婚約者ムーブするメイドは、神聖百合帝国にて最強……覚えておけ
「うぅん……」
神聖百合帝国が誇る国営補佐『椎名莉衣菜』こと、りっちゃんは、お気に入りの猫耳付き毛布をかぶった状態で唸る。
「教主様……その三寮戦、聞く限りだけど、あんまりココの国家運営とは結びついてないかも……ココの国家運営は、言うなればターン制ストラテジーだけど……その三寮戦はMOBAとRTSかなって……参考にならないかも……ごめんね……」
「まぁ、そうだよなぁ。繋がると思って期待してたんだけど」
「ごめんね……」
笑って、俺は、りっちゃんの頭をぽんぽんと叩く。
「気にすんな、勝手に俺が期待してたんだから。俺とりっちゃんの仲じゃん。国営補佐の手練手管には、すげぇ助けられてんだから」
「えへっ……教主様、はじめて『りっちゃん』って呼んでくれた……」
「え、そうだっけ?
まぁまぁまぁまぁ、りっちゃんはりっちゃんで俺は俺、この友情は普遍のものとしてまずはお近づきの印に恋バナとかしない? 好きな女の子とかいるの? 緋墨とかルーちゃんとかさぁ、なんか、あんじゃないのぉ? えぇ?」
俺は、満面の笑みで、百合成分を補給しようと食指を伸ばす。頬を染めたりっちゃんは、恥ずかしそうに指と指を突き合わせる。
「え、えへ……そういうの、よくわかんない……ルリちゃんとルーちゃんは、入院してた時からのお友達だから……で、でも、ルリちゃん、そういう恋愛の漫画好きだから……憧れた時はある……かも……えへ……」
「ふへっ(堪えきれなかったキモオタ)、じゃ、じゃあ、いずれは女の子とお付き合いとかしたいとか思ってるの? 良いじゃん、ふへへっ、さ、最高じゃん」
「り、リイナは……リイナの好きな人とお付き合いしたい……一緒にゲームとかしたい……でも、リイナ……」
日の光。
丸窓から射し込む光を見つめて、りっちゃんはつぶやく。
「あのまま、病気で死ぬと思ってたから……この延長線をどう辿れば良いかわかんない……たぶん、ルリちゃんもルーちゃんも同じで……消灯時間、三人しかいない部屋で、布団をかぶってしゃべったあの夢が……どこにデートに行きたいとか……映画の感想を言い合いたいとか……トリプルデートなんてしてみたいねとか……あの夢想が、今、実現出来るかもしれないって言われても……わかんない……えへへ……」
「…………」
「リイナ、教主様のこと大好き」
天真爛漫に、彼女は笑った。
「きっとね、リイナもルリちゃんもルーちゃんも……あのまま、船に乗ってたら死んでたから……もう、会えなかったから……時々ね、リイナたち、パジャマパーティーしてるの……前みたいに三人で布団かぶって……たまに、シルフィエル様たちも混ざってくれて……病院の真っ暗なベッドの中は、こわくてこわくて眠れなかったけどね……今は、もう、全然こわくないの……だから……」
椎名莉衣菜、ルビィ・オリエット、そして緋墨瑠璃。
原作通りの流れであれば、どう足掻いても死ぬしかなかった彼女たちは生きている。
生きて――俺の前で、笑った。
「ありがとう、教主様」
「……大丈夫だよ」
俺は。
「もう、大丈夫」
彼女たちが描いた夢を――恋を――その延長線を護れたのだろうか。
だとすれば、俺は。
「だから、ゆっくり眠って……良い恋をしてくれ」
俺は、この世界に来れて良かった。
「うん……」
潤む瞳で、俺を見上げるりっちゃんの頭をぽんぽんと叩き――視線――壁に半身を隠したスノウが、じーっとこちらを睨みつけていた。
「……また、女を落としている」
「OMG……神よ、こうして、世に冤罪が生み出されるのですか……」
「あ、皇后……!!」
キラキラと目を輝かせたりっちゃんは、ぴょんっと椅子の上から飛び出し、裸足でぺたぺたとスノウに近寄る。
