終幕
接続――魔力線を伸ばして、クリスの魔力線と繋ぐ。
変換――入出力される魔力を整える。
同期――俺とクリスの魔力が共有化される。
3.5秒でやり遂げて、俺の内部でクリスの魔力が渦巻き始め、彼女の源を心の臓で感じることが出来た。
この一ヶ月。
間近で感じてきたクリス・エッセ・アイズベルトが、俺の全身に回って、彼女のあたたかさを頭の先から足先まで感じる。
「覚悟は……してきた」
そっと、クリスはささやく。
「それでも、私は怖い。怖いと思うよ。あの暗闇が何度も頭をよぎって、ココに来るまでに何度も挫けそうになった。辿り着けないと思った。暗がりに閉じ込められた幼子の時から、私はなにも変わっていない。いや、変わろうとしなかった」
彼女は、俺の手を強く握って――微笑んだ。
「でも、お前が居てくれるなら、変われると思う。妹が灯してくれた灯りが視えれば、ちゃんと進めると思う。
だから」
クリス・エッセ・アイズベルトはささやく。
「ココに来た」
「あぁ、だから」
俺は、苦笑して応える。
「お前は、クリス・エッセ・アイズベルトなんだ」
「愚か者の葬列!」
嘆き悲しむ修道女は、遊園地の眩い七色の光を浴びながら、涙を流して両手を組んだ。
「あぁ、斯くも物語は回り始める! 愚者とは死路に導かれるものなのか! 救済を担う聖者の胸は痛み! 悲劇の円環は廻り続ける! 我が救いの手は! どこへ差し伸べられる! あぁ、どうか、嘆かないで!
この私が」
恍惚としたフェアレディは、地面に落ちたガラス片に映る自分を見つめ、うっとりと涙を流した。
「救ってみせる……」
「クリス」
クリスは、ゆっくりと魔眼を開いた。
螺旋が廻り――
「この夢を終わらせるぞ」
「あぁ」
生成。
俺の魔力を左腕から呑み干して、凄まじい勢いでの高速生成、砕け散ったガラス片に紛れた水晶剣が地面から吐き出される。
魔人も、また、廻る。
鋼線に引っ張られた魔人は、夜空に舞い上がり、満月を背景に痩身を浮かび上がらせる。
笑み。
美しき笑顔の下に――斬撃が降り注ぐ。
俺とクリスは、互いが互いを突き飛ばし、俺たちが居た場所の地面が吹き飛ぶ。
眩む頭、激痛に苛まれ、弱りきった心身に魔力を流し込み、俺は真っ赤に染まった視界を駆ける。
「クリスッ!!」
ドッ!!!!
呼びかけた瞬間、踏み込んだ地面が迫り上がり、勢いよく俺の身体を前方へと吹き飛ばす。
跳躍。
刀身がきらめき、己の腕で己の顔を隠した俺は、下に向けた刃を回転させる。
反応。
魔人は、腕を振る――
「おせぇよ」
その腕を切り落とし、その足を斬り飛ばす。
背に感触。
クリスが俺の背中に手で触れて、同期、光で象られた刀の出力を上げながら切り刻み――反転しながら、クリスの腕にそっと触れ――入れ替わったクリスの掌底が、綺麗に魔人の顎に入る。
「「吹き飛べッ!!」」
生成ッ!!
クリスの五指から創られた水晶の華が、魔人の頭を吹き飛ばし、真っ赤な花が咲いた。
魔人は、酔っぱらいみたいに後ろへとふらつき。
「クリス!!」
「ヒイロ!!」
パンッ!!
手と手を合わせて、くるりと回転、俺はその腹に回し蹴りを放つ。
魔人の体勢が崩れて、俺とクリスは、同時に追撃へとかかる。
踊るみたいに。
互いの手を打ち鳴らし、肩と肩で触れ合って、背中と背中を預け合う。
息も吐かせぬ怒涛の連撃、魔人の全身は徐々に削れていって、互いに互いの身体を気遣いながら攻撃を続ける。
魔人の身体が再生し――生成――その箇所に赤い華が咲いて、徐々に、魔人の肉体は華へと変わっていく。
再生、生成、再生、生成、再生、生成、再生、生成、再生、生成ッ!!
