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三条燈色争奪戦の裏でラブコメを追加する男、サンジョーヒーロッ!!

 異界、神聖百合帝国、拠点ホーム


 青色の水面みなもに支配された空間、中央に浮かぶ木製屋敷、その屋根の上で俺は腕立て伏せを繰り返す。


「で」


 屋根の端に腰掛けている緋墨ひずみは、首を後ろに倒してこちらを見つめる。


 生真面目な緋墨ひずみらしく、彼女は赤色の眷属衣装に身を包んでおり、年齢相応の制汗剤の香りがこちらにまで届く。


「あんた、どうすんの?」

「どうすんのって……ふっ、ふっ、ふっ……なにが……?」

「屋根の上で、腕立て伏せ(プッシュアップ)してる場合なの? って意味……あんた、ホントに、ちゃんと考えてんでしょうね? 三条燈色争奪戦なんてやらせたら、ますます、追い詰められるんじゃないの?」


 一段落した俺は、汗で濡れたシャツを脱ぎ――


「ちょ、ちょっと、ば、ばか……急に脱ぐな……!」


 頬を染めた緋墨は目を逸らし、ちらりと俺の方を見つめる。


「あんた、神聖百合帝国の目的は『百合を護ること』って言ってたでしょ? だったら、三条燈色争奪戦なんて止めるべきじゃないの?」

「そーね」


 青眼せいがんの構えをとって、俺は素振りを繰り返す。


 俺は、腕に魔力線を構築して――違和感に気づく。


 なぜか知らないが、魔力線の構築の速度と精度は段違いに良くなっており、まるで誰かに合わせるみたいに太さや幅が統一されていた。


 俺が構成したその魔力線は、なんだか安心感を覚えるもので……自然と口元が緩み、そのまま、勢いよく剣先を振り下ろした。


 ひゅっ!!


 空中を切って、緋墨は目を見張る。


「あんた……また、強くなってない……?」

「あぁ、なんか、よくわからんが……睡眠学習かな……?」

「それに、前に視た時よりたくましくなっ――じゃない!! あんたの半裸の素振りはどうでも良い!! 視てない!!」

「いや、視てるでしょ」

「う、うっさい!! いいから、あたしの質問に答えなさいよ!!」


 素振りを続けながら、俺は、緋墨に答える。


「フーリィの策にハマってやるのも良いかなと思ってな」

「なにそれ、どういう意味?」

「俺を蒼の寮(カエルレウム)の寮長室に呼んだのは、フーリィの仕掛けのうちのひとつってことだよ。普通に勧誘しても、俺が断るのを知ってたから、どうやっても断れない状況に追い込もうと思ったんだろ」

「なら、三条燈色争奪戦まで、フーリィさんの計画ってこと?」

「当然。

 そうじゃなかったら、わざわざ、月檻やレイに情報を流したり、部屋の外にラピスをスタンバイさせてたりしないだろ……うちの寮長ミュールだって、良いように使われてただけで、飛び込んでくるタイミングまで計算されてたと思うぞ」

「いや、でも、あんた百合に釣られて転寮しかけたんでしょ……?」

「俺は常に」


 汗を散らして、俺は爽やかに笑った。


「計算外の男だからな」

「残念ながら、その爽やかさにあんたのバカさ加減と過去を変える力は備わってないわよ。

 て言うか、ちょっと待ってよ」


 風が吹いて、スカートを押さえた緋墨はささやく。


「つまり、それって、フーリィさんには勝算があるってことよね?」

「そりゃそうだろ、アイツが主催なんだから。どういう勝負にするのかも、勝利条件も、昼休憩を挟むのかだってアイツ次第だ。

 どうやったって、蒼の寮(カエルレウム)が有利になるさ」

「さ、さすが、絶零……えげつなぁ……色々と噂を聞いてたりはしたけど、学生レベルじゃないでしょ、その頭の巡り方……」


 いや、お前も大概だよ。


 とは思ったものの口には出さず、俺は、師匠アステミルに教え込まれたかたを緩慢な動作で繰り返す。


「たぶん、フーリィは、その未来さき……三寮戦まで、未来予想図をえがいてるだろうな。俺を確保するためにフーリィよりも早く動いたってことは、フレアも、ほぼ同じ位置に居ると思って良い」

「あんたのところの大将は?」

「カワイイ」

「…………」

「冗談だよ。

 まぁ、今回の話は、ミュールにとっても月檻にとっても良い刺激になる。フーリィもフレアも、俺の『男』っていう特異性を三寮戦の切り札にするつもりらしいが、黄の寮(フラーウム)をあまりにも舐め過ぎだ」

「いや、あんたこそ、どこまで視えてんのよ……裏でどこまで考えてんの……?」

「まぁ、俺は、ちょっとしたチート持ちだから。事態を予測の範囲内に持っていくことくらいは出来る」


 とは言っても、原作知識チートもどこまで通用するか……アルスハリヤの件といい、フェアレディの件といい、俺が知っているエスコのシナリオから大幅にズレる可能性は十二分にある。


