第7話 娼婦と仕事と出会い ②
「あらベニオさん。今日もよろしく頼むわね」
「よぉ。終わったらいつも通り頼むぜ」
「ふふふわかったわ。いつもありがとね」
受付の女にベニオが机に身を乗り出して話しかけている。どうやら馴染みのようだ。そうして一通り話が終わると女はキーに目を向ける。
「可愛い子ねその子は?」
「新人だ。サウィンの奴に連れていってよ」
「キーだ。よろシく頼む」
愛想よく笑顔で挨拶をする。
「よろしくね。ふふふベニオさん面倒見てあげてね」
「よせよ柄じゃない」
「またそういって。面倒見いいくせにね」
ベニオはまんざらでもなさそうに苦笑して頭を掻く。女はおかしそうに笑った。ベニオは身を翻して娼館の入り口に戻っていく。
「そんじャ仕事に入るわ。いくぞ坊主」
「わかったわキーちゃんもよろしくね」
「全力を尽くそウ」
キーがベニオを見てニヤついていると仏頂面を返す。足を進めていると反対方向から歩いて来た娼婦が顔を見つめてくる。近づいてきたと思うと腕に胸を押し付けて顔を近づけて熱の籠った口調で耳元に囁く。
「あらすごくいい男。私と今夜どう?サービスするわよ。」
「今から護衛ノ仕事でね。アンタみたいな美人に釣り合ウぐらいパーッと稼いだらお願いするぜ」
「あらそうなの。私のことを守ってね」
「あなたの美貌に誓おウか」
気障な台詞を吐くと娼婦は艶やかに微笑み去っていった。
「やるね色男」
「おっさんもおモテになるじャねぇか」
数人の娼婦に声を掛けられ引き留められていたベニオがニヤつきながら歩いてくる。
「坊主は入口に突っ立ってるだけの簡単な仕事だ。鼻伸ばしてていいぜ?」
「おっさんこソ女に気を取られすぎてとちるなよ」
「言ってろ」
キーとベニオは軽口をたたきあいながら見張りをする。客引きの娼婦が外にいる。ベニオが手を振るといたずらっぽい顔で手を振り返した。キーと目が合い、会釈をすると娼婦は微笑んで、客引きに戻っていった。ベニオを見ると時折あくびをしてだらけ切っている。どう見てもやる気なさげに足を崩しているがその実……
「(このおっさン隙がねぇ……)」
あくびをして目を細めている時に視線が目まぐるしく動いているのをキーは見逃さない。決して腰に差す剣を抜けない態勢にはならず、もし今キーがベニオを襲っても抜刀され、迎撃されるだろう確信があった。まるで実力が読めない。思えば自分は今まで試されている節があった。いろいろなところを案内されたのは親切心もあったが、逐一自分の反応を見定めている節があった。今はこうして肩を並べているがもし敵になったら――――
「あら。キーじゃない」
意識が引き戻される。声がした方向に目をやると見知った顔がいた。
「イルーシャ?」
「どうしたのこんなところで」
「仕事ダ。オ前こそなんで……」
疑問を口にしそうになったところで言葉を切る。イルーシャは娼婦がしている化粧や服装をしていない。となると導かれる答えは現状得ている情報から判断すると一つだった。
「お前の組織の縄張りっテわけだ。」
「ご名答よ。ここは私たち『ルルアガ』の経営する娼館。私は地回りってワケ」
イルーシャは微笑む。
「俺様の上司ッてワケだ」
キーがおどけたような口調で話す。
「そうよ。しっかり頼むわね」
イルーシャも揶揄うように話した。そしてベニオに向いて話しかける。
「ベニオさん今日もありがとね」
「おう。終わったら今夜どうだい?」
「私はウリはやってないのよ」
ベニオの誘いをイルーシャは慣れたように受け流し、ベニオはショックを受けたような顔をつくる。それを見て二人は笑った。
「それじゃ頼むわね。私は中を見回るから」
「了解」
「おーう」
キーとベニオはそれぞれ受け答えるとイルーシャは頷いて中に入っていった。
