表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

101/363

百合姉妹見学会

 俺が眠っている間に、すべて終わっていた。


 意味がわからないことこの上ないが、俺が目覚めた時には、烙禮らくらいのフェアレディは自壊して消え去っていた。


 現状を聞いてみれば、俺が失神してから、数時間しかっていなかったらしい。たぶん、月檻あたりが倒してくれたんだろう。


 さすがは主人公様、俺なんぞでは出来ないことをやってのける。


 よく、この段階で、フェアレディを倒せたな……初見殺しの夢畏施の魔眼スウィート・スリーピィは、喰らわずに済んだのだろうか。


 大口を叩いた割には、ただ気絶していたお邪魔者(ヒイロくん)は、フーリィが回収してくれた九鬼正宗を受け取って――すべてが、終わったことを自覚した。


 アレだね、魔人に『預かっとけ』とか言いながら、ぐーすか眠って、最終的には頼れる先輩に取り返してもらったとか、あの、なんか、ダサいっすね(笑)。ヒイロくん、格好つけた割になにもしてないんですが(笑)。ダッサ(笑)。


 とは言え、百合の守護者たる俺にとっては、主人公(月檻桜)が大活躍してくれたのはとても良いことで。


 イケメンムーブかまして、なにも出来なかった三条燈色との対比で、月檻の株が上がるのは最高だった。


 ありがとうございます。もっと、主人公上げを繰り返して、すべての障害が取り除かれた後、最終的には学園から追放されるのが俺の夢です。


 そんなこんなで、目が覚めたら、俺の好感度、激下がりしてないかなと期待していたわけだが……ラピスもミュールも、入院中の俺の世話を焼くし、緋墨には『心配するから、もっと顔出せ』と言われるし、委員長には『大層、おモテになるんですね』と呆れられた。


 まぁ、でも、俺には姉妹百合があるんで、あの、すんません、ノーダメっす(笑)。


 そんなこんなで、次々と見舞いに来るヒロインズを笑顔でさばき、俺は退院日を心待ちにしていた。


 フェアレディと相対する前に、ミュールと交わした約束……『お姉様もともなって、一緒に遊びに行こう』……つまり、眼の前で姉妹百合を繰り広げてくれると言うことで、俺は、彼女の無垢むくなる献身に涙を流した。


 えぇ子や……この子、めっちゃ、ええ子や……俺、生きてて良かったよ……生の姉妹百合とか、なかなか、視る機会ないからね……cit○usの世界かよ(厳密には、義理姉妹ではないので違う)……!


 だから、俺は、入院中に百合ゲーをプレイしながらリハビリにはげんだ。


 その様子を視ながら、アルスハリヤはニヤニヤと笑っており『なんで、笑ってんの?』と問いかけたら『たのしいから』と答えてくれた。


 あ~、なるほどぉ~、死ね~?


 顔馴染みの先生に説教されながら、俺はあっという間に退院日を迎える。


 そして、ミュールと待ち合わせた当日。


「デートですか」


 机にヒジをついて、ご機嫌斜めのスノウは、せんべいをかじりながらそっぽを向いていた。


「は? デート? え、なに、お前、にわかか? どこが? 俺はデートの当事者ではなく、おはようからおやすみまで百合を見守るS(セキュリティ)P(ポリス)なんだが? 国から認可を受けてる気分だが?」

「はいはい、わかりましたわかりました。すげーすげー、ハレムの王は、本日もお日柄よく、哀れなメイドにデート服を選ばせると言うことですか。すげーすげー。勤勉で実直なメイドとはデートしない癖に、くらいの高いお嬢様とはデートするんですか。はいはい、すげーすげー、ぱねぇぱねぇ」

「…………(パチパチパチパチ)」

「小首を傾げて、パチパチまばたきするな。『僕、わかんな~い』アピールですか。ふざけんな、ショタぶって誤魔化すな。こっち視んな、カワイコぶんな。カワイイと思ってんのか、ちくしょう、ちょっとカワイイ」


 感情の動きが激しいメイドの前で、俺は『たくあん』と書かれたクソダサTシャツを引っ張る。


「いや、でもさ、スノウさん。さすがに、この服はないんじゃないの。俺、自分で服選びたいのに、スノウさんが買ってきちゃうから」


 俺は、クローゼットを開き、クソダサTシャツコレクションを見せつける。


「ほら、もう、なにこのクソダサの群れ。びっくりだよ。なんなの、ダサいTシャツはダサいTシャツを呼び込むの。仲間呼ぶタイプのザコ敵じゃん。春夏秋冬、半袖クソダサTシャツでまかなえちゃう俺の気持ちにもなってみてよ。四季が台無しじゃん。たったの500円で、日本のおもむきを破壊するなよ」