無限の螺旋、留まることはなく。
俺が殺して、クリスが生んだ。
魔眼と魔眼が合わさって、緋色が渦巻き、殺しては生み続け、徐々に魔人は魔人ではなくなっていく。
水晶の華へと変わりゆくフェアレディは、初めて、苦悶の息を漏らした。
「ぐっ……うっ……!!」
イケる。
クリスが来るまでの間に、張られた鋼線と罠の大半は、俺自身が受けることで処理しておいた。ひたすらに攻め続けた甲斐もあって、魔人の再生速度は把握しているし、勝利の想像も整っている。
勝てる。
俺は勝利を確信し、魔人はニタァと笑った。
その笑顔に怖気を覚えて、クリスの生成が止まり、幼いミュールがカンテラを片手に暗闇を灯していた。
眼前に灯った幻は、不安気に問いかけてくる。
「おねえさま、だいじょうぶですか……?」
息を止めたクリスは、両目を見開いて、その夢幻を見つめ――
「クリス、視るなッ!!」
彼女の両目に赤い線が走り、悲鳴と共に後ずさり、俺は彼女を抱きとめて思い切り後ろに飛ぶ。
「クリス……クリスッ!!」
「み、視えない……な、なにも……なにも視えない……」
赤い涙を流しながら、俺の腕の中で、クリスは子供みたいに縮こまる。
「こ、こわい……ヒイロ……こわいよ……ど、どこに……お母様、ごめんなさい……ごめんなさい、出して……」
俺は、彼女の頭を抱き込んで――魔人を睨みつける。
「テメェ……!!」
「あぁ、かわいそうに! 幼子が怯えている!」
頭の代わりに咲いた水晶の華を放り捨て、フェアレディの顔面が綺麗に再生する。
彼女は、花開くように笑った。
「見事な連携でしたよ、哀れ子たちよ。飛び散った私の魔力を回収し、その魔力を基に生成、水晶の華へと変えてゆく戦法もお見事。対魔人戦を想定したこの戦術は、この一ヶ月、コソコソと練習した甲斐もあってか少しヒヤリとしました。
この戦術を考案したのは、三条燈色、貴方でしょう?」
「…………」
「敬意を払いましょう。
貴方は、脇役は脇役でも、重要な役を担う価値はある」
ひゅんっ。
魔人は、十の指を振るって、俺はクリスを庇い――左肩が吹き飛んだ。
ボタボタと血が落ちていって、俺は、クリスに覆いかぶさる。
無限にも思える痛みが降ってきて、ありとあらゆる箇所が断裂し、真っ赤な線で全身を斬り刻まれる。
赤黒い血の塊になって。
「…………」
その闇の中から、俺は、魔人を覗いた。
「恐ろしい執念……貴方の精神性は、人ならざる者に近い……私の精神世界での戦闘は、想像に偏る……現実世界であれば、私は、ココまで追い詰められることもなかったでしょう……」
鋼線に、全身をなぞられて。
ひたすらに、その痛みに耐えながら、俺はクリスを護り続ける。払暁叙事で、致命傷を避けながら、そっと彼女にささやきかけた。
「クリス」
「こわい……こわい……」
「クリス……俺を信じろ……」
視えない目で、クリスは、声に従って俺を見上げる。
視えないことはわかっていても、俺は、笑顔を浮かべて彼女を見下ろした。
「俺を信じろ」
「でも……なにも……なにも視えないんだ……こわいんだよ……わ、私……ヘマをしたんだ……お母様が怒るから……閉じ込められてるんだ……開かないんだよ……あの部屋の扉は、開いたりしないんだ……」
「大丈夫だろ」
血で塗れた両手で、俺は、彼女の右手を握る。
そこには、ミュールとお揃いの杖があって、震える手で彼女はソレをなぞる。
「もう、お前には、出口が視える筈だ」
「…………」
「今度は、お前が灯してやる番だ。妹が心配してるぞ。俺と一緒に帰ろう。大丈夫だ。お前なら大丈夫。進めるさ。
だって、お前は」
俺は、笑う。
「俺が信じるクリス・エッセ・アイズベルトだ」
赤色の涙の中に、透明が混じる。
嗚咽を上げながら、彼女は笑って、俺を見上げた。
「信じてくれるの……?」
「あぁ」
「私……弱くて……また、間違えるかもしれない……それでも……信じてくれる……?」
「あぁ」
俺は、クリスと一緒に、その杖を握る。
「俺が、その扉を壊してやる」
飛んできた鋼線を――右手で握り締める。
フェアレディは、驚愕で両目を見開き、俺は魔力で強化した手でその糸を握りしめて――クリスと一緒に立ち上がる。
「お前が間違えても、その泣き声を聞き取って」
起立したクリスの横で、俺は、笑みを浮かべる。
「何度でも、その扉をぶち壊してやる」
「うん……」
泣きながら、クリス、杖を握り締める。
「私は……私は……」
そして、前を向いた。
「お前を……信じる……」
「三条ッ!!」
俺が離した鋼線を回収し、叫びながら、魔人は十指を振るった。
「ヒイロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「行こう」
俺は、笑って、右手を差し伸べる。
「閉幕だ」
彼女は、微笑みながら、俺の手を握って――生成された巨大な次元扉、鋼線が弾け飛び、衝撃を受けた魔人の両足が浮き上がり――俺は、鞘に仕舞った刀を握り、クリスは両手を俺の背に当てた。
ゆっくりと腰を落とし、道が出来上がる。
幾重にも重ねられた、次元扉の道程。
それは、真っ直ぐに、魔人の下へと続いており――魔力線補強――両足に魔力線が何重にも絡みついて、千切れかけた俺の両足を補強する。
視る。
緋色に染まった可能性、その行く末を見据えて。
「ヒイロ」
クリス・エッセ・アイズベルトは、俺の背中を押した。
「行け」
ただ、真っ直ぐに――俺は、駆けた。
蒼白い閃光と共に地面が弾け飛び、余波を受けた遊具が揺れて、周囲の空気が焼き付いた。
次元扉を通る。
その度に、俺は異界に満ちた魔力を回収して速度を増して、通り抜けると同時にその扉は粉々に砕け散る。凄まじい勢いで破片が弾け飛び、宵闇を切り裂いて、きらきらと灯りを灯した。
潜る、潜る、潜り抜ける!!