「運がよかったな坊主。今日は中のトラブルはイルーシャが対処してくれるだろうよ」
「外のトラブルがなけれバいい商売だって訳だ」
ベニオは安堵交じりに笑う。どこか肩の力が抜けたように見える。自分がイルーシャと知り合いだったことも影響しているんだろうかと推測しながら、とりとめもない話を続ける。初仕事は順調に進んでいる。報酬はいくらほどであろうか。ベニオに聞いてみるかと今話している話題が終わるのを見計らっていると、異変を感じる。
男の怒声だ。先ほど話していた受付の女の大声も聞こえてくる。ベニオはいらただしげに舌打ちをすると、足早く受付に向かう。
「坊主ここは任せるぞ」
「了解。気をつケろよ」
「ハッ。ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ」
まるで走っているかのようなスピードでベニオは歩いて行った。ベニオを見送るとキーは入り口の監視を再開する。すると背後から再び騒々しい声が聞こえる。何かあったのか気になり振り向くと顔じゅうピアスだらけの強面の男が入り口に向かって走ってくる。後ろにはイルーシャが怒りの表情で後を追っている。
「キー!そいつを止めて!」
キーは笑みをうかべながら道をふさぐ。横をすり抜けようとした男の腕をつかむ。おとこは舌打ちをして凄む。
「汚ねぇ糞の色をした髪のやつが俺に触るな。失せろ」
キーは男の言葉を理解できなかったように不思議そうに首をかしげる。一瞬の逡巡ののち、歯をむき出しにして笑った。男は腰の獲物に手をかけようとする。
男が刃物を持とうとする前に、男の頭をノーモーションからすさまじいスピードでブラジリアンキックを叩き込む。視界外からの変則的な軌道を描く蹴りに男は全く反応できず。頭から地面に倒れ込んだ。すかさずキーは男のみぞおちに蹴りを入れるが、反応は帰ってこなかった。無表情で男の様子を見降ろしていると、焦った声が聞こえた。
「キー!」
イルーシャが駆け足で入り口に向かってきた。息を切らしてキーの様子を見やる。
「捕まえテおいた」
「そうみたいね。やるじゃない」
額に汗を浮かばせながら笑顔でキーを称賛する。
「お手柄じゃねぇか坊主」
ベニオが余裕綽々という歩調で適当に拍手しながらやってきた
「いい蹴りだったぜ。ありゃなんだ?」
先ほどのブラジリアンキックが気になるようだ。顔は笑っているが眼光は鋭い。キーは気づかないふりをしてしらばっくれる。
「どウも。それでこいつはどうすルよ。縛っておクか?」
「そうね。縄をもってきてくれるかしら。……ったくビーボーイのやつら!」
イルーシャは忌々し気に語気を荒くする。キーは了承すると受付に向かった。ベニオが対処したのだろうか足がおかしな方向に曲がった男が震えながら呻きうずくまっている。顔を見やると顔中つぎはぎだらけでフランケンシュタインのような容貌である。
「姉ちャん。逃げたモう一人の男は俺様が確保しておいた。縛るモのをくれないか?」
「キーちゃんありがとね。すぐとってこさせるわ」
受付の女は見習いであろうか少女の一人に倉庫に行くように命じる。一通りやり取りが終わったことを確認すると、キーは疑問を口にする。
「なンだったんだあいつらは?ヤリ逃げカ?」
「娼婦に暴力を働いていたのよ。部屋もめちゃめちゃだったわ」
「とんでもネぇ野郎だな。なんデまた」
「ビーボーイの差し金よ。娼館を荒らしに来たんでしょうね」
受付の女はため息をついた。おそらくビーボーイという組織とイルーシャの所属するルルアガは抗争でもしているのだろう。縄張りである娼館の護衛に組織の人間を使わずに外注していることを考えると人手不足なのだろうか。そんなことを考えていると先ほどの少女が縄を持ってやってきた。キーは礼を言うと頬を赤らめこくりと頷く。きーはうけとった縄で男たちを縛り上げた。
