百合姉妹見学会
俺が眠っている間に、すべて終わっていた。
意味がわからないことこの上ないが、俺が目覚めた時には、烙禮のフェアレディは自壊して消え去っていた。
現状を聞いてみれば、俺が失神してから、数時間しか経っていなかったらしい。たぶん、月檻あたりが倒してくれたんだろう。
さすがは主人公様、俺なんぞでは出来ないことをやってのける。
よく、この段階で、フェアレディを倒せたな……初見殺しの夢畏施の魔眼は、喰らわずに済んだのだろうか。
大口を叩いた割には、ただ気絶していたお邪魔者は、フーリィが回収してくれた九鬼正宗を受け取って――すべてが、終わったことを自覚した。
アレだね、魔人に『預かっとけ』とか言いながら、ぐーすか眠って、最終的には頼れる先輩に取り返してもらったとか、あの、なんか、ダサいっすね(笑)。ヒイロくん、格好つけた割になにもしてないんですが(笑)。ダッサ(笑)。
とは言え、百合の守護者たる俺にとっては、主人公が大活躍してくれたのはとても良いことで。
イケメンムーブかまして、なにも出来なかった三条燈色との対比で、月檻の株が上がるのは最高だった。
ありがとうございます。もっと、主人公上げを繰り返して、すべての障害が取り除かれた後、最終的には学園から追放されるのが俺の夢です。
そんなこんなで、目が覚めたら、俺の好感度、激下がりしてないかなと期待していたわけだが……ラピスもミュールも、入院中の俺の世話を焼くし、緋墨には『心配するから、もっと顔出せ』と言われるし、委員長には『大層、おモテになるんですね』と呆れられた。
まぁ、でも、俺には姉妹百合があるんで、あの、すんません、ノーダメっす(笑)。
そんなこんなで、次々と見舞いに来るヒロインズを笑顔で捌き、俺は退院日を心待ちにしていた。
フェアレディと相対する前に、ミュールと交わした約束……『お姉様も伴って、一緒に遊びに行こう』……つまり、眼の前で姉妹百合を繰り広げてくれると言うことで、俺は、彼女の無垢なる献身に涙を流した。
えぇ子や……この子、めっちゃ、ええ子や……俺、生きてて良かったよ……生の姉妹百合とか、なかなか、視る機会ないからね……cit○usの世界かよ(厳密には、義理姉妹ではないので違う)……!
だから、俺は、入院中に百合ゲーをプレイしながらリハビリに励んだ。
その様子を視ながら、アルスハリヤはニヤニヤと笑っており『なんで、笑ってんの?』と問いかけたら『愉しいから』と答えてくれた。
あ~、なるほどぉ~、死ね~?
顔馴染みの先生に説教されながら、俺はあっという間に退院日を迎える。
そして、ミュールと待ち合わせた当日。
「デートですか」
机に肘をついて、ご機嫌斜めのスノウは、せんべいを齧りながらそっぽを向いていた。
「は? デート? え、なに、お前、にわかか? どこが? 俺はデートの当事者ではなく、おはようからおやすみまで百合を見守るSPなんだが? 国から認可を受けてる気分だが?」
「はいはい、わかりましたわかりました。すげーすげー、ハレムの王は、本日もお日柄よく、哀れなメイドにデート服を選ばせると言うことですか。すげーすげー。勤勉で実直なメイドとはデートしない癖に、位の高いお嬢様とはデートするんですか。はいはい、すげーすげー、ぱねぇぱねぇ」
「…………(パチパチパチパチ)」
「小首を傾げて、パチパチ瞬きするな。『僕、わかんな~い』アピールですか。ふざけんな、ショタぶって誤魔化すな。こっち視んな、カワイコぶんな。カワイイと思ってんのか、ちくしょう、ちょっとカワイイ」
感情の動きが激しいメイドの前で、俺は『たくあん』と書かれたクソダサTシャツを引っ張る。
「いや、でもさ、スノウさん。さすがに、この服はないんじゃないの。俺、自分で服選びたいのに、スノウさんが買ってきちゃうから」
俺は、クローゼットを開き、クソダサTシャツコレクションを見せつける。
「ほら、もう、なにこのクソダサの群れ。びっくりだよ。なんなの、ダサいTシャツはダサいTシャツを呼び込むの。仲間呼ぶタイプのザコ敵じゃん。春夏秋冬、半袖クソダサTシャツで賄えちゃう俺の気持ちにもなってみてよ。四季が台無しじゃん。たったの500円で、日本の趣を破壊するなよ」
「は?(ガチ切れ)」
「すんません、よく視たら、めっちゃ格好良かったっす。バリバリ、かっけーす。スノウさんのセンス、マジぱねーす。うっす。あざっす」
俺は、500円のクソダサTシャツをべた褒めしてクローゼットに封印する。
「言っておきますが、私は、貴方のためを思ってやってるんですからね」
「出ましたよ、パワハラの常套文句。
よっ、日本社会の擬人化! お前のためだと称しながら、新入生や新入社員を『気合』の二文字で破壊していけ~?」
「もし、貴方が着飾ったら」
白い髪を揺らしながら、スノウは、びしりと俺を指した。
「好感度上昇は、留まることを知らず! 天井知らず! 井の中の蛙大海を知らず! あっという間に、美少女たちに囲まれますよ! かしこ!!」
「いや、有り得ないだろ。この世は、男、禁制ぞ?