 無言で鍛錬たんれんを続けていると、緋墨はため息をく。


「あんた、時々、こわいくらいに頭が切れるから……でも、時折、こわいくらいにバカだから……まぁ、上手いことやるんでしょうけど」

「緋墨、水、喉乾いた」

「急に甘えんな。ほら」


 ミネラルウォーターのペットボトルを投げ渡され、受け取った俺はゆっくりと飲み干していく。その間に、緋墨は俺の背後に回って、タオルでゴシゴシと頭を拭いてくる。


「急に甘やかすな。自分でやるって。いいよ」

「いーから、じっとしてなさいって! こんな汗かいて、鍛錬中に目に入ったりしたら危ないでしょ!

 あ、ちゃんと、終わったらシャワー浴びなさいよ? シャワー終わったら、頭乾かしてあげるから、あたしのところに来てよね?」

「わーった、わーったって!」

「はいはい、暴れない暴れない、皇帝陛下ばんざーいばんざーい」


 笑いながら俺の頭を拭いていた緋墨は、ふと、手を止める。


「……そう言えば、良い作戦思いついたかも」

「は? なにが?」

「偽恋人作戦とか、どう?」

「はぁ?」


 振り向こうとすると、顔にタオルを押し当てられる。視界が真っ白に染まって、柔軟剤の香りが広がった。


「いや、だから……三条燈色争奪戦とか、そういうのの抑止になるんじゃないの……偽の恋人とかいたら……」

「はぁ……で、その素晴らしいご提案の生贄は誰になんの……?」

「りっちゃんは、そういうの慣れてないからダメだし……ルーちゃんにやらせるわけにもいかないし……あ、あたししか、いないんじゃないの……?」


 はらりと、タオルが落ちて。


 顔を真っ赤にした緋墨が、もじもじしながら、明後日の方向を向いてしゃべっていた。


「あたし、病院にいる間に、まぁ、普通の女の子同士のヤツだけど……そういう恋愛漫画、読んでたし……別に、まぁ、あんたはアレだし……命とか救ってもらった恩があるし……あたしとあんたって、間違えても、そういう雰囲気にならないっていうか……上手いことやってるじゃない……だから、まぁ、そういうのも良いんじゃないの……手とか、繋ぐくらいなら、あたし、全然イケると思うし……あ、でも、緊張で汗かくかもだから……恥ずかしいし、手をつなぐのはNGかな……腕、組むとかは、やり過ぎだと思うし……まぁ、あの、最初は一緒にデートとか……あ、あ、アレだからね! で、デートって言っても、もちろん、それはフリで――」

「お前、俺のこと好きなの?」

「はぁ!?」


 叫んだ緋墨は、何度も俺の顔の下と右斜め上の虚空に視線を行き来させ、自分の手の甲をつねりながら顔を赤くする。


「あ、あんた、自意識過剰じゃないの……好き……じゃないし……た、たすけてもらったから……それだけ……ば、ばかじゃないの……」

「なんだ、急に量産型テンプレ・ツンデレみたいなこと言い出すから、クソ出来の悪い告白かと思ったわ」

「あははー、そうよねー!! あはは、おもしろーい!! あはは、あははー!!(ゲシゲシ)」

「痛い、痛い!! なんで、蹴るの!? 緋墨は、女の子が好きなんでしょ!? 俺の味方でしょ!?」

「当たり前でしょ!! ざけんな、自意識過剰のクソヤロー!! 自分で拭け!! 二度と、汗、かくな!! 熱帯びたまま死ね!!」


 タオルを投げつけられ、俺は、それを顔で受け止める。


「いや、そんな怒るなよ……だって、もう、間に合ってるんだもん、そういう立ち位置のヤツ」

「はぁ? なにそれ、どういう意味?」

「どういう意味って――」


 シャワーを浴び終えた俺は、神聖百合帝国の6人のメンバーの前で、スノウと腕を組んで並び立つ。


「こういう意味」

「こんにちは、三条燈色の婚約者のスノウです。趣味は、人の男に手を出した女の靴に画鋲がびょうを仕込むこと。特技は、人の男に手を出した女の勤務先へのトラック特攻。休日は、人の男に手を出した女にイタ電を繰り返してます。

