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第9話 日常との別れ 聖堂での誓い


 キーはアレッツと共に市場を歩いていた。これからまとまった時間をとることが難しくなると予測したため、久しぶりのオフを使って必要なものをまとめて買うことにした。仕事を何回かともにしてアレッツとは親しくなっていたので、以前に約束していた露店の紹介を兼ねて市場の案内を頼むことにした。



「都市中央部の市場には負けるべが、東部でならここで買うものを見繕うのが一番だべ!」



 アレッツは人ごみの中を少し危なげに歩いていく。田舎の出と聞いていたので人ごみはまだ慣れていないのだろう。キーは人の流れに乗って、見たいものがあれば人の間を縫って店の前まで行った。アレッツはそれに必死についていく。


「それで今日は何を買いに来たんだべ?」


「防具を買いたイ。何かあてはなイか聞きたかった」


 キーは蜘蛛のようなよくわからない物体の木彫りの彫刻をしげしげと眺めながら答える。


「おらもこの町に来て日が浅いからなぁ。おすすめと言える場所はないべ。防具を売ってる店ならいくつか知ってるべが……」


「ならそこを紹介してクれ」




 アレッツはキーを連れ立って武具店に訪れた。様々な武具のサンプルが壁に固定されている。髭面の強面の店主は睨むように頬杖をつきながらこちらを見ている。キーはあえて武具や防具を観察している。値札などは見当たらない。一通り見ると店主に問いかけた。


「防具はそれぞれどノくらいの値段なんだ?」


 キーは一つ一つ目ぼしいものや、大体品質が並であろう物を指さして聞く。


「……オルレシュ銀貨で皮鎧が50枚。兜が35枚。手甲が25枚。ブーツが15枚だ。」


「そんなに高いんだべか!?」


 アレッツは驚きの声を上げるが、キーはたじろぎもせず質問をする。


「なぜそんナにも高い?」


 店主はめんどくさげに唸る。


「誰もが買い求めるからだ」




 キーは値段の高さに驚愕し、疑っていたが、ウルゴルヌーマの情勢を考えるとこの店の値段は並みかやや上といったところであった。地球の中世後期における欧州では(インフレの大きい時代だったので適切な値段というと誤解を招くので割愛する)鉄製品の武具一式をそろえるとなると大変な買い物であった。 現代換算では安くて大衆車、高いと天井知らずで高級車といった比喩表現が適当である。平均的な労働者の年収を近似値としてもよいだろう。ましてやこの世界には魔法というものが存在する。城一つ余裕で買えるほどの価値を持つ装備があることを今のキーたちは知る由もなかった。



 キーたちはもう3件ほど回ってみたが似たり寄ったりの価格だった。近辺の武具屋同士の談合もあるだろうが、この町においては適正な値段なのだろう。まとめ買いするなりして交渉してもさほど変わらない値になりそうなことは明白だった。


「マジで防具たけェな。貯金箱共から分捕った武器をすべて売っぱラっても届きやしねぇ。いくつか重要な部位だけ見繕って買うシかなさそうだな」


「おらもびっくらこいただ……畑を買える日はいつになるんだべか」


「とりあえず飯でも食オう。今日の礼変ワりだ。おごルぜ」


「ならおらのおすすめの店を紹介するべ!」




 アレッツがいう一押しの露店に到着し、食べながらどうするか考えていると、アレッツが色々提案をしてくれた。


「あとは故買業者をあたるくらいだべか?」


「大丈夫なのカよ?ブツを盗まれた被害者が追ってくるなンてことないのか?」


「ウルゴルヌーマには大陸中から盗品が集まってくるって話だべ。そういうこともないとは言えないだ。でもウルゴルヌーマは広いし、そうそう盗まれた人間と出会うこともないんじゃないべか?」


「リスクはこの町ではそう大きクはないか?品質は自分で目利キするしかねーよな」


「そうだべな。一回行ってみたけど目が回るほど色々あったべ。店側も品質を全部把握してることはないだろうし、いちいち教えてくれるとも思えねーべ」


「一か八かってやツか。とりあえず見るだけ見テみるか」


「わかっただ。食い終わったら裏市場を案内するべ」




 裏市場は都市東部から、北部と中央部の間に向かう途中にあった。人が通ることを全く考慮していないほどテントや屋台が立ち並んでいる。通る人間もどこかすねに傷があるような陰気さを放っていた。汚いテントがたまに体に当たるのがたまらなく不快でキーは顔を竦める。


