第8話 孤児院で勉強
「キー!追いつめるから反対側から挟み撃ちにして!」
「応ッ!」
イルーシャはチンピラの持っていたナイフを蹴り払う。男は腕を抑えイルーシャをにらむと路地裏へ逃げ込んだ。キーとイルーシャはわざと路地裏にチンピラを追いつめる。
「汚い肌の奴隷風情がっ!」
イルーシャに捨て台詞を吐くと脱兎のごとく逃げる。キーが入り組んだ路地裏を回り込み、腰から長剣を抜いて立ちふさがった。チンピラはいよいよ窮地に陥り絶叫する。
「ふざけやがって……!糞頭がよぉーーーーーっ!!!」
「俺様に向かって差別表現とか死にたいって言ってるのと同じことだゾ?」
キーの足の筋肉が隆起し、地面から跳ね上がりチンピラの膝を抉り取るように蹴り飛ばす。チンピラはキーの持っている長剣に集中していたため反応できない。いや丸腰でなくとも結局は反応できなかっただろう。絶叫し、足を抑えながらうずくまる。キーはゆっくりと近づく。もはや逃れるすべなどなかった。
「今日もありがとね。報酬よ」
「毎度どウも」
キーは報酬をもらい中身を確認すると、懐にしまう。
「ここ最近ずイぶんビーボーイの邪魔が多いんじゃないのか?」
「そうね。本当に頭が痛いわ……」
イルーシャは頭を抱える。甚だ頭痛の種であるようだ。
「あなたがいるおかげで本当に助かっているわ。」
「当たり前ダ。あいつら仕舞には俺様ノことを売り飛ばそうと襲ってきやがった。それも俺様の世界遺産にふサわしき髪を馬鹿にしやがって……!アの野郎共……調子に乗っテ3回も……!糞ガっ!糞ッ!!! 絶対潰ス!!!潰しテやる!!!全員!!!まとメて!!!肥溜メに!!!ぶち込んでヤる!!!!?!!!!!!!!?!!!」
キーの天を衝くような怒号にイルーシャは顔が引きつる。ビーボーイとの間でのいざこざでキーは腹に据えかねるものがあったようである。なんとかキーの気をそらそうとかねてからルルアガで議論されていたことを提案する。
「人身売買される苦しみは私たちもよくわかるわ。そこで腹案があるの。私たちの組織の首領に合わないかしら。」
「フむ?」
「ここまで私たちの依頼を受けて達成してくれるんだもの。首領もあなたに大きな関心を寄せているわ。依頼料の引き上げや依頼の優先委託などを相談したいとのことよ」
イルーシャは優しく窘めるようにキーに話す。キーはすぐに平静に戻り思案する。
「悪クない提案だ。お前タちと俺様は現状概ね利害関係が一致しているからな」
「ビーボーイは人身売買組織よ。新大陸からの奴隷だった私たちルルアガと珍しい見た目のあなたは確実に狙われるわ。だからこそ協力関係をこれまで以上に密にしようってね。返事は次の依頼までに聞かせて頂戴。」
「わかっタ」
「次もよろしくね。じゃあまたね」
褐色肌の男たちが到着し、縛り上げられたビーボーイのチンピラを引きづっていく。それと一緒にイルーシャは去っていった。
イルーシャの提案について考えながら帰路を辿っていると、うまそうなにおいが漂ってきた。昼飯は依頼のせいで食べてなかったなと思いつつ、匂いを辿る。帰り際に屋台を見かける。パイ生地のような衣に肉やチーズ、野菜を入れて油で焼いている。もし地球の料理で例えるならばブレクが近いだろう。店主が焼いている姿を少しばかり見ていると食欲が湧いてきて2つくらい買おうとするが、あることを思い浮かべる。喉まで出かかっていた言葉を直して口から出した。
「22個くレ」
「あぁ」
かなり大きな袋になってしまったがまだ持ち運べる。温かいうちに届けようと孤児院へ進む方向を変えて、道のりを急いだ。
孤児院に到着するとメイエルハニカは子どもたちと畑に種をまいている。自分が耕すことを手伝った畑にも種をまいていて、季節のか移り変わりをこの世界に来て初めて感じた。メイエルハニカは汗をぬぐい、こちらに手を振った。
「キー!元気だった?」
「キーだ!」
「何とか生活はやッていけそうだって報告にな。こいつは土産だ」
「わー!ありがとう!」
「おいしそう!」
「貢物だノ!でかしたノ!」
子供たちがわらわらとキーに集まって騒ぐ。肉料理はなかなか食べられないのだろう。タンパク質に飢えた子どもたちはうずうずしながら料理とメイエルハニカを交互に見やる。メイエルハニカは両手を打ちながら子供たちに呼びかける。
「ちょっと早いけど休み時間にしよう!食べたらうーんと働くんだよ!」
「「「はーい!!!」」」
子供たちに手を洗わせてからキーは料理を配った。子どもたちは嬉しそうに礼を言ってかぶりつく。ティリを見ると普段のつんけんした態度が嘘のように素直に礼を言って食べている。キーはおかしくなって笑ってしまった。
