百合ゲーは、お砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ている
「はっ、はっ、はっ……!」
路地裏に、呼吸音が響き渡る。
必死に駆ける少女は、何度も背後を振り返りながら、追跡者を振り切ろうとしていた。
「……ッ!!」
だが、その表情は、絶望へと変わる。
彼女の前に、そびえる壁。
3メートル半はあるだろうか。彼女の細腕と身体能力では、とても越えられるようなものではない。
「……ミコ」
びくりと、身じろぎして、少女は振り向く。
そこには、美しい少女がいた。
青白い月光を帯びた彼女は、キレイな黒髪をなびかせて、少女へと近づいていく。
後退る少女は、壁に背をつけて、悔しそうに歯噛みした。
「い、言っとくけど! わたし、貴女と付き合うつもりなんてな――んっ」
黒髪の少女は、追い詰めた少女に口づける。
スポットライトのように、月の光が、美しい少女たちを照らした。あたかも、それは、祝福の光のようにも思える。
ふたりは、静かに離れる。
追い詰められていた少女は、頬を染めて眼を背けた。
「や、やめてよ……バカ……そんな気ないって言ってんじゃん……」
「いいから、目、閉じて」
また、ふたりは、キスを始める。
コレは、このふたりの少女を主役とした美しい恋物語――ではなく。
「…………」
裏路地の隅の暗がり。
ヤンキー座りで、ハンバーガーを食いながら、じっと彼女たちを見つめる男。
「……やっぱ、百合って最高だわ」
俺こと、ヒイロの物語である。
百合ゲーとは、女の子同士が、結ばれるまでの過程を描くゲームだ。
なぜ、“百合”ゲーと呼ばれるのか。
諸説あるが、女性同士の恋愛関係を百合の花に例えたことから、『百合』とは、女性同士の関係性を描くジャンルのことを言う。
『Everything for the Score』は、百合ゲーである。
百合ゲーには、文章を読むことで話が進むノベルゲーと呼ばれるものが多い。
だが、本作は、シミュレーション要素もふんだんに盛り込まれた珍しいタイプの百合ゲーだ。
世界観としては、現代日本に魔法が存在するファンタジー世界。
特徴的なのは、素行、活躍、布団の畳み方まで、ありとあらゆることが評価され、政府から付けられるスコアが存在することだ。
主人公の目的は、魔法学園を舞台に、各種パラメーターを上げながらスコアを稼ぎ、四人のヒロインのうちの誰かと幸せになること。
本作は、百合愛好家たちにとっては、マストとも言えるくらいに有名なゲームではあるが、一般的な知名度は正直低い。
そんなこともあってか、発売から暫く経って、プレミア価格が付いてしまった。
百合好きの俺が、入手困難だと知ったのは、プレミア価格が付いて転売ヤーが跋扈し始めた頃合い。
言い訳がましいが、その時期は、引っ越しだの何だので忙しく、情報入手力が足りていなかったのだ。
「……たすけてください」
「はい?」
「たすけてくださぁあああああああああい!!」
「うるさっ!? え、なに!?」
速攻魔法で、百合好きの友人に頼み込み、ようやく入手出来たのは発売から2年が経った頃だった。
俺の百合に対するモチベーションは、非常に高く。
発送から家に着くまでの時間すらももどかしく、地元の配送所に着いた時点で、自転車に乗り込みハンドルを握っていた。
「ヤマ○運輸さん!? 橘ですけどぉ!? 荷物届いてますよね!?」
「え、あ、はい?」
「今から伝える住所に、遠投で置き配してもらってもいいですか!?」
「え? あ、は!? いや、届きませんよ!?」
「届かなくても良いッ!! 俺は、あんたの肩を信じてるッ!!」
「え、いや、無――」
「いっけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「え、ちょっ、投げてませんよ!? ひとりで、盛り上がらないでもらえますか!?」
結局、俺は、普通に配送所まで取りに行った。冷静になったので、ヤマ○運輸のお兄さんに土下座した。
そんなこんなで、ようやく手に入れた百合ゲー。
『Everything for the Score』は、光り輝いているように視えて、プレイを始めた頃には視界が霞んでいた。
「前が……視えねェ……!」
美しいイラストに涙を流し、神OPを堪能する。
至福の日曜日だった。
面倒の多い現実世界で、疲れ切った全身が、潤っていくように思えた。
「ヒロイン、全員、カワイイな。
主人公とイチャイチャするのを眺めるのが楽しみだわ」
俺の将来の夢は、百合カップルが同居するマンションの観葉植物になって、毎日、水と百合をもらうことだ。
なので、基本的に、主人公には感情移入しない。
飽くまでも、画面の外側の存在として、ちょっとした手助けをしたいのだ。
「思ったより、パラメーター細分化されてんね……最初は、なにから上げんのが最善だコレ……魔導触媒器とか言うシステム、凝りすぎだろ……スコアは、基本、なにしても上がるから気にしなくても良さそうだな」