と言うか、『かしこ』の使い方間違え――ちょっとだけ痛い!」
座布団を使って、正座で滑ってきたスノウに胸を叩かれる。
「甘いですね、甘々ですね、スウィーティーですね。おわかりですか、おかわりですか、おわかりですか、ご主人様。
この智将、随一の忠臣、思いやり溢れる美少女、このスノウが心からご忠告申し上げます……格好つけるな!!」
「お前、ちょっと、手首ぐねっただろ。見せてみ。大丈夫か」
「だーっ!!」
俺が手首を取ると、赤くなったスノウは、腕を振り回した。
「だ・か・ら、そういうのでしょうが!!」
「え……VTR、巻き戻せる……?」
「残念ながら、コレは、心霊番組ではないので『おわかり頂けただろうか……?』の機会はありません。人生、一発勝負、やり直しの効かない真剣の重なり合い、ご主人さまにはその意識が足りていませんね。ばーか。あーほ。たーこ。
その、無意識に、紳士ぶって格好つけるのをやめろって言ってるんですよ。自然に、女性の手首を取って心配するな」
「でも、スノウは、俺の大事なメイドだし……」
「オラァ!!」
鳩尾にパンチを喰らって、俺は「うっ」と唸る。
「すいません、ヴァイオレンスが過ぎましたね。つい、正義の右拳が唸りました。私、こう視えても、暴力/正義タイプなので」
「そのタイプ、相反してない……?」
「ともかく、もう少し、お気をつけ遊ばせください。レイ様に手を出したら、ブッ殺しますよ。具体的に言えば、コンクリ詰めにして、三条家にお歳暮ギフトとして送ります」
「コンクリに詰められた誠意と言う名のヴァイオレンスよ……さすが、暴力タイプ、メキシカン・マフィアもびっくりだぜ」
「せいっ、せいっ」
「うっ、うっ!!」
人の腹に正拳突きを繰り返し、颯爽とスノウは立ち上がる。
「今回は、このくらいにしておいてあげましょう。今後も、私のクソダサセレクションに従って、デートを台無しにするように」
「よくわからねぇが、そうすれば百合を護れるんだな! ひゅーっ!! さすが、スノウさんだぜぇ!!」
「いぇーい」
無表情で、ダブルピースして、スノウは家事に戻ろうとする。
ふと、その後ろ姿を視て、俺は声をかける。
「お前、何時もメイド服だけど、自分の服は買ってきても良いからな? と言うか、買え? 買わなかったら、俺が買ってくるからな?