「たまに大店の在庫処理だって偽物を押し付けてくるやつとか、鐚銭よこす奴とかいるらしいべ。最後まで気を抜いちゃダメだべ」


「為にナる。礼を言ウ」


贋物や贋造通貨までには考えが至らなかった。この町の悪意には慣れていたように思っていたがまだまだ甘かったようだ。改めて気を引き締める。改めて裏市場を見渡すとどいつもこいつも他人をいかにして欺くかしか考えていないような面構えだ。怪しげな魔術書をいかにもお坊ちゃんというような青年に売りつけようとしている口の達者に回る者がいる。何でも青年は悪霊にとりつかれているから運気が巡ってこないのだと霊感商法じみたことを言っている。青年が深く頷いているのを横目にキーは警戒しながら歩みを進めた。




 しばらくは一通りの店を流し見しようとしていたが、あまりにも膨大すぎてらちが明かない。どうするべきか手をこまねいているとぼんやり眺めていた店の店主が話しかけてきた。


「旦那。何をお探しで?」


「防具を一式探シている」


「へへへ……こちらのレザーブーツがおすすめですぜ。なんてったって天下のカニル・ピアチ工房の一品でさぁ。ほらここに印章があります」


 一見人のよさそうな笑みを浮かべながら店主は説明する。




「そウか。触ッても?」


「すいやせん。商品なもんで勘弁してください」


 アレッツがキーの服の袖をひそかに引く。なるほど。とキーは思いながら店を退出する口実を考える。


「ソうか。他のものヲ見て回る」


「そうですか。どうも」




 案の定というべきか暖簾師であったようだ。後ほどアレッツの話によるとこれより巧妙な手口のものは腐るほどあるらしい。もうすでに辟易としている中で日が落ちる時間は刻々と迫ってくる。


 破れかぶれに目についた店をまわっていくも、砂漠の中で失くした指輪を見つけるようなものだ。苛立ちを深めながら探していくも、見るからに品質の悪いものばかりが目白押しである。アレッツはすでに衣類を購入している。今やキーのためだけに防具を見繕うも惨憺たる結果というのは表情を見れば一目瞭然である。信頼性を第一とする武具を闇市で買うなど無謀であったかと思いかけるが矢先、光明が見えた。




キーはヘルメットのような帽子をみつけるとかぶって顎紐で留めた。アレッツを振り返って見つめる。アレッツはひどく切なそうに目を細めている。



「キー……。それはくそだせぇだ……」


「うっせヴォケ!性能と値段のせめぎあいの中デ妥協したんだよ!」



 キーは腕を組み堂々としているが、頬を赤らめている。首の裏筋まで隠れる兜には見えない形状である。どんな素材を使っているのか、値段はどのくらいなのかを店主に聞こうとする。もうすでにキーの中では購入を決めているらしい。しかし店主は老齢のためか要領を得ない言葉をフガフガと発するだけだ。仕方なしにキーはヘルメットを片手に銀貨を10枚ほど差し出すと、店主は震える手で3枚つかむと、銅貨の詰まった箱から数えることなくつかみ取り、乱雑にキーに渡して奥に行き、座って眠りこけた。


「いやどンな商売だよ」


「まぁいいんじゃあないか?釣銭はくれただ」



 

 釈然と知った気持ちを抱えながら外に出る。またしばらく探したが掘り出し物と思える品は見つからなかった。


「足回りは重要ダしブーツは素直にさっきの店で買うか」


「いいのがなくて残念だったなぁ。でもそれが間違いないだ」


 取り急ぎ必需品は信頼性が最低限ある店で購入することに決め、裏市場を出ることに二人は決めた。なかなか裏市場というのは奥が深いものだと時間があるときにまた目ぼしいものを見繕うことにした。






 アレッツと談笑しながら足を進めていると、突如腰に違和感を覚える。キーはこの町での経験で警戒していたからか見逃さない。人間離れした反応速度で振り向き、腰に触れた子どもを見つけると獣じみた瞬発力で地面を踏みしめ、子供をつかみ地面に引き倒す・