 どうぞ、よしなに」


 呆然とする緋墨の横で、興味津々のリイナとルビィが身を乗り出す。


「教主様、すごい……婚約者がいるなんて、かっこいい……!」

「きょーちゃん、婚約者がいるならいるって教えてくれれば良いのに。だって、それって、将来、オレたちの皇后クイーンになるってことだろ?」

皇后クイーン……むふっ……良い響きですね」


 満足そうにむふむふ笑うスノウは、ちらりと緋墨を瞥見べっけんし、さらに強く俺の腕を抱き込む。


「ダーリン、ココに並ぶ下々の者たちにこの皇后クイーンを紹介してください。

 礼を失しないように、うやうやしくな」

「ははは、調子にノルなよ、皇后クイーン。親しき仲にも礼儀ありを顔面に叩き込んでやろうか」

「いやん、こわい」


 無表情のスノウの顔を掴み、俺は、ぐいぐいと外側に押し出す。その間に、恭順に膝を付いたシルフィエルがこうべを垂れる。


「お初にお目にかかります、我が皇后クイーン

 シルフィエル・ディアブロート、深淵の悪魔(グレーター・デーモン)、お目通りがかない恐悦至極に存じます」

「わーは、わーだよ。ワラキア・ツェペシュ、幽寂の宵姫(ヴァンパイア・ロード)。よろしくね、きょー様の奥さん」

「ハイネ・スカルフェイス、死せる闇の王(リッチキング)。よろ」

「ふむふむ、まぁ、貴女たちの危険度は低いですね。よろしくしてやりましょう。

 焼きそばパン、買ってこいよ」

「お前のその度胸は、どこでつちかわれたモノなの……?」


 さっきから、妙に緋墨を意識しているスノウは、ぴったりと俺に全身を密着させたまま彼女のことを見つめる。


「それで、ダーリン、そこの可愛らしい御方は?」

「ひ、緋墨瑠璃……です」


 俺の代わりに答えた緋墨の全身を舐め回すように見つめ、つま先立ちしたスノウは、両手をメガホンの形にして俺の耳に当てる。


 内緒話でもしたいのだろうかと思い、俺は耳をませて――


「ふーっ」

「ひゃぁん! って、オラァ!!」


 生暖かい息を吹きかけられ、俺は、スノウの頭を引っぱたく。


「痛いです、ダーリン」

「お前、ふざけんなよ、お前……皇帝陛下が家臣の前で女の子みたいな声上げちまったじゃねぇか……恥ずかしくて、耳まで赤くなっちゃってるよ俺ぇ……?」

「でも、感じてたんだろ?(イケボ)」

「テメェは!! レディースコミックに出てくる!! 性格の悪い!! ドSイケメンかァ!!」

「いたい、いたい、いたい、いたい」


 しこたま、スノウに折檻せっかんする。


 その間、スノウはちらちらと緋墨を観察しており、息を荒げる俺の腕を引っ張って奥の暗がりへと連れ込む。


「3OUT」

「は?」

「緋墨瑠璃、3OUT。

 あの子に、私が偽の婚約者だってバラしてないでしょうね?」

「えっ、うん」

「この土日、ココに滞在するって言ってましたよね? 私もココで寝泊まりするので、よろしくお願いします」

「いや、まぁ、三寮戦に向けて準備するからそうだけど……ダメに決まってんだろ。だだこねるから連れてきてやったけど、一応、異界なんだから危ないんだって」

皇后クイーンの警護には、あのなんか強そうなのがいれば十分でしょう。私のぬくもりなしには寝れない身体してなに言ってんですか」

「お前が、勝手に、俺の寝床に忍び込んで来てんのね? 自分から猫みたいなことしておいて、いやらしい言い方しないでくれる?」

「にゃん、にゃあん」


 可愛らしく片足を上げたメイドは、両手を猫の手にしてポーズをとる。


「…………」

「お、ぐらついた。ちょっろ」

「ぐらついとらんわ。ヒイロくんの足元は盤石ばんじゃくだわ、バッチリ耐震工事済みだわ、もし仮にぐらついてたとしても震度1レベルだわ。

 ともかく、お前の滞在は許可せんわ」

「知らんわ。滞在するわ。求む、婚約指わ。

 あんまりだだこねるようなら、あの連中の前でクイーン式べろちゅーかましますよ」

「だだこねてるのはお前だろ。なんだよ、クイーン式べろちゅーって。口の中から、バラの香りでもすんのか。高貴成分が口内で漂ってんのか。舌先が王冠かぶってて、ロイヤルな絵面えづらにでもなってんのか。

 って、長いんだよ!! お前がいると、無限にしゃべらされるわ!! 帰れ!!」


 スノウは、ぎゅっと、俺の腰に抱きつく。


「コレは、ヒイロ様のためにやってるんですよ」

「はいはい、パワハラパワハラ。美談みたいに語られる『お前のためにやった』ね」

「この土日で、ズバッとお見通してやります」


 ひざまずいて、俺の腰にしがみついたスノウは思い切り叫ぶ。


「あのどろぼう猫のいやらしさを!!」

「帰れよぉ!! お前、ホント、帰れよぉ!!」


 幾ら引き剥がそうとしても剥がれないので、何時いつしか、俺は考えるのをやめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] スノウがいっちゃんかわいい
[良い点] あぁ、フルネーム、「ヒーロー参上」からなのか。 ようやく理解した。
[良い点] 燈色はサブタイの元ネタのヒーローの相棒・レオパルド○にソードビッカーを投げつけられても普通に復活しそうww
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