「きょ、教主様に何時もお世話になってます……えへへ……椎名莉衣菜、です……国営補佐、です……教主様と皇后のために、がんばって、良い国を作りたい、です……!!」
「ぐぎゃぁあ……!!」
「りっちゃん、勘弁してやってくれ。そこのメイドは、生来の闇属性だから、陽の気に当てられると自壊してしまうんだ。
ほら、視てご覧、邪推した己で生み出した罪悪感によって滅んでいくよ。汚いね」
苦しんでいたスノウは、笑っているリイナを確認してから演技をやめ、綺麗な姿勢で深々と頭を下げる。
「スノウと申します。うちの主人が、何時も、ご迷惑をおかけしております。ヒイロ様をブチのめしたくなったら、加勢するので何時でも連絡ください」
「遊びの約束するみたいな気軽さで、初対面の相手に主人を襲う計画を持ちかけるな」
なんだか、妙に馬が合うようで。
りっちゃんとスノウは、あっという間に意気投合し、後からやって来たルーちゃんも混ざってどんどん姦しくなってくる。
「えぇ、ヒイロ様は、寝ぼけると抱きついてきますよ。ひとりでは寝付けないバブちゃんなので、仕方なく、私の母性でダイレクトアタックしています。そのせいか、毎晩毎晩、ケダモノのように夕飯を求めてくるので困ったものですよ」
「普通、人間は、毎晩、夕飯を食べるのでぇ!! その夕飯を用意するのは、お前の役目だろうがメイドォ!!」
「まず、きょーちゃんは、メイドと同衾してることを弁明した方が良いと思うけど……てか、きょーちゃん」
スノウと頬を引っ張り合っていると、りっちゃんの頭に顎を載せたルーちゃんが、かぶっている野球帽を直しながらささやく。
「りっちゃんはMOBAもRTSもイケるし、たぶん、その応用で、三寮戦もある程度攻略出来ると思うぜ?」
「え、マジ?」
「マジマジ、三寮戦の詳細を聞く限り、りっちゃん向きの種目だよ。でも、りっちゃんは人見知りだから、直接、指示出したりは難しいだろうけど」
「いや、もちろん、三寮戦に参加してくれとは言わないけど……是非、その妙技を俺に叩き込んで欲しい。
りっちゃん、お願いしても良い?」
「う、うん、もちろん!」
「ルーちゃん、りっちゃんのことを後ろから抱き締めてもらって良い?」
「あぁ、もちろ――」
「さり気なく、己の欲望を混ぜ込むな、このバカ主人」
スノウに頭を叩かれて、美しい友情を私物百合化しようとした己の邪欲に猛省し――声が聞こえた。
「ごめん、三条燈色!」
眷属装束を着込んだ緋墨が、俺に向かって手を挙げる。
「皇帝案件、シルフィエル様たちだとマズそうだから、ちょっと面貸してもらっても良い?」
緋墨は、ちらりとスノウを視てから、何時ものように俺を呼ぶ。
「オッケー、今、行くわ」
「では、りっちゃん様、ルーちゃん様。また」
当然のようにスノウは付いてきて、画面を呼び出しまくった緋墨は、その中のひとつを俺に飛ばしてくる。
その画面を視ながら、俺は、速歩きの緋墨の後を付いていく。緋墨が次々と飛ばしてくるのは、人物情報で、的確に必要な情報だけがまとめられていた。
「で、なによコレ? 美少女ばっかりで、俺にお見合いしろとでも?」
「ばか、あんた、婚約者いるでしょ」
間髪入れず、スノウに腰の辺りを殴られる。
不覚なジョークを口にした俺は、ナイスフォロー・メイドに顔の動きで謝罪を繰り返す。
「分解されたフェアレディ派の残党たちよ。大半はライゼリュート派に吸収されたけど、一部の人員がこっちにも回ってきてんの。誰彼構わず受け入れるわけにもいかないから、あんたに面接してもらおうと思って」
「あー、そーゆー……復活した直後に、あの魔人、倒されちまってたからな……魔神教から抜けきれなかった人員が再就職先を求めてるってことね。
他に回されても困るし、こっちである程度引き取った方が良いか」
「何割ですか?」
横からスノウが口を挟んで、緋墨は視線をそちらに向ける。