「ありがとねキー。ベニオさんも。報酬は弾むわ」
「嬉しイね。今後トもご贔屓に」
「こりゃありがてぇ」
「私はもう行くわね」
イルーシャは受付の女に声をかけ、女は頷き棚の中から小袋を出し、別の引き出しから銀貨を取り出して、袋に入れた。イルーシャは男たちを別室に連れていくと、娼館から去っていった。
そのまま護衛に戻り、何事もなく時間が過ぎていき依頼は終わった。娼館に来ていた客がすべて出ていくと、受付の女は報酬をそれぞれ渡した。
「二人とも報酬よ。また仕事を頼むわね」
「こちらこそヨろしく」
「あいよ」
「ベニオさんはこれから女の子と遊ぶのよね」
「もちろんだ!金は性欲を満たすためにある!」
「急に元気になったナこいつ」
生気のなかった目が火が灯ったように輝きだす。受付の女はおかしそうに笑い、キーを向く。
「キーちゃんもどうかしら?きっとみんなサービスしてくれるわよ」
囁くように提案する。キーは苦笑いしながら否定する。
「流石の俺様も初仕事で疲れたゼ。今日は帰ッて寝る」
「そう。今日は本当にご苦労様。また来てね」
「じゃあな坊主。まぁまぁの仕事だったぜ。サウィンへの報告は忘れるなよ」
「あー帰りがてら寄るワ。ジゃあな」
キーは報告のことを思い出したように口にする。寄るついでに夕飯でも食っていくかと思いつつ、キーは娼館を出ていった。まっすぐに来た道を戻っていくとものの10分程度でサウィンの店に到着した。店内に入っていくと丁度アレッツも戻っている。
「アレッツ。仕事は終わったようだな」
「キーもご苦労さんだべ!どうだったべか?」
「無事報酬をもらえタ」
「それはよかったべ!」
アレッツは自分のことのように喜んでいる。キーはアレッツの仕事をきいてみると工事の手伝いをしていたようだ。無事終わってちょうどいま報告をしていたとのことだ。キーもサウィンに報告書を渡した。サウィンは報告書を見る。
「報酬が増額されている。気に入られたようだなまた仕事を頼むらしい」
「やったべなキー!」
「当然ダ」
「暴れていたビーボーイの構成員を仕留め、確保したことが評価されたようだ」
「すごいべ!強いんだな!」
「俺様は完璧なる存在だかラな」
はしゃぐアレッツに満足そうにするキーである。キーはサウィンに話が終わると食事の注文をした。
「サウィン。晩飯が食いテぇ。何かおすスめはあるか」
「つまみになるものしか置いていない」
「それでいいカら適当にくれ」
「あぁ」
「サウィンさんおらも食いてぇだ!」
「少し待っていろ」
サウィンはカウンターの奥に入っていった。キーとアレッツはカウンター近くの席に座り、雑談を始める。
「お前飯はいつもどウしてんだ?」
「いつも何か買って食べてるべ。キーはどうしてるんだ?」
「多分俺様も買イ食いだ。」
「飯をつくれるのが一番なんだべが……村にいたころは母ちゃんたちに任せっぱなしだったからなぁ」
「俺様はこの前つくろうとしたラ何故か作れなかった」
「おらもだべ!バスカビタ茹でてたら溶けて消えちまった!だっははは!」
二人で爆笑しているとサウィンが食事をもって呼んできた。食事を受け取り、食べながらアレッツのおすすめの屋台を紹介してもらえるように約束した。そうしているとベニオの連れが話しかけてくる。
「坊主。依頼は終わったようだな」
「ベニオのおっさんのオかげ様ってやつだ」
「あいつが頼りにできる男かよとはいいたいところではあるが。俺たちの中で一番面倒見がいい奴ってのがここで一番のジョークだな」
「違いねぇ」
ベニオの連れたちはどっと笑う。
「ひでぇ奴らダぜ」
キーも口ではそう言いながら笑っている。
「まぁあいつの真似をしていればまず間違いはねぇよ。伊達にこの町で生き残ってねぇ」