変な遠慮とか良いから、たまには、主人の目を潤わせるためにカワイイ私服姿でも見せてくれよ」
ぴたりと、立ち止まって。
自分の右腕を押さえたスノウは、ちらりと横目でこちらを見つめる。
「……だから、そういうのだって言ってんでしょうが」
「はぁ!? いやいや、俺とお前の仲じゃん!? 特別な間柄だからこそ通じるツーカー、軽口の類なのに、本気で受け止めちゃう貴女に原因があるのでは!?」
スカートを翻しながら、可憐に振り向いて。
にっこりと微笑んだスノウは、中指を立てた。
「お死にあそばせ~!」
「すげぇ、うちのメイド、バリバリのアメリカンスタイルだぜ!!」
キャッキャウフフと、メイドと戯れて。
結局、俺は、スノウクソダサセレクション(オールシーズン)を身に着けて、百合姉妹見学会に挑むことにした。
待ち合わせた駅前で、『たくあん』のTシャツを華麗に着こなし、ぼーっと立ち尽くすタイプ不審者は、周囲からヒソヒソと噂話をされているようだった。
「…………」
まぁ、こんな堂々と、男が駅の構内で立ち尽くしてればそうなるわな。
駅内の銀の鈴のオブジェクトの前で、画面を開いて、SNS上で『#創作百合』で検索をかけていると……画面を透かして、ピンク色のブラウスと、アコーディオンプリーツのスカートを着たミュールが目に入る。
「こ、今回は、遅れなかったな……時間を守るヤツは、こ、好ましく思うぞ……」
何時もとは、異なるオシャレな出で立ち。
ミュールは、髪型を変えていて、編み込んでいた長髪を下ろし、毛先を少しカールさせていた。
ぐしぐしと、前髪を撫で付けて。
その髪の隙間から、小さな彼女は、俺を見上げる。
「来てくれて……ありがとう……」
らしくもなく、緊張しているミュールを視て、俺は彼女に微笑みかける。
「なに、らしくもない挨拶してんすか。俺たち、黄の寮の寮長なんだから、こう、胸張って。堂々としてたら良いんですよ。それが寮長で、俺らの象徴なんですから」
「そ、そうか? う、うむ、まぁ、そうだな! 私らしくもないことをして、お前に気を遣わせたら元も子もないからな! さすがは、ヒイロだ! お前がそうして欲しいなら、そうしてやらないこともないぞ!」
「うーっす、あざーっす。
で」
こそこそと、隠れていたリリィさんは、俺に見つかると笑顔で駆け寄ってくる。
どう視ても、ミュールを際立たせるために地味なファッションを決めてきた美人さんは、そのささやかな目論見が己の素材の良さのせいで、失敗していることに気づいていないらしい。
駅内の視線を集めながら、彼女は、俺の前で綺麗にお辞儀をする。
「三条様、今回の申し出への快いお返事、ありがとうございました」
「いえいえ、お気遣いなく……むしろ、俺としても、寮長の素晴らしい申し出のお陰で、久々にリラックス出来そうですよ」
リリィさんは微笑み、ミュールは髪の毛をぐしぐししながら俯く。
「それで、もうひとりの主賓は……クリスは?」
問いかけながら、俺は苦笑する。
「やっぱり、来ない感じですか? アイツ、俺のこと嫌ってるし、いつの間にやら退院してるしで、どうにも避けられてるんですよね」
「ふん、アレだけお姉様を煽ったんだから自業自得だ」
「そっすね、サーセン(笑)」
「私は、三条様とクリス様の相性はそう悪くないとは思っていますが……巡り合わせが悪いと言いますか……なぜか、そうなってしまったと言うか……縁に恵まれなかったと言いましょうか……」
「無理にフォローしなくていいですよ」
俺は、笑う。
「俺とクリスは、敵同士として宿命付けられてるんでしょ。
もし、アイツが、俺のせいで来ないって言うなら、喜んでこの場から消え失せて双眼鏡を用意しますよ」
「なぜ、双眼鏡を……?」
そんな会話をしているうちに、クリスから連絡が入ってきたらしい。
「あ、良かった。
もう、着くみたいで――」
リリィさんは、画面を開いたまま絶句し、隣にいたミュールもリリィさんと同じところで視線が止まって全身が硬直した。
「え? なに? どしたの?」
固まったふたりの視線に釣られて、俺は振り向いて――口を開けたまま、言葉を失った。
「…………」
可愛らしいキャンディスリーブのブラウス。
艶やかなふとももを露出して、黒色のミニタイトスカートを履いたクリスは、水色のマニキュアを塗った爪を見せながら髪を掻き上げる。
ココに来るまでの間に、美容室にでも行って来たのだろうか。
艶めいた白金の髪は、きらめいており、あのクリス・エッセ・アイズベルトが愛らしいファッションに身を包んでいると言う信じがたい光景と共に、脳みそへと衝撃が叩き込まれる。
香水の匂い。
甘ったるいが、不快ではない香りが纏わりついてくる。
耳を真っ赤にしたクリスは、ナチュラルメイクを施しており、トレードマークのステンドグラスのイヤリングを揺らした。
「ま、待たせてしまって、すまなかったな」
甘い声音、彼女は、ちらりと俺のことを見上げる。
「じゅ、準備に手間取ったから……雑誌とか、その、勉強するのに時間がかかって……じ、実践はまだで……ひ、久々に顔を会わせるし、あの、不安だったから……お前が気に入らないなら……き、着替えてくるが……どうだろうか……?」
大口を開けたまま、俺は首を傾げる。
誰だ、コイツ?
「く……くくっ……くふっ……ふふっ……ふふふふふっ……!!」
俺の後ろで、魔人は、ご満悦そうに笑っており。
呆然と立ち尽くした俺は、これから始まる姉妹百合見学会に暗雲が立ち込めていくのを感じていた。