「大体、全体の一割ですね。六割強がライゼリュート派に移行、二割がその他の魔人の元へ散り散り、一割が烙印を外すか行方不明」
「あーあー、ちょっとちょっと、緋墨、お前ちょっとこっち」
俺は、頼れる秘書の肩を掴み、奥へと連れて行く。
「事前に話せてなくて悪いが、あんまり、スノウには込み入った話はしないでくれ。かなり勘ぐられてたから、下手なマネされるよりかはと思って連れてきたけど……なるべく、ココでの活動に踏み込ませたくない。
一応、ある程度の経緯はぼかしつつ説明したが、巻き込むような羽目になるのは避けたい」
「……随分と、婚約者様と仲がよろしいようで」
「は?」
顔を赤くした緋墨は、真正面から俺を睨みつけ、肩から俺の手を払いのける。
「あたしだって、あんたと仲いいでしょ! いっつも、こっちでシャワー浴びると、髪濡れたままにしてる癖に! あ、あっちでは、婚約者様と一緒にお風呂入って、な、なんか、いやらしい感じで髪乾かしてるんでしょ!!」
「え、あ、は?」
「うーあーもー!!」
床をダンダンッと蹴りつけた緋墨は、両手で顔を覆って唸り、それから何事もなかったかのように無表情になる。
「行くわよ、待たせてるんだから。
愛する婚約者様を関わらせたくないなら、好きにすれば良いんじゃないの。あたしの業務には、直接、関係ないことなので婚約者なり愛人なりお好きにどうぞ」
「いや、あの、ひ、緋墨さん……?」
呼びかけても、応答することはなく。
緋墨は、面接室にしているであろうリビングルームに入っていき、丼を持ったワラキアが通りかかる。
「もー、だめでしょお、きょーさまぁ? うちのルリちゃん敵に回したらぁ、それ即ち、わーと二郎を敵に回すことになりますからねぇ?」
「お前は、二郎のなんなんだよ……」
「こんな状況でも、ツッコミを忘れない我が主人のいじらしさは素晴らしいですね」
ゴシックロリィタ姿のワラキアは、ずるずると麺を啜りながら目で笑う。
「あ、きょー様の奥さん、二郎、食べる?」
「すみません、つわりが酷いので……」
「これ以上、話をややこしくするんじゃねぇ、メイドォ!!」
結局。
面接の間中、緋墨が俺の方を視ることは一度もなく、気まずいことこの上ない空気の中でフェアレディ派の人員を受け入れることに決定した。
「賢い御方ですね、緋墨さんは」
面接後、外で待たせていたスノウは、シルフィエルとハイネとトランプに興じていたらしく、かなりの金額をポーカーで奪い取り、深淵の悪魔と死せる闇の王を素寒貧にした後にそう言った(たぶん、シルフィエルは接待だ)。
「敢えて、受け入れる人員を一割に抑えている。凡夫であれば、思考停止して、組織強化のために人員をどんどんと増やそうとするものです……私もメイド長時代に、人員を増やしすぎて大変な目に遭いました。前から組織にいた人員と後から組織に入る人員と、上手く混じらせることはとても難しいことですから。
でも、彼女は、ヒイロ様のためにやり遂げるでしょうね」
「俺に対して、恩義を感じてるみたいだからな」
「あの子を助けたんでしょう?」
俺は肯定も否定もせず、目を細めたスノウは、眩しそうに俺を見上げる。
「貴方は……やっぱり、昔のままでいてくれたんですね……」
「いや、俺は」
人差し指を唇に当てられ、遮られて。
白髪の美少女は、優しく微笑む。
「私は、あの御方に興味があります。
なので――」
その夜、俺はスノウに呼び出され、ベッドが並んだ寝室に全メンバーが集合し、パジャマ姿の彼女らは一斉に俺を見つめる。
「パジャマパーティーしつつ、三寮戦の対策会議をしましょう!!」
「いや、意味がわからんが」
ベッドの上で女の子座りした緋墨は、自分の手の甲をつねりながら、ちらりと俺を見つめ――逸らした。
甘い香りで埋め尽くされた空間で、俺は、ゆっくりと天井を仰いだ。