「だろうな。おっさんはかなり強いんだろ?」
ベニオの連れは沈黙し、口の橋を歪める。
「それがわかってんなら見どころあるぜお前。せいぜい頑張りな」
キーの頭に手をのせると男たちはサウィン店を出ていった。キーはつまみを咀嚼しながらそれを目線だけで見送る。アレッツは食べるのに夢中だ。程なくして食事も終わるとアレッツと解散し、聖堂に帰った。
聖堂に戻り、門を開くとナデュノーゲンがかわいらしい寝間着で書類を掻いている。こちらを見るとふわりと微笑んだ。
「ナデュノーゲン。帰っタぞ」
「キーさんお帰りなさい。遅くまで大変でしたね」
「俺様を待っていてクれたのか。ありがトう。寝室マでの案内を頼めるか」
「わかりました。ついてきてください」
応接室だろうか。質素だが調度品などが置かれ、広々とした部屋に通される。
「寝具を用意しますね」
「手伝おウ」
「ありがとうございます」
聖堂の奥に進んでいく。並んで歩いているとナデュノーゲンが話しかけてくる。
「お仕事はどうでしたか?怪我などはされていませんか」
「大丈夫ダ。娼館デ護衛の依頼だった。」
ナデュノーゲンは驚いて足を止める。キーの顔を心配そうに見つめる。
「まぁ……!本当に大丈夫なんですか?サウィンさんが依頼をまわしたんですよね?」
「無論ダ。俺様ハ天才だからな。無事コなして報酬ももらうことができた。」
「ふふふ……キーさんはすごいんですね」
「そうダ」
ナデュノーゲンはくすくす笑っている。話もきりのいいころに倉庫に到着した。ナデュノーゲンは寝具を探しているとすぐに見つかり、毛布やまくらを渡された。キーはそれをもって応接室に帰る。
「そうだわ。もう夕食は済ませましたか?私たちと同じものでよろしければキーさんのためにとっておいたのですが……」
「ありがとウ。だがモうサウィンの所で済ませてきたんだ。明日まで取ってもらウことはできるか?」
「わかりました。ですが明日は明日でキーさんの分も朝食を作りますよ?」
「いいのカ?悪イな」
「それが聖堂の務めなのですから」
キーは改めて礼を言う。応接室についた。ナデュノーゲンは寝具を敷くことを手伝うと出ていった。
「それではゆっくりお休みください。おやすみなさい」
「アぁ。おやスみ」
ナデュノーゲンはそっとドアを閉めていった。キーは寝具の中に潜り込む。瞼を閉じると意識はすぐに闇に堕ちていった。
「おうサウィン。戻ったぞ」
「あぁ」
サウィンは報告書を渡される。サウィンは拭いていたグラスを置き、暫し眺めると珍しくサウィンの方から語りだす。
「キーはどうだった」
「どこかで戦いを学んでたな。相当使えるぞあれは。お前から聞いたチンピラ共を30人近くボコったって話も本当だろうな。初見で丸腰なら俺でも危ない技を使ってた」
サウィンはグラスを拭きながら話を聞く。ベニオはカウンター近くの席にどっかりと座って足を組みながら頬杖をついた。
「そうか。お前から見てどんな人物だった?」
「生意気だが面白い奴だ。仕事はさぼらずこなす。頭も回るだろう。俺が観察しているのも気づいてたぜ。あとは絶対訳アリだろうが……使っていいんじゃないか」
「そうか」
サウィンはグラスをふき終わると、また別のグラスを手に取る。
「それで『どこまで』使うんだ?」
サウィンのグラスを拭く手が一瞬止まるも、すぐにまた拭き始める。
「今後の情勢次第だ。とりあえず奴はルルアガの仕事を任せて見定める」
「そうかい。お前も大変だね」
「……」
サウィンは無表情でグラスを拭き続ける。ベニオはサウィンから酒を瓶ごともらうとそのまま飲み始めた。空はもう白み始めていて、日光がサウィンの店に入り見始めた。サウィンの持っていたグラスに光が反射してサウィンの顔に当たる。サウィンはまぶしさからグラスを拭く手を止めて目を細めた。