膨大な魔力が全身に蓄えられて、鞘の中で溜め込まれた魔力の剣閃が蒼白い雷光を帯び、俺の右手が蒼と白に赤熱する。
燦然たる魔力の稲光。
爆光を浴びながら、俺は疾走し、人間と魔人の視線がかち合う。
「ふざけるな……」
鋼線が振るわれて、俺の肉を削ぎ落とし、通り抜けた扉が吹き飛んで、魔人の顔面が歪んでいく。
「ふざけるなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
疾走る、疾走る、疾走るッ!!
光の中で、血飛沫を飛ばしながら。
俺は、口を開いて叫ぶ。
「ぉ、ぉ、ぉ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
受けた魔力、その決意。
背中に受けた手のひらを浮かび上がらせながら、俺は、ひたすらに魔人の元へと駆け走る。
「行け……」
彼女の声が聞こえた。
「行け……行け……」
涙が混じって、彼女は、叫んだ。
「行け、ヒイロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
俺は、魔人に追いついて。
烙禮のフェアレディは、己への哀れみで顔を歪めて――背に受けた想いと共に、振り抜いた。
剣先から蒼白い光が迸り、魔人の体表と体内をすべて焦がし尽くし、想像通りにすべてが吹き飛んだ。
魔人の全身が、蒼と白の光に包み込まれて……彼女は、諦めたように、微笑を浮かべた。
光の中に佇む彼女へと、俺は、笑みを捧げる。
「どうだ、魔人、愛が織り成す合体技だぜ?」
ふらつきながら、俺は、言葉を手向ける。
「理解出来たか?」
「あぁ……なるほど、コレが愛……愛……愛とは……なんて……」
魔人は、微笑んで、光の中にとろけ落ちる。
「憎たらしい……」
烙禮のフェアレディは、消え去り、俺はその場に膝をついた。
「ヒイロッ!!」
俺の魔力を辿って、四つん這いで地面を探りながら、やって来たクリスはボロキレになった俺を抱き締める。
フェアレディの精神世界の崩壊が始まった。
空間に裂け目が生じて、亀裂が走り、この世界からの脱出口が露わになる。
クリスに抱き締められたまま、俺は、ほぼ視えない両目でその様子を見つめた。
「じゃあ、また、現実で、だな」
「うん」
俺を抱き締めたまま、クリスは、くぐもった声で答える。
「ヒイロ……もし、私が忘れても……きっと……また、きっと……」
泣きながら、クリスは、俺の髪を撫で付ける。
「お前のことを好きになるよ」
「…………(この場面で、さすがに『それはやめてくれ』とは言えない男)」
「だって、ほら」
俺の髪の毛を整えて、彼女は笑った。
「ひとりじゃ、寝癖も直せないんだから」
徐々に、この世界から、意識が離れていく。
最後に、唇に柔らかい感触が伝わって……フェアレディの精神世界は、粉々に砕け散った。
「やれやれ、世話が焼ける」
暗闇の中で、どこぞの魔人の声が聞こえた。
「フェアレディの精神世界が崩壊したら、その土台に乗っている君たちの精神も壊れるに決まってるだろ。脱出する前に力尽きて、最期とばかりに女とイチャついてる場合か。
まぁ、なかなか、愉しませてもらったからな」
ゆっくりと、声が消えていく。
「こういうフォローも、相棒の役割ということで……許してやろう」
そして、なにもかもが消えた。
目を覚ました時、なにが変わっていて、なにが変わっていないのか。
それはわからないが、とりあえず。
そろそろ――夢から、目を覚ますことにしよう。
この話にて、第六章及び第二部は終了となります。
ココまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。
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