「がっ……!あっ……!」


 キーは冷徹な目で子供の襟首を鷲掴みにし、持ち上げると子供の手からキーの財布が滑り落ちる。キーは財布が地面に落ちる前に掬うように手に取り、腰のポケットに入れる。


 周囲の人間はしげしげとその光景を眺めるも、キーのひとにらみで目をそらす。アレッツはぽかんと口を開けているも、次第に冷静さを取り戻し、事の推移を見守る。


「ガキ。手を出す相手ヲ間違えたな」


 子供は汚れで元の色が判別がつかないぼさぼさの髪を後ろでひとまとめにしており、肌は小汚く何日も洗っていないのだろう。枯れ木のような手足をしており、見るからに栄養失調だ。そのような体で最初はもがいていたが、もうすでに自分の運命を悟ったのか目には絶望を浮かべている。しかし救いの手はあった。




「キー。人目が多いだ。その辺にしとけ」


 アレッツはキーに落ち着くよう促す。キーは一瞬アレッツを見やると、子どもに低い声で脅しをかける。



「ガキ……命拾いシたな。こレはでかいツケだぞ」


 子供の首を放すと尻餅をつきえづく。キーを怯えた目で見ると転がるように小道に走っていった。


「最後にとんだケチがついたがまぁイいだろう。迷惑ヲかけたなアレッツ」


「この町ではいつものことだべ。お互い様だ」


 アレッツは明るく話す。キーたちは騒動で静かになっていた一帯を風を切るように進みながらもと来た道を戻っていく。キーたちが裏市場を出ていくと次第に元の独特の喧騒が戻っていった。






「ばあさン。邪魔スるぜ」


「ふん……あんたかい。何の用だね」


 キーは裏市場を出るとアルミラの店を訪れていた。店に入るとアルミラはテーブルの上で相変わらず老人とは思えない手際で薬を作っていた。ここは変わらないなと思いながらキーは要件を伝える。




「薬を買いにダ。どれくらイ在庫がある?」


 アルミラはキーの身なりをねめつけるようにざっと眺める。


「アンタの身代じゃ買いきれないくらいはあるさ」


「繁盛しているようで何よりダぜ。俺様も協力しテやるよ」


「口の減らないクソガキだね。それでいくつ欲しいんだい?」


「ざっと1月分ほシい」


「待ってな。取ってくる」


 アルミラは一切揺るぎのない足取りで倉庫に入っていき、すぐに戻る。薬の中身を確認しているようだ、袋の中から薬をすべて取り出してテーブルに並べている。




「ビーボーイって組織を知ってルか?」


 そんな様子を見ながらキーはなんとなしにアルミラに話題を振るつもりで話しかけた。アルミラの体はぴたりと静止する。キーは予想外の反応に息をのむ。



「あのロクデナシどもが何だっていうんだい」



 アルミラは苛立ちの籠った声をキーが聞いた中で初めて出した。アルミラの目を見ると、怒りや憎しみなど様々な感情が入り混じったように感じる。なぜだろうか疑問に思いキーは探りを入れる。


「俺様とルルアガで襲撃するツもりだ」


「死にたくないならやめときな。ビィボ・オイ。あそこは古い組織だ。魔導士や魔導具の一つや二つ抱えていてもおかしくはないさ。」


「なんダ。詳しいのカよ」


「あんたが情けないだけだよ。自分の力に自惚れているようだがね。魔導士相手じゃ肉壁になるのが関の山さ。ラシオンにも捨て駒にされるのがオチじゃないのかい?」




 アルミラは尻上がりに語気を強めていく。キーは思わず声が上ずりかけるがアルミラを説得するように一言一言に力を入れて伝える。


「そりゃ立ち回りは気にしなイといけないがな。それでもヤらなきゃなんねーんだ。婆さんだってわかってるだロう?」




 アルミラは沈黙し、キーに背を向ける。そして再び薬の調合を再開した。


「さっさとそこにある薬をもって失せな。馬鹿につける薬は入ってないからね」


「そうカい。ありがたク貰っておく。金はこコに置いておくからな」


 アルミラは返事をしない。キーは少し黙って返事を待っていたが、アルミラが無視していることを悟ると、ため息をついて出ていった。



 アルミラはキーが出て行ってから薬の調合を続けていたが、段々と手さばきが緩やかになり次第には止まった。



「……」



 少しして思い出したように調合を再開する。しかしすり鉢を落としてしまった。アルミラは深く皺が刻まれた顔ですり鉢をじっと見つめる。すり鉢はしばらく回転していたが、やがて止まる。すり鉢を見ると取っ手が欠けていた。アルミラはそれを拾いもせずにただ佇んでいた。その姿は薬を作っていた時とは別人のように、疲れ果てた老人にしか見えなかった。






