめがあります。
教主、悲しい。せっかくの催し物に対して、どうして、こんな酷いことをするんだ。皆、仲良し神聖百合帝国じゃないのか。俺は、ただ、キャッキャウフフしてるパジャマパーティーを静かに見守りたかっただけなのに。
全員、目を閉じなさい。教主様の顔面に、枕をブチ込んだ人は手を挙げて。一斉に目を開いて、黒幕を明らかにしましょう。
じゃあ、いくよ。はい、目を閉じ――そんなこったろうと思ったよ(7つの枕が直撃する音)」
目を閉じた俺が一方的にボコられて、ひとりだけ明らかに私怨が入っている緋墨は、ハァハァ言いながら楽しそうに枕を投げていた。
「で」
結局、中央に島流しにされた俺は、猫耳フード付きのパジャマを着たりっちゃんに、優しく枕で叩かれながら口を開く。
「三寮戦についてだけど」
「そもそものそも、三寮戦とは? なに?」
ワラキアの頭をぺしぺし叩きながら、ハイネは問うてくる。
「鳳嬢魔法学園で、6月に行われる大規模イベントだよ。他校で言うところの体育祭。つっても、他の学園では考えられないくらいの規模の大きさで、マスコミやら政界の要人やら、魔法結社のスカウトやらが大勢押し寄せる。
三寮戦の模様はテレビ/ネット中継されて、優勝した寮には学園長から素敵なご褒美があるし、就職やら進学は有利になる上、少しでも活躍すればスコアは段違いに跳ね上がる。
優勝寮の寮長には、鳳嬢魔法学園の歴史にその名が刻まれるっていう最上級の栄誉が与えられるから、基本的に各寮の寮長は必死になるし、寮生たちも少しでも活躍してスコアを上げようと頑張るって感じ」
「人間は、妙なことに精を出しますね……体育祭ということは、各競技に出席する生徒を選出して競うという形式ですか?」
「いや、三寮戦の種目はたったのひとつだ」
俺は、笑う。
「大規模駒戯戦だよ。
法則は簡単――駒が王を取れば良い」
「つまり、寮生が寮長の首を取る? 原始的な戦略ゲームですか」
「まぁ、そう簡単な話じゃありませんけどね……鳳嬢は魔法学園ですから、当然、魔法の知識と実力を競い合うものになる」
緋墨は苦笑し、俺はその笑みを引き取った。
「言うなれば、規定された戦場で行われる集団魔法戦かな。つっても、寮生に割り振られた役割……駒によって、それなりに細かい規定があるから、事前にその役割を振るところから寮長の実力が問われる」
「で、その駒の取り合いに、我らが御主人様はもう巻き込まれてるわけですか」
「わぁ、人気者……教主様、すごい……!!」
「スゴイと思ってるなら、人のことを枕で殴るのをやめなさい幼子よ。
そこのメイドが仰られる通り、今、謎の三条燈色争奪戦が巻き起こってるんだよ。ははは、モテる男は辛いぜぇ」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「あ、あの……小粋なジョークにツッコミがないと……なんか、あの……」
首筋にデコピンされる。
振り向くと、素知らぬ顔で、緋墨が爪を弄っていた。
「で、この時期は、各寮間で引き抜きとかある感じ? 情報工作とかえぐそうで、おもしろそー、オレも参加してー!」
「教主。教主は、景品の癖に、三条燈色争奪戦に参加しないの?」
「我が親愛なる配下、ハイネくん。なに、『景品の癖に』って。どういう意味。謎にトロフィー化された教主様の傷ついた心に寄り添いなさい?」
「ヒイロ様は、参加しますよ。どの寮で参加するのかは、既に決まっていて、その寮を勝たせないといけませんからね」
すまし顔で正座していたスノウは、横目で俺を視て微笑む。
さすが、俺のメイドと言うべきか、大体の思惑はバレているらしい。こういうの見透かされると、妙に気恥ずかしくなるよね。