「は?(ガチ切れ)」

「すんません、よく視たら、めっちゃ格好良かったっす。バリバリ、かっけーす。スノウさんのセンス、マジぱねーす。うっす。あざっす」


 俺は、500円のクソダサTシャツをべた褒めしてクローゼットに封印する。


「言っておきますが、私は、貴方のためを思ってやってるんですからね」

「出ましたよ、パワハラの常套文句じょうとうもんく

 よっ、日本社会の擬人化! お前のためだと称しながら、新入生や新入社員を『気合』の二文字で破壊していけ~?」

「もし、貴方が着飾ったら」


 白い髪を揺らしながら、スノウは、びしりと俺をした。


「好感度上昇は、留まることを知らず! 天井知らず! 井の中の蛙大海を知らず! あっという間に、美少女たちに囲まれますよ! かしこ!!」

「いや、有り得ないだろ。この世は、男、禁制ぞ?

 と言うか、『かしこ』の使い方間違え――ちょっとだけ痛い!」


 座布団を使って、正座で滑ってきたスノウに胸を叩かれる。


「甘いですね、甘々ですね、スウィーティーですね。おわかりですか、おかわりですか、おわかりですか、ご主人様。

 この智将、随一の忠臣、思いやり溢れる美少女、このスノウが心からご忠告申し上げます……格好つけるな!!」

「お前、ちょっと、手首ぐねっただろ。見せてみ。大丈夫か」

「だーっ!!」


 俺が手首を取ると、赤くなったスノウは、腕を振り回した。


「だ・か・ら、そういうのでしょうが!!」

「え……VTR、巻き戻せる……?」

「残念ながら、コレは、心霊番組ではないので『おわかり頂けただろうか……?』の機会チャンスはありません。人生、一発勝負、やり直しの効かない真剣マヂの重なり合い、ご主人さまにはその意識が足りていませんね。ばーか。あーほ。たーこ。

 その、無意識に、紳士ぶって格好つけるのをやめろって言ってるんですよ。自然ナチュラルに、女性ひとの手首を取って心配するな」

「でも、スノウは、俺の大事なメイドだし……」

「オラァ!!」


 鳩尾みぞおちにパンチを喰らって、俺は「うっ」と唸る。


「すいません、ヴァイオレンスが過ぎましたね。つい、正義の右拳が唸りました。私、こう視えても、暴力/正義タイプなので」

「そのタイプ、相反してない……?」

「ともかく、もう少し、お気をつけ遊ばせください。レイ様に手を出したら、ブッ殺しますよ。具体的に言えば、コンクリ詰めにして、三条家にお歳暮ギフトとして送ります」

「コンクリに詰められた誠意と言う名のヴァイオレンスよ……さすが、暴力タイプ、メキシカン・マフィアもびっくりだぜ」

「せいっ、せいっ」

「うっ、うっ!!」


 人の腹に正拳突きを繰り返し、颯爽とスノウは立ち上がる。


「今回は、このくらいにしておいてあげましょう。今後も、私のクソダサセレクションに従って、デートを台無しにするように」

「よくわからねぇが、そうすれば百合を護れるんだな! ひゅーっ!! さすが、スノウさんだぜぇ!!」

「いぇーい」


 無表情で、ダブルピースして、スノウは家事に戻ろうとする。


 ふと、その後ろ姿を視て、俺は声をかける。


「お前、何時いつもメイド服だけど、自分の服は買ってきても良いからな? と言うか、買え? 買わなかったら、俺が買ってくるからな?

 変な遠慮とか良いから、たまには、主人の目をうるおわせるためにカワイイ私服姿でも見せてくれよ」


 ぴたりと、立ち止まって。


 自分の右腕を押さえたスノウは、ちらりと横目でこちらを見つめる。


「……だから、そういうのだって言ってんでしょうが」

「はぁ!? いやいや、俺とお前の仲じゃん!? 特別な間柄だからこそ通じるツーカー、軽口の類なのに、本気で受け止めちゃう貴女に原因があるのでは!?」


 スカートをひるがえしながら、可憐かれんに振り向いて。


 にっこりと微笑んだスノウは、中指を立てた。


「お死にあそばせ~!」

「すげぇ、うちのメイド、バリバリのアメリカンスタイルだぜ!!」


 キャッキャウフフと、メイドとたわむれて。


 結局、俺は、スノウクソダサセレクション(オールシーズン)を身に着けて、百合姉妹見学会に挑むことにした。


 待ち合わせた駅前で、『たくあん』のTシャツを華麗に着こなし、ぼーっと立ち尽くすタイプ不審者ワイルドは、周囲からヒソヒソと噂話をされているようだった。


「…………」


 まぁ、こんな堂々と、男が駅の構内で立ち尽くしてればそうなるわな。


 駅内の銀の鈴のオブジェクトの前で、画面ウィンドウを開いて、SNS上で『#創作百合』で検索をかけていると……画面を透かして、ピンク色のブラウスと、アコーディオンプリーツのスカートを着たミュールが目に入る。


