生徒会の長
漫画やアニメ、ゲームの生徒会は、凄まじい権力を持っている。
だが、現実の生徒会と言えば、そんなことはまったくない。
実経験からすれば、生徒会とは体の良い雑用係の集合体である。成績優秀者に担任が『お前も生徒会役員にならないか』と声をかけ、権力者特有の圧で立候補させるのが常の組織だ。
生徒会の主だった業務は、学校行事の提案/運営である。
創作世界特有の誇張表現では、とんでもない権力を握っていたりするが、現実的にはたかが生徒が実権を握れる筈もなく。
夢現の境界線に潜むロマンティストには申し訳ないが、現実の生徒会では、アニメやゲームみたいな浪漫溢れるイベントが発生したりはしない。
ココが、百合ゲー世界じゃなかったらなァ!?(豹変)
と言うわけで、改めまして、夢と浪漫に溢れる鳳嬢魔法学園の生徒会について紹介しよう。
残念ながら、エスコ世界の生徒会には、山百合会なんて素敵な呼称が付いていたりはしない。紅と白と黄の薔薇が三名の幹部として名を連ねてもいなければ、曲がっているタイを直してくれるお姉様も存在していない。
その代わり、鳳嬢学園における生徒会は絶大な権力を握っている。
まず、生徒会は、学園で発生するほぼすべてのイベントに対して、強権を振るうことが出来る。
原作では、6月の『三寮戦』、8月の『魔法合宿』、9月の『五色絢爛祭』、11月の『修学旅行』……主だったイベントの舞台や規模、その詳細に至る決定権まで与えられるので、育成観点で言えばかなり美味しい。
生徒会に所属することで得られるボーナスはそれだけではなく、学園内の設備は生徒会役員が優先的に使用出来るし(鍛錬ボーナス)、周囲の人間からは一目置かれるようになるし(好感度ボーナス)、学園長からのご褒美がもらえるようになる(学園長ボーナス)。
あの強烈な学園長によるご褒美は、好感度調整が上手くいけばかなりの利点になるが……下手すれば、学園長ルートに突入して、将来を固定化されるので注意が必要だ。
鳳嬢魔法学園で、権力を握っているのは、学園長のお気に入りのみで構成された『鳳皇衆』、学園をコントロールする『生徒会』、そして高スコア者のみが所属を許される『帝位』である。
この三団体の中で、最も、まともに権力を行使しているのは生徒会だろう。
鳳皇衆は学園長がアレだし、帝位のトップはアレでアレだし……特定のルート狙いでもなければ、生徒会に入って、ボーナスを貰うのが好ましい。
ただ、生徒会に属すると強制イベントで時間が流れて育成計画が台無しになったりするので、慣れないうちは、どこにも属さずに進めるのが吉だ。
とは言っても、生徒会の最大の利点は、紅茶を飲んでいれば百合イベントが巻き起こることだ。
育成計画なんて放り捨てて、『お茶百合会(エスコファンによる生徒会の愛称)』に入りたくなる魅力がそこにある(所属方法を間違えると地獄だが)。
俺としても、是非、生徒会室のティーテーブルになりたいところだったが……今までの流れから言えば、生徒会に関われば酷いことになる未来しか視えないので、賢いヒイロくんはお断りする未来を選ぶぜ!!
とは言え、なぜ、俺のことをあの生徒会長が誘ったのかが気になる。
現在は五月……たぶん、あのイベントへの布石なのだろうなと思うが、スコア0で男の俺に粉をかけてくるとは、謎の慧眼光っちゃってんなという感じではある。
屋根裏部屋の透明人間とは言え、俺も黄の寮の一員だ。
少しは、お仕事してやりますかと仏心を出して、重い腰を上げることにした。
そんなこんなで、勝手に人の部屋にソファーを設置して、勝手に付いてきた妹を伴って、俺ことヒイロくんは生徒会室へと向かっていた。
「即答で断られると思いましたが」
生徒会室へと俺たちを先導する委員長は、背筋を伸ばしてキビキビと歩きながら、そっとささやく。
「まさか、三条さんに心が存在するとは」
「え、なに? 初手、喧嘩か?」
「失礼、言葉を省きすぎました。
『一見、生徒会どころか役職や権力に興味がなさそうな三条さんに、生徒会に心を寄せる余裕が存在するとは。普段、雑草とか食ってそうなのに』と言うのが全体像です」
「省きすぎだろ。
と言うか、最後の最後におまけ的にトッピングされた悪口はなに? 悪口雑言トッピングサービスとか、人の心を破壊するオプション付けるのやめてくれる? 我、三条家の御曹司ぞ?」
「ぞ?」
可愛らしく妹が加勢してきて、ニコリと微笑みかけてくる。
俺は、反応を窺うようにニコニコしている彼女に、ひくついた笑みを返す。
初対面時、ノータイムで119にかけようとして、冷たい眼差しを俺に浴びせていた少女はどこに行ったんだろうか……もどして……(泣)。
「…………」
委員長は、そんな俺たちの様子を不審気に見つめる。
「それは、本物の三条黎さんですか?