聖堂に戻るとナデュノーゲンは窓を拭いていた。小柄なため高いところに手が届かないのかぴょんぴょんとジャンプしている。意外と運動ができるのか、かなり高い位置も拭いている。



「よっ……!はっ……!」


 掛け声を出しながら窓を拭き続けている。こちらには気づいていないようだ。両肩で結んだ紙がジャンプに合わせて揺れている。すると髪が顔に勢いよく当たった。目に当たったのかうずくまり顔を抑える。



「…………ッッッ!!!…………イッタ!!!!!…………グッ!!!!!」



 キーはそれを何とも言えない表情で見て、見かねて声をかける。


「……大丈夫カ?」


「……!!!き、キーさん!?!!?!!!?」


 ナデュノーゲンはキーに気づくと涙目を向けて顔を真っ赤にする。


「手伝ウよ。危ナいから……」


「はいぃ……」




「いつもお手伝いありがとうございますキーさん。どうしても私は高いところに手が届かなくて……」


「居候として当然のことヲしたまでだ」


 何事もなかったかのように清楚な表情を取り繕うもナデュノーゲンの目は充血している。まだ痛いのかたまにしぱしぱと瞬きをしていた。キーは気を使ってか無粋な差し出口はしない。




 掃除が終わると日が落ち始めていることが分かった。ナデュノーゲンは夕食の支度をすると厨房にいった。キーも手伝うといったが、久々の休みなのだから体を休めてほしいと固辞される。手持無沙汰なのでリュビトスの練習をする。うまくはなってはいるが他人に聞かせられるものではない。依頼でここ最近忙しかったから当然だと思いながら手を動かし続ける。暗くなってからでは近所迷惑なので練習できるとしたら今ぐらいだろう。気を引き締めて一心不乱にリュビトスを弾く。


 暫くして夕食ができたとのことナデュノーゲンが呼びに来た。リュビトスを弾いていることを見られて、弾くことをせがまれるも丁重に遠慮する。うまく弾けるようになったら弾くことを約束し、夕食を食べに向かった。


 神へ今日も食事をとれることへの感謝と祈りを捧げ、厳粛に食事を開始する。何時の間にか食事をするときに可食テストをすることがなくなったなと思いつつ、食事を終えた。


 食事を終えると、キーはナデュノーゲンに時間をもらえないか話しかける。ナデュノーゲンは快諾すると、キーは改まって話し出す。




「聖堂を出ていくこトにした。ナデュノーゲンには本当に世話にナった。心ヨり感謝する」


 ナデュノーゲンは驚き、引き留める。


「キーさんは聖堂の手伝いも積極的にしてくれますし、もうしばらく滞在していただいて構いませんよ。アレッツさんも街に来た頃は1月以上滞在しておりました」


「ルルアガと協力してビーボーイヲ叩く」




 ナデュノーゲンは意表を突かれたのか動揺し、数回ほど何か言いたげに口を開くも声をかみ殺す。落ち着きを取り戻すと意を決したように確固たる口調で聖堂の立場を表明する。


「聖堂は中立です。組織間の対立に干渉することはできません」


 ナデュノーゲンは躊躇いがちに自らに言い聞かせるように言葉にする。蛮行を繰り返すビーボーイには個人的に思うところがあるのだろうか。


「ナデュノーゲン。メイエルたちをよろしク頼む。あいつラが狙われないとも限らない」


「もとより聖堂は孤児院を支援しています。神の名において幼子を見捨てることは決していたしません。どうかご心配されることのなきよう」


「それを聞けただけデ安心した」




「聖堂としてはあなたを支援することはできません。それでも私は……」


 ナデュノーゲンは祈る




「あなたに祝福があらんことを祈ります」




「俺様ハ勝つ」




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