「……何笑ってるのよ」
「悪イ悪い。ティリもうまい飯の前では素直なんだなって思ってヨ」
「まるで私がいつもは素直じゃないみたいに聞こえるわね」
「ちゃんと聞こえてるじゃねェか」
ティリは顔をつんと背ける。キーは笑いながら頭を撫でると拗ねて働きに戻ってしまった。周りを見やるとちらほらと畑仕事に戻ることにした。自分も手伝おうとメイエルハニカに伝え、畑に向かった。ホムホッケも浮きながら種をまいている。キーはホムホッケの区画を手伝うことにした。
「よウ。久シぶりだな。変わりハないか?」
「キー!美味しかったノ!ありがとうなんだノ!みんな元気だノ」
ホムホッケはまん丸の目を細めて笑う。長い鼻をぶんぶん回し、大きな耳をパタパタとはためかせてうれしい感情が伝わってくる。
「いつモ世話になってんだ。構ワねぇよ。それナらよかったぜ」
「みんなボクが面倒見てあげてるからそう大事にはならないノ」
「そうかイ。王様ダからか?」
「王様だからなノ!よくわかってるノ!」
「俺様だかラな」
種まきは思いのほか早く終わった。ホムホッケからの話によると以前からやっていて今日で終える予定だったようだ。これからどうしようか思案しているとメイエルハニカが話しかけてくる。
「キー。今日はありがとうね。時間が余ったから勉強をしようと思うの。キーも参加してみない?」
「おう。是非とモお願いしたい」
「わかった。」
孤児院の広間に机を並べ、メイエルハニカは黒板を用意し、壁に立てかける。子どもたちは茶色の細かい砂の入った箱と、ボロボロの紙の束を用意する。キーは砂箱に文字を書くと奥の方に黒い粒の小さな砂が見えてきた。ほかの子どもたちを見やると箱を揺らすと茶色の砂が浮かび上がって書いていた文字が消えた。よくできているとキーは感心する。
「それじゃ今日は算数を勉強していくからね。キーはまず数字から勉強していこうか」
キーはうなづくと、メイエルハニカは黒板にチョークで問題を書く。そして数種類の銀貨の入ったケースから2枚の銀貨を取り出し、子どもたちに見せる。
「次の問題に移るよ。このビトゥ銀貨は大体フメルナ銀貨の1.3倍の価値があります。フメルナ銀貨が10枚あるとビトゥ銀貨は何枚分の価値があるでしょうか?」
「まず銀貨の種類が多すギる」
「この辺で商取引に使用される銀貨は9種類あるよ。ウルゴルヌーマは3つの……いや4つの国に囲まれているからね」
トアルがキーの疑問に小声で答える。
「イや9はキツイわ」
「買い物するときは地味につらいところさ。大きな買い物のときはみんなで計算してるよ」
トアルは遠い目をする。
「ティリは計算が強いからね。彼女と……あとエルレアにはメイエルと一緒に孤児院の帳簿をつけてもらっているよ」
ティリの方を見やるとほかの子どもたちがわからないとことを教えてやっている。自分の勉強は一人で次々と先に進んでいるようだ。
キーはエルレアも見やる。深い青の長い髪をした少女が一人黙々と勉強を進めている。たまにエルレアよりも小さい子たちが質問していると言葉少なく、だが的確に教えている。トアルやティリよりも幼いが怜悧な頭脳を持っていることが、キーは今までの会話から見て取れていた。理知的で端麗な容姿を澄ました表情にしたまま粛々と問題を解き続けている。自分で勉強を進めているのだろう。幼いながら非常に優れた頭脳を持っているようだ。
「そこ!おしゃべりしない!」
キーを指さしメイエルハニカは怒りを露わにする。
「しっかり勉強しないとだまされて損しちゃうんだよ!もし借金でもしてウルゴルヌーマで生きられなくなったら私たちはもう行き場がないの!しっかり勉強する!」
「はイ!」
「何かわからないことがあったら私に質問してね。キーこの問題はわかった?」
「フメルナ銀貨が10枚あるとビトゥ銀貨は13枚分の価値があル」
「あっ割合はわかるんだね!」
「生憎数字がわかラねぇんだ」
「あちゃー数字も忘れてるのかぁ……」
「後で文字を一通り書イた紙をくれ」
「今ササっと書いちゃうね。それ見ながら今日は勉強して!」
「感謝スる」
何とかキーは算数の勉強を終えたが、学んだことは数字とある程度の文字だった。小学生レベルの算数は赤子の手をひねるように解けるが、文字を学ぶことがまず大変だった。まず文字を覚えなくては話にならないので、メイエルハニカからもらった紙を覚えることを次に勉強を教えてもらうまでにしなければならないだろう。