魔法ひとつにしても、属性ごとにパラメーターが区分分けされている。
思ったよりも、自由度の幅は広そうだ。
基本的に、プレイヤーが行えるのは、一日の計画を立てることくらいだ。
午前と午後に行動権があり、プレイヤーが選択した行動の結果が、最後に表示されるオーソドックスなもの。
魔法の訓練を行ったり、ダンジョン攻略に乗り出したり、ヒロインに会いに行ったりすれば、何かしらのパラメーターとスコアが上がる。
時には、イベントが発生して、パラメーターの上下が行われるが……簡単に、パラメーターもスコアも上がるし、加速度的にヒロインたちにも好かれていく。
「ぬるいな」
ほぼ、ノンストレス。
ただ、自由度の幅が広い。
エンディングは、ヒロインごとの4種類だけではなくて、冒険者として名を残す『冒険者エンド』、魔法学園の学園長にまで上り詰める『学園長エンド』、全てのヒロインを拒絶して悪に走る『悪堕ちエンド』まである。
ストレスはないのに、ボリュームたっぷり。
たぶん、百合ゲーでなくても、それなりに人気が出たんじゃなかろうか……と思われる本作にも、唯一のストレス要素がある。
『あれ~、ふたりでなにしてんの~? 俺も、混ぜてよ~?』
「出やがったな、クソがァ!!」
本作、唯一の男キャラにしてお邪魔キャラ『ヒイロ』の存在である。
さすがはお邪魔キャラと言うべきか、主人公とヒロインの仲を割くような言動をとる。マイナスイベントの大半には、このムカつく金髪男が絡んでいるのだ。
『え、ダンジョン行くの? ふたりで? なら、俺も入れてよ~』
「付いてくんじゃねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ウザいことに、ダンジョン探索にも勝手に割り込んできて、我が物顔でパーティーインしてくる。
しかも、この男がいる間、ヒロインとのイベントが全く発生しなくなる。その上、分割された経験値はちゃっかり持っていく。
『なになに? ふたりでなにしてんの? あやし~、俺だけハブかないでよ~』
「空気を読めぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 空気ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 吸うな、死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
本作が、いまいち、人気が出なかった理由がわかった。
コイツだ。
この男の存在が、癇に障る。
俺の寿命の半分を代価にして、このゲームから消し去りたいくらいにムカつく。百合の間に挟まる男は死ね、の概念を凝縮したかのようなヤツだ。
当然、主人公たちにも、蛇蝎の如く嫌われているのだが、当の本人は強メンタルなのか気にした様子はない。
女性同士の恋愛関係に主題を置いただけあって、百合ゲーには、基本的に男が出てくることはない。出てきても、邪魔者だとか、モブだとか、背景の一部だとかそういう感じである。
基本的に、百合ゲーに限らず、百合作品に出てくる男の大半は地雷だが……その中でも、このヒイロは、特大級の大型地雷だ。
「だ、ダメだ、コレ以上のプレイは命に関わる……百合で心を清めなければ……人間ではいられなくなる……」
この男のせいで、たまに、別の百合ゲーを挟まなければならなかった。
唯一の救いとしては、どのエンディングでもヒイロは悲惨な死を迎えるので、胸がスッキリするということくらいだろうか。
『Everything for the Score』は面白い。
膨大なイベント量のお陰で、常に新鮮味があり、周回プレイが捗る。
気がつけば、夜が明けており、その次の日も終わって朝を迎える。連日、睡眠時間をギリギリまで削って、夢中でプレイを続けた。
ありとあらゆるエンディングを制覇し、イベントCGも集め終え、既読率100%となって、設定資料集も隅々まで読み込み……ようやく、俺は、眠ることにした。
「ん?」
だが、そこで、俺は身体の不調に気づく。
「あれ……からだ、重っ……睡眠時間、削りすぎたか……いや、コレ、ちょっと……マズイ気が……あれ……」
そのまま、視界が黒ずんでいく。
全てが、真っ黒になって――俺は、跳ね起きる。
「うおっ!? なんだ、夢か!! ビビったわ!! 死んだかと思っ――」
目の前には、鏡があった。
そこに映る自分の顔。
金色の髪に、軽薄そうな表情、妙に整っている顔立ちに腹が立つ……散々、俺が、悪態をついた顔が、そこにあった。
「あれ?」
俺は、瞬きを繰り返して、その顔を撫で付ける。
「俺、ヒイロになってね……?」
その数時間後。
俺は、自身が、『Everything for the Score』の世界に。
百合ゲー世界に、お邪魔キャラのヒイロとして、転生したことを知った。