「だから、きょー様争奪戦の方が先なのに、きょー様ったら、三寮戦三寮戦って未来のことばっか言ってたんだぁ」
「まぁ、そういうこと。
前哨戦如きに重きは置かねーので」
「では、教主様は、景品として己の争奪戦に颯爽と参戦なさるということですね」
「一言一句間違えてないのに、煽られてるように思うのは俺の心が卑しいからですかね、ハイネ先生」
「たりめぇよ、てやんでぇ」
「この江戸っ子、べらぼうに縊り殺してぇ~!!」
ホットミルクを飲みながら、とりとめのない会話を交わしていく。
最初に、りっちゃんがうとうとし始めて、彼女に肩を貸していたルーちゃんも目を閉じ、ふたりで重なるようにして眠り始める。
「…………(激写)」
「…………(激写する主人激写)」
スノウから、ニチャァ笑いを浮かべているキモオタの写真が大量に送られてきて、直視した俺は危うく心臓が止まるところだった。
「では、そろそろ寝ましょうか」
手慣れた動作で、シルフィエルとスノウと緋墨は、りっちゃんたちに布団をかける。その三枚分、俺とワラキアとハイネが剥がし取って頭を殴られる。
「ワラキアとハイネのせいで、俺まで殴られたわ……世話焼きスリーマンセルが、三枚もかけたから、気が利くことで定評のある俺が大活躍しようとしただけなのに……」
「わーだって、余ってるみたいだったからもらおうと思っただけなのに……」
「私は、他人から奪った布団じゃないと寝れないから……」
「えぇ……業が深すぎるでしょ……」
「やだぁ……わー、この子、こわぁい……」
「ふざけんなよ、おまえら」
「電気消すよー」
全員が寝静まったタイミングで、邪魔な男は退散するかと思っていると、背伸びした緋墨が電気を消した。
暗闇が場を支配して、静寂に包まれる。
出ていくタイミングを逃した俺は、部屋の隅で透明化して、朝まで少女たちの百合寝を見学しようと思い立つ。
が、ぱっと明るい光が放たれ、布団の中で懐中電灯を灯したハイネが笑う。
その手には、眩く輝くデッキがあった。
その余裕溢れる笑みを視て、俺は直感する。
コイツ……強いな……。
確かな緊張感。
決闘者としての実力が、その眼差しから感じられ、手の震えを隠した俺は顔を上げる。
俺は、笑いながら、懐のデッキを取り出し――叫んだ。
「決闘開始の宣言をしろォ!! ワラキァア!!」
「決闘開始ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
「寝ろ、クソガキどもォオオオ!!」
しこたま、緋墨に怒られた(結果論)。
布団を没収された俺たちは、不貞腐れて、指1本から始めて指5本以上になったら敗けるヤツで遊んでいたが……ついに、ワラキアが寝落ちして、むくりと起き上がったシルフィエルが彼女に布団をかける。
「「…………」」
俺とハイネは、寒空に凍える子犬の演技をしたが、ついに救いは訪れなかった。
そのうち、真正面のハイネからも、すぅすぅと寝息が聞こえてきて、俺を抱き枕代わりにしているワラキアを引き剥がす。
そっと、寝床を出ようとして――引っ張られる。
不覚にも、後ろに倒れた俺は、そのまま布団の中に引きずり込まれて……あたたかな布団の中で、緋墨が俺を見つめていた。
熱い吐息を直に感じる。
起伏する胸が視界に入って、同じシャンプーの香りが鼻孔に入り込む。
「ね」
俺の腕を掴んだまま、頬を上気させた彼女はささやく。
「ちょっと……話しても良い……?」
「構いませんよ」
俺を後ろから抱き締め、微笑んだスノウは、俺の肩の上から顔を出す。
「丁度、私も話したかったところですから」
緋墨とスノウは、俺を挟んで、静かに見つめ合う。
「じゃあ、俺は、ここらへんで失礼しま――」
「「お前はココにいろ」」
「あ、はい……」
震えながら、俺は、両手を祈りの形で組んだ。