勉強が終わると子供たちははじけたように外に遊びにいった。キーは子どもたちに外に引っ張られていく。缶蹴りなどの遊びをアレンジして子供たちに教えると大興奮であり、辺りが暗くなり子供たちの体力が切れるまで遊びに付き合う羽目となった。
その日はメイエルハニカの好意で孤児院に泊まることになった。夕食を済ませるとトアルが話しかけてくる。
「仕事の方はどうだい?キー」
「昨日はカスをしばいて今日もカスをしばイた。千客万来商売繁盛万々歳ダ」
キーは足を組み、横髪を指で弄びながら得意気にする。
「ははは……大変そうだね」
「悪いことばかりじャない。ゴミ掃除も兼ねてル。町は奇麗にナってみんなハッピーだ」
「君には感謝しないといけないね」
トアルは茶化すように話す。キーは笑う。少し間があるとキーは真面目な顔をつくり、先ほどとは対照的に落ち着いた口調で話し始める。
「今日は本当は孤児院に来る予定じゃあなかった。」
「そうなのかい?」
「本当は次来るときはメイエルハニカから借りていた金を返ソうと思っていたんだがな。しバらく来れそうもなくなってな」
「……何かあったのかい?」
トアルは生唾を飲み、声を潜めて問いかける。キーはしばらく沈黙する。外から風の音が聞こえる。風音が弱まってからキーはまた話し始めた。
「ビーボーイってイう人身売買組織のカス共と色々あって潰すことにしようとしている。イルーシャの組織と協力シてな。しばらくは来れそウにないから挨拶をと思って来た」
「そんな……!危険じゃないのかい!?」
ギョッとしたようにトアルは震えた悲鳴のような声を上げる。
「俺様も何も考え無しに言ってるわケじゃねーよ」
キーは白湯を啜り、湯呑を置いてから話を再開する。
「小金稼ぐために命張ってチゃ世話ねぇ。俺様もいつまでモこんなヤクザ稼業が続いていけるとは思ってねぇ。何か商売でもシようかとは思ったがビーボーイが邪魔だ」
「……」
「それに俺様まで人身売買のブツにしようとしてきヤがった。珍獣扱いダな。情報売買をサウィンという男に頼んだら、今まで俺様を狙って来たゴミ共は半分はビーボーイの差し金だったみてぇだ。だからウルゴルヌーマで生きていくには俺様とビーボーイが共存する余地はねーンだよ」
心底不愉快そうに眉間をに皺をよせて、話を続ける。そしてトアルを見やると目を細めた。
「お前たちも他人事じゃネーぞ。イルーシャ達ルルアガが潰れたらおあつらえ向きに孤児院がつったってルんだ。ガキどもは攫わレて奴隷にされるのがオチだ」
トアルははっとしたように拳を握り締めて悔しそうに歯を食いしばる。長い前髪が揺れ、隠れていた悔しさに揺れる目があらわとなる。それを見てキーは安心させるように笑みを浮かべながら気楽な口調ではなす。
「安心しロよ。ビーボーイの連中は俺様がアの世までぶっ飛ばしてやる」
「……君がそう言ってくれるなら心強いよ」
トアルの固く結ばれていた口は緩くなった。話を変えトアルの仕事の話に移っていく。
「お前こソ仕事はどうだ?」
「おかげさまで何とかやっていけてるよ。自分の生活費は賄えるぐらいには稼げるようになった」
「やるじゃねェか!将来は大発明家っテやつだ!」
「そんなんじゃないさ」
「夢じゃないのかヨ?」
「今は生活するだけで精一杯だからね。取りあえずはみんなを養えるくらいにはなりたいかな」
「立派だと思ウぜ。オ前は凄いよ」
トアルは照れ臭そうにする。しかし何故かすぐに顔が曇っていく。疑問に思ったキーはその理由を聞く。
「どうしタよ?世辞ジゃあないぜ」
「ううん。実は最近孤児院の経営が思わしくないみたいなんだ。たまにティリと夜遅くまで話してる」
「なんだッて……?」
キーは少し目を見開いたかと思うと歯噛みする。
「金に……困ってたのカよっ……!クソッ!!!」
キーは苦しい中でも自分を助けてくれたメイエルハニカ達を思い、彼女たちが苦労していたことを思い至らなかった自分を自己嫌悪する。トアルはそんなキーを見てまずいことを言ってしまったと気づき、手を振りながら慌てて弁明する。
「今すぐどうこうってわけじゃないんだ!ただこれ以上纏まった出費をすることが難しいってだけで……!」
キーの顔は晴れない。もし子供たちの誰かが病気でもしたら医者に見せてやれないかもしれない。それに自分が影響しているというのだから当然だろう。何事かを俯きながら長考している。トアルが後悔したような心配したような顔でキーの顔を覗くも、反応を返さない。しばらくすると突然ゆっくりと顔を上げ、決意の籠った声をあげた。
「決メたぜ」