「こ、今回は、遅れなかったな……時間を守るヤツは、こ、好ましく思うぞ……」


 何時いつもとは、異なるオシャレな出で立ち。


 ミュールは、髪型を変えていて、編み込んでいた長髪を下ろし、毛先を少しカールさせていた。


 ぐしぐしと、前髪を撫で付けて。


 その髪の隙間から、小さな彼女は、俺を見上げる。


「来てくれて……ありがとう……」


 らしくもなく、緊張しているミュールを視て、俺は彼女に微笑みかける。


「なに、らしくもない挨拶してんすか。俺たち、黄の寮(フラーウム)の寮長なんだから、こう、胸張って。堂々としてたら良いんですよ。それが寮長で、俺らの象徴シンボルなんですから」

「そ、そうか? う、うむ、まぁ、そうだな! 私らしくもないことをして、お前に気を遣わせたら元も子もないからな! さすがは、ヒイロだ! お前がそうして欲しいなら、そうしてやらないこともないぞ!」

「うーっす、あざーっす。

 で」


 こそこそと、隠れていたリリィさんは、俺に見つかると笑顔で駆け寄ってくる。


 どう視ても、ミュールを際立たせるために地味なファッションを決めてきた美人さんは、そのささやかな目論見もくろみが己の素材の良さのせいで、失敗していることに気づいていないらしい。


 駅内の視線を集めながら、彼女は、俺の前で綺麗にお辞儀をする。


「三条様、今回の申し出へのこころよいお返事、ありがとうございました」

「いえいえ、お気遣いなく……むしろ、俺としても、寮長の素晴らしい申し出のお陰で、久々にリラックス出来そうですよ」


 リリィさんは微笑み、ミュールは髪の毛をぐしぐししながらうつむく。


「それで、もうひとりの主賓しゅひんは……クリスは?」


 問いかけながら、俺は苦笑する。


「やっぱり、来ない感じですか? アイツ、俺のこと嫌ってるし、いつの間にやら退院してるしで、どうにも避けられてるんですよね」

「ふん、アレだけお姉様を煽ったんだから自業自得だ」

「そっすね、サーセン(笑)」

「私は、三条様とクリス様の相性はそう悪くないとは思っていますが……巡り合わせが悪いと言いますか……なぜか、そうなってしまったと言うか……えんに恵まれなかったと言いましょうか……」

「無理にフォローしなくていいですよ」


 俺は、笑う。


「俺とクリスは、敵同士として宿命付けられてるんでしょ。

 もし、アイツが、俺のせいで来ないって言うなら、喜んでこの場から消え失せて双眼鏡を用意しますよ」

「なぜ、双眼鏡を……?」


 そんな会話をしているうちに、クリスから連絡が入ってきたらしい。


「あ、良かった。

 もう、着くみたいで――」


 リリィさんは、画面ウィンドウを開いたまま絶句し、隣にいたミュールもリリィさんと同じところで視線が止まって全身が硬直した。


「え? なに? どしたの?」


 固まったふたりの視線に釣られて、俺は振り向いて――口を開けたまま、言葉を失った。


「…………」


 可愛らしいキャンディスリーブのブラウス。


 あでやかなふとももを露出して、黒色のミニタイトスカートを履いたクリスは、水色のマニキュアを塗った爪を見せながら髪を掻き上げる。


 ココに来るまでの間に、美容室にでも行って来たのだろうか。


 艶めいた白金プラチナの髪は、きらめいており、あのクリス・エッセ・アイズベルトが愛らしいファッションに身を包んでいると言う信じがたい光景と共に、脳みそへと衝撃が叩き込まれる。


 香水の匂い。


 甘ったるいが、不快ではない香りがまとわりついてくる。


 耳を真っ赤にしたクリスは、ナチュラルメイクをほどこしており、トレードマークのステンドグラスのイヤリングを揺らした。


「ま、待たせてしまって、すまなかったな」


 甘い声音こわね、彼女は、ちらりと俺のことを見上げる。


「じゅ、準備に手間取ったから……雑誌とか、その、勉強するのに時間がかかって……じ、実践はまだで……ひ、久々に顔を会わせるし、あの、不安だったから……お前が気に入らないなら……き、着替えてくるが……どうだろうか……?」


 大口を開けたまま、俺は首をかしげる。


 誰だ、コイツ?


「く……くくっ……くふっ……ふふっ……ふふふふふっ……!!」


 俺の後ろで、魔人アルスハリヤは、ご満悦そうに笑っており。


 呆然と立ち尽くした俺は、これから始まる姉妹百合見学会に暗雲が立ち込めていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
クリスに記憶を残してヒイロには残さないという双方向に対する最悪の選択だ…… さすがはアルスハリヤさんだぜっ!(〇ね)
[良い点] この回が一番愉悦を感じる
[良い点] スノウちゃんかわいい さすが俺たちのアルスハリヤさんだぜ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