私の記憶の中の黎さんと、目の前にいる彼女の認識が不一致なんですが」
「私、普段となにも変わりませんよ……?」
委員長は、鋭い視線で『いやいや』と突っ込んでおり、タイミングを見計らったかのように、廊下の端でこちらを窺っていた少女が近寄ってくる。
「もしかして、さ、三条黎様、ですか……?」
すぅっと。
周囲の空気が冷える感覚、屹然と背筋を伸ばしたレイは笑みを消し、話しかけてきた少女に視線を注ぐ。
「はい」
「……な、なんでもありませぇん」
その迫力にたじろいで、涙目になった少女は逃げ去っていく。
困惑気味に顔をしかめたレイは、俺を見上げた。
「どうしたんでしょうか、話しかけてきたのに……間違い会話……?」
「委員長先生、コレは!?」
「三条家の教育で形成された外面ではないでしょうか。大好きな兄と話している時は、外面を取り繕う必要がなくな――」
「黙れ、このガキッ!!」
「は?」
委員長に理不尽を浴びせていると、自分の唇に指先を当てたレイが頬を染める。
「お、お兄様のことは、もちろん家族の一員として敬愛しております。家族の一員として。そ、それ以上でもそれ以下でもありません」
「…………(ニチャァ)」
「なぜ、私に、勝ち誇った笑みを向けるんですか?」
言葉は力だ。俺は、今日この日を、兄妹と言う名の関係性への感謝日に認定するぜ。
そんなこんなで、俺たちは、本校舎内の生徒会室に現着する。
だだっ広い鳳嬢魔法学園の敷地内には、本校舎やら第二校舎やらが存在しているが、重要な設備は中央の本校舎に集中している。
要するに、権力が集中するのは中央なわけだ。
赤と金で象られた豪奢な扉。
『生徒会』と銘打たれたドアプレートは、大理石で出来ており、敷設型魔導触媒器の機能も持ち合わせていたのか……パキパキと言う音と共に大理石は変形して、一匹の鳳凰を形成し、その石鳥は声を発した。
『名を』
「フーリィ・フロマ・フリギエンス後見、クロエ・レーン・リーデヴェルト。
並びに、賓客、三条燈色、三条黎」
『照会』
石鳥の両眼から、蒼白い光線が発せられ、俺たちの頭の先から足先までをなぞる。
ピッ、と言う音と共に、四隅に吸い込まれるようにして扉が開いた。
『情報一致、入室許可』
羽ばたいた石鳥は、再びドアプレートへと戻り、入室を許可された俺たちは生徒会室へと足を踏み入れる。
視界に広がる、豪華絢爛。
赤と金を基調とした調度品が並び、そのすべてにホコリひとつない。
室内にも関わらず薔薇が咲き誇り、香しい香りの横で、純白のティーテーブルに腰掛けるお嬢様たちがいた。
天上の天女とばかりに、豪奢な銀食器を並べ立てた彼女らは、白く細い指で茶菓子を摘んでいる。
天空にまで続いているのではないかと、錯覚するくらいに高いケーキスタンド……色鮮やかなケーキで甘みを演出し、高級茶葉で淹れたお茶で舌鼓を打っている。
お茶会の横では、別種の業界が広がっていた。
真っ黒な隈と真っ青な顔を携えて、業務を執り行う生徒たちは、複数の画面と複数の部屋を行き来しながら働いている。
床自体が敷設型魔導触媒器なのか、矢印が描かれている床に乗った生徒は、横倒しの状態で力尽き、ぴくりともせずに室内を運ばれていく。
地の底から響いてくるような、怨嗟によく似たキーボードを叩く音が響き渡る。
うふふ、あははと、楽しそうな天上人の声が響いてくる。
その天国と地獄の狭間で、玉座に座っている龍人は、女生徒たちに爪の手入れをさせながら足を組んでいた。
頬杖を突いた彼女は、薄ら笑いを浮かべて、俺のことを見つめた。
朱色の髪に、捻じくれた角。
絶対的な権力の頂点、生徒会長を務める少女は微笑む。
「いらっしゃい」
その名は、フレア・ビィ・ルルフレイム――朱の寮の長。